第百二十四話ー天変地異
平凡な街道。
だだっ広くて、見渡しの良い平地の上の一本道。
中世の街道と言われて、多くの人が想像するごくごく平凡な街道。
マリンとヴァジュラが戦いに選んだ場所は……そのような場所、だった。
「三位合成魔法・魑斬の剣」
「四職魔法・不壊の剣!」
ヴァジュラは、両手にそれぞれ嵌められた三種の属性魔具の指輪から、火、雷、地の三属性を均等に合成した曲刀の双剣を作り出す。
対してマリンは、自身の周囲を付かず離れずの距離で浮遊する五色の指揮棒の内の四つから、風、水、火、地の四属性を均等に合成した諸刃の双剣を作り出す。
そして二人は、それぞれの剣で攻勢に出る。
両者とも、剣の心得は無い。
剣線は拙く、振り方にもまだまだ無駄な部分が多い。
だが、苛烈な攻めの姿勢と生来の身体能力が合わさり、側から見る二人の斬り合いは常軌を逸したものと化していた。
受け、躱し、斬り、突き、捻り、振り……。
それらの動作を行うたびに、強大な魔法の余波が街道を破壊する。
火炎が、雷が、激流が、暴風が、地割れが、街道の原型を木端微塵に破壊する。
もはやこの場所は平凡な街道などではない。
そう呼ぶための道はこれまでの戦闘で粉微塵に破壊され、現環境は吹きすさぶ魔法の余波によってある種の魔境と化しているのだから。
「こんっ、のぉ!!」
マリンは一直線にヴァジュラに肉薄し、跳躍。
上空から腰を捻りつつ、大振りで右手の不壊の剣を袈裟懸けに振るう。
ヴァジュラは左手の魑斬の剣をマリンの剣線に真っ向から向かい合う形でーーその身に宿る竜さえ殴り殺せる筋力を存分に発揮して振り下した!
ヴァジュラの剣はマリンの剣を上から捉え、そのまま押しつぶさんとする。
肉体的な膂力の面で言えばヴァジュラの方が数段上である。マリンに敵う目は無い。
当然、剣が真っ向からぶつかればマリンは押し負け、剣が払い落とされるどころかマリンまでも地面に叩きつけられるだろう。
本来ならば。
「っふ!」
マリンは剣が叩きつけられる瞬間、腕の力を抜き、ヴァジュラの力の流れに身を任せた。
右手に持った剣に引きずられる形で地面に落下していくマリン。
マリンは……その途上で剣を後方へと一気に引き、ヴァジュラの切り落としから逃れた!
右手を後方に引きつつ、身体も捻り、ヴァジュラの力も利用して縦方向に半回転。
そして右踵に火属性の魔法を纏わせ……
「っはぁ!」
ヴァジュラの脳天に向かって振り下ろした!
瞬きするほどの時間ゆえ、魔法を合成する時間は無かった。
が、しかし、それでも人体急所の脳天を直撃したのだ。
多少なりともダメージがあるはず、とマリンは踏んでいた。
「効かぬ」
「っ、ちょっ!?」
マリンの足首が掴まれた。抵抗しようにも空中であるため思うように身動きがとれず、仮に出来たとしても地力の関係上振りほどくことは不可能だ。
マリンの足首を掴んだ犯人ーーヴァジュラは全くの無傷だった。
かつて叡智の限りを尽くした国、レニング。
レニングが作り上げた最強の人造人間。それがヴァジュラだ。
その筋肉は竜を殴り殺し、その肉体は鋼のように頑強なのだ。
単一の属性程度の魔法では、急所への一撃だろうと無意味なのだ。
「あさましき蹴撃なり」
「うるさいわよ! この! 離せ、離しなさ……っ!? きゃあああああああああああああああ!?」
ヴァジュラはマリンの足首を片手で持ったまま、頭上でマリンを振り回し始めた。
さながら武将が振るう槍の如く、マリンはまるで武具のように軽々と高速で振り回される。
「ああああああああああああああああああああああああああーーーー!!」
視界が揺れ、景色は回り、マリンの三半規管がかき乱される。
回転による遠心力でマリンの頭に血が集まり、そのせいで上昇した血圧が脳の神経を圧迫する。
結果、眩暈や頭痛などの症状を引き起こし、思考力も低下。三半規管へのダメージも相まって、マリンは高度な魔力操作を必要とする四職魔法を使えなくなってしまっている。
ーーマ……ッズい……っ!
