第百十話ー雷龍ヴァルーダス
『……ガァーッハッハ!!!
うむ!? 何奴!? 新手か!!?
ワガハイは雷龍ヴァルーダス!!
麓の街、シャイレンドラの支配者である!!!』
『しはいしゃなのである!!』
「……」
時は少々進み、リュウセイはシャイレンドラの街にいた。
これはトイフェルの助言に従ってのことじゃねぇ、あいつの言ってた言葉から情報を得て俺自身の意志でここに来たんだ、とは捻くれ者の末っ子の言葉である。
彼の目の前には蛇のように細長い胴体、そして巨大な一対の翼で空中に浮かぶ一匹の龍と、よく似た姿でミニチュアサイズの子供の龍がいた。
頭頂部から尻尾の先端にかけて豊かな鬣が生えていて、全身を覆う黄金の鱗は太陽に照らされ燦燦と輝く。
鋭く並んだ牙と、横に広がる大きく長い髭。
雷属性による電磁波を使って発せられる声は老成したもの。
相当の年月を生きてきた龍であることを、感じさせる声だった。
「……あの街は帝国に支配されているんじゃなかったのかよ。
お前も帝国に従わされてるもんだと、俺は思ってたんだが」
『ガァーッハッハッハ!!
そんな支配をいつまでも受けるようなワガハイではない!!!
ワガハイたちは慎重すぎる海龍とも、堅実すぎる地龍とも違う!!
雷龍は自由を好む!!!!
ワガハイの孫を痛めつける人間など、すぐに食ろうてやったわ!!!
結果的にシャイレンドラはワガハイによって救われ、ワガハイの街となったのだ!!
毎食毎食狩りをせずとも飯にありつけるというのは楽でよいものである!!!』
『らくなのである!』
ちらり。リュウセイはシャイレンドラの本当の町長を横目で見る。
この龍たちが根城にしている山まで案内をしてくれた町長。
頭は見事に禿げ上がっていて、やつれているのが一目で分かる。
きっとこの天龍のせいで苦労をしているのだろう。
やらかしてしまったことの後処理とか後処理とか後処理とか。
と、いつもカイルに振り回されているリュウセイは町長に同情した。
……今回に限ってはリュウセイも迷惑をかけていることに本人は気がついていない。
「……つか、雷龍? 天龍じゃねぇのか?
それに食ったって……子龍に仕掛けられてた魔具はどうしたんだよ」
『雷龍とは!!
ワガハイの髭が今の半分もなかった頃の天龍の呼び名である!!!
ワガハイはあの時代から生きる最後の龍種である証として!!
雷龍と名乗っているのである!!!』
『である!!
われはルーデンスである!!!
天龍さいごの龍である!!!
からだにうめこまれたアレはがんばってはきだしたのである!!!
われはすごいのである!!』
爺龍と孫龍はであるであると喚きたてる。
雷を利用して声を発しているからか、彼ら生来の気質なのか……声が大きい。非常に煩い。
町長やリュウセイは両手で耳を塞いでいるにも関わらず、しかめっ面でヴァルーダスの話を聞いていた。
とりあえず町長にはもう用がないので、リュウセイはそれとなく麓の街に帰ることを促しておく。
『それで貴様は何者であるか!!!?
帝国の派遣した新手であるか!!?
ならばワガハイはあの街の支配者として、貴様を消し飛ばすのである!!』
『けちょんけちょんなのである!』
「ちげーよ。俺はただ……強くなりにきただけだ」
リュウセイの頭に浮かぶ……トイフェルの姿 。
未だ遠い……仇の背中。
そのために【龍醒】を習得しなければならない。
強く、強く……もっと強く。
いつかトイフェルを……殺すために。
リュウセイは、奥歯をギリギリと噛み締める。
『うむ!? 強くなりたいとな!?
その答えは予想していなかったのである!!』
『びっくりである!』
『ワガハイは支配者としてどうすればいいのであろうかルーデンス!!!?』
『である!』
『おぉ! そうであるなルーデンス!!
強くなるには試練あるのみ!!!
ワガハイはちょーカッチョいい雷龍なのである!!!』
『カッチョいいである!!!』
ルーデンスのであるという単語から何らかの意図を受け取ったヴァルーダスは鎌首をもたげ、リュウセイに向ける。
そして口を開き、魔力を口腔内に貯め始めた。
……竜と違い、龍という種族は魔力そのものを魔法に昇華することはできない。
クリスタルの役目を果たす【息吹】の【能力】が存在しないからだ。
故に龍種が魔法を使おうと思えば、自然物を利用するしかない。
海龍であるレヴィが海水を利用して息吹を放ったように。
雷龍であるヴァルーダスは自然の雷を利用して魔法を放つしかないのだ。
しかし、自然の雷などそうそう起こるわけもない。
ではヴァルーダスは――雷龍や天龍と呼ばれる龍種は雷雨以外の日で魔法を使うことができないのか……と言われるとそうではない。
それでは、天龍という種族が他の龍種に比べ遥かに戦闘力で劣ってしまうことになる。
頂点に君臨するモンスター、龍種。
一種だけが劣るなどということは断じてないのだ!
