第百二十六話ー強さの定義
「ヌフフフフフフ……アナタ、帝国兵のクセに良い筋肉してるじゃない……のぉ!」
「テメェこそ、気持ち悪ぃクズカマのクセに中々硬ぇじゃねぇか!」
反乱軍と帝国軍の激突する要塞都市前の主戦場……その左方。帝国軍兵士と反乱軍兵士が戦いを繰り広げている戦地にて、周囲の兵士たちを半ば巻き込みながら戦う二人がいた。
反乱軍補給部隊隊長、ザフラ・アルファロメオ。
帝国軍第四部隊長隊長、“怪人”グルノア・ロック。
その……二名である。
「だぁらぁ!」
振り下ろしたザフラのハンマーの横っ面をグルノアの拳が殴打する。
ゴキィン! ハンマーと拳がぶつかる音にしては異常な音が戦場に響き、ザフラのハンマーの軌道が逸らされた。
「【形質変化】……亜人族の擬態族の持つ【能力】よねぇ。
アレってこんな戦闘的な【能力】じゃなかったハズなんだけどぉ!?」
振り下ろしたハンマーを起点に、棒高跳びの要領でザフラは浮き上がり、グルノアのこめかみを目掛けて大木のような足で蹴りを放つ。
「オレをそこいらのゴミ共と同じように見てんじゃねえぞカマ野郎。
オレぁ帝国の部隊長なんだからよぉ!」
グルノアは軽く曲げた腕を押し上げることで蹴撃を回避し、反対側の拳をザフラに向けて繰り出す。
第四部隊長“怪人”グルノア・ロック。
袴のような衣服を履き、ほぼ剥き出しの上半身には無数の戦闘痕が刻まれている。
その体躯は巨人族のザフラには及ばないものの、二メートルを超える巨体。
群青の瞳は鷹のように鋭く、ザフラを捉える。
己の身体を自由自在に変質させる【形質変化】の使い手であり、グルノアはその鍛え上げた筋肉の肉体を鋼に変化させ、戦う。
対するザフラは、左手の物質を重たくする【過重】の【能力】を持つハンマーと、右手の蟷螂型のモンスターの鎌を用いて、グルノアと戦闘を行う。
「【絶縁の刃】!」
ザフラが右手を振るえば、真空刃のような透明な斬撃が飛び、グルノアの身体を通過する。
その攻撃はグルノアの身体を傷つけるには及ばない。
けれど、鋼色をしたグルノアの皮膚が元の肌色に戻っていた。
これこそ、巨人族であるザフラが手にするはずの無いーー帝国によって植えつけられた【能力】。
全ての魔法を切り裂き、無効化する【絶縁の刃】だ。
グルノアは一度後退し、腹立たしげに舌打ちをする。
「ああ゛あっ! ンどクセぇな! 転化ーー鋼!」
グルノアの身体の一筋の肌色が鈍い鉄色に変化……鋼となる。
拳を打ち合わせ、金属音をかき鳴らしてグルノアは再度前に出た。
「鋼拳衝打!」
鋼の右拳による……文字通りの鉄拳。なんの捻りもない真っ直ぐで重い拳打。ザフラはそれをハンマーの頭部を使って受け止める。
拳とハンマーのせめぎ合い。
ハンマーを吹き飛ばそうと拳に力を込めるグルノアと、それを防ごうとするザフラ。
互いに血管が浮き出るほど全力で力を込める。
果たして……押し合いは拮抗した。
「なんって力……!? 鍛え上げた巨人族の筋肉と張り合うなんて……っ!」
「そいつぁ、オレのセリフだぞキモカマ野郎……っ!
