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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第一章~集結~
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第十四話ー反乱軍全軍総大将の実力

 







――おかシイ……ボクは確かに足ヲ両断したハズダ。こンナ小さナ存在ノ足を断ツなんテ簡単な作業ヲしくじるなんテあり得ナイ……。


 ナラ、なぜ女が急に消えル? ボクの剣は確実に足を捉えたノニ……。逃げたノカ?

いや、それはナイ……。闇属性を使って隠れようト……ボクの刀を避けようト……ボクが気づけないハズがナイんダ……


 何かが……おかシイ。


 まさカ……ッ!! 身体が勝手に反応スル。努力トカそういうモノとは無縁のボクだケド、ここ二年くらいノ帝王サマとの死闘ノ中で殺意ヤ敵意に対して反射的に動ケルようになっていタ。


 いヤ、そもそも殺気を感じた訳じゃナイ。

デモ、そんな気がすル。殺気を、敵意ヲ向けられている気がスル。


 そうして感じ取った敵意に対シテ、反射的に腕に魔力を纏わセ、防御スル。肘から手の先マデ念入りに魔力でコーティングした腕に衝撃が加えらレタ。視線を向けた先にハ濡れているかのヨウナ……霞仕上げの刀があっタ。


 重イ……っ!!


 完全に殺ル気だったネ。太刀筋が首元だモン。気配を消しテ攻撃するその瞬間マデ息を潜めてたノカ……。実際ハ消すなんて生易しイものじゃなかったケド。


 防御に使ッタ腕と刀が競り合ウ。その刀はボクの腕を切り落とそうと刃を食い込まセようとしてくル。

ケド、不意打ちの魔法を纏わせてない攻撃なんかじゃア、ボクは切れないヨ!


 魔力の密度を高メテ、硬度を上げてから腕を振り抜キ、距離を取ル。ココで、やっと相手を視認出来たヨ。


 白髪に、長い顎ヒゲ、仙人見たいナおじいさんがソコには居タ。発せらレル気迫は静かで、川のせせらぎヲ聞いていルような気になってくるケド、この状況でこれほどまでに落ち着いた状態でいらレルこの人の実力は相当なモノだろう。抜いた刀ヲ鞘に戻しテ、自然体を保ってイル。


 それにしてモ……



「ボクに【幻覚】をかけるなんテ……そんなヤツは初メテだ。どうやったのカ教えてくれナイ?」



 あんナ小手先の技に引っ掛かるボクじゃなイ。そんなボクを嵌めテ、今マデ騙していたンダ。どんな風にかけられたノカ、気になるんだよネ。



「【幻覚】ではない。この刀の能力は【幻夢】と言う。【幻覚】よりも強力な【能力】であり、夢の中で夢であることを自覚しないような自然さで、相手に幻を見せられるのじゃ。


 ワシはお主が洞窟に入ってきた瞬間に壁を刀の柄頭で打ち、鎧通しの要領で衝撃を伝導させ、【幻夢】をかけさせて貰ったわい」


「ヘェ、初メテ見たよ。【幻夢】ネェ……。

まぁデモ、幻を見せらレルなんて後ニモ先ニモ多分これキリだろうけどネ。



 鎧通し……衝撃と【能力】ヲ伝導させたんだネ。そんな事が出来ルなんて思ってなかったヨ。


 キミ、名乗りなヨ。これからノ戦い次第デハ覚えといテあげるからサ!」


「名乗るなら己が先じゃぞ、わっぱ


「アハハハっ! そう返して来たノモ初めてダヨ! いいヨ。じゃア、先に名乗らせて貰おうカ」



 今マデの奴等なら嘘ダと言って切り捨てル……そんなつまらない反応だったケド……


 サテ、キミはどんな反応をするのカナ?



「ボクは帝国軍第一部隊長、トイフェルだヨ☆」







 ……面白イっ!!


 纏う魔力が濃くなっタ! ボクのこの容姿でその返答を信じタ上に、一切の気後れがナイ!


 面白い面白い面白イッ!!


 サァ! 名乗ってヨ!! キミは一体何者なんダイ!?