さらにこのまま回転の勢いが増していけば、上がった血圧に脳血管が耐え切れなくなってしまうかもしれない。
それはつまり、もう戦闘を行うことが不可能になってしまうワケであり……マリンの敗北を意味する。
ーーそれだけは……認めないんだからっ!
「三位……ティ……レイ、ッド・玉響!!」
マリンは振り回され、思考力が落ちていながらも、根性で三位合成魔法を発動させる。
それは長年フィーナという相棒と合成魔法を使い続け、魔力合成を反射神経で行えるレベルまでに習熟していたおかげだろう。
四職魔法は使えずとも、三属性程度なら、反射神経で扱うことが可能なのだ!
火、水、風の三属性を合成した魔法。
玉響のように輪郭の不明瞭な球体が群を成し、ヴァジュラとマリンの周囲に発生する。
「爆ぜ、なさい!」
それらの球体は一斉に爆発した。
方向感覚の大半が失われているマリンは、確実にヴァジュラに攻撃を当てられるように、広範囲に攻撃を仕掛けられる魔法を選択したのだ。
街道だった場所に巻き起こる爆発。
球状の爆発が連続的にかつ高速的に発生する。
その衝撃は大地を震わせ、地鳴りを起こす。
空爆さながらの破壊力を有する魔法が、この場を蹂躙した。
「耐え……得る……っ」
「ぐ……ぁっ!」
しかし、ヴァジュラは健在。
足首を掴んだマリンを地面に向かって叩きつけた!
背中を地面に強打。
一瞬、ブラックアウトするマリンの視界。
その視界に写ったヴァジュラは、全くの無傷という訳ではないが、戦闘を行うのに支障はなさそうだった。
呼吸が乱れ、平衡感覚も危うい。
マリンはすぐさまヴァジュラから距離を取ろうとしてーー
「いとど、わろし」
「うぐぅっ!!?」
蹴り飛ばされた。モロに直撃したヴァジュラの蹴り。
アバラの何本かがへし折れる音を聞きながら、マリンは彼方へと吹き飛ばされる。
ーーっ、まだっ……これくらいじゃあ、あたしは……っ!
吹き飛ばされる中、マリンは腰のポーチに手を伸ばし、ある木の実を取り出した。
それはさくらんぼサイズの黄色の木の実。
かつて、ヴェンティアの街でセーラという少女に使ったーー
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!」
気付け用の、強烈な酸味の木の実。
マリンはその木の実を一息に噛み、種ごと嚥下した。
その酸味は瞬時に体内を巡り、食道が焼けるような感覚をマリンにもたらす。
そして、その強烈過ぎる酸味によって酩酊し、平衡感覚を失っていた五感が立ち戻る。
続けて、マリンはある植物の種を飲み込み……
「【発育】……っ! くっ、が、ぁ、ぅぁ……!
ぅうぅぅううううううううう!!!!」
体内で、成長させた。
マリンが体内に取り込んだのは細く、糸のような形状が特徴の蔓性の植物の種。
それを使い、マリンは折れたアバラを補強し、戦闘に支障が出ないようにしたのである。
そのための代償は、肉を貫かれることによる激痛。
ーーこんな……痛みくらいねぇ……っ!!
「どーって、ことっ!! 無いわよ!!!」
マリンは、気合いでその痛みを乗り切った。
その気迫は、鬼気迫るものさえ感じ取れた。
負けるわけにはいかない。この戦いにだけは。アイツにだけは。
マリンは地面を足で捉え、吹き飛ばされる勢いを殺す。
追い打ちをかけようとしてくるヴァジュラに対し、迎撃の魔法を練るーー!
「四織魔法・激流の雷!」
主として雷、補助することの水、風、火。
織り出された魔法は……滝のように降り注ぐ雷の嵐!
雷のスコール。幾百本もの雷がヴァジュラに向かって降り注ぐ!
「三位合成魔法・多面多手の巨人!!」
ヴァジュラは両手を合わせ、地面に手を着く。
直後ヴァジュラの背後の大地からせり上がり、発生する岩石の巨人。
百ある腕の半分は炎、半分は雷で構成され、阿修羅が如き憤怒の形相をいくつもある顔全てが浮かべている。
その巨人がヴァジュラに覆いかぶさるようにして併走。
上空から降り注ぐ雷から、ヴァジュラを防ぐ盾となる!
