第百二十二話ー【破壊】の対義
「……なぁ、シュウ兄」
「なんだい、僕の愛する弟のカイル?」
「俺はバカだからよく分かんねーんだけど……こんなに簡単に進めちまってもいいのか?」
「ふむ……要塞都市を抜けるのに、あまりにも警備が甘すぎるのではないか、と。
僕の愛する弟のカイルが疑問に思っているのはそういうことかい?」
「そういうことだな」
「なぁに、簡単なことじゃよ。
帝王としては、別に何人で来られようと構わないのじゃ。全員一人でなぎ倒せるしの。
ハナから帝都ワールド・エンドで迎え撃っても……奴としては構わないじゃろうのう」
「恐らく、要塞都市で反乱軍を迎え撃つように指示したのはジャンヌだね。
『暗黒の未来』とか……如何にも彼女の案らしいよ。
反乱軍を調子付かせて、その上がった士気を『暗黒の未来』で一気に折りにいく、とか。
彼女、そんな風な演出が好きそうだし。
そういう無駄に見栄っ張りなトコはマリアと似てるよね」
「どういう意味じゃ!」
シュウとカイル……そしてマリアは要塞都市を大きく迂回し、帝都を囲む山の上を飛行して、帝都を目指していた。
マリアはシュウの背中にしがみついての移動だが。
この三人は、直接に帝王を叩く強襲の任務を負っている。
戦闘能力の無いマリアがどうしてそんな重要な任務の人員に組み込まれているのかと言うと、それは一重にシュウの要望であった。
『僕の変異はマリアが近くにいた方が真価を発揮できるから、彼女は僕と一緒に行動するけど、構わないよね?』
『此奴は将来を誓い合った儂が近くに居ないと全力を出せないどうしようもない奴なのじゃ!
全く可愛い奴じゃのう! クカカカ!!』
そんな風なやり取りが交わされ、シュウが否定しないことで一悶着あったりなかったりしたとか。
それはともかく、現在。
カイルたち三人は、帝都ワールド・エンドを視界に捉えた。
「アレが……帝都? 都っつうより……ただの城じゃねぇの?」
「そうだね。帝都っていう呼び方は、現物を見たことのない市井の人たちが付けた呼び方が波及したものだから。
帝都っていうよりは、帝城と呼ぶ方が正しいかもね。
アレを普通の城と呼んで良いのかは疑問だけど」
城。
帝都……もとい帝城ワールド・エンドはただひたすらに城だった。
城の、集合体だった。
ロココ、バロック、ゴシック、ローマ、ビザンツ……果ては校倉、書院のような。
あらゆる建築様式で作られた城を寄せ合い、固めて、城という外形を作ったような。
城一つ一つが、まるでレンガのように扱われている。
城で作られた城 。天まで届く巨城。
それが帝王の座す城、ワールド・エンド。
ワールド・エンドからは、形容できない威圧感が滲み出ていた。
恐らく、それは帝王の圧力。
空前絶後の、史上最悪最強の、絶対強者の抑えることのできないプレッシャーが、漏れ出しているのだ。
禍々しくて、凄みがあって、物語の中の魔王城そのもの。
ワールド・エンドは、そう呼ぶに足る城だった。
「帝王はどのあたりにいるんだ?」
「そうだね。城の中心よりも少し高い位置--ここから、あの大きな丸窓を突き破ったその先の方にいると思うよ?」
シュウはゴシック様式の丸窓を指差す。
その圧に、カイルたちは呑まれていなかった。
常人ならば萎縮するその威圧を受けてなお、全くの自然体で飛行を続け、ワールド・エンドに接近していく。
「よっし、あそこから入ればいいんだな」
「そうだね。問題ないと思うよ」
「待てーーーっい!! 問題大アリじゃ馬鹿者!!
どうして城を破壊しながら進もうとするのじゃ!!
城の間取りはシュウが把握しておる!
