第百十五話ー現代知識チート? いいえ、本当にチートなのはそれを実現するこの世界のチートです〜
「ふんっぐぐぐぐぐぐぐ…………っくはぁ!」
ジャックは自分と等身大の螺子を顔を赤くするまで全力で締め、地面に落ちる。
小粒の砂利がジャックの尻に刺さるも、そんな些細なことは魔具製作の過程で汚れきった彼にとっては小さな問題だ。
神影の家の裏手で組み上げられつつある巨大な魔具。
その全容はハッキリしないものの、なにやらとんでもないものができそうである。
「っかー、よく二日でここまで仕上げたもんだな」
裏手の窓からジャックの様子を伺っていた神影が頬杖をつきながら声を掛ける。
ドンドンを見返すと決めた日から、設計図を数時間で仕上げ、神影の家の地下に溜め込んでいた素材でとてつもないスピードで魔具を完成に近づけていくジャックを、神影は時折こうして見に来ていた。
「時間がないっつったんはミカゲの方やろ?
それに、そんなこと言われへんくたって、ワイはこれと決めたらソッコーで魔具は完成させる主義やねん。
って言うんは建前で、既存の魔具とは全く違うこの魔具を一刻も早く完成させたいっちゅうんが本音やけどな!!」
ニカッ、と屈託のない笑顔を浮かべるジャック。
今のジャックはドンドンを見返すという当初の目的を完全に忘れている。
そんな邪推な目的に囚われずに、ただ良い魔具を、革新的な魔具の完成を夢見て金槌を振るう。
純粋な気持ちで魔具に向かい合っているのだ。
「ほんっと、真正の魔具バカだな」
「それはワイにとって褒め言葉やで」
「知ってるよ」
くぅーーーっ、と伸びをして凝り固まった筋肉をほぐす神影。
それが必要なのはむしろジャックの方な気がするのだが、既にジャックは魔具製作に没頭していて、周囲の様子が視界に入っていない。
(こりゃあ、予想以上に早く完成しそうだな)
神影は窓を閉め、サンダルを履いて表玄関から家を出る。
その足の向く先は……ドンドンのいる場所だ。
「俺は俺のできることを――っと。あんの頑固ジジイのカッテェ頭を……ちょっとだけマッサージしてやるとするか」
ガシガシとフケ混じりの黒髪を掻き、白衣を風にたなびかせ、神影は薄っすらと笑みを浮かべる。
これでチャックが全開でなかったならば、そこそこカッコよかったかもしれない。「嘘だろおいっ!?」
――――――――――――――――――――
再び出会った『キラーおっぱい』のキラーではない部分に二十万マムを挟み、神影は再びドンドンのいる部屋に案内されていた。
「じゃ、一つ頼むぜミス・キラー。俺はひ弱で軟弱だからな」
「おっぱいを付けてくださぃ『金ヅル』さん。今の私は、ただの娼婦なんですからぁ〜」
ドンドンのいる部屋の襖を開けると、そこにはこの前来た時と全く変わらない景色が広がっていた。
そして、この前と全く同じで神影が部屋に入った途端、女たちは軽く乱れた衣服を直して退出。
女将も例の如く明細書を突きつけて出て行った。
その料金は―――。
「おどれこらミカゲェ! おどれは一体どういうつもりなんじゃ!!!
毎度毎度ええところで邪魔しくさってからに!!」
これまた前回と全く同じに、ドンドンは赤い長髪を振り乱しながら神影に詰め寄ってくる。
酒臭い息を振りまき、ドンドンは神影の胸ぐらを掴む。
「へー、いいところ、ねぇ。
別に女を抱こうとしてた訳でもあるまいに。
どういういいところだったのか。
無知な俺に、いっちょ教えてくれないか?」
「……あぁ?」
苛立ちと疑問から眉根を上げるドンドンの前に、神影は先ほどの明細書を突きつける。
「いつもはサービス代が料金の大半を占めてるっつーのに、今回はほとんどが酒代だ。
お前、ジャックと会ってから一回もヤってねぇだろ」
「―――ッ!」
ドンドンは、思わず手を離す。
その明細書の料金の合計は、およそ百万マム。
二日で消費するのには十分すぎる料金だが……高級娼館に篭るには心もとない金額。
ジャックと出会ってからのドンドンが、どんな生活を送っていたのか……想像するのは難くない。
「思い出しちまうもんなぁ、ドンドン。
普段は全く意識しなくても、今は違う。
快楽だけを求める行為でも、本質は子作りだ。
ヤろうとする度、お前を失望させた小人族の子孫の姿がチラついて仕方ねぇんだろ?」
神影は真っ直ぐ、ドンドンの瞳を見つめる。
生身でない、魔具の瞳。
その無機質な瞳は動揺を見せないが、彼自身が放つ空気は明らかに動揺そのものだった。
「何をッ、的外れなこと抜かしとんねん!
