第百十四話ー現代を生きる伝説の職人
この話で出てくるダァホという言葉は、ドアホ、という言葉が詰まったものです。
ダァホ=ドアホです。
朝、日が昇り始めた暁。
清涼な朝の空気が流れるにも関わらず、この街の雰囲気は清涼とは程遠い。
ここはシュードラの街近くにある……ヨークタウンと並んで有名な色街。
酒池肉林を体現したような、品性の欠片も存在しない、下卑た街。
四六時中娼館が開き、酒と香水、男の女の香りがどこに行っても立ち込める……そんな街。
神影とジャックは……そんな町の中央通りを闊歩していた。
「……こんなトコにおるんかいな。シュウたちの魔具を作った、ワイに比肩する魔具職人っちゅうんは」
「そうだな。酒と女が何よりの生きがいで、その費用は魔具を作ってやった代金だ、っつって全額俺らに押し付けてくる下衆の極みがこの屋敷にいる」
「……そいつホンマに魔具職人か?」
「腕だけは確かなんだよ。腹が立つことにな」
足を止めた神影たちの目の前に、巨大な建築物。
それは、この街の花形とも呼べる大屋敷。
ゴッテゴテの外装で、頭がクラクラするような香を無差別に撒き散らす屋敷だった。
その香りに釣られ、身ぐるみを剥がされた馬鹿な男たちが店の両脇に積み上がっている。
その山を引いた目で見つめるジャック。
すると、一人の女が半裸の男を引き摺りながら屋敷から出てくる。
娼婦らしく、胸元を大胆に開けたその女は神影とジャックの姿を見ると、
「あらぁ、『金ヅル』さんじゃぁないですかぁ〜。
あの人ならいつものところにいますよぉ〜」
「目をお金のマークにした女がこっちきよった……ッ。っちゅうかお前なんちゅう呼ばれ方しとんねん!?」
男を軽々山の上に投げ捨てて、神影の元に駆け寄ってきた。
神影は自分のことを『金ヅル』と呼んできた容姿とおっぱいは完璧な女に軽く手を挙げて応える。
「おう、サンキュー『キラーおっぱい』ちゃん。
今日もそのおっぱいで何人を悩殺して撲殺したんだ?」
「今日はあの人の担当でしたのでぇ〜。八人くらいですかねぇ〜。『金ヅル』さんはあの人のところに行くんですかぁ〜?」
ぶるぅうぅうんと、とんでもないサイズのおっぱいを揺らす女。
ジャックは思わず生唾を飲む。
男なら、誰しも手を伸ばしたくなる理想郷がそこにはあった。
「あぁ、そうだ。案内頼むぜ、『キラーおっぱい』ちゃん」
神影はその理想郷に迷わず手を伸ばし、全てを飲み込む魅惑の谷間に……スッと十万マムを挟ませた。
「なっ!? ズルい!! ズルいでミカゲ!」
「うるせぇ黙れ黙るんだジャックこれは不可抗力なんだ。
お通しっつって職人がいる最高ランクの部屋に行くためには入場料が必要なんだよ」
「触りたいなら一揉み一万マムになりますよぉ〜?」
キラーおっぱいは腕を組み、その胸をさらに強調してみせる。
谷間がさらに深く渓谷を成し、その柔肌をジャックの眼前に近づけていく。
激しく湧き上がってくる唾と欲望を燕下し、ジャックは必死に右手を抑える。
「くぅうぅうぅう!!!
静まれ、静まるんやワイの右手ぇえええ!!一回一万やない、一揉み一万やぞ!?
一回触ったらあっちゅうまに虜にされて、あの山に加わるだけやねんぞぉおおお!!」
「いいじゃないですかぁ〜、一回くらぃ。
ほらほら、よぉーっく、見てくださいよぉ。
私のおっぱいはお客さんにも女将にも大好評なんですよぉ〜。
まるで鳥黐のようだ、って」
「それは柔らかさ的な意味で言ってるんやんな!?