じゃからそんな危険なコトをせんとーー」
とても馬鹿なコトをしでかそうとしている兄弟を怒鳴りつけ、マリアはシュウの頭をペシペシと叩いて抗議する。
……が、
「時間の無駄だろ」
「だね。僕の愛する弟のカイル。やっちゃって」
「やっちゃってじゃーーのおおおおおおおっ!?」
身体が置いていかれる。Gに身体が引っ張られていく。
急加速により振り落とされそうになったマリアは絶叫しながら、必死にシュウにしがみついた。
そのシュウの先を飛ぶカイル。
そのカイルの両手両足首には、ジャックにより改良された新たな魔具が嵌められていた。
カイルの魔具の強化は単純だ。
今までよりも高い魔力変換効率。伸縮自在な【フリーバルーン】に、【硬化】を超えた不壊の【チカラ】。
進化したカイルの魔具の名は……っ!
「ファフニール!」
カイルがファフニールに魔力を流すと、【フリーバルーン】が発動。
赤光を放って腕輪、足輪形態のファフニールの大きさが変化。
肘まで覆う籠手に、膝あたりまで覆う防具に。
ファフニールは……展開される。
炎をそのまま形にしたようなフォルムのカイルのファフニール。
進化したカイルの新たな魔具は、カイルの魔力に呼応して炎を吹き出す!!
「いくぜ……っ!!」
カイルの全身が炎に包まれる。
赤く燃え上がる紅蓮の炎を纏い、飛翔するカイルはまるで弾丸そのもの。
銃弾よりも大きく、砲弾よりも高速で、的の中心ーー丸窓のど真ん中に、炎を纏ったカイルは突進する!
「フレア・ヒート!!!」
窓を突き破った先は石造りの廊下。
無骨で重厚な造りの石質の廊下の壁が、窓を突き破ったカイルの眼前にーー
「おらぁ!!!」
なくなった。壁さえもまるで障子のように軽々しく、カイルはぶち壊す。
その先にあったのは武器庫のような部屋。
あらゆる魔具が壁に立てかけられていたり、樽の中に差し込まれていたり、喫緊の必要性のない武器たちの保管庫。
「うらぁ!!!」
その部屋の壁をぶち抜き、次の部屋は和風のーー
「せりゃあ!!!」
ガラス張りの部屋ーー
「どおりゃあ!!!」
お菓子の部屋ーー
「うおおおおおおおお!!!!」
氷張りの部屋、植物園、炎の燃え盛る部屋、鎧の部屋、洞窟の部屋ーーーー
カイルは幾多の壁を打ち破っていく。
あらゆる種類の、様々な壁を。
時には突進一撃で壊せない壁もあった。
殴って壊した。蹴り砕いた。頭突いた。
何度阻まれても、跳ね返されても、最後にはカイルは壁をぶち抜いた。
これまでも、そうだったように。
今までの旅でも、カイルの前には様々な壁が立ち塞がった。
時には、壁とも思えないような雑魚を相手にしたこともあった。
時には、魔具を持たずに部隊長と戦ったこともあった。
時には、無理難題の修行を押し付けられたこともあった。
一人では乗り越えられない壁にはリュウセイと二人で立ち向かったこともあった。
毒に苦しめられたこともあったし、龍と殴りあったこともある。
……壁の前で倒れてしまったことも。
それら全てを乗り越えて、カイルは今、ここにいる。
挫折して、起き上がって、目の前にあった壁をぶち壊して、取り戻した日常がある。
倒れても、倒れても、カイルは起き上がる。
それは、【再生】の【能力】を持っているからではない。
この世界で誰よりも諦めが悪く、諦めるという考えを知らない馬鹿な男だからだ。
馬鹿で、考えなしで……それゆえに、不屈。
不死身の鳥も驚く闘志で、カイルは立ち上がる。
カイルの目の前に、暗黒色の壁が現れた。
材質は分からない。何で出来ているのか分からない。
触れると危険かもしれない。
しかし、カイルは突撃することを止めない。
相手が何であろうとも、進まねばならないからだ。
壁を打ち砕いて、その先に。
カイルは炎を灯した拳を大きく振りかぶり、一息に振り抜いた!