オレの力と、互角だと……!?」
両者が両者とも、驚愕の表情を浮かべた。
二人ともが己の肉体にーー鍛え上げた筋肉に自信を持っており、だからこそ拮抗したことに驚きを隠せなかったのだ。
「……ふっ!」
しかし、その動揺に身体を奪われている時間は無い。
浅く息を吐き、ザフラは手首を返して入り身を行い、器用に拳を受け流す。
伸びきった手に、崩れた姿勢。
格好の獲物となったグルノア。
ザフラはその標的に向かって、自由になったハンマーを振り下ろす。
「ンなモンこのオレの鋼の肉体にゃあ効きゃあしねぇんーー」
グルノアはその不利な状況下でも冷静だった。
伸びきった手を戻そうともせず、薄ら笑みだけすら浮かべて、ハンマーを迎え入れようとしている。
普通の人間ならグルノアの行動は意味がないように見え、ともすれば自殺行為にさえ写るが……グルノアがするのならば行動の意味は違ってくる。
彼の鋼の肉体に、鍛え上げた筋肉があれば……逆に攻撃してきた武器を破壊することも可能なのだ。
それを分かっていてなお、ザフラの方も薄っすらと笑みを浮かべた。
「【過重】鉄鎚!!」
「っ、がァッ!?」
【過重】により、重さを増したザフラのハンマー。
重力に引っ張られ、落下の速度が上がって不規則な動きをした鋼鉄の鎚の一撃を……グルノアは頭で受けた。
通常の人間の頭はもちろん、たとえ鋼の塊だろうと原型を留めなくなるだろう痛恨の一撃。
その一撃を受け、グルノアは……
「ーーってぇなこのゴミカマ!!」
「なっ!? っぐぅ!!」
平然と、無傷。群青の瞳がザフラを射抜き、鋼鉄の脚がザフラの腹を蹴り抜いた。
ザフラは僅かなりとも威力を軽減させるため、蹴りの方向に合わせて反射的に後方へと跳んだ。
その際、ザフラは何人か人間を巻き込み、吹き飛んでいく。
鍛え上げた反乱軍たちは危機を察知し、回避することができたが、決まった仕事のみをこなす死人の軍隊はザフラの巨体を避けることは叶わない。
ーーただの鋼じゃあワタシの【過重】は防げない。まさか、被弾の直前に異なる物質に変化した? ……いいえ、その気配は無かったわぁ。だったら、今のはぁ……っ!
「【硬化】……いいえ、その上!
【堅化】! それがアナタの二つ目の【能力】ってワケなのね!」
「だったら……どうしたぁ!!!」
グルノア・ロックはエレナ・ドンドンより改造手術を受けていた。
それはガルゴウラという【堅化】の【能力】を持つ亀型モンスターの甲羅を身体に埋め込むというもの。
結果、グルノアは自身の体に【堅化】の【能力】を付与することが可能となり、鋼の身体は不壊とも呼べるほどの堅牢さに昇華されたのだ!
「大地の咆哮!」
ザフラはハンマーで地面を叩き、後方へ飛ぶベクトルを軽減しつつ、地属性の魔力を大地に流す。
地面がうねり、幾本もの巨大な土槍がグルノアに対して矛先を向ける。
「そんなチンケな攻撃が!
オレに効くとでも思ってんのかぁ!?」
が、どれほどの数の槍がグルノアに突き刺さろうと……無意味。
ザフラへ追撃を掛けようと駆けているグルノアの鋼の身体に激突した途端、土槍は無残に砕けて砂と化す。
ザフラは小さく舌打ちをし、すぐ目の前まで迫ってきたグルノアに、右手の鎌を振り下ろした。
「【絶縁の刃】!」
「っ、とぉ!」
ザフラの鎌がグルノアの頬を浅く切り裂く。
ザフラの【絶縁の刃】は全ての魔法を切り裂く。
【能力】だろうとなんだろうと、問答無用でだ。
【絶縁の刃】がグルノアの額に触れた瞬間、鋼の皮膚は弾力のある人肌に戻り、ザフラの鎌が、グルノアの皮膚を裂いたのだ。
「む~ふふん、せっかくの硬いモノもこの刃の前じゃ形無しねぇ」
「言ってろこの変態カマ野郎。こんな擦り傷程度じゃあオレの硬さを超えた内にならねぇよ」
人肌に戻された皮膚を指でなぞり、グルノアの皮膚が再び硬質な鋼と化す。
【堅化】とあわせることで唯一無二の硬さを手に入れた身体に変化する。
「硬さこそ強さ! 強さこそ! 強さだけが!
