第十三話ー嵐の夜の襲撃
カイルのかくれんぼ修行から一週間と四日程経った。現在は夕刻、修行を終え、全員が洞窟に集まっている次第である。
「カイル君の魔力探知も、ようやっと板についてきた感じじゃのう」
この男はゲンスイ、先の大反乱の全軍総大将を務めた男だ。超人族という珍しい種族の男でもある。
白髪に長い顎ヒゲの老人。袴に羽織という和風な衣装を粋に着こなし、閉じられたように見える目からはこの場にいる者へ対する少なくない慈愛の感情を感じとることが出来る。端から見れば何処にでもいる好好爺だ。その視線が一点に固定されていなければ、の話だが……
「ゲンスイさん……どうしてそれをわたしに向かって言うんですか? それはカイルさんに対する言葉でしょう?」
答えるのはユナ。稀有な闇属性を持つ少女だ。白い膝下ワンピースに黒いタイツ。襟元には黒いリボンが置かれ、腕には漆黒のブレスレットが二つに、深紅の宝石のネックレス。腰の少し上に巻かれたベルトはユナの胸を強調しようと努力している。
魅入られる程綺麗な黒髪に、黒い瞳。整った顔は将来の有望さがありありと浮かぶ。だが、その顔にはゲンスイに対する呆れた表情が全面に押し出されているのはご愛嬌だろうか。
「む、しまった。うっかりしておったわ」
「何がしまった、やねん。無意識の内にユナちゃんを見るとかお前真剣に犯罪者やろ」
軽いノリでツッコミを入れるのはジャック。小人族の男で身長は約一メートル。ライオンの鬣のようにセットされた赤い髪に、金色の瞳。ゆったりとした灰色パンプスに 水色のインナー、オレンジのパーカーが今日のジャックの服装だ。これは暇だから、とユナが何故か大量に置いてあった女の子用の服から見繕ったものである。
腰のベルトには魔具製作のための装備がズラッと並んでおり、そのベルトとジャックは切っても切れない関係を築いている。
「ハッ! ジジイが変なのはいつものことだろ? 今更気にする程のことでもねぇよ」
ジャックの意見に同意するように喋るのはリュウセイ。雷属性、有翼族の男である。
短く無造作にされたプラチナブロンドの髪に緑眼。最初に会ったときと変わらない黒の道着を着ている。ちなみに彼は同じ服をいくつも持っていてそれを着回しているだけである。
そのリュウセイの横に座るのはカイル。火属性で、リュウセイと同じ髪の毛、同じ瞳、同じ顔の男だ。緑色のつなぎからやっと脱却したカイルは現在、ユナに繕ってもらった薄緑の長ズボンにやたら袖口が広い白いトップスに炎を連想させる赤いマフラーをしている。
正直この二人が同じ服を着ていたら区別はつかないだろう。しかし、彼らの身内の言を引用させてもらうなら
『リュウセイの方が目付きが悪い』
らしいのだか、一般人には分からない領域だ。今は服も違うし、リュウセイの腰にはジャックの打った刀〝小竜景光〟が差されているので、見分けがつく。その刀についての詳細は追々語られるだろう。
いつの間にやらカイル達がカルト山を訪れて二週間が経った。この食後の談笑は恒例となっており、帝国からすれば極悪人極まりない面々が日々会話を楽しんでいるこの状況は、彼らが再び反乱の波を巻き起こさんと画策しているように見えるだろう。
しかし、場の空気は非常に和やかなものである。
一つのテーブルを五人で囲み、今日の出来事や思ったことを言い合う様子は、まるで家族のようだ。冗談や軽口が飛び交い、笑い声が洞窟にこだまするこの状況を和やかでないというのなら、一体なんというのか。
……まぁ、極々稀にユナの胸に関する言葉で地雷を踏んだものが制裁を受け、カタコトでしか話せなくなってしまうというアクシデントもあるが、概ね和やかであると言っていい。誰がなんと言おうと和やかなのだ。和やかである。
