第百二十五話ーケジメ
ーー身体が痛い。けど、それ以上に頭が冴えていく。
スプルースの樹。それがマリンの背中に根を下ろしている植物の名前。
栄養分や、日光を奪い合う競合相手となる他種の植物を排するために、樹木全体に蓄えてある劇物となるエキスを、根から土壌に流す稀有な樹。
しかし、その成分は人間に対しては効果が薄い。
少量ならば、異常に酸っぱいだけで終わり、ある程度まで摂取すると有益にさえ作用する。
脳を活性化させ、思考速度を上げるという効果があるのだ。
だがまぁ、過剰に摂取すると人間にも劇物となるのは否めないのだが。
マリンはその成分をスプルースの樹の根から直接摂取している。
その量はマリンの脳を活性化させるのに役立っているが……時間が経てば、毒に変わることは間違いない。
その制限時間は……十分。
マリンはそれまでに、ヴァジュラとの戦いに決着をつけなければならないのだ。
「五漿魔法・細颪!」
全ての属性魔法が嵐となり、ヴァジュラに対して吹き荒れる。
五属性合成魔法、五漿魔法。
前人未到のその極致は、その嵐は全てを薙ぎはらう。
足元の地面の、幾重にも重なって構成される表層を丸ごと吹き飛ばすのはもちろんのこと。
元々そこに存在している空間すら吹き飛ばしていくように、嵐は吹き荒れていく。
これがマリン本来の力。この力こそ、マリンのーーマリンたちの本質。
全ての属性を持って産まれてきますように。
そう願われ、与えられた【不完全の万能】の変異!
ーーまだ自力じゃ、ちゃんと扱うことはできないけど……スプルースの樹を使って、それなりに使えるような段階に引き上げることはできる。
嵐がヴァジュラの居た場所を吹き抜けていく。
表層を吹き飛ばされ、不自然に荒れ均された地面。
マリンの放った嵐の射線上にいたヴァジュラは……
「三位合成魔法・不動明王!
三位合成魔法・太陽神の咆哮!」
一体の不動明王を現出させ、嵐を防いでいた。
ヴァジュラの使った不動明王の魔法は、多面多手の巨人の魔法とよく似た石像の魔法である。
多面多手の巨人との差異は、その目的にある。
後者の魔法は、ある程度遊撃にも使える汎用型の魔法であるのに対し、不動明王は専守防衛の魔法だ。
その堅牢なる石像は、動くことは叶わないがヴァジュラの持つ最硬の魔法である。
次いで不動明王の影から放たれる熱線。
付与された地、雷の魔法はその熱線の熱量を上げるための燃料となり、熱線は一筋の光となって空を焼く。
余波で地面を溶かしながら、マリンに向かって一直線に突き抜ける!
「五漿魔法・絶対の盾!!」
マリンの眼前に出現する、巨大な五角形の盾。
それぞれの頂点には各属性の光が昂然と輝き、全ての色が溶け合った盾がヴァジュラの放った熱線と激突する。
数秒間の激突の後、弾けた熱線が大地を溶解させていく中……マリンの背後の地面だけが無傷を保っていた。
ーーこの状態なら……五漿魔法なら!
暴走して、ワケ分かんないくらい強くなったヴァジュラに対抗できる!
「ケジメは……着けなきゃいけない。
あたしの手で。何としても!」
背中から生える木製の片翼が軋む音が聞こえた。
戦闘により発生した風に揺られ、背中に激痛が走るが……痛みは、今はどうだっていい。
何もできなかった、抗えなかったあの時とは違うのだ。
今、マリンは戦うことができる。
しっかりと、ケジメをつけることができる。
フィーナが死んで、堕落しきっていた自分に。
フィーナを殺した、憎い相手を殺すことで。
ケジメをつけることができる。
そのためなら、痛みなど問題にならない。
「五漿魔法・魔導防具・靴!」
マリンの靴を覆うように、龍種の使う【
龍醒】のような魔法が発現される。
荒れ狂う風を閉じ込めたような五漿魔法の靴。
風属性の配分が高いその靴で、マリンは地面を蹴りつけた。
「いみじ。憎し。わろしーー!
万物全て。世界の全て。いとど、いとどーー!