別に抱こうと抱くまいと、そんなもん俺様の勝手や!!
カッ! アホらしい!!
何を言いだすかと思えばそんなことか!!
くだらん!! こんダァホが!!!」
「お前は、忘れようとしていたんだろうドンドン。
その深い失望を。誇り高い小人族の醜態を。
悠久の時の流れに捨て去ろうとしたんだろう。
けどな、それは俺が許さねぇ」
神影の瞳は魔具ではない。
普通の、ただの、人間の瞳だ。
視力は0.8、黒目の、ヒトの眼球。
なのに、神影の眼光は一切の歪みを見せない。
ブレることを知らずに、ただ一直線に、機械で出来た瞳の如く、ドンドンの瞳を射抜くのだ。
ドンドンはその視線に刺されてしまったかのように、動けない。
「俺はな、ドンドン。
ヒトの持つ、想いっていうスンゲーチカラを、変異なんてもんよりもスンゲー、スンゲーチカラを信じてる。
俺はヒトの想いを何よりも尊ぶ。
心からの望みであるなら、ただ怠惰を過ごすことさえ尊重する。
心からの望みであるなら、その想いを忘れようとすることだって尊重する。
けどな、けどだぜ。
二百年の時で擦り切れちまった……喜びも悲しみも楽しみも情熱も、何もかも失っちまったお前の今の想いを、俺は尊重できない。
壊れた心の想いは、戯言に過ぎねぇ。
だから、ドンドン。
自己の全てを酒と快楽に沈めちまったお前を、俺は問答無用で引っ張り出す。
その上で、お前の想いを聞かせろよ。
その心からの叫びを、俺はちゃんと聞いてやるからよ」
白衣のポケットに両手を突っ込み、胸を張る。
何一つ『強さ』を持たない神影の、戦闘態勢。
その身全てで、相手に語りかけるという意思表示だ。
「――昔昔、あるところに一人の小人族がおりました」
そうして開かれる神影の口から話されるのは、ある一人の男の話。
「その男の名はドンドン。
クリスタルや魔力鉱石を採掘することを生業とする小人族の中に生まれた、魔具作りの天才でした」
………伝説の魔具職人ドンドンの話。
「彼は採掘したクリスタル、魔力鉱石、そして彼でも倒せるモンスターの素材を使い、幼少の頃から魔具製作を嗜んでいました。
いつしかその名は国中に轟き、彼はある王国のお抱え職人の地位にまで上り詰めました。
けれど、そんな矢先、誰もが想像さえしなかった時代が起こります。
天災、悪夢の発生。
破壊衝動のままに、目につくもの全てを踏み潰す……その吸血鬼の成れの果ては大陸中の脅威となりました。
誰もが悪夢に怯え、震えていた暗黒の時代。
絶望の折、一人の男がドンドンの下を訪れました。
その男の名はヴィルヘルム。
吸血鬼の初代国王にして、英雄と呼ばれた男です。
彼はドンドンに悪夢の秘密、吸血鬼の秘密について包み隠さず、全てを話しました。
そしてその上で、ドンドンに頼んだのです。
『この私の肉体で、剣を作ってくれ。
吸血の機構を内に秘めた、あの災厄を封印するための剣を』
ドンドンはその男の願いを聞き入れ、一振りの剣を作りました。
ヴィルヘルムの血で出来たその剣は、魔力を魔法に昇華することの出来ない、魔具とは呼べないような剣でした。
しかし、その剣はヴィルヘルムの血だけで作られた……ヴィルヘルムの魂を切り取って作られた、吸血機能を備えた対悪夢の剣でした。
魂を削られた代償に、ヴィルヘルムの黒かった翼は白くなり、魔力も大幅に減ってしまいました。
しかしほどなくして、大陸中の生物の血を借りて、力を借りて、ヴィルヘルムは悪夢を封印することに成功しました。
そして、悪夢を封印した剣を作ったドンドンは小人族の子供たちの憧れとなりました。
産まれてくる子供は皆、ドンドンに魔具作りの手解きを乞い、ドンドンも嬉しそうにその願いに応えました。
これが魔具作りで他種族の追随を許さない小人族という種族の始まり。
小人族の栄華が始まったのです。
その栄華が続いたある日、ドンドンに転機が訪れます。
英雄にして、友。ヴィルヘルムの死です。
彼は晩年、ドンドンに文を送りました。
『私は死ぬ。しかし私の意思は死なない。
いつかあの災厄は形を変えて必ず蘇る。
完全吸血の、吸血鬼の堕落の結末が、第二第三の悪夢が現れる。
それを阻むための技術は護身拳術に遺した。
連綿と続く吸血鬼族の未来の中で、私の意思を継ぐ者が必ずそれを見つけ出してくれるだろう。
だが、あの剣はそうはいかない。
武器は消耗し、武器としての役目を果たせなくなる時が、必ず来てしまう。
不躾な願いであることは承知している。
しかし、災厄を倒した同士として、頼む。
君の技術を、どうか後世に遺してくれ』
ドンドンは考えます。
果たして、今の小人族に自分の技術に追いつける者はいるだろうか。
ヴィルヘルムに作ったダーインスレイヴと同レベルの魔具を作れる者はいるだろうか。
答えは否。
今の世代に、自分と比肩できるレベルにまで登ることのできる天才はいない。
ならば、どうすればいい?