「っだらぁ!!!!!!」
--玉座の間。
カイルは、到達した。
そのまま、中世のヨーロッパにタイムスリップしてきたかのようなありふれた玉座の間。
壁面には玉座の間を照らす燭台以外に何も飾られておらず、大理石の壁が剥き出しに晒されている。
基本的に、淡白な部屋であった。
装飾は最低限。床にも中心を走るレッドカーペットのみが敷かれている。
持ち主の権勢を示すような豪奢な飾りなど、何一つない。
必要がないのだ。
この部屋に帝王がいれば、それだけで全てを示すことができるのだから。
玉座の間の最奥。
自身の鎧で【破壊】されることのない、闇でできた椅子に腰掛ける漆黒の鎧を纏う人物。
鎧の隙間は全てが闇に覆われ、その姿の一髪たりとも見ることは叶わない。
鎧と同じ漆黒のマントを肩から掛けて、闇の肘掛に頬杖を突きながら、かの最強はそこにいた。
肌で感じる、帝王の圧力。
装飾などいらない、剥き出しの王者の波動を帝王は放つ。
帝王がそこにいるだけで、この無骨な空間は玉座の間と化す。
城の中で一番豪華に作られているから、玉座の間であるのではない。
そこに王がいるから、玉座の間なのだ。
そして、その帝王の傍には帝国軍第二部隊長“魔女”ジャンヌ・ド・サンス。
漆黒のドレスを着こなし、闇の魔具である扇で口元を隠す彼女は、帝王の腹心。
長く帝王に仕えてきた……最も帝王に近い位置にいる人物である。
「よぉ……帝王。会うのは三回目……になんのか?」
『肯定しよう。不死身の化鳥よ』
壁を破壊し、玉座の間に侵入してきたカイルは帝王に鋭い視線を向ける。
続いてシュウも、カイルの開けた穴から玉座の間に入ってきた。
背中のマリアの血色が少々悪いが、シュウも澄んだ緑の瞳を帝王とジャンヌに向けた。
「……一回目は、浮遊島で。二回目はフィー姉が死んだあの場所で。
どっちも俺は覚えてねぇけど、俺たちは出会った。
けどよ、ガキの俺とあの時の俺、そんで今の俺とじゃ、全然違う」
カイルはファフニールを腕輪状態に戻して、帝王に向かってゆっくりと歩いていく。
その歩みを、誰も止めようとしない。
シュウもマリアも……帝王やジャンヌでさえも。
玉座へと歩みを進めるカイルの邪魔をしない。
「変異を制御した。不死鳥の力を手に入れた」
カイルの身体が赤色に輝き、更なる変化を遂げる。
背中から生える朱色の翼はさらに一回り大きくなり、何もなかった臀部からは朱金の尾羽。
羽毛は翼のみならず、上半身の大部分を覆い、手足は鉤爪に。
カイルの変異ーー不死鳥への【形態変化】。
「でも、それは全ッ然大した違いじゃねぇんだ」
カイルは、闇の玉座の肘掛で頬杖を突いている帝王の前に立つ。
この段階に至っても、帝王は何もリアクションを起こさないし、ジャンヌも何もしてこない。
する必要がないと思っているからだ。
「俺はちゃんと分かった。痛いほど理解した。
馬鹿で、アホで、頭が悪い俺だけど、これだけは絶対に忘れねぇ。
忘れてーーたまるもんか」
カイルは大きく腕を振りかぶる。
隙だらけの、目一杯力を込めたパンチ。
避けようと思えば避けられるーーむしろ避けられないことがない大振りの構え。
しかし、帝王は動かない。動く必要がないのだ。
帝王の漆黒の鎧は【破壊】の闇属性が付帯している。
触れた瞬間、魔法でも物質でも……この物質世界に存在する全てを無差別に破壊する最強の矛である最強の盾。
カイルの拳が鎧に届いた瞬間、カイルの拳が粉々になると分かっているから、帝王は避けようとしないし、隣のジャンヌもカイルを止めないのだ。
「俺が負ければ、誰かが傷付く。
俺が負ければーー誰かが死ぬ!
だから、俺はもう二度と負けねぇ!!」
ギリギリと、カイルの腕に力が溜められる。
カイルの拳に【再生】の白炎が灯る。
それはまるで引き絞られた弓のよう。
導火線に火のついた火縄銃のよう。
限界まで張り詰めて、暴発寸前の張り詰めた空気。
一触即発。いつ放たれるか分からない--そんな空気。
そして、
「昔と今の俺とじゃ、全ッ然違ぇ!!
そのことを! よぉく噛み締めやがれッ!!!」
カイルは帝王に向かって拳を振り抜く。
その拳は帝王の兜を捉え、カイルは鎧など関係ないとばかりに帝王を殴り飛ばした!