決して、男をホイホイとっ捕まえて離さんくする捕獲罠的な意味やないやんな!?」
キラーおっぱいは案内を開始しながらも、こんな風にジャックを誘惑し続ける。
屋敷内は外に比べてなお一層香が焚かれていて、この場に居続けたら嗅覚が麻痺してしまいそうなほどだった。
内装は和風な様式で、板張りの床が光沢を放つ。
時折神影たちの足音ではないギシギシという音が聞こえるが、表面上は無視。
階段を上がり、隠し扉を二、三通過。
そうして、神影たちは目的地に到着した。
「では、どうぞごゆるりと『金ヅル』さん」
「ああ、ありがとうよ『キラーおっぱい』ちゃん。
今日もナイスおっぱいだった」
「一揉み、一揉みくらいなら……」
「目的見失ってんじゃねぇよエロ大魔神め。……開けるぞ」
神影は襖に手をかけ、タァン! と勢いよく開ける。
ムワッとした熱気と、廊下とは比べ物にならない濃い香の薫りと男女の匂いが鼻腔を直撃する。
神影とジャックはその二つの匂いに強烈に顔を歪め、部屋の中を見る。
そこには、
「ッハァ! 酒や! 酒持ってこんかいクソ女ども!
俺様を誰やと思っとんねん!! ああん!?
こないな量の酒で満足できるワケあるかいこんダァホ!」
酒の入った樽を部屋の隅に投げ付け、怒鳴る男がいた。
燃えるような赤髪の長髪を無造作に後ろに流し、金の瞳で女どもを睨みつける……小人族の男が。
「特級の酒もう十樽持ってこんかいダァホ!!
残った女ぁそこで股開いとけや!!!
この“ドンドン”様が相手してやっからよぉ!!」
これが……小人族の中で始祖として崇められている伝説の魔具職人、ドンドンと……その子孫、ジャック・ドンドンの初めての邂逅であった。
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「おい、この呑んだくれ。
酒池肉林のレッツパーリー開く前に話だ」
伝説を前に、今まで抱いてきた幻想や理想が粉砕機にかけられ粉微塵になって呆然とするジャックをよそに、神影が第一声を切り込む。
喧騒の間隙を縫うようにして発せられた声はドンドンや他の女たちの耳にも届いた。
ドンドンは面倒臭そうに顔を上げ、女たちは服装を直し始める。
「あぁ!? ッんやおどれかミカゲェ!
折角これからやッちゅうときに邪魔しとんちゃうぞダァホ!」
猛ける小人族を尻目に女たちは神影に礼をして、一人を残して全員が退出する。
片目を黒髪で隠し、抑え切れない熟年の色気というものを全身から滲み出す、一人残った女は神影の方に歩み寄り、長い長い紙切れを手渡す。
「これが今回の明細書だよ。
占めて五千三百六十二万マム。
来月までによろしくね。毎度どうも、『金ヅル』さん」
「女将……値引きとかって」
「勘定が面倒なら六千万にしてやってもいいけど?」
「キッチリ払わせて頂きます」
法外というのも法律に失礼な金額を突きつけて、女将は退出する。
酒の空樽や食器類が部屋中に散乱し、足元の畳が見えないほどに散らかった部屋に……残されたのは三人。
苛立ちを込めて神影たちを睨むドンドンはズカズカとこちらに向かってきた。
酒の匂いを全身から漂わせているワリに、足取りは確かで淀みない。
一メートルほどの小さな背丈で、ドンドンは神影の胸ぐらを下から掴み上げた。
「おどれは金だけ置いてけばそれでええんや。
次邪魔したら二度と魔具なんか作らんぞダァホ」
「だったらこっちだって金は払わねぇよ。
これまでの付き合いで分かってんだろうが。
話はさっさと終わらせた方が、お互いのためだ」
「ッチ!」
「その舌打ちは聞かなかったことにしといてやるよ」
皮肉交じりの険悪なやり取り。
ドンドンは乱暴に神影の胸ぐらから手を離した。
無類の酒と女好きの……下衆の極み。
神影の評価そのままのドンドンの様子に、ジャックは落胆を禁じ得ない。
ジャックの髪と同じ色をした赤髪は全く手入れされておらずに脂ぎっていて、呼気は酒の匂いしかしない。
どれほど酒をのんでいるのか、火のついたマッチ棒を近づければそれだけで発火しそうである。
「……単刀直入に用件だけ言うぞ。今回の依頼は魔具製作じゃあねぇ。
