第百二十七話ーパック・ルーテル・フェニア
要塞都市前の主戦場……その上空。反乱軍カルミアの飛空艇の甲板にて、帝国軍の部隊長と反乱軍の幹部格が死闘を繰り広げていた。
「ッチ! チョコマカうるさい羽虫だねぇ!」
「しっしっし! 身体だけオンナのおっさんにゃあオレっちは捉えらんないよ!」
「んだとゴラァ゛!!!!」
帝国軍第五部隊長“煽動”のエリュア。火属性と風属性の二属性保有者にして、蛇眼族。暗い緑のドレッドを振り回し、彼は合成魔法を交戦しているパックに放つも、その攻撃は悉く当たらない。
それはパックの両手にそれぞれ握られた一対の針状の魔具の【能力】である【加速】を発動しているからでもあるし、パック自身の身体が極端に小さいからというのもある。
パックは体格が小さいことで有名な妖精族。文字通りの意味で手乗りサイズであり、人の顔ほどの大きさもないのだ。
その妖精族であるパックが、蜉蝣のような薄羽を羽ばたかせ、【加速】して機敏に飛び回っているのだ。大振りなエリュアの合成魔法など当たるはずもない。
「合成魔法・インフェルノ!!」
エリュアの両手の腕輪から放たれる火炎。高熱の焔と灼熱の熱風。火と風の合成魔法。全てを焼き尽くす煉獄の炎を放ちながらーー苛立ちを隠しーーエリュアは口角を吊り上げた。
「あぁそうだ思い出したよ! そう言えばアンタら羽虫たちの森もさぁ! アタイの炎で焼いたんだっけぇ!?」
キャハァハハハと甲高く、高笑いしながら炎を撒き散らすエリュア。その炎は周囲の改造兵士やカルミアの人間を無差別に焼いていく。甲板が一面……炎の海となる。
「森精族! 黒森精族! 妖精族!!
覚えてるかい!? アンタら森の“許されざる種族”を殺し、樹海を灰の山に変えた炎を!
アレぜぇええんぶアタイがやったんだった!!
キャハァハハハァハハハハハハ!!!」
死者の兵士以外の者たちーー改造された帝国兵や反乱軍の兵士たちはエリュアの炎から必死に逃れる。
数人で纏まり、力を合わせてなんとかその火炎の海を乗り切らんとする。パックは高速で炎の合間を縫うように飛行しつつ、横目でチラリと味方の姿を確認。
誰もやられていないことを確かめた。
「あぁ。よぉっく覚えてるぜ。いやぁー、あん時のオレっちをぶん殴ってやりてぇよ。なんせお前のことを オ ン ナ だなんて思ってたなんてな!!
ホントのトコ、男だったってぇーのに!」
「~~~っ! こんのクソ虫がぁ……っ!」
パックはからからとエリュアの挑発を嘲笑する。エリュアは“煽動”の二つ名を持つ部隊長だ。その言葉、演技、仕草は人を惑わせ、動きを鈍らせる。
人の怒りや恐怖を巧みに操り、混乱させるも激昂させるも思うがままに誘導する。
それがエリュアという部隊長の恐るべきところだ。
だが、そうされることが分かっているのなら対処も容易い。あらかじめ身構えておけば、エリュアの言動に我を忘れることもない!
「ボルビィ!」
【加速】。パックは目にも留まらぬ速さでエリュアに肉薄し、すれ違い様、エリュアの左肩を左手の針で貫いた! その針にはパック自身の魔力を具現化させた魔力糸が結びつけられており、エリュアの肩に一本の糸が通される。
「そらっ、そらそらぁっ!」
「くっ、ああ!! 鬱陶しい!!!」
続けて左二の腕と左腰、左掌に糸を通し、パックは糸を力一杯引っ張る。すると、まつり縫われたエリュアの左腕はピッタリと胴体部分に引っ付いた。パックは【加速】で炎を器用に避けつつ……
「ビィズ。っと、へへ。まずは一本!」
これまた器用に玉留めを作った。
これでエリュアの左腕は胴体に固定され、動かせない。パックは額のゴーグルを降ろし、舌舐めずりをする。
「死人のお前たちは殺したって死なねぇことは分かってる。だからこうやって少しずつ、お前の自由を奪ってやるよ。お前がオレっちたちの自由を奪ったみたいにな!」
パックはエリュアの言葉に対して動揺はしていないが、それは怒りを抱いていないという意味ではない。
かつて、自分たちの森を焼き払った張本人、自分たちを捕まえた帝国部隊の直接の指揮を行った人間を、パックは一日たりとも忘れたことはない!