これだけ言えば納得してもらえたと思う。
そして、この“団欒”はこの場の全員に安らぎを与えていた。
生き別れになった孫を思うゲンスイ
家族と決別したジャック
孤独を過ごしてきたユナ
家族すら忘れてしまったリュウセイとカイル
全員が忘れてしまったこの“団欒”の時間は心の中の空白を、空虚だった日々を、積み重ならなかった虚無の年月を、暖かく、じんわりと染み入るように埋めていった。
人は独りでは生きていけない。昔から言われていることだ。これはなにも人に限った話ではない。ウサギは一匹で放置すると寂しさで死んでしまうという。孤独感は生物を殺すことも出来る。
集団でいれば、孤独が癒されるのかと言えばそうでもない。集団の中でも孤立はするし、孤立していなくとも何処か馴染めないしこりのようなものを感じる時もある。
ではどうすれば孤独は癒されるのか。一概にこれという答えは存在しない。そんなものは個々人の捉え方によって変化するからだ。
一人でぬいぐるみと喋るだけで癒される者
他人と意見が噛み合ったときに癒される者
恋人と過ごしているときに癒される者
様々な癒され方が存在する人の世で、この五人は如何様にして孤独の空白を埋められたのだろうか。どのようにして独りではないと感じたのだろうか。それは--、
五人の中にそれぞれが家族を見いだしたから。
それが五人の空白を埋めている。この団欒が、本物の家族を彷彿とさせるほど心地よいもので、お互いを底抜けに信用しているからこその癒しなのだ。出会ってから二週間しか経っていないが、似たような孤独を持つ五人にとって、時間はさほど重要なことではなかったのだ。
「『終焉は絶望為らず、終焉に悲懐を抱けど、絶望を抱くべからず。終焉なる者は虚空の存在と成り果て、積重の思いは届くこと能わず。残影は幻、残月を望むべからず。日輪の産まれを望み、彼方への歩みを進めよ』」
「なんだよ、ソレ?」
「ワシの妻の言葉じゃよ。もう随分前に死別してしもうたがのう」
「へぇ、ワイもはじめて聞く話やな。っていうか妻ってまさかロリ……」
「そんな訳なかろう。何処にでもいるような婆さんじゃったよ……ちょっとばかし強くて、ひねくれておったがの……」
「その言葉ってどういう意味なんですか?」
「いつか分かる日が来る。それまで待つといい。この言葉が理解出来たとき、ワシは人間として強くなれた。いや、生まれ変わったのじゃ!
この言葉でワシはロリの可能性に気付けたのじゃからなっ!!」
「やっぱり理解しなくていいです」
「冗談じゃよ冗談。そうじゃのう……少しばかりヒントをやろうか」
「ハッ! まともなヒントじゃなかったらぶった切るぞジジイ」
「やれるもんならやってみろこのバカ弟子が。ワシを切ろうなぞ百年ばかり年が足らんわ。齢三百のワシを舐めるな。
この言葉はの……遺言なのじゃよ」
「遺言ってなんだ?」
「アホっ。んなことも知らんのかっ。遺言ってうのはな、死んだもんが生きてるもんに遺す言葉のことや」
「遺す言葉……?」
「さて、難しい話は終わりじゃ。もう今日は寝るぞい。今夜は嵐になりそうじゃ。皆、しっかりと備えて寝るのじゃぞ。風邪など引かぬように防寒はしっかりとな」
「だったら俺らにベッドを寄越しやがれ」
「ほんまやでっ! ワイらはずっと床やんけ!」
「だまれっ! 年寄りは労らんかっ!!」
「労る必要を感じへんなぁ!!」
「このロリコンジジイ」
「ふんっ何とでも吠えとればよいわ。貴様らの寝場所なぞ、床で充分じゃっ!!