ここにいるお前の子孫に、お前の技術の全てを託して欲しい」
「あッ? 俺様の子孫やと?」
ドンドンは、初めてジャックを見る。
酒臭い顔をジャックの眼前に持って行き、金の瞳と金の瞳が向かい合わせになる。
無機質で無遠慮な視線が……ジャックを射抜く。
暫くの間瞳を合わせていると、ジャックは何か得心したように、しかしそれ以上に驚愕して、目を見開いた。
「魔具……やと、っ?」
「カッハ! 気ぃ付きよッたかダァホの癖に。
まぁ、やからなんやッつー話やけどな」
ジャックが気付いたのは……ドンドンの瞳が、魔具であるということ。
ドンドンの瞳はパッと見では人間のものとなんら変わりはない。
しかし、よくよく見るとその瞳には微妙な違和感がある。
まず、瞳が全く揺れていない。
視線を動かす際には、まるで機械によって定められたように正確に、瞬時に焦点を合わせてくる。
そこに、ブレは存在していない。
酔っているというのに、驚くほどに瞳の動きは正確だった。
他にも、全く潤んでいない眼球などの気付くポイントは存在する。
そのことにジャックが気付けたのは、最低でも二百年は前の時代の人物であるドンドンが、今の現代に生きているのがおかしい。
この疑問が、頭を埋めていたからだった。
そして、瞳が魔具であるということから推察すると、その疑問の答えはつまり……
「その通りだジャック。
小人族の崇めるこのドンドンっつう男は、自らを魔具に改造することで、五百年もの時を永らえている」
改造人間。
自分の身体の諸器官を……機械と入れ替えることで寿命という枠を打ち破った人間。
ドンドンの場合、機械ではなく魔具だが。
五百年もの間を、この小人は生きてきたのだ。
もうドンドンというこの男に、元々あった人間の器官は何一つ残っていない。
全てが魔具に、ドンドンという魔具になってしまっている。
「ッんでぇ、こんガキに魔具のイロハを教えろッつう話やッけか?」
ドンドンはジャックから目を離し、魔具の眼球で神影の姿を捉える。
酒臭いのに、フラついた様子はない。
来ている浴衣ははだけていてだらしがないが、酔っている様子は微塵も感じられない。
確かな意識を保ったまま、ドンドンは任せろと言わんばかりに親指を立てて、
「ぉッ断りじゃ、こんダァホ」
親指を下に向かってひっくり返した。
感情のない瞳は侮蔑の形に歪み、その矛先をジャックに向ける。
「帰れ、クソガキ。俺様は、ガキ程度が理解できるようなチョロい魔具を作ってないねん。
さッさ帰って、おどれの作ッたクソみたいな魔具見て、やッすい自己満足に浸ッとけや」
「――ッ!」
ジャックの堪忍袋が、その一言で一瞬にして引き千切れる。
もう限界だった。
小人族の誰もが――あのエレナでさえも尊敬してやまない伝説の男の体たらくに。
思い描いていたドンドンという男とのあまりの落差に。
そして、何より――
「ええっ加減にせぇよ、コラッ――!!
何がやっすい自己満足や!!
ワイの魔具はアンタなんかに貶められるモンやない!!
ワイの血肉、心血、魔力の全てを込めて作った魔具や!!!
アンタが遺した言葉通りに、作った魔具や!!!!!」
己の魔具を、蔑ろにされたことに。
ドンドンの遺した言葉……『魔具は己の魂を体現するもんや。
中途半端な気持ちで打とうとするな。
作ろうとするな。
己の血肉、心血、魔力の全てを込め。
そして目指せ。遥かなる魔具の高みへ』
ドンドンの言葉を純粋に信じてきたジャックにとって。
魔具に対して真摯に向き合うジャックにとって……魔具とは己の魂そのもの。
その魔具を貶されるということは。
ジャックの魂を否定されることに等しいのだ。
「ワイの魂を馬鹿にするんやったら、いくらドンドンや言うてもタダじゃおかんぞ!!!!」
ジャックは怒りの形相でドンドンに詰め寄る。
対するドンドンは瞳に掛かる赤髪を後ろに流し、あからさまにジャックを見下した。
「カッハ! ガキが吠えとるわ!
ガキの作った駄作を、駄作や言うて何が悪いんじゃッ!!」
「まだ言うか――ッ!!」
ジャックは自らの激情を抑えることを止める。
力に優れた小人族の腕を、弓を絞るように振りかぶり、その拳をドンドンの顔面に向かって解き放った!