『ガァーッハッハッハァ!!!
バリバリバリバリ発電なのである!!!』
「われもてつだうのである!!!」
ヴァルーダスは身体を小刻みに震わせ、鬣を揺らし、擦り合わせていた。
すると、何が起こるか。
摩擦帯電。
物と物を擦り合わせることで発生する静電気。
それがヴァルーダスの背中で発生しているのだ。
静電気とは、電荷の移動によって発生する。
物質は、内訳に差はあれどそれぞれ生と負の電荷を持っていて、負の電荷を多く持つ物質が正の電荷を持つ物質に触れることで負の電荷が正の電荷を持つ物質に移動する。
この時、両者の電荷は偏っていて、両者とも異なる性質の帯電状態にあると言う。
そして、次に異なる性質の帯電状態にある物質が接触した時、偏っていた負の電荷が元の物質に戻り、その際に静電気が発生するのだ。
端的に要点を述べるとするなら、+の物質と−の物質が触れ合うことで静電気は発生し、元々の±の含有量が偏っているほど発生する静電気も大きい。
そして、天龍の鬣はただの鬣ではない。
二種の体毛が交互に生え揃い、形成している。
一種は、強い正の電荷を帯びた体毛。
もう一種は、強い負の電荷を帯びた体毛。
つまり、天龍の鬣は強い静電気が発生する最適の環境にあるのだ。
バチバチバチバチと静電気にあるまじき爆竹のような電音と、黄色の……それこそ爆竹のように弾ける電気が龍たちの背中で激しく発生する。
そしてヴァルーダスは発生した静電気に魔力を流し、口腔へと運んでいく。
電光の粒が口腔へと進んでそれぞれの粒がぶつかり合い、より大きな静電気の粒となる。
一つ一つは、強いと言っても所詮静電気。
それそのものは攻撃に使うことはできない。
だが、合わされば。
塵も積もれば山となるように、静電気は雷に匹敵する威力を持つ!
『ガーッハッハッハ!!!
いくのである人間!! 見事試練を乗り越えて見せるのである!!!!!』
息吹!
ヴァルーダスの口から一直線に伸びる雷の奔流。
全てを灰燼に帰す龍族の象徴とも言える技。
激しく雷鳴を轟かせ、空気を裂くように直進してくる。
だが、リュウセイは慌てない。
ヴェンティアの街で完全な【龍醒】を発動させたレヴィの息吹を受けたことがあるのだ。
【龍醒】を使ってさえいない息吹など恐れることはない。
すぐさま【形態変化】、翼を生やす。
そして……もう一度身体に魔力を流し、翼のみならず全身が変化を遂げる。
鱗が上半身を覆い、尻尾が生え、蛇のように眼が縦に切れる。
手の爪は彎曲した円錐形となるが、器用に小竜景光を掴みとる。
龍の力を、その身に宿す。
「七星流・護りの型・其の壱・柳星」
リュウセイは雷の奔流の側面に滑りこみ、その流れにそっと刀を当てる。
力の流れを読み、その流れに合わせる。
刀を横から押し当て、両手を使って斬りおろすことで、強大な息吹をまるで針金を曲げるような角度で捻じ曲げ、空へと反らした!
『ガッハッハ!!
なんと剛毅な人間であるか!!
ワガハイの息吹を反らすとは!!
それにその姿!!
どこか龍の力を感じる上にとんでもなくヤバそうな気配なのである!!!