 聞かせテヨ!!――



「前反乱軍全軍総大将、斬影ゲンスイ。推して参る」



 笑う悪魔と猛る超人が今、激突する。





――――――――――――――――――――




 時は少々遡り、トイフェルが洞窟内に現れた頃……。



「いヤー、とても頼もしくテいいと思うヨ?」


「いやー、でも一概にそうとは言え……え?」


「っ!!!!! ユナっ!!!!!」



 カイルが咄嗟にユナとトイフェルの間に立ち、フェルプスを展開する。

いや、カイルだけではない。 リュウセイもトイフェルに小竜景光を向けている。 少し遅れてジャックもユナを守りにいく。



「フフン♪ 遅いネェ。こんナ奴等にどうして〝ソロモン〟を持ってきたのか分からナクなって来たじゃないカ。

こンナ弱くテ、矮小な存在、僕が相手をスルまでもナイネ」



 トイフェルがそうやって喋りだすが、喋りかけた方向には誰もいない。その光景を見たリュウセイ、ジャックはすぐに警戒を解いた。カイルとユナはそんな二人を見て困惑するが、そんな二人にゲンスイが話しかける。



「こやつは今ワシの【幻夢】による幻を見せられておる。今は危険はないのじゃよ、カイル君、ユナちゃん。


 詳しいことを話す時間はないのでの。一刻も早くこの洞窟……いや、この山から離れてくれんか?」


「おいおい、何言ってんだよジジイ。【幻夢】使ってんならこのまま切って終わりだろ? 逃げる必要なんてねぇじゃねぇか」


「ドアホ。そういう問題じゃないねん。ゲンスイが逃げろ言うときは素直に逃げるべきや。

さっさとズラかるで! 理由ならワイが説明したるから!」


「リュウセイさん、ここは一旦逃げませんか? こういうときは指示に従うべきだと思います」



 三人が相手では分が悪いと思ったのか、リュウセイは分かったよ、とあっさり逃げることを選んだ。


 

「よっしゃ、急ぐで。


 カイル。フェルプスを仕舞って、警戒を止めろ。んで、リュウセイと二人でワイらを山の外まで運んでくれ。


 外……凄い嵐やけどいけるか?」


「え? あぁ、うん。分かった。問題ねぇよこんな嵐くらい。じゃあユナは俺が……あー……いや…リュウセイに乗せて貰ってくれ。ジャックは俺が運ぶから」



 ~俺がユナを乗せたら違う意味で大変なことになりそうだ。


 そうだな。

ったくしゃーねーな…一つ借しだぜ?


 あぁ、分かったよ。

次の焼き魚は骨取ってやるから。


 オイ、バカにしてんのか?


 取って欲しくないのか?


 ………………さっさと行くぞバカイル。


 ハハッ、りょーかいっ!~


 アイコンタクトだけでここまで会話したリュウセイとカイル。以心伝心どころか完璧な意志疎通が成り立っているのが不思議である。


 リュウセイが翼を出すと、ユナがリュウセイの首に手を回して抱き付く。


 ……いや、少し言葉が足りなかった。


 リュウセイが翼を出すと、ユナがリュウセイの首に手を回した。リュウセイの首を締めるほどきつく回されている。ユナは恥ずかしいのと、力一杯首を締め、力んでいるのとの両方で真っ赤になっている。これは抱き付くというよりはしがみつく、という表現がピタリと嵌まる。



「おいっ!!? なんで抱きついてくんだよ!?」


「し、しししょうがないじゃないですかっ! だっ、だって、空を飛ぶんでしょう!? ちゃんとしがみつかないと、お、落ちちゃうじゃないですかっ!?


 外ちゃんと見てくださいっ! 嵐ですよっ!? 風とか雨とか凄いんですよっ!?


 恥ずかしいですから早く飛んでください!」


「嵐なのは分かってるけど、落ちねーからっ!! 落ちても拾ってやるからもっと違う乗り方を……」


「どうでもええから早くいかんかいっ!! 今は恥ずかしがってる場合じゃないねんっ! さっさと行ってこんかーいっ!!」


「ちょっ、うわっ!!」


「えっ? きゃあぁああ!!」



 ジャックの馬鹿力によってリュウセイとユナは空中に投げ出される。小人族(ドワーフ)は総じて力が強いのだ。これくらいはやってのける。


 今二人は空中で姿勢を持ち直し、安全だけど恥ずかしい体勢で空の旅を送っている。嵐による強風でユナの腕がさらにきつく巻かれたように見えるのはきっと見間違いなどではないだろう。リュウセイが苦しそうにフラフラと飛行している。



「よくやったジャック。あのままあの光景を見せられていたら、ワシは幻の中のリュウセイを殺すだけに飽きたらず、直接あやつに切りかかるところじゃった」



 その言葉が終わるか終わらないかのうちにトイフェルがぶつぶつ呟いて、何もない空間に何かをした。


 殺気の込められたその何かは、幻の中のリュウセイを殺すのには十分な威力だっただろう。



「弟子を【幻夢】の中で殺すなや……。だいたい抱きつかれても胸の感触なんかないやろーが……」



 幻の中でリュウセイが真っ先に殺されたのにはそんな理由があったのだった。ジャックもこれには二重の意味で呆れ顔だ。するとゲンスイは再びトイフェルの方を見て……

 