この曖昧な世で、絶対無二の明確な基準だ!」
グルノアは足を深く折り曲げ、姿勢を低くし、分かりやすく突撃の姿勢を取る。
見え見えであからさまな攻撃の構え。
訝しむザフラだが、こちらもこちらで攻勢の意思を固める。
ーーカウンターで、その首……落としてあげるわぁ。
右手の鎌を妖しく光らせ、ザフラは迎撃の構えを、
「天撃!!」
取る間も無く、その突進をまともに受けてしまった。
胴体に突き刺さるグルノアの身体。メキメキと音を立てて骨が折れていく。
超高速の突撃。鋼の身体、【堅化】まで加えたグルノアの身体がザフラの身体を穿つ。
隕石よりも硬く、隕石よりも速い一撃。
その様はまるで……一筋の光線!
「ぁ……っぐ……」
ーー肋が折られた……っ!
でも……衝撃に逆らわなかったおかげで背骨はまだ生きてる……わぁ。
三メートルはあるザフラの巨体が空を舞う。
射線上にいた人間の悉くを巻き込んで、ザフラは吹き飛ばされた。
ーー今のは、恐らく【バンフ】。
実験場で見た【能力】と同じ。でもぉ、コレは……
【バンフ】。注いだ魔力に比例した超スピードで、一直線に突進するだけの【能力】である。
利点としては加速も助走もいらず、初速からトップスピードを出せることだ。
今回のように、突撃の構えを取ってから【バンフ】を発動させ、迎撃のタイミングをズラすのが常套戦術である。
ーー実験場の時と……っ、あまりにもぉ……。
威力が違いすぎるわぁ……っ!
「硬さは強さ。強さこそがこの世の中で唯一の、絶対の基準だ」
戦場を、鋼鉄が闊歩する。
流れ魔法も不意打ちも、彼にとっては恐るるに足らない。
その鋼の身体は何物をも寄せ付けない。
全てを拒絶し、打ち砕く。
「この世にゃあ強ぇ奴と弱ぇ奴がいる。
弱ぇ奴ぁ、強ぇ奴に殺されるしかねぇ。
それが……人間だろうがモンスターだろうが、この世界で生きるモン全部に共通する真理だろうが」
グルノア・ロック。彼の世界は単純だ。
世界は強さと弱さでしか定義されず、弱肉強食こそが彼の真実。
「帝国はこの大陸で一番強ぇ国だ。強くもねぇカルミアのテメェらは殺されるしかねぇんだよ。
死ぬのが嫌なら、黙って飼い殺されてりゃあいい」
グルノアはザフラの前で立ち止まり、右手で彼の頭を掴んで自身の胸の前まで持ち上げる。
「それでも逆らうってんなら……死ぬしかねぇ。
これから先のゴミクズ共が、一片の反抗心も抱かねぇように……テメェはオレが、無惨に殺してやるよ」
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ザフラの視界に見える鋼の拳。
それが自身に迫ってくる中、彼の頭は存外に冷静を保っていた。
ーー肋が折れてるのは……なんとかできるわぁ。気合さえあれば、どうとでもねぇ。
ザフラの顔面に拳が入る。鋼の拳がザフラの鼻っ柱をへし折り、生暖かい感触がザフラの顎の下を伝っていく。
ーー問題は【バンフ】。あの【能力】が……グルノア自身の【形質変化】と【堅化】の【能力】に合いすぎてるのよ。アレの突進は……おそらくディアスでも止められないわぁ。
頭に掴んでいた手が離され、代わりに入るアッパー。
グルノアの鉄の拳と鍛えた筋肉がザフラの体を浮かせる。