これは天龍が全滅した時と同じ感じのヤバさである!!!』
『ヤバいである!?』
ヴァルーダスはリュウセイの変化に驚きつつも、大きな声と態度を崩さない。
自身の種族の代名詞とも呼べる技を破られたというのに、トラウマとも呼べる変異が目の前にいるというのに、まるで動揺の様子を見せない。
自由闊達なその性格は戦闘中でも効果を発揮する。
一切動揺せず、常に自分のペースで戦い続けることができるというのは、武人として至るべき極致の一つである。
ヴァルーダスは、それを見事に体現していた。
ヴァルーダスを武人と呼んでいいのかは別にして。
「違うんだよ……ヴァルーダス。
俺の求める強さは……これじゃねぇんだ」
そして彼も、自分のペースを崩さない。
目的のために、強さのために。
トイフェルを殺すために、強くならねばならないのだ。
リュウセイは、抜き身の刀のような鋭さを持った瞳でヴァルーダスを睨む。
「【龍醒】を、俺に教えてくれ」
ヴァルーダスの金の瞳が、横に細くなる。
それは、人間が分相応なことを口にしたものだと見下すような、普通の龍種が思うような意味合いではない。
ヴァルーダスは確信していた。
リュウセイが“覚醒”しうる者だと。
それだけの資質を……否、それ以上の資質を持った者だと。
では、その目は何なのか。
強いて言うなら、それは親の目だろう。
バカな息子を見つめる……親の目。
ヴァルーダスらしくない……静かな目だった。
『うむ!! よいのである!!!
しかし!!! ワガハイは教えるということが苦手である!!!
会得したいのなら……見て学ぶのである!!ルーデンス!! やるのである!!!』
「がってんしょうちなのである!!」
次の瞬間には、ヴァルーダスは元の調子に戻っていた。
そして……リュウセイの望みに応えるため、【龍醒】を発動する。
ルーデンスが魔力を必死に垂れ流し、【龍醒】の触媒とさせる。
外皮の一層上を鎧が覆っていく。
魔力で出来た……雷を押し込めてそのまま形にしたような鎧。
それは翼の表面を覆うに止まったが、リュウセイに息を呑む程の圧力を感じさせた。
リュウセイはその様子を……一心に観察する。
【龍醒】の真髄を……見抜こうとする。
『ガッハッハッハ!!
これがワガハイの【龍醒】である!!
貴様の分の魔力を残すため、翼部分しか発動できないのではあるが!!!
ワガハイ、カッチョいいのである!!!』
『はぁ……はぁ……か、カッチョいいのであるぅ!』
『では、貴様も【龍醒】を発動させてみるのである!!
しかし! 貴様は発動するだけの資質は有しているのであるが、今のままでは決して発動はできないのである!』
「……ハッ! そんなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろうが!」
――大気中に存在する魔力が、【龍醒】を発動させた箇所に集まってた。
だから、どうにかして魔力を俺の周囲に集めれば……ちゃんと発動するはずだ。
リュウセイは自分の魔力を使って大気中に網を作る。
網と言っても、魔力が通る隙間はなく、気密性の高いものだ。
その網で、まるで追い込み漁をするかのように自然の魔力を自身の周囲に集めていく。
「【龍醒】!!!!」
リュウセイの翼の表面に顕現する、薄ぼんやりとした鎧。
淡い黄色をした鎧は不定形で、まるで頼りない。
身体能力や魔力の向上も見られるが、ヴァルーダスのそれに比べれば随分と劣っていた。
『ガァッハッハ! だから言ったのである!
発動できないのであると!!』
『カッチョわるいのである!』
ヴァルーダス、それを真似てルーデンスがリュウセイを嗤う。
人の神経を逆撫でする笑い声。
リュウセイは刀を強く握りしめる。
それは、【龍醒】を発動できないことへの焦りや、笑われることへ苛立ちのせい。
そういう側面も、確かにリュウセイの中に存在する。
だが、それ以上に彼らの笑い声が……ある人物と被るのだ。
笑い声という音そのものが、リュウセイの中のある記憶を刺激する。
普段は意識しないように押し込めて、見えなくした記憶が一フィルムを切り取ったかのように鮮明に浮かんでくる。
『アハッ☆ 遊ぼウヨ! リュウセイ!』
その記憶とは……トイフェルの記憶。
無邪気で、救われない少年との思い出。
助けてやりたいと思った、リュウセイのライバ――
「黙れぇっっ!!!!!!!」
リュウセイはその記憶を振り払うように小竜景光を抜き放つ。
魔力の乗った小竜景光からは雷が迸り、ヴァルーダスの頬を掠めて空に飛んで行った。
雷が掠った頬が切れ、うっすらと血が流れる。
『じ、じいさま!!!?
きさまぁ!! なにをするであるか!!』
「黙れっつってんだろうが!!!!!」
「キュゥッ!?」
リュウセイの剣幕に、ルーデンスが言葉を発するのも忘れて怯える。
殺気と抑えきれない魔力が、今のリュウセイからは漏れ出していた。
「俺はもっと強くならなきゃいけねぇんだよ!!
もっともっともっともっと!!!!
アイツを殺すためにっ!!!!!