三位合成魔法・大地の拳!」
「恨みの感情を植え付けられた人造人間。
アンタは必ずあたしがぶっ壊してあげる!
アンタを作ったっていう“カミ”っていうヤツも、ただじゃ済まさせないわよ!」
マリンの蹴撃はまるでダンスでも踊っているかのように華麗で、激しい。
柔軟な身体で脚を鞭のようにしならせ、五漿魔法の蹴りをヴァジュラに向かって放つ。
対するヴァジュラは三位合成魔法の拳だ。
先ほどまでとは異なり、両手に発現したその魔法でマリンの蹴りに対応する。
一蹴りごと、一振りごとに嵐がこの場所を通過する。
火炎の礫が舞い、帯電した津波が大地を行進する。
「はぁぁああああぁあああっ!!!」
マリンは空中に魔力の足場を作成。
三次元空間を飛び回る立体駆動でさらにヴァジュラを攻め立てる。
背後から、頭上から、時には足元から。
人型をしている以上反応が遅れてしまうような位置から、マリンは蹴撃を繰り返すのだ。
「憎し、恨めしーー!」
「っはぁ!」
そんな攻防の果て、ヴァジュラの拳の二つともをマリンの蹴りが弾く。
生まれる隙。マリンはそれを見逃さず、さらに肉薄する!
「五漿魔法・魔導防具・額当て!」
「ぬ……ぅっ!」
五漿魔法による、頭突き。
単純な魔法攻撃ではないゆえ、攻撃力はそれほどでもないが、それでも。
直撃が与えるダメージは大きい。
「まだまだっ! まだまだぁっ!!」
ついで、首を狙って右斜め上からの袈裟懸けの蹴り下ろし。直撃。
腹を狙ったソバット。直撃。
それら二連の蹴撃ーー頭突きと合計して三撃を立て続けに受けたヴァジュラは後方に吹き飛んでいく。
「由由しーーいと、いとーー!!!
何故、認識されぬーー!
何故、見向きもされぬーー!」
空中で体勢を立て直し、着地したヴァジュラは口腔内に溜まった血と共に呪い言を吐き出す。
ヴァジュラは高度な知性を持つ人造人間であるが、暴走状態にある時、その知性は薄れてさらなる魔力が溢れ出す。
明確な意味を持つ言葉を喋らなくなり、断片的な意味を持つ言葉のみを、吐き出すのだ。
ーーヴァジュラは、レニングが作り出した肉体に“カミ”の魔力が流れ込むことで生まれた人造人間。
“カミ”の魔力はヴァジュラに三属性を与え、恨みという自我を与えた……ねぇ。
それが真実とするなら、その“カミ”ってヤツはとんでもない化け物ね。
帝王と同格の……もしかしたら、それ以上。
帝王が“カミ”っていうのも考えられる。
まぁ、何にせよ。
暴走状態のヴァジュラの言葉はきっとヒントになる。
ヴァジュラの言葉を辿って……“カミ”もにキッチリ、落とし前を着けさせてやるんだから!
「あな、いみじーー!!
あな、恨めしーー!!
真祖たる儂は、憎むべしーー!!
三位合成魔法・獄炎の稲妻!」
「でもその前にヴァジュラ! アンタからよ!
五漿魔法・天上の巌流!」
炎が岩を孕み、稲妻のカタチを取ってヴァジュラの手から放たれる。
その魔法は紅き稲妻。高熱を内包し、空を焼きながらマリンに迫る。
同時にマリンの手から放たれたのは、空を蹂躙する濁流。
射線上の全てを呑み込み、押し流しながら、ヴァジュラに迫る。
両者の魔法は激突しーーヴァジュラの魔法がマリンの魔法を貫いた。
「っうぅ!!」
ヴァジュラの魔法は一点特化の点の魔法。
マリンの魔法は広域殲滅の面の魔法。
魔力の総合力が拮抗しているのなら、激突の結果は自明の理だろう。
マリンは、その魔法を肩に受けてしまう。
自身の魔法で視界が塞がれ、目視による回避が叶わなかったのだ。
激突で威力が減退しているとは言え、三位合成魔法の一撃。
マリンの肩の服は焼け落ち、火傷によって爛れた皮膚が空気中に晒される。
「……っ」
マリンは瞬時に、患部を【温度変化】の【能力】で凍らせる。
冷気が身体を苛むが、低温が感覚を麻痺させる分、火傷の痛みよりはマシだ。
「崇高たる儂を見るべしーー! 顧みるべしーー!」
「っ、と!」
跳躍し、マリンの魔法を躱していたヴァジュラが上空から飛来してくる。
足元で大きくなる影で、直前でヴァジュラに気付いたマリンは反射的に横に飛んで回避。
ヴァジュラの自重で砕ける地面。
飛んでくる地面の破片を受けつつも、マリンはこの至近距離で攻撃できる機会を逃さない。
「五漿魔法・連獄雨!」
一粒一粒は雨粒のような小粒の魔法。
しかし、その一粒は岩をも砕く五漿魔法。
マリンの周囲を浮遊する無缺の指揮棒を起点にして、山をも砕くその魔法の群れがヴァジュラに向かって襲いかかる!