「……あぁ、そうか、そうだったねぇ。
今のアタイは殺しても死なないんだった」
静かに怒りを燃やすパックと対象に、エリュアは惚けたような表情。
今、初めてそのことに気が付いたというように、エリュアは小声で……しかしパックに聞こえる程度の声で呟く。
それらはやけに演技がかっていて、パックは警戒心を強める。
「もう死んでるから、第二部隊長のジャンヌ様がいれば何度だって蘇ることができる。痛みも、何も感じない……あーぁ、そうだったそうだったぁ……」
エリュアはガクンと首を傾け、周囲を睥睨する。
辺り一面炎の海。自らが生み出した合成魔法の炎が甲板の上を這いずっていた。
揺らめく炎の中、チラホラと見える人影。
人間離れした改造兵士たちや、炎などものともしない死人の帝国兵たち。
数人で固まって炎をやりすごし、帝国軍と戦いを続けるーーカルミアの兵士たちの影。
その内でも特に小さな影。極小とも呼べる種族。ーーパックの部下の、妖精族たちの姿。
エリュアはその口を、引き絞られた弓形に歪めた。
「ッ! おいお前!! 待て!!!!」
「合成魔法・ブレイブヴォルケイノ」
エリュアは縛られた左腕の手首ーー腕輪の魔具に右手の腕輪を重ね、合成魔法を発現させた。
突風に後押しされる火炎の一閃。その劫火は目的地を違うことなく、パックの部下たちに向かっていく!
「っんのおおおおおおおおおおおお!!!!!」
部下たちはエリュアの攻撃に気が付いていない。炎の海と目の前の帝国兵の相手をするので手一杯。
このままではエリュアの劫火に焼かれて消し炭となってしまう。
パックは【加速】を発動させ、放たれた矢の如く部下たちとエリュアの魔法の間に飛ぶ。
多少の火傷のなど気にも止めずに、最短最速で。
「キルト!」
パックは両手の針を高速で操り、魔力の糸を使って空中に一枚の布を編み出す。
丁寧に編みこまれたその魔力の防護壁は、込められた魔力は少ないながらも柔軟性に富んでいて、エリュアの火炎に対して逆らうでもなく受け流し、部下たちを見事守って見せた。
「っ!? パックっちさん!?」
「っ。よぉー、わりぃわりぃ。ちょっちあそこのアバズレが癇癪起こしやがってな。危うく巻き込むところだったぜ。でも、大丈夫だ。オレっちならそれも対処できる。
だから安心してあの爆笑モンのオトコ部隊長は任せとけって」
目の前の帝国兵を再起不能にした今、初めてエリュアの攻撃を受けたことに気が付いたパックの部下たち。
彼らは驚きと心配の声をパックに向けるが、パックは気さくな笑みを浮かべるだけにとどまった。
「それでもここは危ねぇ。何かのハズミでーー万が一にも、巻き添え食わせちまうかもしんねぇ。
だぁーからよ、アイツとオレっちからはちょっち離れて戦ってーー」
『命令伝達だ。改造兵士及びに帝国兵ども。アタイの戦ってるパックとかいう幹部クラスを総攻撃しな』
甲板に響くエリュアの声。拡音機を使い、エリュアは甲板にいる部下たちに自分の命令を届かせたのだ。
パックは驚いた顔でエリュアの方を見やる。
彼は嗤っていた。左腕を拘束していた糸を、身体へのダメージを度外視して無理やり引き抜き、豊満な胸の前で腕を組んで。緑のドレッドが風に揺れ、瞳は炎の中で紅く揺れる。
「あの酔いどれのアジハドと違って、アタイに戦いを楽しむなんて趣味はないんだよ。一対一で戦ってやる義理はどこにもない。
アタイの趣味はねぇ、アンタみたいな勇敢だけが取り柄のバカを捻り潰して嘲笑ってブチ殺してやる……みたいなことさ」
エリュアは嗤う。凄惨に。
惨劇を引き起こすことに、絶望を撒き散らすことに快感を覚えるのだ。
人が苦しむ顔を見るのが楽しい。死の間際の表情がたまらない。命乞いをする無様が最高。恋人を目の前で殺すだとか。旧知の者どもを殺し合わせるだとか。
そういった苦しみ、怒り、嘆く狂気の空気こそが。
エリュアの愉悦。エリュアの愉しみ。
彼が帝国軍で行ってきた所業。
火炎の中。怒号が響く。甲板が震える。