グダグダ言ってねぇで、サッサと【龍醒】を教えやがれ!!!!!」
リュウセイがヴァルーダスに向かって吠える。
その漏れ出る殺気を隠すことなく。
鋭い刀のような眼で、ヴァルーダスを睨む。
だというのに、リュウセイの顔はまるで泣き出しそうな子供のようだった。
一見、彼の表情は剣呑という言葉を体現したようである。
しかし、食いしばった歯は静かに震え、瞳の端には光るものがある。
不安定で、触れば崩れてしまいそうな脆さを、今のリュウセイは持っていた。
『……今の貴様では、絶対に【龍醒】は発動できないのである』
そんなリュウセイに、ヴァルーダスは静かに応えた。
落ち着いた、年長者特有の声音で……先ほどの言葉を繰り返す。
「だから、その理由を――」
『貴様はなんのために【龍醒】を求めるのであるか』
「っ、言っただろうが!
俺はアイツを、トイフェルを殺すために――」
『その理由に、一片の偽りもないと言えるであるか』
「っ……!」
リュウセイは言葉に詰まった。詰まって……しまった。
感情のままに、自分の信念のままに出てくるはずの言葉がでない。でてこない。
心の底で、何かがリュウセイを邪魔するのだ。
『自分を偽る者に、【龍醒】は使えぬのである』
ヴァルーダスは気付いていた。
リュウセイの必死さに、何か違和感があると。
自分でも認めたくない感情を、躍起になって覆い隠そうとしていると。
『そんな中途半端な“王”になど、誰も従わないのである』
リュウセイは……この場にきてやっと……その想いを自覚した。
隠された奥底の感情に目を向けることができた。
『【龍醒】を使いたくば魂を偽ることは許されぬのである!!
自然の魔力は、大いなる覚悟と、強大な魔力に引き寄せられるものである!!!
さすれば、小細工などせずとも魔力はちゃんと従うのである!!
“王者”の【チカラ】をモノにしたくば……もっとシャッキリするのであるっ!!!!!!!!!』
記憶を失って得た想い。
それは記憶を取り戻したときに消え失せた……はずだった。
トイを助けてやりたい。
あの一人ぼっちの悪魔を救ってやりたい。
世界は残酷なんかじゃない。
もっともっと……暖かいものだと、教えてやりたい。
そんな想いは、失った……はずだった。
ゲンスイの仇を討つという憎しみに、全て塗り潰されたはずだった。
「……消えねぇんだよ……っるせーんだよ……っ。
……叫ぶんだよ、ヴァルーダス。
俺の、この胸の奥がチリチリチリチリ痛んで……うっせーんだよぉ!!」
だが、その気持ちは完全には消えていなかった。
記憶を失った頃のリュウセイが、今のリュウセイに語りかけるのだ。
トイを見捨てるな。
ちゃんとトイを見てやれ。
リュウセイ自身も、知ってしまった。
トイフェルが、ただ殺戮を好む悪魔でないことを。
どんな思いで今まで戦ってきたのかを。
辛く、苦しい少年の半生を……知ってしまった。
「殺せねーよ……そんなやつ。
そんなやつに、本気の殺意なんて持てねーんだよ……っ!!」
もう、リュウセイはトイフェルと戦うことができない。
心の底から、魂の全てを憎しみで塗り潰すことなどできないのだ。
「どうすればいいヴァルーダス!!
俺はどうすりゃあいいんだよ!!!
俺はアイツを、どうすれば!!!」
仇は取りたい、でもトイフェルも救いたい。
そんな無情な二律背反。
真逆の感情の狭間で、リュウセイは苦しんでいた。
『そんなことは、ワガハイの知ったことではないのである!!!!!』
そんな弱音を吐くリュウセイを、ヴァルーダスは一喝する。
電磁波に乗った声が、リュウセイの身体をビリビリと揺らす。
『ワガハイには二百年も昔に、人間の友ができたことがあるのである!!
かつて“鬼”と呼ばれたその男は!!
今の貴様よりも、もっと苦しい立場にいたあの男は! 立派にシャッキリしていたのである!!!!』
リュウセイがヴァルーダスの言葉に反応する。
涙が流れる瞳を見開き、驚愕の二文字をその顔に貼り付けていた。
二百年前。鬼と呼ばれた男。
その二つの情報が当てはまる人物を……リュウセイは一人だけ、知っていた。
『ワガハイは知っているのである!!
人間もワガハイたちと同じようにシャッキリできるのである!!!