ヴィルヘルムの望みに応えるにはどうすれば?
ドンドンの出した結論は――生きること。
生きて、才能ある小人族が産まれ出るのを待ち、その小人族に自らの技術の全てを託すこと。
ドンドンは自らを魔具に改造したのです。
寿命に縛られぬように。永い時間を生きれるように。
小人族は諸手を上げて喜びました。
そして、益々技術の研鑽に励みました。
………しかし」
「――ッ、だぁれッ! 黙れこんダァホ!
それ以上喋んなやッ!! ブッ殺すぞ!!!!!」
ドンドンは神影の声を遮る大声を上げる。
その剣幕は間違いなく本物。
次に神影が何かを言えば、ドンドンはその身である魔具を使い、神影に襲いかかるだろう。
文字通り、ただの人間である神影はひとたまりもなく……十中八九殺されてしまう。
「三百年の時は……小人族を堕落させました」
だが神影は臆さない。引かない。口を閉じない。
不退転の決意を持って、神影はここに立っている。
ここが戦うことのできない神影の戦場なのだ。
もしここで引いてしまえば、彼は本当に命を張るカイルたちに顔向けすることができなくなってしまう。
だから神影は立ち続ける。話し続ける。
自身の矜恃と譲れないプライドと、生来の意地っ張り気質で、怒れる伝説の前に。
「だぁれっつっとるやろうがこんダァホがぁああッ!!!!!!」
宣言通り、ドンドンは激昂する。
魔具の右腕は岩石に覆われ、【身体強化】によって強化された岩の拳が神影に襲いかかる―――!
「ッが!
なんのッつもりじゃおんどらぁ!!!」
「今日の仕事は制圧なんですよぉ〜。
大人しくしておいてくださぃ〜」
だが、するりとドンドンの背後に回り込んだキラーおっぱいが、回り込む際にドンドンの足に自分の足を引っ掛け、転ばせ、馬乗りになる。
神影をドンドンの拳から守ったのだ。
そして左手で頭を、右手で突き出した岩の拳を押さえつける。
どれだけドンドンが暴れたところで、キラーおっぱいはビクともしない。
元々力の強い小人族の、さらに【身体強化】された力を、女の柔腕でしっかりと固定している。
「くッそがぁッ!!! おどれッ獣人族か!!」
「そうですねぇ〜、角と尻尾は千切れてしまいましたけど、許されざる種族の、牛の獣人族ですよぉ〜」
万力のようにドンドンの岩の拳を掴み締め付けるキラーおっぱいの掌。
直後、ミシミシという音と共にドンドンの魔法である岩は粉々に砕かれ、岩の下に隠れた本物の拳が押さえつけられる。
これこそ、膂力に長けた獣人族の力。
特に、腕力だけなら獣人族随一と言われる牛の獣人族の力だ。
その上、ベルトの魔具で【身体強化】も発動している。
「初めは、良かったのです。
誰もが皆、真摯に魔具に向き合い、ドンドンのいる高みへ登り詰めようとしていました」
そして神影は押さえつけられたドンドンに向かって語り続ける。
無理くりに、強制的に、ドンドンですら忘れてしまった過去を語る。
ドンドンはがっしりと固められて暴れることも出来ない。
耳を塞ごうにも、片腕は押さえつけられている。
神影は一切の躊躇なく、ドンドンに言葉の刃を持って切りつける。
ドンドンの心を、呼び醒ますために。
「しかし、一人、また一人と魔具作りに興味を失う小人族が出てきました。
どころか、何の仕事もしない小人族も出てきたのです。
ドンドンは、既に全身が魔具。
彼自身の生活費はほぼ掛からずに、作った魔具で出てくるお金の大部分は小人族に還元される。
その甘い汁で、小人族は堕落の蜜の味を覚えてしまったのです。
ドンドンの技術はいつの時代においても天才的。
作った魔具は高値で飛ぶように売れ、得た金は既に小人族全員を養えるほど。
……三百年の時が経った時、真面目に魔具を作ろうとする者は……いなくなっていました」
「ああッ! あああああッ!!!!
ッああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ドンドンの耳元で、声が聞こえる。
『いくら魔具を作っても、アンタの技術は越えられへんわぁ』
『ドンドン様のお陰で、ワシらも生きていけますわぁ!』
誇りを失った小人族の声が。
向上心をなくし、何もしなくても生きていける現状に満足し、衰退していったかつての小人族の姿が目に浮かぶ。
二百年前の小人族の醜態が、ドンドンの心を苛む。
「ッがぁッ!! 満足か!! あぁ!?
こないなことしておどれは満足か!!!
得意げなツラしてッ! 俺様の過去を語って!
俺様の傷をほじくり返して満足かッ!!!」
身体を完全に拘束されたドンドンの、唯一できる抵抗。
罵り、叫び、口撃すること。
だが、そんな程度で怯む神経を持っているのなら、神影はここに立ってなどいない。
「そのことに気が付いてしまったドンドンは、どうしようもないほど憤りました。
どこで間違えたのかは分からない。
けれど、間違いは正さなければならない。
ドンドンは里の全員を集め、叱咤しました。
『今のおどれらはなんや!!
全ッ然魔具作りに身ぃ入っとらんやんけ!!
おどれらそれでも小人族か!!
魔具は自分らの魂の体現やぞ!!?
半端な気持ちで作ろうとすんな!!
打とうとすんな!!
血の一滴汗の一滴魔力の全部出せるモン全部ヒリ出して全力で作らんかい!!
そんで、さッさと駆け上がってこいや!!
俺様のおる、“遥かなる魔具の高み”に!!』」
遥かなる魔具の高み。
これは現在の小人族の掲げている指標であり、至上命題だ。
彼らはこの言葉を、最高の最良の完璧な完成された絶対の魔具を作り出すこと、とそう解釈している。
実際、ジャックの妹であるエレナはこの言葉を盲信し、魔具作りのために人体実験まで行う狂気の所業を行っていた。
遥かなる魔具の高みへ行くために。
最強の魔具を作るために。
しかし違ったのだ。
歴史の流れに、小人族の都合のいいように改変されてしまったドンドンの言葉は、そんなことを言いたかったのではないのだ。
自分と同等の魔具を作れるようになれ。
第二第三の悪夢が現れた時に、対処できるだけの技術を身につけ、自身の技術を全て託してもいいと思える職人になれ、と。
そういう願いの込められた言葉だったのだ。
親友との約束、親として子孫を思う心。
そのような感情の発露が遥かなる魔具の高みへ、という言葉をドンドンに言わせたのだ。
「――ですが……その叱咤は、手遅れだったのです」
「ッ、ああああああッ、ああああああああああああああああああああああああああッ!」
絶叫する。ドンドンは絶叫する。
咆哮し、叫ぶ。聞きたくないと喚き叫ぶ。
「小人族は何も変わることは無かったのです。
ドンドンの叱咤も右から左に抜けていくだけ。
彼らは、魔具に対する情熱を完全に失っていたのです。
ドンドンは、深く深く失望しました。
小人族を軽蔑し、子孫を恥じ、彼は自らの種族を、小人族を見限ったのです。
里を抜けることを決め、金の為に利用されることになるだろう己の魔具を、全て、破壊しました。
己の魂を、粉々に破壊してしまったのです――。
里を抜けた……後のことは語るまでもねぇよな、ドンドン」
神影の問いかけに、ドンドンは沈黙で返す。
彼はずっと放浪していた。
友との約束のため、まだ見ぬ脅威のため、死ぬこともできずに流れ続けていた。
全てを振り切るように酒と女に溺れ、何もかもを埋もれさせる二百年を、ドンドンは過ごしてきたのだ。
ドンドンは額を強く地面に打ち付け、顔を上げようとしない。
涙腺を備えていない瞳が潤むことはないけれど、人の身体であったなら、彼はきっと涙していただろう。
忘れていた、小人族への失望。
未だ果たせない約束。壊してしまった魂。
それら全てが、ドンドンの心の中をのたうちまわる。
擦り切れた感情を無理矢理稼働させ、神影は壊れたドンドンの心を呼び覚まそうとする。
「……で、だ。ドンドン。
ここからが――うおっ!?」
突然、鼓膜を破るほどの轟音とともに部屋全体が激しく突きあがるように揺れる。
地震というには揺れが長続きせず、まるで巨人が部屋全体を大きく振ったような縦揺れ。
神影、キラーおっぱい、ドンドンの三人は揃って体勢を崩す。
起き上がろうと三者三様に床に手を突いた瞬間、次なる轟音が鼓膜を揺らした。
『くおらぁドンドン!! おるんは分かっとんねん!!!