「ちっ……!」
マリンはその様子に、苦しげな舌打ちをする。
威力で言えば、マリンの操る四職魔法とヴァジュラの操る三位合成魔法は互角だった。
そう……拮抗しているのだ。
マリンの方が合成している属性が多いにも関わらず、だ。
ーー合成している魔力の元々の基礎量が……その差を埋めてるってワケ……っ!?
「これでまだあの暴走覚醒状態じゃないってんだから……ほんっとアンタらは規格外よね!!」
「しか。変異たる儂どもは通常のヒトならざるモノなり。規格を超えているのもさもありなん」
「あーそうよね!! 当然よねぇ!!」
ヴァジュラの平坦で上から目線の台詞に腹立ちながら、マリンは続けて魔法を編む。
ーーまずは……なんとしても暴走させてやるわよ。
五属性合成は……まだ早い……っ!
「四職魔法……」
ーー合成魔法じゃあ擦り傷も与えられない、三位合成魔法でやっと傷らしい傷を与えられる……だったら!
「疾風する迅狼!!」
ーー四職魔法の直撃なら、どうなのよ!
風と雷を纏った大地と炎の狼は、ヴァジュラに向かって一直線に突撃していく。
上空からは絶え間なく雷が降り続けていて、上の防御を疎かにすれば直ぐ様雷撃の餌食になるだろう。
かと言って前方を疎かにすれば疾風する迅狼によって噛み砕かれる。
「いみじ。容易からぬることなり。さればーー」
ヴァジュラは多面多手の巨人を操作し、その百ある腕を使ってーー、
「大地の拳!」
疾風する迅狼を殴りつけた!
流石に、雷を受ける壁の役割も果たす多面多手の巨人では疾風する迅狼を完全に滅することは出来ない。
が、威力を減退させることはできる。
多面多手の巨人の百の腕を疾風する迅狼が食いちぎっていく。
食い切れない腕の一撃を受けるが、狼は構わず食いちぎる。
そうして、全ての腕が食い尽くされた多面多手の巨人は崩壊、壁としての役目を果たせなくなる。
上空から迫る雷撃、前方の狼。
ヴァジュラはそれを、生身で受けた。
「っは!?」
「ぬぅうううううううう!」
どちらも多面多手の巨人により威力が減退しているとは言え、四職魔法を生身で受けるという予想外すぎる暴挙。
マリンはそれに一瞬呆然とし、猛進してくるヴァジュラの接近を許してしまった。
ヴァジュラの頑強さを、甘く見積もっていたゆえの失態だ。
「三位合成魔法・大地の拳!」
「っ! 四職ーー三位合成魔法・絶壁!!」
巨人が放った拳と同じ、三属性の魔法を纏わせた右拳がマリンに迫る。
マリンは慌てて四職魔法で防御しようとしたが、間に合わないと判断。
三属性合成魔法による盾を張る。
正三角形の形をした盾はヴァジュラの拳の軌道上に出現し、その拳を防ごうとする。
が、しかし。
三属性合成魔法同士のぶつかり合いではヴァジュラに軍配が上がり、一秒も掛からない衝突の末、マリンの盾は打ち破られる。
それでも、コンマ数秒。マリンの盾は盾としての役目を果たした。
「っ!」
身体を捻ったマリンの眼前をヴァジュラの拳が抜けていく。
絶好の機会。反撃の好機。隙だらけの胴体が目の前に。
ーーここで、当てる!
このチャンス……絶対に逃がさないわよ!!
「あさまし」
耳元に届くヴァジュラの声。
魔法の気配を感じてその方向に目を向けると、腰に置いている左手で魔法が練られていた。
それは三属性合成魔法でも、合成魔法でもない魔法。
単一の、火属性の魔法だ。
だが、合成していない素の魔力だろうと。
ヴァジュラは三属性合成魔法で四職魔法と張り合えるほどの魔力を持っているのだ。
その威力を軽視することはできない。
「燃ゆる」
「っ、くぅっ!」
初動も何もなく、無造作に放たれる硬球程度の大きさの火球。
身体の中心を目掛け放たれたそれを、マリンはさらに無理矢理に身体を捻ることで回避。
その数瞬は、ヴァジュラに体勢を立て直すだけの時間を与えてしまう。
「吹き飛ぶべし」
「な、めんじゃーーっ!」
下から掬い上げられるように放たれる蹴り。
引くことは許されない。先ほどの回避で体勢は大きく崩れてしまっている。
その状況でマリンはーー跳んだ。
片足で地面を蹴りつけ、ヴァジュラの頭上を飛び越える。
同時にマリンの周囲を浮遊する全ての指揮棒が光りーー輝く。
「ーーないわよ!