パックに向けて、この場の総力が襲いかかった。
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混戦ここに極まれり。
飛空艇の上の甲板の状況を一言で言い表すのなら、それが最も適切な言葉だろう。
全ての帝国軍サイドの人間がパックに向かって攻撃を行い、全ての反乱軍カルミアの人間がパックを狙う兵士たちを迎撃する。
その戦いに秩序は無く、敵も味方も入り混じり、一見して敵味方の判別がつかない。
揺れ踊る火炎の中で困惑の戦闘音が空に響く。
「っクソ! 隊長のトコに行かせるな!
この場所で押し止めろ!!」
しかし、しばしの時間が経つと、カルミアの兵士たちはその混戦を統制しようとする。
パックを追い囲うように甲板上の帝国兵は押し寄せる。
改造兵士や、死人兵士も一緒くたにだ。
改造兵士はそうはいかないが、死人兵士は行動パターンが決められている。
与えられた命令の通りにしか動くことはできない。
ゆえに、ただただパックを狙って盲進する彼らはカルミアの兵士を素通りする。
カルミアの兵士たちは死人兵士を一旦は見逃し、甲板上の兵士全てを集めてから囲み、封殺しようとする動きを見せ始めた。
帝国兵にパックの戦闘の邪魔をさせないように。
カルミアの兵士たちは行動していた。
「思い通りにさせるワキャあねぇだろう!」
それを邪魔するのは、意思ある改造兵士。
エリュアの命令に従いつつも、柔軟な対応ができる生身の人間だ。
彼らに対してはカルミアの兵士たちの中でも練度の高い兵士が抑えに向かうことで対処する。
だが、カルミアの帝国兵に対する包囲網を邪魔するのは改造兵士だけではない。
「合成魔法・ヴァルファーレ」
第五部隊長、エリュアもだ。混戦の中に自ら飛び込み、目に付いたカルミアの兵士に向けて強力な合成魔法を放つ。
「っ、の! キルト!」
その度に【加速】したパックがその攻撃の射線上に滑り込み、魔力の糸で布を織る。
その布が熱暴風を空へと流し、部下たちを守るのだ。
「いっっっやらしい戦い方だぜ!! こんの胸肉男!!」
「っは! アタイを煽るんなら、もっとマシな口説き文句持ってきな! ホラ、次行くよ!
合成魔法・レイヴァル!」
反転し、また違うカルミアの兵士に向けてエリュアは魔法を放つ。
エリュアは死者である。
生半可な攻撃ではダメージを与えることも叶わないし、痛みも感じない。
彼はその性質を利用し、敢えてパックを無視している。
パックの小振りな攻撃ではエリュアを止めることはできない。
それを分かっているから、エリュアはパックの攻撃を受けることを許容しているのだ。
また、エリュアの攻撃はパック以外では止められない。
その攻撃の魔の手から部下たちを守るには……パックが動く他ない。
結果として、エリュアの魔法はパックに向かうこととなる。
パック以外を攻撃することで、パックを攻撃する。
攻撃を受けるように、仕向ける。
その言動で、相手の動きを自らの望むように誘導する“煽動”。
相手を偏袒扼腕させ、翻弄させるこの戦い方こそ、エリュアの本懐。
「っんのオトコオンナめ!! ピュルツ!」
投擲。同時に突進。パックはエリュアの左胸の辺りに背中側から左針を投げ、貫通させる。
そして、その針の尻に付いた極細の魔力糸を巧みに操り、エリュアの左胸を、自分が通れるくらいの大きさまでくり抜く。
くり抜いた穴を通り、パックは【加速】してエリュアの魔法の先へーー、
「っく! キルーーぐぅううううう!!」
魔法の射線上に割り込むことまでは、上手くいった。
だが、キルトを編み出すまでは上手くいかなかった。
左の針は投擲してしまったため、パックの手元に無い。
右の針のみで魔力の布を編むには……時間が足りなかったのだ。
流せなかった炎がパックを焼く。いなせなかった風がパックを切り裂く。
帝国軍部隊長の合成魔法。
その遠慮忌憚ない暴虐の魔法がパックの身体を蹂躙する。
ーー仕込みは終わった……っ! あとはもう……っ!