お前の度肝抜かす為の魔具作って来たったわ!!
これ見て、ワイの魔具を駄作やなんてケチ付けれるモンならつけてみろやぁぁああああああああああああああああああああああああ!!』
拡音器で発せられたその轟音はジャックの声で、察するに、完成した魔具をドンドンに見せつけに来たようだった。
「おいおいおいおい……っ!
マジかよあいつ、どんなスピードで魔具作ってんだよ……!?」
神影がシュードラの街を離れてから今まで、およそ四時間。
その四時間の間に、ジャックは全容さえ伺えなかった魔具を完成させたのだ。
「カイルたちに霞んで目立たねぇけど、あいつも十分チートだな……」
神影は口の中でそう呟き、咳払いを一つ。
こうなってしまった以上、予定していた予定を繰り上げるしかない。
状況についていけず、地面に転がったままのドンドンの首筋を掴み、立たせる。
「なにすんね――」
「行くに決まってんだろ。そんで、お前の目で確かめろ。
お前がいなくなった後の、二百年を経た小人族の姿を。
この時代最高の魔具職人の魔具の出来を」
神影はキラーおっぱいに頼み、ドンドンを連れ添って部屋を出る。
神影の話で心中穏やかでないドンドン。
だが、それは紛れもなく、ドンドンの中に心というものが戻りつつある証拠だった――。
――――――――――――――――――――
「どうやドンドンッ!!!
これが! ワイの作った魔具!! 搭乗型決戦魔具!!!
ドワリオン初号機や!!!」
高らかに謳い上げるジャックとは対照的に、ドンドンやキラーおっぱいは、目の前にある魔具を見てあんぐりと口を開けて呆然としている。
そんな二人をよそに神影だけが童心に帰って目をキラキラと輝かせていた。
それもまぁ当然と言えるだろう。
彼らの目の前にある……ジャックが完成させた魔具というのは、未だこの世界にない代物なのだから。
「うっひょおおおおおおおおおおおお!!!!
っべーっ! ジャックお前マジ、っべーよ!
まさかこの異世界でモノホンの原寸大ロボ見れるなんて、ホント生きててよかったぁぁぁぁああああ!!」
それは、神影の世界の知識で作られた魔具。
人が乗り込み、自らの手足のように操作することで戦闘を行う……兵器。
巨大ロボ……機動戦士……人型戦闘機械。
名称を挙げ連ねればキリはないが……とにかく、そのように呼ばれるものを、ジャックは作り上げたのだ。
全長およそ八メートル。
赤と黒を基調にした、人型魔具。
胸のあたりに乗り込めるように場所が確保してあり、肩や腕、足の随所に戦闘用魔具を仕込んである。
神影の知るロボよりもサイズは見劣りするが、実際に乗って動かせるという事実の前では、そんな些細なことは関係なかった。
「ジャック! 乗せろ! 俺を乗せてくれっ!」
「待たんかいアホ! それは後や!