それでは、ユナちゃん。おやすみ」
「おやすみなさいー……」
「クッソジジイ……夜中覚悟しとけよ?」
「おやすみー」
「おーう、おやすみー」
「テメーらもあっさり寝てんじゃねぇよ!」
カイルとジャックがあっさりと床で寝る。一応抵抗はしたもののもうどうしようもないと悟っているようだ。
「っとにテメーらは考えなしに行動しやがって……」
ハァーッ、と大きくため息をつく。
呆れた顔で寝入った四人を見渡して……
「おやすみ」
と小さく呟いてリュウセイも眠りについた。
――――――――――――――――――――
リュウセイ達が寝入った同時刻、ヨークタウンでの事……
「かなリ時間ガかかっちゃったナァ、途中寄り道しちゃったケド、帝都カラここまで来るのに一週間ぐらイ……モウちょっと早く来れたラ良かったノニ」
ピンク色に煌めく色町を、場違いな少年が闊歩する。首元にかかる程度の白髪に、血のような赤い目。健康的な肌色の肌、ジャックと同じくらいの背の丈。黒い、大きなフードつきマントを身に纏い、少年は色町を歩く。
しかし、それを咎めるものなどいない。その少年のあまりに濃密な魔力の気配に魔力探知を使えないものですら何かしらのものを感じ取り、皆娼館からでてこない。無人の道を意に介さず、帝王の如き足取りで少年は進む。
その少年の腰には不釣り合いな〝刀〟が差げられていた。少年の背丈の倍はある長刀だが、地面を引き摺る不様な様子を呈することなく、しっかりと左腰に差されている。左手で鍔の上の鞘部分を握り地面を擦らないようにしている。
いや、違う。これは地面を擦らないようにしているのではない。鍔に親指を当て、何時でも抜けるようにしているのだ。この刀を差げた時から臨戦体勢。少年の在り方はそれを体現していた。
「でも、マァ、いいカ。都合の良いこと二今晩は嵐になりソウダ。
嵐を待っテ、今晩攻めるとしヨウ」
少年は空を仰ぎ、目を細めて言う。遠くの空に見える嵐の予兆を見据えて、とても満足そうに。
「楽しみだナァ」
第一部隊長トイフェルは歪な笑みを浮かべる。
カイル達に“嵐”が迫っていた。
――――――――――――――――――――
「おい、ジジイ」
「気付いておるわバカ弟子が」
「む……うぅ」
リュウセイ、ゲンスイ、カイルが目を覚ます。二人の目付きは険しく、洞窟の入り口をじっと見つめる。カイルは半分寝ているようだが。
「いい加減起きろバカイル。ジャックも起きやがれ」
リュウセイは洞窟の入り口を見つめたまま、カイルを殴り、寝ているジャックを踏みつけた。
「「いってぇ!!!」」
二人は目を覚まし、リュウセイを睨む。
しかし、ただならぬ空気に二人の怒りはすぐに引っ込む。
「なにか…「なにかあったんですか?」
ユナがカイルの発言に口を挟む。カイルは落ち込みそうになるが、そんな状況ではないと思い直し、自分が寝ぼけつつも起きた理由を思い出した。
「追っ手が来たのか……」
「おそらくのう、カイル君達を追ってきたのじゃろう。まぁ想定内じゃよ。
それにしてもカイル君。寝ていながらも追っ手の魔力を察知できたのなら、魔力探知はマスターしたと言ってよいじゃろう」
「この状況で何言ってんだジジイ。んなことたぁ、今はどうでもいいんだよ」
「でも、ゲンスイさんがいるのなら追っ手なんて簡単に退けられるんじゃ……」
「魔力探知で感じる魔力は小さいがのう。そんなもの達人でもなれば漏れでる魔力を抑えることなど容易い」
「そして、問題はこの嵐の中、敵がたった一人だってことなんだよ。
ハッ! 笑えねぇ。俺達なんざ一人で充分だってのか?」
「一人……ってことは少なくとも部隊長クラスはありそうやな」
「誰が来てもぶっ倒せばいいんだろ?」
「あぁ、そうだ。ぶった切ればいいんだ」
「た、頼もしいと言うか物騒と言うか……微妙なところですね」
「いヤー、とても頼もしくテいいと思うヨ?」
「いやー、でも一概にそうとは言え……え?」
「っ!!!!! ユナっ!!!!!」
カイルが咄嗟にユナとトイフェルの間に立ち、フェルプスを展開する。いや、カイルだけではない。