その身を劫火に包まれながら、パックは闘志を絶やさない。右手に残った一本の針を固く握りしめ、パックはエリュアを睨みつける。
左胸に空いた穴。心臓を貫いたその穴からは何も流れ出ない。なぜなら、ソレは生きてなどいないから。血の流れきった死体に、魂を入れただけの傀儡だから。胸を貫かれようが、首を飛ばされようが、彼らは動き続ける。
彼らを倒すには……物理的に再起不能な状態になるまで追い込むしかない。
四肢を捥ぐか、骨を砕くか、糸で縛るか。
炎が止み、パックは荒い息を吐きながら空いた左手で胸を抑える。吸い込んだ火の粉が肺を吐いた。焼けた皮膚の上を冷風が乱暴に吹いていく。
自らを苛むソレらの苦痛を無理やり抑え込み、パックは白髪を揺らし、両目を覆うゴーグルを掛け直して前方のエリュアに目を向ける。
そしてーー
その燃えるように輝く赤眼とパックの碧眼が……合った。
「チェックメイトだ。羽虫が」
「っ!? っな、ぁあ!?」
パックの身体が停止し、翼による揚力を失った彼はあえなく地に堕ちる。
甲板に墜落した彼は空中で停止した姿のまま、パックの身体が灰色に変質し始めた。
これは、【蛇眼】。
目を合わせた者を石化し、粉々に破壊するという恐ろしき蛇眼族の【能力】。
「おかしいだろ!? お前の肉体はカラクムルの街で消失したハズだぜ!?
マリンとフィーナに切り刻まれて、消え失せたんだ!!
いくら魂を入れて蘇ったっつっても! 器が違えば【能力】は使えねーだろ!!」
パックは目を逸らせない。【蛇眼】はまず目を合わせた者の全身を麻痺させ、その後に石化が始まるのだ。一度エリュアの目を見てしまえば、当事者以外の誰かに手を借りぬ限り、逃れることはできない。
エリュアはもはや抵抗できなくなったパックに目を合わせたまま、ゆっくりと近づく。
「あーぁ、そうだなぁ。確かにアタイの身体は睡蓮のクソアマどもに粉々になるまで切り刻まれたさ。
でもよぉ、いくらアタイの肉体が無くなったからと言って、蛇眼族の肉体までこの世から消え去ったワケじゃあねぇだろう?」
エリュアは種明しをしながら、凄惨な笑みを浮かべる。その赤く光るーーエリュアと同族の誰かの瞳で、石化していくパックの表情を眺めながら。
「さぁて、死んでいく気分はどうだい?
ホラ! 命乞いでもしてみな! アタイの気が変わるかもしれないよ!?
みっともなさ過ぎて、もしかしたら目を逸らしちまうかもしれないねぇ!」
キャハァハハハハ、と瞳を閉じることなく、エリュアは嗤う。
消えゆく命を嘲笑う。自らが与えようとしている死を愉しみ、悦に浸る。
「なぁんだい。そのカオ。まさか、この状況になってまだ勝てるつもりでいんのかい?」
エリュアは勝ち誇った笑みを携えたまま、その眼にパックの姿を写す。
そこには、エリュアの望む死への絶望の表情は無かった。パックは、全身が石に変わりつつも……絶望など、微塵も抱いていなかった。
「もう終わってんだよ! お前はね!!