距離が近すぎて、ヴァジュラは三位合成魔法の防御を展開する余裕がない。
ヴァジュラは咄嗟に地属性の壁を作り、マリンの五漿魔法を受けた。
「ぬ……ぅ……っ!」
「はぁああああああああっ!!!!」
穿つ。マリンの魔法が、ヴァジュラを。
大地の壁を貫き、スコールのような魔法の雨がヴァジュラの身体を打ちつける。
マリンの魔法それぞれの威力は均一ではない。
一発一発の威力はまばらだ。
強いものもあれば弱いものもある。
ヴァジュラの身体を貫くものもあれば、打撲程度の傷しか与えないものもある。
だからこそ、不規則に流れてくる魔法の雨を読んで防ぐことはできない。
全体を一気に防ぐしかないのだ。
「三位合成魔法……不動明王!」
だからこそ、そのヴァジュラの行動を読むことができた。
ヴァジュラの最硬の魔法を予期することができたのだ。
魔法が発動されると同時に、マリンは不動明王の影に隠れてヴァジュラの死角に移動する。
目の前には、こちらに注意を向けていない無防備なヴァジュラ。
今度こそ生まれた完全な隙。
ヴァジュラの攻撃を読んだ上で、作りだしたチャンス。
全力全開、マリンの全てを込めた魔法を……叩き込む好機!
「五漿魔法……」
マリンの周囲を浮遊する五つの指揮棒ーー無缺の指揮棒。
それらがマリンの眼前で五角形の形を作り、回転を始める。
輝く辺々は空中に軌跡を刻み、整然とした直線が歪んで光の円が空中に出現した。
その光の軌跡は淡い水色をしており、円の周囲の空気が凍りついて、砂金のような細やかな氷が舞う。
これは……魔法合成のさらに上、マリンとフィーナのみが実現し得た絶技。
【能力】合成。魔法の合成に……【能力】までも重ね掛ける!
ーー頭が痛い。脳の中にぎゅうぎゅうと針のむしろを詰めていかれてるみたい。
働きすぎた脳が熱を持って、今にもどこかの血管が破裂してしまうんじゃないかって思う。
身体が危険だって、これ以上は無理だって、叫んでるんだわ。
マリンは五漿魔法に【温度変化】の【能力】を混ぜ合わせていた。
だが従来ならば、というか通常ならばマリンの【能力】合成は【能力】と【能力】を掛け合わせるという技である。
【発育】と【温度変化】、地属性と水属性を掛け合わせるーー戦闘開始直後に放った睡蓮氷界という大技。
マリンとフィーナのとっておきの技であった。
それが今回、五漿魔法に合成するのは【温度変化】のみ。
ーーどう頑張っても今のあたしじゃあ【能力】を乗せるのは一つが限界。
フィーナのいないあたしには……これが限界。
五漿魔法でさえ、スプルースの樹を使ってやっと実戦レベル。
【能力】を一つ乗せるのにも、身体が危険信号を放つほど。
二つも【能力】を乗せるのは……マリンには不可能だった。
ーーそう……。もうフィーナはいないのよ。
もう二度と二人で戦うことはできないし、二人でならできた戦術も魔法も、もうできやしない。
できないことは互いで補ってきた。二人で一人で。あたしたちは一心同体。
でも、今は違う。あたしはあたしでしかない。『マリン』でしかない。
だから、できないことだってある。どうしても不可能なことっていうのが存在する。
それを認めて、受け入れなきゃ。
これから、この先、フィーナのいない世界で生きていくために。
生きていけるんだって、フィーナに示すために……っ!!