……どうや、ドンドン。ワイのドワリオン初号機は」
ドンドンは言葉を失っていた。
初めて見る機巧の魔具。
自分の知らない未知の魔具。
まだ見ぬ魔具の可能性。
ささくれ立っていた心に、波が立つ。荒れ狂う波。
怒りではない……駆り立てるような情動。
とうの昔に、失ってしまったハズの感情が、ドンドンの心に湧き立つ。
見てみたい。触れてみたい。作ってみたい。
子供のように純粋で、乙女のように激しい衝動。
神影の話に触発され、疼いていた心に新たな海風が吹きかける。
「……」
だが、ドンドンはそこで魔具を見るのを止めた。
止めて、ジャックを見た。
この魔具を作った、ジャックという小人族を。
己の子孫の相貌を……見つめた。
ありのままに光景を描写する魔具の瞳で、己が子孫の姿を写した。
身体は泥や、モンスターの端材まみれで端的に言って汚い。
目の下のクマは酷く、この二日間を徹夜して過ごしてきたことが伺える。
腰に差した職人ベルトの道具は使い込まれていて、何年も何年も魔具を作り続けてきたことがありありと伝わる。
そして、ドンドンはジャックの目を見る。
「………………カッ、ハ」
思わず笑いが溢れた。急に、馬鹿らしくなった。
「……まんま、ガキの頃の俺様やないか……」
一瞬、鏡を見ているのかと錯覚した。
その爛々と輝く双眸は……キラキラと宝石のように煌めく瞳は、かつての自分そのもの。
魔具を作るのが、楽しくて楽しくてしょうがなかった頃の自分。
やる気と向上心に満ち満ちていた頃の自分。
ヴィルヘルムと出会った頃の……自分。
「……こん、ダァホが」
小さく零した罵倒は、自分に向けられたもの。
腑抜けて、堕落して、約束も誇りも蔑ろにした……かつて自分が失望した小人族と、同じ無様を晒していた自分に向けたものだ。
いつまでも自分を嘲り、罵り倒してやりたい気分ではあるけども、今はそうするべきではないことくらいドンドンは分かっていた。
ドンドンは涙の機能を付けなかったかつての自分に盛大に喝采を送って、ジャックの方に向かって一歩を踏み出した。
「こんっっ、ダァホがぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「いぃっ、たぁああああっ!?」
踏み出し、その脳天を力一杯殴りつけた。
涙目になるジャックをよそに、ドンドンはドワリオン初号機に向かって足を進める。
「な、何すんねん!」
「何すんねんとちゃうわこんダァホ!
ここにここにここ! まだまだ縫合と溶接にムラがあんのじゃダァホ!
どうせコイツも魔力鉱石に最大まで魔力貯めても、三十分が活動限界とちゃうんか!!」
「なっ……う、うっさいわこんボンクラがっ」
反論しようとして、自分の作った魔具の弱点を突きつけられ、ジャックは勢いのない悪態をついてしまう。
「あぁ!? 誰に向かってボンクラ言うとんのじゃこんダァホが!
師匠には敬語を使って五体投げ出して敬えて習わんかったんか!? おぉ!?
しかも俺様は伝説のドンドンやぞ!
五体投げ出すよりもっと粋な敬い方せぇやこんダァホ!」
「そんな敬い方習った覚えないわ!!
っつか、誰が師匠やねん!!!」
「俺様以外の誰がおる言うねん!
おどれの脳みそは空っぽか!!」
「師匠!? 自分が!? アホ抜かすんも大概にせぇよアホ!
自分なんか呑んだくれの女好きのクズで十分じゃ!」
「あ〜あぁ! 童貞の僻みは怖いわぁ!
自分がモテへんからって難癖とか! 金玉ちっこいやつやなぁ!」
「金で女抱いとる奴が何抜かしとんのじゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」
まだ夜にもならない花街のど真ん中で、二人の職人の声が響く。
お互いを罵り合い、貶し合う二人だが……その喧騒はもはや二日前のものとはまるで違った。
ドンドンは、ジャックを認めた。
己の後を継ぐ者として。己の技術を受け継ぐ者として。
ジャックがどう思っていようとも、罵り合いの果てでも怒鳴りながらでも、全てを託すと決めたのだ。
その素質は十分だと、ドンドンはドワリオン初号機を見て、ジャックを見て判断したのだ。
「オラ! さっさ鍛治場に連れていかんかい!
おどれのクソな手際をビシバシ直したるからな!」
「上っ等じゃ! 時代遅れの老害に!
ワイの最先端の技術見つけてやるぶふぅ!?」
「なにしくさぶふぅ!?」
会話の途中に突如。
ドンドンとジャックの二人が地面に沈められた。
拳一発、拳骨一発で、だ。
その犯人は、巨大な乳房を豪快に揺らして、冷ややかな笑みを浮かべた。
「お店の前でぇ〜、騒ぐのはぁ〜、めっ!
なんですよぉ〜?」
この場で最強の戦闘力を持つミス・キラーに笑いかけられ、ただ一人残された神影はひたすらに冷や汗を流すのだった――。