さぁ泣きな! 喚きな! 乞え! 叫べ!
そして死ね!!!!!!
キャハァハハァッハハハハハハハハハハァハハハハァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
狂ったように、甲高い声で。エリュアは高笑う。
悪逆非道を体現した狂った男。捻じ曲がった情動で、人の命を弄ぶ外道。
この女のような男の手で、いくつもの種族が根絶やされ、いくつもの街が……森が焼かれた。
パックや、エルの森も……彼に焼かれた森の一つ。
今でもパックはその光景を夢に見る。
腕っぷし一本で女王の近衛にまでのし上がったほどの天才も、帝国の部隊長相手には手も足も出なかった。
目の前で仲間たちが焼かれ、羽を毟られ、虫のように踏み潰された。
守るべきハズの女王は自分より前に出て、敵に命乞いをした。
彼女の表情が、パックの網膜にこびり付いて離れない。
あの女王ーーサテラの絶望の表情と、それを見たエリュアの愉悦に浸った笑みが。
燃えていく森も、逸らした先の地面も、何もかも。
パックに鮮烈に刻まれた光景……パックを苛む悪夢。
「でも、今のオレっちは違う。お前に勝てなかったオレっちじゃねぇ……!
仲間たちが死んでいくのを止められなかったオレっちじゃねぇ!!!」
その悪夢は、パックに不断の努力をもたらした。
あの地獄のような帝国実験場で、己を鍛え続けた。
否、鍛えるなどという表現は甘い。
彼の努力はそんなもので表現されるほど生易しいものではない。
己の身体をーー殺すつもりで痛めつけた。
もしかしたら、死んでしまうような事態になったかもしれない。
それでも。
パックは全てを乗り越えて、ここにいる。
「エリュア! お前に負けたオレっちが!!
お前の【蛇眼】に対する策を何も持ってねぇと思うのか!!?」
パックが声を上げたその瞬間、パックは跳ね上がるバネの如く空へと飛び上がる!!
右手に持った針を、大きく振りかぶって!
「っ!? 馬鹿な!?」
パックの手の内で魔具である針が目映い黄色の光を放つ。鋭く迸る稲妻は……雷属性の証。
「ジィ・ティック!!」
パックはその帯電した針をエリュアに向けて投擲する。
まっすぐエリュアに向かって飛ぶ針は、彼の左胸に空いた穴から、体内に侵入した。
エリュアは続け様の攻撃を予想して身構えるが、パックは何も仕掛けてこない。
両手の武器を投擲し、無手となった彼はだらんと手を下ろしていた。
「……ッハ、キャハ。キャッハァハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
なぁんだいなんだいなんだい!!
石化を解いたと思ったら、勝手に武器を無くして終わっちまってるじゃないか!!
こんな無様、見たことないねぇ! アタイを笑い殺すつもりかい!!?」
石化を解かれた驚愕を振り払うように高笑うエリュア。その彼の足が……突然崩れ落ちた。
「……は?」
膝を打ち、うつ伏せに甲板に倒れこむエリュア。
足に力を入れて立ち上がろうとするも、彼の足は言うことを聞かない。
腕に力を込めて立ち上がろうとするも、ピクリとしか動かない。
「お前の左胸を穿った針……穴を開けたから、突き抜けてどっかに飛んで行ったんだと、お前は思ったんだろうが、残念。
お前の胸をくり抜いたのは魔力糸だ。
針の方は……魔力糸を操って、体内に差し込んだ。
オレっちの魔具の片方は……ずっとお前の体内を巡っていたのさ」
エリュアの行動の自由が奪われていく。
エリュア自身は痛くも痒くも何ともない。
が、どれだけ動けと念じても、彼の身体は反応しない。
とうとう首さえ……回らなくなる。
「魔具の片方はお前の体内を動き回り、魔力糸のレールを体内に張り巡らせる。
針は魔力糸で繋がってるから、オレっちの投げたソレは糸を辿り、纏った雷電がお前の身体を焼き尽くしたってぇワケよ」
死人ゆえに、体内の異常事態に気がつかない。
普通なら走る激痛も今のエリュアには走らないから。
エリュアは体内を巡る雷の針に気がつかず、身体を焼かれ続け、脚が立てなくなるほどにまで焼けたことで崩れ落ちたのだ。
雷針はエリュアの全身を丹念に焼き、筋肉や神経を破壊し、エリュアを再起不能にまで追い込んだ。
「あー、あと……そうだな。【蛇眼】が効かなかったのは……このゴーグルのおかげってトコだ」
パックは自身の顔の半分を占めるゴーグルを指差す。
「このゴーグルは魔具だ。【能力】は【絶縁の刃】。
全ての魔法を遮断するこのゴーグルでお前の目を無効化したのさ。
石になったのは【形質変化】でチョイチョイっとな」
パックはエリュアの両手に装着された魔具を、予備の魔具から雷を放って破壊する。
これで、エリュアはまな板の上の鯉。もはや彼には何もできやしない。
パックはうつ伏せに倒れるエリュアの耳元近くまで、飛ぶ。
「石化したかと思ったか? 勝ったと思ったか?