全力で警鐘を鳴らす肉体の叫びを無視し、マリンは魔法を編む。
無缺の指揮棒の作る光の円の中心。
紡がれた魔法が……その中空で光を放つ!
「鏡花水月!!!!」
薄水色の光線。レーザーのように揺らぎの無い直線の光。
その光は途切れることなく放たれ続ける。
【温度変化】が織り交ぜられた光線は極度の冷気を孕み、周囲の空気を瞬く間に凍てつかせていく。
放射状に凍り付いていく様相は圧巻の一言に尽きる。
冷気はまるで留まることを知らずに伝播し、際限なく氷を生成する。
そして、その冷気の光線の射線上にはヴァジュラの姿。
無防備な姿を晒した人造人間に鏡花水月がその冷気を刻みつける!
「凍れ! 凍れ! 凍れえええええええええええええええええ!」
マリンは魔力を送り続ける。
頭の痛みは既に上限に達し、人間が感じることのできる最大の痛みが常にマリンを苛む。
そんなことなど意に介さずに、マリンはただ魔力を送り続ける。
ヴァジュラの活動を停止させるために。
「っう、っくぅ……」
突如マリンに不快感が襲い掛かり、魔法の発動が中断される。
五つある指揮棒はカランカランと地面に落ち、マリンはあえなく膝をついた。
その不快感の原因は、マリンの背のスプルースの樹。
今の今までマリンに恩寵を与えていた樹の翼が、制限時間が近づいてきて、マリンに牙を剥いたのだ。
「ヴ、ヴァジュラは……?」
まだ、気分が少し悪くなっただけ。身体への直接的な影響はない。
ならば、優先すべきは敵の生死の確認。
視界いっぱいに広がっている氷を地面に落ちた指揮棒の一振りで砕き、霜の降りたつ世界の先にいるーーヴァジュラの姿を探す。
「あなーーあなや。よろしーー。
真祖たる儂はーー」
いた。体の半分が凍りつき、ほとんど身動きもとれない状況にまで追い込まれているが……確かに息をしているヴァジュラが。
このまま放置しておけば、炎の魔法で氷が解凍されてしまうだろう。
その前に、完全に仕留めなくてはならない。
「っ、んの……。しつこいのよ」
マリンは立ち上がる。限界を知らせる痛みは今もなお激しくその存在を主張してきていて、体にのしかかる不快感が制限時間を超えてしまっていることを伝える。
それでも。マリンは立ち上がる。何度でも、何度だって。
終わるまで。ケジメをつけるまで。
その覚悟が、マリンの身体を動かしているのだ!
「五漿魔法……」
マリンは再度、魔法を編む。
視界が霞んできて、前を見続けることもできなくなってきた。
けれど、魔力探知で位置は知ることができる。
頭に走る激痛は、相も変わらず最高に強烈。
だが、そんな痛みなど今更だ。
不快感が全身を苛んでいて、スプルースの樹の成分がいつ毒に変化してもおかしくない。
しかし、その前にケリをつければ何も問題はない。
魔力の残量も少なくなってきた。
「それなら全部、つぎ込めばいい!」
マリンの目の前で高速回転する無缺の指揮棒。
五角形を形作るそれは高速で回転し、軌跡は空中に光の円を生み出す。
マリンは……全ての魔力をその光の円に編み込む。
最後の一滴まで、絞り出すように。
身体の中にある魔力の全てを!
すると、マリンの魔法に変化が訪れた。
光の円の薄水色の色がさらに淡く、薄くなっていく。
色素が抜け……色の原点に立ち戻っていく。
白色。
白色の円……白色の魔法。
魔法を編むマリン本人ですら、何が起こっているのか理解できなかった。
が、その威力が今までの魔法とはまるで違うことは分かる。
果てしない、さらに隔絶した力が内包されていることが。
ーー何だっていいわ。これでアイツを倒せるのなら!