ーーハンマーの一撃は、鋼の身体に【堅化】を合わせたグルノアには効果が薄い。
だったら、【絶縁の刃】だけがアタシができる有効な攻撃よねぇ。
でも……当然グルノアはそのことを分かっていて、警戒もしているわぁ。
次いで放たれるソバット。
ザフラの巨体が地面を跳ねていく。
ーーそれなら……
ザフラは思考を纏めていく。
傷ついた身体で、吹き飛ばされながら勝ち筋を模索する。
射線上にあった壁の如き大きさの岩にザフラは打ち付けられ、止まる。
ザフラの視界には、追撃を掛けようとしているグルノアの姿が写っていた。
「そのまま潰れて死ね! クズカマ野郎!!」
グルノアの袴が強い黄色の光を放つ。
魔具である袴から発動される【能力】は【バンフ】。
発光の量から考えるに、先ほどまでよりも速い一撃がザフラを襲うのだろう。
肋が折れ、満足に動けないザフラはその攻撃を避けられない。
ゆえに、【バンフ】を撃つとザフラに露見しても構わない。
見え見えの攻撃だろうと、ことこの状況にーーザフラの回避が追いつかないこの状況に至ってしまえば問題ないからだ。
このままマトモに攻撃を受ければ、巨大岩とグルノアに挟まれたザフラは潰され、ミンチになってしまうだろう。
「天撃!!!」
飛来してくる強大な鋼鉄。隕石よりも重く、硬い一撃。
その攻撃はザフラの目で追うのがやっと。見えているだけの状態。見てからの反応は不可能。
だから、ザフラは……
「死ぬのはアナタよ……【絶縁の刃】!!」
身体の前で、その刃を構えたのだ。
左手はハンマーを持ったまま、拳を作って鎌の峰に当て、支える。
ちょうどザフラの胸板を【絶縁の刃】が横断する形に刃を持っていく。
腰を落とすことで、その刃はグルノアの軌道上に乗ることになる。
避けられない攻撃なら、避けなければいい。利用すればいい。
ザフラがグルノアの攻撃を避けられないように、グルノアも【バンフ】による突進の軌道を変えられないのだ。
不退転の覚悟と、度胸さえあればどんなピンチもチャンスとなる。
もはや自力で止まることはできないグルノアは、その断頭台に自ら突っ込んでいくしかない!
「甘ぇよ。ゴミカマ野郎」
だが……ザフラのその考えは現実には当てはまらなかった。
グルノアは両断されることなく、ザフラに向かって突進してきたのだ。
身体の前を交差させた腕で……生身であるその腕で……ザフラの刃を受け止めて!
「なっ……!?」
「硬さは強さ。強さが全て。そう言ったよなぁ! オカマ野郎!」
右手の刃はグルノアの腕を半分ほど切り裂いて止められていた。
刃が競り合っていたのは……モンスターの甲羅。
改造手術により、皮膚の下に移植した……ガルゴウラの甲羅だ!
魔力を通さなくとも。魔法や【能力】を使うまでもなく。
グルノアの肉体は十分に硬く、盾としての役割を果たしていていたのだ!
「終わりだ!! 死にさらせぇええ!!!」
骨が砕ける音を立ててザフラの身体が押し潰されていく。
岩と鋼鉄に挟まれ、圧殺されていく。
「硬さは強さ! 弱ぇ奴は強ぇ奴に逆らえねぇ!
この世界はそんな風にできてんだよ!!
オレより柔いテメェはここで死ね!!
帝国より弱ぇカルミアはここで終われ!!
強ぇオレに! 最強の帝国に!!