リュウセイもトイフェルに小竜景光を向けている。
少し遅れてジャックもユナを守りにいった。
――なんだっ!? コイツいつの間にここに!? さっきまで確かに魔力感知してたのに……どうなってんだよっ!? リュウセイもほとんど反応出来てなかった……こいつ一体……?――
「フフン♪ 遅いネェ。こんナ奴等にどうシテ〝ソロモン〟を持ってきたのか分からナクなって来たジャないカ。
こんナ弱くテ、矮小な存在、ボクが相手をするまでもないネ」
「テメッ、言わせておけばっ!」
リュウセイが挑発に乗せられ、動いてしまう。いや、動かざるを得なかった。自分より遥か雲の上の存在と相対し、その実力が分かってしまったとき、人はプレッシャーを感じる。
そのプレッシャーによるストレスは人を焦らせ、動かないと殺られるという疑念を増幅させ、攻撃に走らせる。
「バカっ、止まれリュウセイっ!!」
「七星流・陸の型・天満星!!」
ジャックの静止も聞かずに技を繰り出すリュウセイ。
天に星が満ち溢れ、一つの大きな星に見えることがある。星団や天の川などがそうだ。
昔の人々はその幻想的な風景を描写するのに、ふさわしい言葉を思い付かず、天に満ちる星々という意味の言葉、天満星を作ったという。
リュウセイの天満星はそれを体現するように凄まじい突きを繰り出す技だ。ほぼ同時に放たれる幾百もの突きはさながら本物の天満星のように視界を埋めつくし、黄色い閃光が洞窟に溢れかえる。
しかし、それを見てもトイフェルは全く動じないどころか、少し呆れているようで……
「粗いネ、その上遅イ。ナンのためにワクワクして、ここマデ来たのか分かんないヨ」
リュウセイの天満星に対して防御するでもなく。今までと同じように立ち尽くすトイフェル。
だが、その身体が雷の奔流に包まれようと、押さえ込まれた濃密な魔力の気配が消えることもなく、リュウセイの方もどこか手応えのなさを感じとり、額に汗が浮かぶ。
まるで空気を切っているかのような手応えのなさ。いやこれはまるで全ての突きを避けているような……そう感じたリュウセイはさらに冷や汗を流した。
「マァ、ウィルなら倒せてモ、これじゃあ他の部隊長は無理だネ。ほんと損したヨ」
強烈な破裂音がしたかと思うとリュウセイが吹っ飛ばされる。何をされたのか、なぜ天満星を受けて平然としているのか、それをこの場のほとんどの者が理解できていないまま、トイフェルは先程と全く変わらない姿勢でその場所に佇んでいた。
その表情は酷く不機嫌そうで、子供のように頬を膨らませているが、愛くるしさなどどこにもなく、カイル達は強烈な悪寒を感じる。
「不愉快ダ。折角期待してきたノニ、こんナ雑魚を相手させらレルなんテ……。もう死んじゃえバ?」
瞬間の出来事だった。
死んじゃえバ?
そんな何気無さげなトイフェルの言葉に込められた殺意を過度に感じ取って、全員が警戒レベルを最大にまで上げる。
上げたハズだった。
いや、事実警戒はしていたであろう。そんなカイル達の警戒をなんの障害とも思わないかのような出来事だった。
トイフェルはその場から動いていなかったのに……
何もしていなかったハズなのに……誰も動くことが出来ないまま……
リュウセイの首が落とされた。
「~~~~っっっ!!」
「嘘やろ……」
「リュウセェェエエェエエエエエエエエェェエエエェェエェェェエエ!!!!!」
ユナは絶句し、ジャックは呆然とその惨状を見つめ、カイルの慟哭が洞窟を揺らす。
誰も信じることなど出来なかった。
命とは、こんなにあっさり散って良いものなのか。受け入れ難い現実が押し寄せてくるが、飛び散った血の飛沫がどうしようもなく、それが現実であると突きつける。飛散した生々しい血の感触が……傍に居たカイル達の頬を伝って流れていく。
「つまんナイ……つまんナイヨ。コレなら「だまれぇぇっ!!!」ン?」
涙で顔を濡らしながらカイルはトイフェルを睨む。怒りに身体を打ち震わせ、彼の意思とは関係なく溢れでてくる炎はカイルの怒りに呼応しているようだ。