編まれていく五漿魔法に【能力】を乗せる。
周囲の温度はみるみる下がり、地面も氷に包まれていく。
どうやら【能力】までも強化されているようだ。
マリンはしばしの間、瞠目する。
瞼の裏に浮かんだのは、かつての相棒フィーナの姿。
笑顔で見送ってくれた……最高の相棒の姿。
同時に浮かんだのは、少し前までの自分の姿。
フィーナが死んで、精神を病んで堕落した自分の姿。
蘇る苦い思い出。自分を縛る、その過去に、
「今ここで、ケジメをつけるわーーヴァジュラ!!」
マリンの中に残った最後の一雫の魔力。
その一滴をーーマリンは魔法に注ぎ込む。
「鏡花水月!!」
無缺の指揮棒の五角形からは考えられない巨大な半径を持つ白色の光線。
その光線に秘められた冷気は、視界に入る全ての景色を氷で覆い尽くす!
鏡花水月は狙いを過たず、ヴァジュラに向かっていく。
身体の七割以上が凍りつき、身動きが取れなくなっているヴァジュラに。
「あなーーあなーーよろし。よろし。
真祖たる儂はーーとうとう、本懐を……遂げに……しーー」
白色の光線はヴァジュラを飲み込み、突き抜ける。
身体の芯の芯まで、確実に凍りついたヴァジュラはもう動くことは叶わない。
細胞の一つ一つまで、完全に凍りついている。
「っ、く……あ……っ」
魔力のなくなったマリンは凍りついた地面に倒れこみ、荒い息を吐く。
ーーまだ……終わって、ない……わ。
前回の戦いではヴァジュラは凍らされた後も活動を続けていた。
アレはおそらく身体の表面のみが凍りついたに留まったからではあるのだろう。
今回のヴァジュラは間違いなく終わっているはずだ。
しかし、マリンはそう考えない。
あの氷像を壊すことで……ケジメをつけることができるのだと、考えている。
腕を使い、無様な格好でマリンは立ち上がる。
ふらつく足で、ヴァジュラの元へ足を進める。
ーーフィーナ。
マリンの目は焦点を合わせることができずに空を彷徨う。
ボヤけた輪郭だけの視界で、彼女はヴァジュラの元へ行く。
ーーフィーナ。
もはや身体のどこがどう痛むのか、不快感を感じているのか分からなくなってきた。
意識の混濁が始まり、スプルースの毒が身体を犯し始める。
ーーフィーナ。
それでもマリンは……その場所に辿り着いた。
「……本懐を、遂げる……死ぬことが、そうだっていうのかしら……。
“カミ”ってヤツは……死を望んでいたの……?」
氷の光線に飲まれる寸前のヴァジュラの末期の言葉をマリンは確かに聞いていた。
「ううん、今は……そのことはいいわ」
マリンはその考えをひとまず追い出し、ヴァジュラの胸に手を当てた。
「帝国第三部隊長……ヴァジュラ・ル・ドゥーガ」
重心の不安定なその氷像。
一押しすれば、簡単に倒れて砕け散ってしまうだろう。
「アンタのことは、一生忘れない。
アンタが奪ったものも、馬鹿なことをしたあたしも、一生」
頭が痛い。身体が重い。不快感も限界。
それでもマリンは前を向き、真っ直ぐに立ち、ケジメをつけんとする。
「だから、もうここで……終わりなさい」
そっと。
マリンはヴァジュラの氷像を押した。
不安定な氷像は後方に引っ張られ、地面に向かって落ちる。
遮るものなど何もなく、ヴァジュラは地面に激突し……粉々に砕け散った。
レニングによって作られた最高最強の肉体。
竜さえも殴り殺すことができる筋肉。
あらゆる魔法を耐えるその身体は……案外にあっさりとこの世から消失した。
だが……まだ、終わってなどいなかった。
「っ、なによ……コレッ」
粉々になったヴァジュラの残骸から、黒々とした闇が溢れ出る。
その闇は先ほどのマリンの白色の光線とは真逆であり、ユナの澄んだ黒とも違う。
どこまでも、黒々とした暗黒。
何もかもを黒く染める闇。
全ての力を使い果たしたマリンは抵抗はおろか逃げることさえ、動くことさえできない。
マリンは瞬く間に、その闇に飲み込まれてしまった。