「っ、ぐぅ!?」
確かに、その拳はドンドンの顔面を捉えた。
拳骨は鼻っ面を凹ませ、吹き飛ばすはずだった。
しかし、ドンドンは改造人間。
顔面さえも、硬質な魔具でできているのだ!
「こんダァホが」
鋼を殴ったことで蹲るジャックに、ドンドンは罵声を浴びせ、脚を振り上げる。
踵部分が開口し、ブースターが出現。
火の魔法が放たれ、加速した蹴りがジャックの腹に叩き込まれた。
「ぐぅっ、ァっ………」
襖を吹き飛ばし、ジャックは壁にぶつかって地面に落ちる。
肺の中の空気が全て吐き出され、酸素を求めて肺が大きく伸縮を繰り返す。
立ち上がることもままならず、一撃で意識が朦朧とし始めるジャック。
そんなジャックに、ドンドンは追い討ちを掛けるように無慈悲な言葉を浴びせかける。
「口だけなら、いッくらでも言えるわダァホ。
ガキはガキ、駄作は駄作。
おどれら畜生にも劣るクソみたいな小人族の言葉なんざ、聞く耳も持たんわ。
おどれみたいなミソッカスが、この俺様を越えられるわけあらへんねん。
俺様は至高の魔具職人、小人族が崇めるドンドン様や。
おウチに帰って、俺様の有難い格言でも拝んどけや。
こんダァホ」
ドンドンの言葉が頭の中でぐわんぐわんと反響する。
胸の中で渦巻く憤怒と、慚愧の念。
消えていく意識で、ジャックは最後にドンドンの表情を見た。
侮蔑。
ドンドンの表情に表れていたのは……その一つの感情だけであった。
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「なんっっっなんあのクソ祖先!!!!!
あんなんがドンドンとかほんま信じられへん!!!!」
「まぁまぁ」
「あんな酒臭い女好きのことを尊敬してたちょっと前までの自分を全力でぶん殴りたい!!!!」
「どうどう」
「あっんの嫌味な口調!!!
自信満々な俺様一人称!!!
腹立つ腹立つ腹っ立つぅううう!!!!!」
「まぁまぁ」
地面に怒りをぶつけるように、地団駄を踏むジャック。
目を覚ましてからずっとこの調子のジャックに対して、神影はまぁまぁとどうどうを繰り返すだけの機械となっていた。
花街の誰もいない路地裏で、ジャックの愚痴はとめどなく続いていた。
「ぜっったいに認めさせたんねん吠え面かかせたんねん!!!
ミカゲ!! 帰んで!! 魔具作りや!!」
「どうど……お?」
ジャックは突然地団駄を踏むのを止め、肩で風を切りながら大股で歩き始める。
何も考えずに相槌を打とうとした神影はその挙動をスルーしてしまい、慌てて後を追う。
「もう文句の付けようもないくらい完璧でぐうの音もでえへんぐらいとんでもない魔具作ったんねん……。
何がええやろ、珍しい武器……ハルバードとかか? いや、アカン。そんな普通な武器作ってどないすんねん。もっとあのクズの度肝を抜けるような……」
「待て待て待て待ておい!!!」
小さな歩幅ゆえ、すぐに追いついた神影がジャックの肩を掴み、腹の底から叫ぶ。
「お前俺の説得の場面奪うなよ!!」
「止めるなやミカゲ、ワイはやるって決め―――ってなんやねんお前!?」
その叫びはくだらない理由だった。
怒り、もうあんなヤツと二度と会わないと吐き捨てるジャックを説得し、魔具を作って見返させるという神影の妄想。
ジャックはその説得の過程をすっ飛ばし、既に見返す姿勢に移行していたのだ。
「うるせえ妄想言うな。
っあー、意外だったんでな。
テッキリあんな奴とはもう会わねーとか、言うもんだと……な」
「しょおじきあんなクズゴミ祖先なんかに二度と会いたくないっつーのが本音や。
でもな、このままコケにされっぱなしは……ワイの誇りにかけて許されへんねん」
ジャックの目には確かな怒りが宿っていた。
それはドンドンに対する不快感からではなく、傷つけられた誇りによる……怒りだ。
かつて、ジャックの愛した人から教わったその感情は……貶められて良いものではない。
「そっか、なら……いい」
神影はそれ以上の問いかけを止める。
ジャックは神影の説得など必要としていなかった。
神影の考えている以上に、ジャックという男は強く、逞しかった。
その小さな背中は……とうの昔に、神影に押されるまでもなく、押されていたのだ。
「で、どうやってアイツを見返すか。
お前は何か考えがあんのか?」
「ある……けどない。見返す方法はあんねん。
あのクズゴミ祖先が何の文句も付けられへんくらいの魔具を作って、目ん前に突き出したる。
やけど、どんな魔具を作るかまでは……まだや」
あの嫌味なドンドンを、あっと言わせるほどの魔具。
あのドンドンを超える発想で、かつ唸らせる技術で作られる魔具でなければならない。
小人族を心底嫌っているあの男のことだ。
剣や槍などの単純な発想のものでは見向きもされないかもしれない。
しかし、魔具を作り続けて五百年というあの男は、恐らくあらゆる分野の魔具を開拓しているだろう。
五百年もの経験を前にジャックが頭を悩ませていると、下手な咳払いが聞こえてきた。
「うぉっごほん!