「あー、ジャックも殺られてしもうたー」



 トイフェルが再び殺気を孕んだ何かを行う。


 幻覚を見せられているとはいえ、ゲンスイの思惑通りに動かされている様子は少しばかり憐れである。



「この状況で何アホなことやっとんねん!!」


「とうとう、カイル君まで……」



 もう一度トイフェルが殺気を……三度目なので割愛させてもらおう。


 なんと、悲しいことか……と明らかに芝居がかった風に悲しむゲンスイ。どう見てもふざけているようにしか見えない。



「遊ぶなーーっ!!」


「ほれほれ~、何をしておる? 早くいかんか、死にたいのか? 既に、【幻夢】の中ではユナちゃん以外全滅しておるがの」


「どうでもいい情報やっ!!


 って、遊んでる場合やない! 行くでカイル!!」


「いつでも行ける! お前が乗ったら飛ぶぞ!」


「あいよっ!









 あー………ゲンスイ。一言だけ言っとくわ」



 言おうと思っていたけれど、恥ずかしくてなかなか言えなかったことを話すような……そんな風な様子である。顔を向き合わせずにジャックはゲンスイに語りかける。



「む?」


「ワイはカイル達と旅を続けるなかでスミレちゃんを探そうと思ってる。お前の言うことが真実であれ嘘であれ、見つけ出して話したい。スミレちゃんが闇やとか闇じゃないとか、作戦を考えてたとか、考えてないとかそんなもんはどうでもええねん。


 どうでもええことや。


 撤退戦の時にめっちゃ泣かせてもうたしな。反乱軍入りたての荒れてたワイにも……あぁ、もうなんや! 湿っぽいなぁ!!


 やからな!! お前がおらんかったらスミレちゃんが悲しむねん!!

やから……」



 言葉を繋げることは出来なくても言わんとしていることは間違いなく伝わっただろう。そんならしくない言葉をゲンスイは笑い飛ばす。



「ハッハッハ! 要らぬ心配じゃ! ワシが負けると思うとるのか? お主らを逃がすのはあくまでも保険じゃ! そんな考えをする余裕があるならさっさと逃げて、ロリの素晴らしさに目覚めておれっ!」


「~~~っ! もう知らんわっ! さっさと終わらせぇよ!!」



 ジャックは勢いよくカイルに跨がる。その重みを感じたカイルはすぐに飛び立ち、リュウセイの魔力を追う。激しい雨で、二人の姿はすぐに見えなくなった。残されたゲンスイはぶつぶつと呟いているトイフェルを見て……



「この一太刀で終わってくれればよいのじゃが、恐らくそう上手くことは運ばんじゃろうな」



 ユナちゃんのことは切らせなかったしの。と呟いて、幻海を抜き、大上段から大きく降り下ろす。


 そうして、場面は冒頭へと移るのだ。






――――――――――――――――――――






「よーう、お二人さん! 熱い熱い空の旅はどうやった!?」


「ジャックさん……ちょ~~っとお仕置きしましょうか?」


「俺もちょ~~っと話したいなぁジャック?」



 カルト山から少し離れた森のなか、嵐による風雨を防げる程に大きな木の下にリュウセイ&ユナのペアに遅れて降り立ったジャックとカイル。


 そしてカイルから飛び降りたジャックが嬉々として放った言葉に対して、黒いオーラを纏い、目だけが全く笑っていない笑顔で応対するユナとリュウセイである。



「ちょっ!? ユナちゃんだけやなくてリュウセイからも黒いオーラが出てるっ!?

しかもちょっとの度合いが多分間違ってる!!?