逆らうんじゃねええええええっっ!!!!」
めきょめきょと空き缶を潰したような音と共にザフラの右手の刃がひしゃげる。
グルノアの鋼鉄の肉体に刃が潰れ、刃物としての役割を失う。
圧され、圧迫され、右手の残骸が胸に食い込んでいく。
折れた肋骨がさらに軋み、胴回りの細胞が体の端に追いやられるような感覚。
視界が赤と白で明滅し、眼球が飛び出してしまいそうな衝撃。
体中の血が口から鼻から耳から目から噴出する。
文字通りの意味で四肢が弾け飛びそうな感覚に苛まれるザフラは……
「……う。がぁ、っ。っかぁ。ぼぇ……。 黙りなさ……い!!
力だけの強さなんて……う、ぁぇ。 何のっ意味もっ! ありはしないのよ!!!」
煌々と、橙の瞳を光らせていた。
まだ、彼は勝利を手放してなどいない。
『自分が負ければ誰かが死ぬ。死ぬほど辛くて倒れそうでも目の前の相手だけには負けるな』
反乱軍カルミアの全員が共有している考えであり、全員が胸の内で燃やす覚悟だ。
カルミアは誰一人。死ぬことはおろか負けることも許されていないのだ。
勝ち筋が一つ潰された程度で負けを認めるつもりなどさらさらない。
もう理不尽は終わりなのだ。弱者が虐げられる時代は終わりなのだ。
強さだけがまかり通り、理不尽が大手を振って闊歩する帝国の支配は……今日で終わらせると決めたのだ。
その覚悟を身体全身に漲らせ、その想いを声に出し、ザフラは最後の攻勢に出る。
「弱、くても! 強くても! 硬くてもっ柔くても、ぉ! 男でも! 女でっ、も!
どんな種族だろうと!!
手を取り合って笑えるのよ! 愛し合うことができるのよ!! 一緒に明日を生きていけるのよ!!!
力が強さじゃ無い……っ! そんなものは強さじゃ無い……っ!!」
ザフラは全身に力を入れ、押し潰されそうになるのを必死に堪える。
少しでも力を抜けば即、肉体が四散するほどの圧力。
潰されるか潰されないかのその瀬戸際で……ザフラはゆっくりと左手を持ち上げた。
「ワタシの中から湧き上がってくるこの力が! ワタシを奮い立たせるこのエネルギーが!!
一人きりじゃあ決して生み出すことのできないこのパワーが!!!
強さなのよぉぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
振り上げたザフラのハンマーが強烈な茶色の魔力光を放つ。
不本意な改造を受け、蟲皇アガレアレプトの鎌を右腕と挿げ替えられたザフラ。
アガレアレプトの魔力とザフラの魔力は混ざり合い、魔力合成を起こして彼の素の魔力量は大幅に底上げされた。
その全魔力を、ザフラはハンマーに注ぎ込む。
「【過重】【過重】【過重】……っ!!!!」
「無駄なことを……すんじゃあねぇよ! オレの硬さの前にゃあテメェのハンマーは効かねぇって分かったろうが!」
グルノアの悪態を右から左へ聞き流し、ザフラはさらに魔力を込める。
「【過重】【過重】【過重】……っ!!!!」
ザフラの左手が支えられる限界の重さ。片腕で支えられる最大の重量。
身体も意識も吹き飛んでしまいそうな中、意地に近い覚悟だけでザフラは全てに耐え続ける。
その手の鎚は重い。気を抜くとザフラの手をすり抜けて落ちてしまうだろう。
しかし、ザフラは手放さない。離さない。
その重い鎚を握りしめて……落とさない。
決して。絶対に。
その重みは、仲間の命や、これからの未来が伸し掛かったものだから。
カルミアが目標とする……スミレが目指し、皆が望むその未来の重み。
その重みを、その未来を、ザフラは決して手放さない!
「巨震撼!!!!!!」
重さの限りを尽くした鉄槌。
過大に膨れ上がった重量のハンマーを、ザフラは一息に振り下ろした!