ジャック。そんなに悩むんなら、案を出してやろう」
上ずった声で、妙にそわそわした様子でジャックに声を掛ける神影。
腕を組み、口を尖らせ、空を見上げる振りをしつつチラチラとジャックに視線を向けている。
ジャックは訝しげにその不審者を見つめていた。
「お前は一ヶ月でマリン、ユナ、カイル、リュウセイの魔具を打ち直さなきゃなんねぇ。
ドンドンを見返すための魔具に掛けられる時間はそんなにねぇ。
だから、案を早く練り上げて、今すぐにでも魔具制作に取り掛かりたい。だろ?」
「まぁ……せやな」
「だろ!? だから素直に聞いとけ、な!」
膝を地面に着け、ジャックの肩を掴んで息を荒げる神影。
その神影の様子に若干の恐怖を感じたジャックは強引に後退し、その手を振り払う。
「ええい離さんかい!! 鬱陶しい!!
とりあえず言うてみい! 作るか作らんかはそれからや!!!!」
「お、おう。
えっとな―――――――――」
神影は身振り手振りでその“魔具”のことを説明する。
ジャックはその話を聞き、生まれた疑問を次々と神影にぶつけていく。
それに対して神影は彼の持つ現代日本知識をフル活用して答える。
その議論は往来の真ん中でゆうに一時間は行われ、そして――。
「その案……採用や!!」
「ぃよぉっし!! 流石ジャック!!
お前ならこのロマンが分かってくれると信じてたぜ!!」
腕と腕を合わせ、意気投合。
二人は興奮した足取りでシュードラの街に帰るのだった。
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ドンドンは酒をかっ食らう。
酔いのない身体で、何かを忘れようとするように。
酒を飲むのを止めてしまえば、どうしようもないほどの怒りと、失望の感情が渦巻いてしまう。
もはや理由も忘れてしまった激情のままに、命を絶ってしまいそうになる。
それだけはしてはいけないと、ドンドンの中の理性が叫び、ドンドンは酒を呑み、女を抱くのだ。
今は部屋に、ドンドンが一人。
神影たちが来た時とは異なる、清掃の行き届いた部屋で、一人酒を呑む。
『どうせアンタの技術は越えられへん。
そんだけ長いこと生きてた人を、どないして超えろて言わはるんですか』
だが今日は、酒を切らしていないにも関わらずその憤怒の感情に支配されてしまった。
頭の中で鳴り響く過去の記憶。
それらが耳元で囁いてきたのだ。
『あの老人のお陰でワシらの生活は安泰や。
ドンドン様ドンドン様、ありがとうごぜぇますって具合やな』
その原因は、間違いなくあの小人族の少年だ。
自分と同じあの種族の姿を、自らの子孫の顔を見るだけで、消そうとした感情が刺激されてしまうのだ。
『なんかもう……魔具作りとかどーっでもええな』
「こんダァホがぁッ!!!!!!」
立ち上がり、ドンドンは飲みかけの盃を力一杯叩きつける。
目の前の、目に見えない誰かを一喝する。
足に当たり、金属音を立てて跳ね返る陶器の破片。
ドンドンは目の前に誰もいないことに気が付き、瞳に宿していた怒りを収める。
その冷めきった瞳で、ドンドンは自らの手のひらを見つめる。
硬質で、無機質で、温かみのない手を。
確かな魂が宿っていた……魔具の手を。
自失とした魔具の瞳で……ただひたすらに自らの手を見つめていた。