 お、落ち着きぃな! 今は緊急事態やで!? 敵襲も敵襲! 分かりやすい敵襲の真っ最中やで!? こんなアホらしいことしてる場合じゃ……」


「知るかそんなもんっ!」


「覚悟してくださいっ!!」



 刀と平手を大きく振りかぶって怨みと羞恥心を込めた一撃がジャックの顔に……



「落ち着けって二人とも、一緒に空飛んだだけじゃねぇか。なんでそんなに怒ってんだよ?」



 ……届くことはなかった。


 凶悪なモンスターも尻尾を巻いて逃げたすレベルのオーラを放っていた二人にそんな風に口を挟むカイル。


 もしこれが場を収めようとしただけの発言だったなら、間違いなくカイルも撥ね飛ばされていただろう。


 しかしカイルの能力〝非常識〟のことは周知の事実であり、ユナとリュウセイが恥ずかしがっている理由はカイルには理解出来ていなかった。


 純粋に訳が分からないという顔をしているカイルを前にして、二人の怨みはうやむやになってしまったのだ。まぁ、羞恥心までは消えることはなかったが。



「はぁ……なんかもういいですよ。次はないですからね?」


「ジャックお前次やったら……分かるな?」


「はい……すんませんでした……。


 カイル、ワイはお前が非常識でほんまに良かったと思うで?」


「???」



 クエスチョンマークが尽きないカイルに三人はため息をこぼすことしか出来なかった。



「ハッ! にしてもこんなとこまで逃げる必要なんかあったのかよ。相手は【幻夢】にかかってたじゃねえか、あとは切り捨てて終わりだろ?」


「リュウセイ……お前は【幻夢】を過信しすぎやで……あれにも破る方法はあんねんから」


「そんなもんあんのか?」


「あるに決まってるやろ。【幻夢】は確かに強力な【能力】や。視覚から聴覚、果ては触覚、人の五感全てを惑わせることが出来る。それをかけるっていうことは相手を眠らせて、夢を見させることと同義や。人の頭に眠っていると認識させれば、本当に眠らせているのと同じ状態にすることやって出来る。かくれんぼの時にカイルがやられたんはこれやな」


「そんなに凄い能力なら、破る方法なんてあるんですか? 五感の全てを惑わせるなんて人を操るのと変わらないんじゃ……」


「それは違うで、あくまでも惑わせるだけや。操るなんてことは出来へんし欺けんもんもある」


「欺けないものって何なんだ?」


「勘や」


「「「か、勘っ(ですか)!?」」」



 文字にしてたった二文字、簡潔すぎるその答えに三人は驚きを隠せない。


 勘、それは気配を感じる。魔力を探知する。そういう類のものとは全く種類を異にするものだ。


 言い換えるなら、第六感。

人、いや全ての生物が持つ本能のような器官、それが勘。明確に定義されるような器官ではない、ただそれを経験した者はそれの感覚をこう言い表す。


 何となく。


 何となく、曖昧なようで的を得た答えである。そもそも存在しない器官であるところの第六感、勘を具体的に言い表すことは不可能である。

ならば、この曖昧さこそが勘を表せていると言えよう。そしてその曖昧さ、実際には存在しない器官だからこそ【幻夢】を破る突破口足り得るのだ。



「【幻夢】は実際にある感覚なら全て欺ける。


 ただ、実際にはない器官の勘だけは無理なんや。そんで【幻夢】は一度それが幻やと知覚することが出来たら、それで破ることが出来るんや。それが偶然とか、勘の類のもんからやったとしてもな」


「でも、それこそ、それほど警戒する必要はないんじゃないですか? 勘でしか破れないなら、たとえ強くても【幻夢】を破れるとは限りませんし、破れたとしても、実力を伴っていない可能性だってあります。強さと勘のよさの両方を兼ね備えた人なんて中々いませんよ?」


「違うねんなぁ、これが。反乱軍時代にも【幻夢】は有能な能力やったけど、ほんまに強いやつには全く効かんかった。研鑽された技術に幾多の戦場を渡った〝本物〟の強者には、強さも勘も両方備わってるんが普通や。


 もし【幻夢】が破られたら、ゲンスイも全力を出すやろう。

手加減をする理由がなくなるからや。

そうなったとき、ワイらが巻き添えを食らわんようにするために、ここまで逃げてきたんや」


「ハッ! 巻き添えを食らわねぇようにするなら、それこそ、ここまで逃げる必要なんかなかったんじゃねぇのか? いくらなんでも大袈裟だろ。洞窟から少し離れるくらいで十分じゃねぇか」