ざぁ〜〜んねん! アレはぜぇええんぶオレっちの演技だよーーん!!」
からからと、パックはエリュアを馬鹿にして笑う。
“煽動”のエリュア相手に、化かし合いを決定打にして勝利した。
自らがいつも行っている演技に、エリュアは引っかかった。
自らと同じ手でやられることほど屈辱的なことはない。
エリュアのプライドを粉々に破壊したことで、パックはほんの少しだけ溜飲を下げる。
ひとしきりエリュアを馬鹿にした後、パックは真面目な顔付きでエリュアを見下した。
「……お前が犯した罪は、償ってもらうぞ。
この反乱が終わってから、二度目の死をもってな」
そのパックの言葉を聞き、エリュアは……
「……キャハ。キャハァ。キャハァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
盛大に、狂気に満ちて、甲高い声を上げた。
先ほどまでと、完全に真逆の構図。
完全に相手の動きを封じたハズではある。
だというのに、この不気味な笑い声。
パックは緩みかけた気を引き締めてエリュアを見やる。
「このアタイが! お前みたいな羽虫に殺されるか!
そんな無様を晒すくらいなら……今ここで死んでやる!!
お前らを道連れにな!!!」
エリュアの身体が、明滅を始める。
感じる強烈な魔力の波動。
漏れ出る赤色の魔力光。
「……っ! 自爆!?
まさかお前、自分の身体に!!?」
「死体の身体は! 爆弾を仕込むにゃうってつけだろう!!?」
魔力の規模から判断するに、おそらくこの爆発は甲板全てを巻き込むだろう。
それを察したパックはエリュアの首元を掴んで、真上に飛翔する。
「キャハァハハハハハハ!!!
自分は犠牲にしてもお仲間は守るって魂胆かい!?
無駄無駄無駄無駄ァ! アタイは死んでも蘇る! ジャンヌ様の手によって!!
そしたらアタイは真っ先にお前の仲間をぶち殺してやるよ!!
お前は無駄死にするんだよ!! お前の負けだ羽虫がぁ!!」
「ふっっ、ざけんっ、なぁああああああぁあぁあぁあぁあぁあああああぁああぁあぁあぁあああああ!!!!!!!」
パックの咆哮と共に、エリュアの身体が赤色に輝きーー
要塞都市上空が、紅蓮の炎に包まれた。
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ーーまるで、空に浮かぶ雲みたいだ。
皮膚も、目も、全ての感覚が焼け落ちて、残された魂だけが虚空を漂う……そんな感じ。
なぁんにも、力が入らなくて……フワフワしてて、風の吹くまま、流される。
雲のようにそのまま流れて、消えて無くなる。
みたいな。
って……そうか、オレっちは……。
オレっちは、死んだのか……。
「ーーい。--------なさいっ!」
ーー遠くの方で、声が聞こえる。この声は一体……?
死人の国にしては妙に馴染み深い声のような……。
あ、もしかして親父殿か? いや、男の声じゃねぇな。……お袋殿?