合成魔法・紅蓮の大蛇!!
三位合成魔法・翠玲の魔鳥!!」
全ての指揮棒、全ての属性を使って顕現する二体の獣。
炎を主軸にして練られた蛇と、水を主軸に作られた鳥。
その二体が、至近距離からヴァジュラに向かって襲いかかる!
だが、ヴァジュラの身体は頑強だ。
合成魔法ごときの魔法では傷一つ付けられない。
そして、自らの身体の頑強さはヴァジュラ自身が一番分かっている。
ゆえにヴァジュラは、三位合成魔法ーー鳥の魔法のみに注意を払い、蛇の魔法を放置する。
この至近距離では三位合成魔法を編む時間はない。
だが、多少威力を減退させることができれば己の体は耐えることが出来る。
そのような判断を下したヴァジュラは瞬時に地属性の魔法を発動。
拳を岩石で覆い……
「消え去るべーー!?」
三位合成魔法である方の鳥を……殴り消した。
ヴァジュラの魔法が、マリンの魔法を上回ったのだ。
あり得ない。三位合成魔法を単一の属性で打ち消すなど。
ヴァジュラの頭を疑問が埋めているとーー
「……っ!」
放置していた炎の蛇が、ヴァジュラの胴体に噛みつく。
その顎の力はヴァジュラの予想以上に強く、とても合成魔法とは思えない。
「……あなや」
思わず上がる、驚きを表す声。
自身の胴に噛み付いた蛇は……炎を主軸に雷と地の……二属性の魔法が混ぜられていた。
合成魔法では……ない!
「引っかかったわね、ヴァジュラ。
簡単に騙されてくれて、助かったわ!」
高揚とした声を上げるマリン。
仕掛けは、単純だった。
ただ、技名をすり替えて言っただけ。
本来、三位合成魔法の紅蓮の大蛇を合成魔法と。
本来、合成魔法の翠玲の魔鳥を三位合成魔法と。
そう言うことでヴァジュラの誤認を生み出したのだ。
ヴァジュラの頑強さはマリンだってよく知っている。
この戦いでより正確に知れたと言っていい。
それを利用してくるヴァジュラの思考回路も……知っている。知ったのだ。
煮え湯を飲まされた相手だから。
憎くて憎くてたまらない相手だから。
だからこそ、忘れない。すぐにその知識を活かす。
対策を立て、それを利用した策を立てる。
結果見事にマリンの策に引っかかり、ヴァジュラは紅蓮の大蛇に噛みつかれ絡みつかれ、完全に無防備となっている。
その決定的な隙を、マリンは見逃さない。
今度こそ、決める。
今この状態で打てる最高の一撃を。
最大火力の魔法を、至近距離で。
密着しているのかと言えるほどの超至近距離で。
「四職魔法……」
マリンの周囲を浮かぶ五つの指揮棒の内の四つ。
赤、青、黄、茶の四色の指揮棒がマリンの腕の周りに移動し、等間隔で回転しながら魔力光を放つ。
それらの四色の光は糸状に伸び、広がり、結びつき、織り成される。
ただ一つの魔法。四職魔法が紡がれる。
マリンの拳周辺でモヤのように、されど確かな輝きを放ちながらーー炎と、雷と、大地と、激流の四属性の魔法が……マリンの拳に集約されていく。
不定形だった魔法は形を帯び、あるモノを形どる。
それは、鎗。巨大な……鎗だった。
直径およそ一メートルほど。全長およそ二.五メートルの攻城兵器。
四職魔法で作られたその鎗の破壊力は……語るまでもない!
「煉獄鬼鎗!!!」
一点に力が凝縮された大魔法。
山すら容易く貫くその大鎗が、ヴァジュラの胴に直撃する!!
衝撃が直線状に突き抜け、荒れ果ててしまった大地に爪痕を刻む。
その大地に刻まれた裂創はどこまでも果てしなく伸び、マリンの放った魔法の凄まじさを伝える。
ヴァジュラは煉獄鬼鎗の直撃と同時に後方へ錐揉み状に回転しながら吹き飛ばされた。
駆け抜ける衝撃に逆らえず、激流に呑まれる小石の如く、流される。
地平線まで続く爪痕を残すような魔法の直撃を受け、ヴァジュラは……
「由由しーーいと、由由しーーーー!!」
ヴァジュラは……憎しみの込められた呪詛の言葉を吐き出していた。
この世の全てを恨み、憎むその声と共に……ヴァジュラの魔力が膨れ上がっていくーー!