「甘く見すぎやで、リュウセイ。ゲンスイの本気はここまで逃げないと巻き添えを食らう。人類最強は伊達でも酔狂でもないねんから。


 そんでその男が全力で戦わないとアカン相手が、あそこにおるかもしれへんねん……」



 激しく打ち付ける雨と、木の葉の間から見えるカルト山をじっと見つめるジャックはどこか不安そうな表情をしていた。


 三人もカルト山に目線を移す。

会話が止み、四人の中に静寂が生まれる。


 飛んできた空は一面に灰色で、太陽の光など一筋も通さない。唯一の光源は時折光る雷くらいのものだ。延々と広がる灰色は一つの巨大生物のように見える。


 大粒の雨が地面に落ちる音、それが木の葉に当たる音、たとえ一つ一つは小さな音でも何十万と連続して聞こえてくるその音達は静寂の中で大きく聞こえた。


 曇天の空、聞こえてくる雨の音、叩きつけるような風、その全てが三人の中の良くわからない、本能の警鐘のようなものから来ている“不安”を……掻き立てていった。





――――――――――――――――――――






霞初月かすみそめづき



――まずは様子見、と言ったところかの。昔の第一部隊長の程の実力者なら、この程度はものともしないハズじゃが……



「何のつもりダイ? こンナ目眩ましでドウにかナルほど、ボクは弱くなイヨっ!」



 霞初月はただの霧、目眩まし以外の何でもないが様子見としては有効な技である。先の見えない霧の中で己の魔力探知のみで戦わねばならない。それを実行するには己の技術に対する圧倒的な自信がなければ無理なこと。


 視覚を遮られただけで負けを認める輩のなんと多かったことか……。それに比べるとこのトイフェルの名乗った童は合格じゃな。正確にワシのおる場所に攻撃を仕掛けてきおった。本人は全く動かずに、じゃがの。飛んできた不可視の魔力の刃による攻撃をワシは身体を少し傾けて避ける。



「すまんすまん。相手の力量を計りたくなるのはワシの癖でのう。お詫びと言ってはなんじゃが、お主がやったのと同じことをやってみせよう。


 七星流・弐の型・双星」



 刀のように薄く鋭く半円状に形成した魔力を飛ばす。勿論、刀は抜かずにのう。たかが魔力と侮るなかれ、その切れ味は刃物に十分匹敵するのじゃ。現にトイフェルの足元には鋭い切れ込みが入った。



「へェ、流石総大将ってところなのカナ? この程度ノお遊びハ通用しないってコトカ」


「技としては悪くないがの。あの程度なら見切るのは容易い」


「ハハッ、それは失礼しまシタ♪」



 酷く、歪んだ笑みじゃ。


 ワシはそういう感想を持った。今まで狂気に呑まれた者の笑みは幾度となく見てきたが、それとは少し違う気がする。子供のような無邪気な残虐性、普通の人間が見たらそう解釈するじゃろう。

だが、あの笑みはそんな単純なモノではない。歪み、外れているのじゃ、狂気からも、正気からも……。



「嬉しいヨ」


「む?」


「キミが噂通り強イ人間で嬉しイと言ったんダ」


「ほう」


「ボクが全力を出しテ戦えるのハ今のトコロ帝王サマだけなんダ。ソコへ来てキミだヨ。帝王サマに次いで最強と謳われたキミなら全力を出しテも大丈夫でショ?」


「戦闘狂なのかお主は」


「ソウとも言えるネ」



 そう言って、とうとう刀に手をかける。左手は鞘におかれたまま、親指は鍔を軽く押し、その刃を垣間見せる。右手は柄に添えられ、腰を斜めに大きく捻り、剣先が上を向く。この構えは独特だが、放たれる技は一般にもよく知られる技じゃ。



「居合いか」


「御名答☆」



 鞘走りを利用して極限まで速さを求めた技。又の名を抜刀術。納刀した状態から放たれる居合いはその凄まじい速さ故、達人が使うと、剣先が一つの線のようになって見える。これが世にいう一閃という技じゃ。


 さらに極めた者はその剣先すら相手に見せず、本来見えるハズの一閃が見えなくさせることもできる。この居合いの奥義を零閃と言う。まさに速さを追求した者が最後にたどり着く境地。その威力は折り紙つきなのじゃが……



「どういうつもりじゃ?」



 あの構え……放たれる剣筋が丸分かりじゃ。下から上に切り上げるタイプの居合い、つまり抜打ち。あれではいくら速くとも簡単に防ぐことが出来る。



「キミの真似だヨ。様子見ってやつサ!!」



 キキィン!!


 二度、切り結んだ。一太刀目は予想通りの居合い。剣筋もワシの予想通り、そして幻海がやつの刀を防いだ瞬間、手首を返し、二度目の斬撃が上から襲って来た。その太刀の軌道に合わせ、幻海を軌道上に置いて、もう一度金属がぶつかり合う音が鳴る。


 成る程、これがトイフェルの言う様子見というやつか。二段構えの居合い。理論で出来ても、実行出来る者はそうはおらん。ま、ワシは出来るがの。実際、ワシも同じ二段構えの居合いでトイフェルの刀を受けたしのう。



「上出来だヨっ!!!」


「それはそれは、期待に応えられて何よりじゃ」



 さぁ、久々にワシも全力を出すかのう――







 

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