「起きなさい!! パック・ルーテル・フェニア!!!」
「うおおっ!?」
弾けるような怒声で、パックは跳ね起きる。
パックは生きていた。
全身に酷い火傷を負いつつも、五体満足でしっかりと。
火傷治療のためにゼリー状のカプセルに入っていたパックは、カプセルの蓋で強く頭を打つ。
「っつうう!?」
「こんのっ! こんのお馬鹿! おたんこなすのあんぽんたん!」
「ってぇ!?」
勢いよくパックの目の前の蓋が取り除かれ、ゼリー状のカプセルから引きずり出されたパックは目の前で星が散る。
強烈なビンタ。その犯人は……
「じょーおー、さま?」
「パック! パック・ルーテル・フェニア!!
貴方は十一年前のあの日に誓ったハズよ!
貴方の口から聞いたわ!!
『もう二度と、女王様にそんなカオはさせない』って!
貴方は誓ったわ!!」
サテラ・エレオノーラ・フェアリー。
妖精族の女王。
彼女の顔は……これ以上ないほど涙で濡れていた。
「それがどうよ! 私の顔を見てみなさいよ!
別に貴方を心配してこんな風になったワケじゃないけど!
絶対に無いけど!!! 絶対!!!!
でも! 私をまた泣いてるわよ!!?」
あの日。妖精族が滅ぼされ、実験場に連れてこられたあの日。
サテラは女王に即位して初めて、涙を零した。
誰も見ていない、実験場の片隅で。
誰にも見せられない涙を流した。
悔しさ、怒り、哀しみ……涙の理由は多々あった。
サテラの中で抑えられなくなった感情が、大粒の涙となって瞳から零れた。
しかして、誰にも見せられないその涙は。
同じように涙を零そうとした一人の男に見られてしまったのだが。
「オレっち……オレっちは……」
「アナタは爆発の寸前、実際はちょっと爆発してから……携帯していたユナちゃんの【転移】の魔具で強制的に戻されたのよぅ」
「ザフラ!?」
泣きじゃくるサテラの横から、ザフラが顔を覗かせる。
視線を泳がせれば、自分と同じように負傷した兵士たちの姿が映る。
「医務室……そっか、オレっちは助けて貰ったのか……」
「貴方が自分で【転移】すればそんなことをしなくても良かったの!!
ちゃんと私の話を聞きなさい!! 私を見て!!
貴方の誓いはどうなってるのよ!!!」
視線の浮つく部下の頬を両手で挟み、サテラは涙の溜まった瞳でパックの碧眼を覗き込む。
パックはその潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返して、
「……ノーカンにしてくんね?
ホラ、その涙はあの時とは違ってさ。
オレっちを心配してくれたのと、嬉し涙ってヤツじゃん?」
戯けて、そんな風にのたまった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
ちがっ、違うわよ!! 何言ってるの!!
違う!! 違うっ!!!!
もういいわ! 私は暇じゃないの!!
スミレちゃんのトコに戻るから!!」
サテラは乱暴にパックをカプセルに投げ捨て、司令室に戻っていく。
その顔は涙でぐしゃぐしゃで、あまりにも空気を読めないパックの発言に憤慨の様相を示していたが……。
本人の預かり知らない無意識に、ほんの少し、口角が上がっていた。
「ゴメンよ、じょーおーさま。
この戦いが終わったら、ちゃんと謝るからさ」
「見上げた忠誠心ねぇ。その忠誠心に免じて、今の状況を教えてあげるわぁ。
とは言っても、ワタシもさっき【転移】されて起きたところだから、話せることは少ないんだけど」
「あぁ、頼む」
ザフラは自分の知る戦況をパックに伝える。
自分の居た左方の部隊長グルノアは屠ったこと。
上空の戦況も、エリュアを倒したことでこちらの思い通りの展開を迎えていること。
そして……中央で戦うディアスが、死にかけているということを。
〜〜要塞都市前、上空。
帝国軍第五部隊長エリュアVS反乱軍諜報部隊隊長パック・ルーテル・フェニア。
勝者……パック・ルーテル・フェニア〜〜