「っくッッッ! ッソがあああああああああああああああ!!!!!」
けれどしかし、そこまで重さを増したハンマーの直撃を受けても……グルノアは耐える。
その重みによる一撃はグルノアの足元の地面を陥没させていくだけで、彼自身にはダメージを与えない。
鋼鉄を超えた彼の肉体に傷をつけることはない。
「【過重】【過重】【過重】【過重】ーーーーっ!!!」
ザフラのハンマーはさらに重みを増す。
重く。重く。重く。重く。重く。重く!
どこまでも、際限なく、限りなく!
「っンのっォ!! クソカマがァあああああああああああああ!!!
効かねぇっつってんのが分かんねぇのかァあああああああああ!!!!」
グルノアは鬱陶しげに吼える。ザフラのハンマーの重みはとうとうグルノアの【バンフ】の勢いを殺すまでに至ったのだ!
だが、そこまで至ってもグルノアは無傷。
ザフラのハンマーの重みで、この戦場にクレーターが刻まれるだけだ。
「【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】ーーーーっ!!!!!」
「っンだ!? ンだコレぁ!?」
グルノアの身体が大地に沈んでいく。材木に釘を打ちつけるが如く、ザフラはグルノアを大地に向けて押し潰す!
その過剰すぎる重さをもってしても、グルノアの硬さは超えられない。
だが、地面まではそうはいかない。
むしろグルノアが硬ければ硬いほど、グルノアは地面に撃ち込まれていく。
「【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】ーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
「ック、ソがァ! クソがクソがクソがクソがクソがァあああああああああああああああああ!!!
この……オレが……っ! こんなっ、ゴミカマ野郎に……!!!」
もはやグルノアは胸板のあたりにまで地面に埋まっている。
クレーターができたことでかなり深い地層の……硬い岩盤に沈んだグルノアは、下半身の自由が効かない。
このまま頭まで沈められてしまえば、さらに深い地層に埋められてしまえば、もはやグルノアに為す術はなくなる。
両腕の自由も効かなくなったグルノア。頭のみが地上に顔を出しているような、そのような状態にまでグルノアは追い詰められた。
もちろん、少し時間をかければ脱出は可能だが……その少しの時間をザフラが許す道理はない。
ザフラはハンマー自重でゴリ押すのを止め、反動をつけて大きく振りかぶった。
「こンっの!!!! こんのっ! カマ野郎がァあああああああああああああああああああ!!!!!」
「終わりよ。第四部隊長“怪人”グルノア・ロック。
初めの宣言通り! 叩き潰してあげる!!」
【過重】をかける。重さを増す。
足を踏ん張り、腕を高く上げる。
巨人の鉄槌が、下される。
「巨震撼!!!!!!」
その一撃は地を破壊し、より一層深きクレーターを戦場に刻む。
地表はことごとく粉砕され、地震が兵士たちを襲う。
その爆心地、震源に佇むは巨漢の大男。
桃色の短髪を逆立たせ、満身創痍の身でありながら爛々と橙の瞳を輝かせる巨人族。
彼の足元には地獄に繋がっているのかと想像するほどの深き穴が開いており、何人もその奈落から這い上がることはできないだろう。
ザフラは負けることなく、勝利を手にした。
周囲にいたカルミアの兵士たちにそのことが伝わり、勝利の気運が伝播する。
意気が萎えかけていた兵士も、苦しげな兵士も、己を奮い立たせて戦う。
帝国軍の部隊長の撃破はそれだけ大きなコトなのだ。
そんな大業を成し遂げたザフラは意識を手放し、無造作に地面に倒れこむ。
その左手のハンマーを……握りしめたままに。
~~要塞都市前、左方。
帝国軍第四部隊長グルノア・ロックVSカルミア補給部隊隊長ザフラ・アルファロメオ。
勝者……ザフラ・アルファロメオ。~~