闇で構成された玉座は雲散霧消し、背後の壁に突き破って、その次の壁や廊下も突き破って、帝王は吹き飛ばされていく。
カイルの拳は……破壊されていなかった。
しっかりと鉤爪の握られた、均整のとれた形を保っている。
唖然とするジャンヌ。帝王の【チカラ】を、最強だと信じて疑わなかった彼女にとって、帝王が殴り飛ばされるなど青天の霹靂もいいところだった。
思考もままならないジャンヌに対して、彼女の頭を埋めているであろう疑問に答えてやるために、シュウは口を開く。
「帝王を止められるのは、【破壊】の対義である【創造】だけ。
キミはそんな風に思っていたんだろうね。
【創造】である僕の愛する母さんを殺したから帝王は無敵だと、そう思っていたんだろう。
でもね、ジャンヌ。違うんだよ。
【破壊】の対義は【創造】だけじゃない。
帝王の【破壊】を貫ける【チカラ】はーー【創造】だけじゃないんだよ」
ジャンヌはシュウの言葉で、気付く。
カイルの変異に。帝王に届き得る【チカラ】を秘めたその変異に!
「【破壊】の対義は【創造】と……【再生】。
どれだけ破壊されても、僕の愛する弟のカイルの拳は破壊されたと同時に再生する。
その砕けぬ拳で、帝王を穿つ」
カイルは帝城に空いた穴から、帝王を追って飛び出していく。
この大陸の悲劇の根源を討つために。
そして、シュウもーー、
「さぁ、こちらも始めようかジャンヌ。
“終焉”なんて起こさせないよ。
僕は今度こそ、僕の愛するこの世界を守ってみせる」
魔具仕掛けの翼を広げ、シュウは魔具を展開させる。
背後で待機する小型の遠距離攻撃ピットが八機。
左手には両刃の剣、右手には風を弾丸として放つリボルバー。
剣を持った左手で、シュウは銀縁の眼鏡を押し上げた。
「神様のワガママは……ここで終わりだよ」
神父服を纏ったその天使は、黒衣の魔女に向かって飛翔した。
ーーーーーーー------ー------ーーー
帝王は城の外にまで吹き飛ばされていた。
それは、帝王の鎧が壁に触れた瞬間壁を破壊した上に、空気抵抗までも破壊したことによって、外に出るまでに何の抵抗も無かったからだ。
唯一【破壊】のない足裏で地面を捉えることで、帝王はようやく止まることができた。
そうして止まった帝王に、カイルが追いつく。
「暑っちぃな……なんだココ」
『キルウェア火山……この世界最大の活火山だ』
帝城を囲む山々、その背後にそびえる一際巨大な山は火山だった。
キルウェア火山。世界最大の活火山とは、その規模のみならず、その活発性でもある。
常に小規模な噴火を繰り返すその火山の周囲は常に高温であり、その気温は実に五十度超!
生物が住むには適さない死の世界。
溶岩と噴煙が入り混じる灼熱の世界で、二人の人外が対峙する。
『お前は、何も分かっていない』
帝王の声。
男性的でもなく、女性的でもない、中性的ですらない、無性的な声。
低くもなく、高くもなく、まるで声が頭に直接響いてくるような声。
恐らく、鎧の【破壊】効果により声質が変容してしまっているのだろう。
帝王その人の声を知る者は、片手の指で足りるほどだ。
『この戦いが、どういったものなのか。
帝国が、どのようなものなのか。
帝国の目的……“終焉”。全ての破壊。
それが何を意味するのか。
それは思想もなく、主義主張もなく、世界の摂理そのもの。
それが帝国であり、帝国の目的だ。
“終焉”の意味を理解していないお前には、何も守ることなどできはしない』
鎧の【破壊】性能により、熱までも遮断している帝王がカイルに問いかける。
溶岩に両足を突っ込んでも、平然としている。
【再生】により、最善の状態に回帰し続けるカイルは、脚を苛む熱に耐えながらその問いかけに答えた。
「ああ、知らねぇよ。知ったことか。
意味とか……摂理とか、分かんねぇよ。
だけどな。お前らのやってることは間違ってる。
お前らのせいで、たくさんの人が泣いたんだ。
だから俺はお前らを止める!