「やっと見つけた……俺の兄弟を……家族を……お前は……!!!」
怒り、怨み、悲しみ、憎しみ、それら負の感情を讃えたカイルの目がトイフェルに向けられる。そんな目を向けられてなお不機嫌そうにトイフェルは言う。
「知らないよソンナノ。弱いソイツが悪いんじゃナイカ」
もうリュウセイに興味をなくしたトイフェルは事も無げに言い放つ。口調は投げやりになり、この任務も心底どうでもよさそうだった。
「うるせぇえええええええぇぇえっ!!!」
右手に限界まで魔力を集中させ、出せる最高の魔法を具現化させる。
今のカイルの最大の攻撃魔法、〝コロナ〟だ。燃え盛る炎がトイフェルを喰らおうと躍り狂うようにして襲う。
……だが、その炎はトイフェルに届くことなく霧散する。カイル最大の技でさえ、トイフェルにとってはお遊びに過ぎない程度のものらしい。
殺されるっ! そう感じ、目を閉じたカイルだったが、いつまでたっても両断される感触を感じなかった。恐る恐る目を開けると、目の前にはジャックが凄まじい勢いで地魔法を連発していた。
「鉄鎖!! 金剛如意槍!! 日緋色鎚!!」
鉄の鎖、金剛の槍、日緋色の鎚。魔具によって生成された武器がありとあらゆる角度から飛んでいく。タイミングを少しずつずらし、角度もバラバラ、常人ならどれか一つはヒットするような技の強襲だ。
けれども……
それも全て、トイフェルに当たる直前で霧散してしまっている。
「邪魔だヨ」
その囁きともいえる小さな声の後、ジャックは己の身体が両断されていることを感じた。リュウセイと同じくなんの抵抗も出来ずに、地面へと落ちていくジャック。血の海が再び洞窟に広がる。それを見たカイルは己の不甲斐なさに、自分の非力さに、怒り、狂う。
「てんめぇぇええええぇぇええ!!!!!」
慟哭とも咆哮ともとれる叫び声を上げ、トイフェルに向かっていくカイル。右手のコロナは先程よりもさらに大きくなり、今度こそ目の前の存在を焼きつくさんとして大きく荒れ狂う。
しかし、それでもトイフェルには届かず、霧散して、カイルでさえも呆気なく、両断されてしまう。トイフェルは始めの位置から一歩も動いていない。
血の臭いが蔓延る洞窟内でトイフェルは深く、深く、ため息をつく。
「何のため二ここまで来たんだカ……アーあ、つまんナイの……。っト、闇属性の子がいルんだったっケ?
流石に連れて帰らナイとジャンヌに怒られるヨネー。
はーァ、こンナ雑用任務引き受けなキャ良かったナァ……」
トイフェルはユナの方を見やる。ユナは初めの位置から一歩も動くことが出来ずにいた。身体をあり得ないほどの震えさせ、涙が頬を伝うのを止めようとしない。目の前の凄惨な光景に目を奪われ、それを起こした張本人が目の前にして、恐怖で足がすくんでしまっている。
「残念だったネェ」
「こんな弱っちイ奴等と一緒に居たせいデ、キミは捕まルんだヨ?」
「折角今まデ逃げ切れていたノニ全部おじゃんダ」
「マァ、でもしょうがないサ」
「ボクが相手じゃどんな強いやつト旅をしようガ関係なかったンダシ」
「ボクを止めたかったラ帝王様とやりあえル位の人間と旅をしないとネ」
「そんな人間ガいたら真っ先二飛んでいくのはボクだけどネ」
「そんな人間、前ノ反乱の大将くらいだと思ウヨ」
「アハハ」
「もう死んじゃってル時点で頼りようモないカ」
「ボクに、イヤ、帝国二狙われたのガ運のツキだヨ」
トイフェルの言葉がユナに届いているのかは怪しい。しかし、強敵に会えなかった憂さ晴らしをするかのようにトイフェルの言葉は続く。
「ヨク今まで頑張ったヨ」
「エライエライ」
「キミの逃走能力は目を見張るモノがあるヨ」
「今後は逃走能力ジャなくて、闇の能力で帝国に貢献してネ」
「期待してるヨ」
「じゃア、逃げられないように両足を切り落としとこうカ」
「要らないデショ?」
「逃げルだけの足なんテ」
「大丈夫大丈夫」
「殺したりハしないカラ」
「じゃア、キミの足に別れを告げヨウ」
「バイバイ♪」
悪魔が笑みを浮かべた。