「恨めし、恨めし、恨めしーー!!
真祖たる儂を否定する世界が恨めしーー!!
認識しない世界が恨めしーーーー!!!」
ヴァジュラの両手の三属性の指輪が輝く。
魔力光が糸をなし、紡がれていく。
ヴァジュラの魔力は……まだ上がる。
「あな、いみじ。あな、わろしーー!!」
これまでの魔法とは比べものにならない規模の魔法。
これが、ヴァジュラ。
これが……変異の部隊長の真骨頂。
その瞳が、漆黒に染まった。
「世界よ、滅びるが良いーーーー!!!!」
炎の大審判。
ヴァジュラの両手から放たれる獄炎の魔法。
その圧倒的火力は大地を灰塵と化し、衝撃さえも燃やし尽くす。
ヴァジュラは地面に足を付け、立ち上がる。
腹には酷く焼け焦げた跡が見受けられるが、ヴァジュラは人造人間。
人間とは身体の作りが違うのだ。
死ぬ程度の怪我など、問題にすらならない。
「やっと出たわね……待ちくたびれたわ」
そのバケモノの前にマリンが立つ。
彼女は不敵な笑みを浮かべて、かつて煮え湯どころかマグマを飲まされた相手を見つめる。
余裕、とはまた違う。
あえて言うなら、感覚が振り切れているのだ。
感情が昂り過ぎていて、一転して冷静に。
今のマリンは……そんな感じだった。
「さぁ、こっからあたしも本気でいくわよ」
マリンは空中に浮いてる指揮棒の一つを手に取り、振るう。
無缺の指揮棒。
五色あるーー五属性の指揮棒の一本。
フィーナの使っていた【発育】の【能力】を有する指揮棒。
マリンはそれを振るいーー発動させる。
「っあぁあぁあぁあぁあぁあああああぁああぁあぁあぁあああああ!!!!!!!」
同時に絶叫。劈くような叫び。
マリンは苦悶の表情を浮かべ、痛みに耐える。
マリンは……またも体内で植物を成長させたのだ。
右側の背を突き破り、その植物が日の光を浴びる。
その植物は樹木であり、何本もの幹や枝が複雑に絡まり合い翼の形を成していた。
マリンの身体にしっかりと根を下ろしたその樹木の翼は、黄色い果実をつける。
そう、先ほどマリンが口にした、強烈な酸味を持つあの木の実である。
あの酸味の成分は、実は果実よりも樹木の方に多く含まれ、体内に直接根を下ろすことで、直接、その成分をマリンは得ている。
その成分は有能であると同時に、劇物。
過剰に摂取すると命の危険さえ伴う危険な成分だが……。
思考速度を上げるという有益な効能も秘めている。
「……はぁっ! ……………はぁっ!!」
荒い息の中、マリンは立ち上がる。
樹木の片翼を広げ、爛々と、怖いくらいに目をギラつかせて。
「今の現状のあたしじゃ……普通の状態じゃ、五属性の合成は無理だった。
でも、この翼が有れば……あたしの思考速度は上がり、その領域まで手を届かせられる」
マリンの髪の色が変化する。
今までの戦闘で、どれだけ魔法を放っても四色以上に変化しなかった髪の色が……全ての色を持つ、五色のグラデーションに。
光る全ての指揮棒。迸る異質な存在感。
これこそが……マリンの変異。
マリンとフィーナの本来のチカラなのだ。
この段階に至って、ようやく。
役者が出揃った。
二人の変異が。二人の人外が。
魔法を……編む。
「三位合成魔法……」
ヴァジュラの右手の三種の指輪が輝き、結びつく。
その光は今までのとは比べものにならないほど強く、閃光のように走り抜ける。
「五漿魔法……」
対するマリンも無缺の指揮棒の全てを輝かせ、繋ぐ。
マリンの髪の色と同じ五色の光が共鳴し、鮮やかな光を放つ。
「炎の大審判!!」
「大地の嶺衡!!」
二つの魔法が激突する。
それは、これまでの破壊とは比べものにならない破壊をもたらし……そして開戦の合図となる。
天を裂き、地を穿つ変異の。
開戦のーー合図と。