お前をぶっ倒して、平和な国を作るんだ!!」
灼熱の溶岩の中、カイルの白炎が巻き上がる。
カイルはいつだって単純で、バカだ。
でもだからこそ、絶対強者、魔王と呼ばれる存在と対峙しても物怖じ一つすることはない。
帝王の言葉に惑わされることなく、御託として聞き流せる。
『愚かな。だが、いいだろう。
その虚栄を、お前たちの希望を……一つずつ、完膚なきまでに破壊してやる』
ゆらり。帝王は緩慢な動作で右腕を上げる。
右腕を天に向かって突き上げるようにして、手の平を開く。
その掌の上で、蠢く闇。
掌を這いずり回り、探るようにうねる【破壊】の闇属性。
徐々に徐々に、その闇の量は増していき……
『まずは、お前たちの未来を……破壊する』
破壊。
帝王のその言葉と共に掌の闇が四方八方に一斉に拡散していった!
「うおおっ!? ……って、ん?
全然痛くねぇ? んだ、コレ?」
その闇の波動はカイルを通過するも、カイルに何のダメージも与えなかった。
何の不調も感じられないカイルは不思議そうに自分の身体を見つめている。
しばらく自分の身体を見つめていたカイルだが、本当に何の怪我も追っていないことを確認すると、
「っ!? 空が……黒く……っ!?」
前を見て、その異常に気づいた。
空が、黒ペンキの入ったバケツをぶちまけたように黒一色。
漆黒の闇色に染まり切っている。
雲の白も、空の青も、何も見えない暗黒。
それは、帝王の手から放たれた闇であった。
一見、何の意味もないように見える行為であるが、帝王の闇は【破壊】を司る。
何も破壊していないワケがない。
『この闇は……未来を破壊する闇。
これより先の未来を……破壊した。
反乱軍の【時間】の【チカラ】、未来予知は効力を発揮することはない。
予知するための未来が破壊されているのだから』
スミレたちが『暗黒の未来』と呼んでいたーー【未来予知】の効かない時間帯。
それは帝王によって生み出されたものだったのだ。
未来の破壊。帝王の【破壊】による概念破壊。
予知するべき、多種多様に存在するはずの未来が全て。
帝王によって破壊されてしまった。
「だから、どうした」
カイルは、帝王にそう言い返す。
未来が破壊されたことについて、動揺をしない。
「未来が破壊されたからって、だからどうしたよ。
俺は負けねぇって決めた。反乱軍の奴らも、負けねぇって決めてんだ!
未来が破壊されたって、その覚悟が揺らいだワケじゃねぇ!
この胸の真ん中に誓った、その想いがなくなったワケじゃねぇ!
いくら未来が見えなくたって!
俺たちは勝ち続ける!
目の前に立った相手に負けねぇ!
俺たちには、勝てる“イマ”があればそれでいい!!」
選択できる、確定した未来がなくとも構わない。
未来は自分たちで作り上げていくものだから。
未来は、現在によって形成される。
人間が生きていく上で、未来はそうやって形作られていく。
現在の事象の積み重ねーー勝ったり負けたり成功したり失敗したり笑ったり泣いたりーーそれによって、未来はできている。
だから、未来は破壊されても構わない。
現在、目の前にある困難を乗り越えて打ち勝ったその先に、望んだ未来があるから。
勝利を重ねたその先に、誰もが渇望した未来が必ずあるから。
だから未来はなくていい。
現在があれば、負けないと誓った現在があるなら!
カイルたちの求める未来に必ず辿り着けるから!
『その幻の希望を……破壊してやる』
「やってみろ。何度だって立ち上がってやる。
打たれ強さには、自信があるんだっ!!!」
帝王とカイルは同時に踏み出す。
溶岩が跳ね、羽ばたき一つ、踏み込み一つで熱風が吹き荒れる。
お互いが大きく右腕を引き、魔法を拳に灯す。
片方は、【破壊】の闇。
万物を破壊し、時に概念すらも破壊する最強の攻撃魔法。
かつて、襲い来る全世界の人々を薙ぎ払った……帝王の魔法。
もう片方は、【再生】の白炎。
あらゆる異常を最善への状態へと回帰させる最強の治癒魔法。
もう二度と負けないと誓った、何度倒されても立ち上がるための……カイルの魔法。
白と黒。
混ざり合うことのない両者の拳が、時代の雌雄を決する拳が……激突した。