あの“剣聖”がそれをワガハイに示したのである!!!!』
ゲンスイ。それが二百年前鬼と呼ばれた男の名前。
“剣聖”を始めとする数々の異名を持つ……リュウセイの剣の師匠だ。
――……ジジイ。
だからであろうか。
ここでゲンスイの名前が出たこと。
そのことが、どうしようもなくリュウセイを安心させる。
しっかりしろと叱咤されて、冷静にさせてくれるような気がする。
――こんな時、あのジジイは何て言うんだろうな。
落ち着け? 冷静になれ? ……違うな。
多分アイツは……何も言わねぇ。
じっと、俺が答えを出すのを待つんだろう。
リュウセイは落ち着きを取り戻す。
まるであたかも、ゲンスイがそこにいるような。
師匠がすぐそばで見守ってくれているような。
そんな安心感が、生まれていた。
――仇か、救いか。
どっちが俺の本当の気持ちなんだ?
どっちが俺の本当の望みなんだ?
どっちが……俺の……。
クソッ……ッ! 選べねぇよ、こんなの。
その両方とも、俺にとって確かなモンなんだよ……っ!
リュウセイは刀が震えるほど強く柄を握りしめ、悔しそうに俯く。
揺れる想いの中で、苦しそうに。
そんな無様を晒すリュウセイに、ヴァルーダスは再び吼える。
『何を迷うのである!!! 何を躊躇うのである!!!!!
貴様はこの世の全ての頂点である龍の力を持っているのであるぞ!!!
望みがあるなら、全部纏めて叶えてしまうのである!!!!』
――……っ!!!
まと……めて?
そうだ。そうだ、そうだっ!!!
選ぶ必要なんて、ねぇ!!
片方を切り捨てる必要なんてねぇ!!
どっちも、俺の気持ちだ。
どっちも……俺の願いだ!!
だったら、どっちも叶えりゃいいんだ!!!
仇は討つ! あの野郎を、絶対にぶっ飛ばす!
それからっ、その後でっ!!
救ってやりゃあいいんだ!!!
『……うむ、そうだ。それでよいのである』
リュウセイがそのことを自覚した瞬間、彼の翼を覆う【龍醒】が変わった。
不定形だった鎧が定まりを見せ、完全な形となって翼を覆う。
刀を想起させる鋭いカーブと、雷を思わせるシャープな形状。
斬撃と雷を鎧に押し込めたような形。
色も変化する。黄色から白色へ。
純白の……リュウセイの【龍醒】。
迷いを振り切り、自身の覚悟を決めたリュウセイに、自然の魔力が……従う。
リュウセイの魔力と自然の魔力が合わさり、鎧を形作る!
これが【龍醒】。これこそが“龍”。
変異と謳われたリュウセイの……真の力だ。
『白色の【龍醒】とは……生まれてこのかた五百余年で初めて見たのである!』
『にんげんが【龍醒】をつかうのもはじめてである!』
怯えきっていたルーデンスは、ヴァルーダスの鬣に包まれて会話に声を挟む。
リュウセイの纏う雰囲気は一変していた。
抜き身の刀のような危うさはなくなり、代わりに何があっても揺るがない……王の空気を放っている。
殺伐とした空気は、完全に消失していた。
『ふむ、そう言えば貴様は帝国の者ではないと言ったが何者であるか!?
もしワガハイを狩りに来たと言うのなら、ワガハイは尻尾巻いて逃げるのである!!!』
『じいさま!?』
『元々勝てそうになかったのにもうお手上げなのである!!
この感じ、悪夢と同じなのである!!!』
『や、ヤバイのである!?』
リュウセイが【龍醒】を発動させ、彼我の実力差が明確すぎるほど明らかになったところで、ヴァルーダスとルーデンスは慌てだした。
そんな締まらない二人を前に、リュウセイは呆れ笑いを浮かべながら刀を鞘に戻した。
「ハッ! 安心しろ、狩りに来たんじゃねーよ。
俺は……さっきテメェが言ってた剣聖の弟子だ。
名前はリュウ――」
『なんとっ! 剣聖の弟子であるか!?
ほうほう、ならば貴様にも名前を付けねばならないのである!!』
『じいさまはにんげんのなまえをおぼえられないのである!
にっくねーむでしかおぼえられないのである!』
「はあ? ……まぁ、変なのじゃなきゃ、なんでもいいけどよ」
一人と一匹は【龍醒】を消し、完全にリラックスしている。
こういう戦闘と日常の割り切りが早いのは自由な天龍の特徴なのだろうか。
ヴァルーダスは、であるからしてであるである……などと変なことを口走りながら、リュウセイの名前を考える。
そして……
『であるなぁ……うむ!! 決めたのである!!
剣聖の弟子である龍の力を持つ貴様は……
“龍聖”である!!!!』
「…………………は?」
そう、宣言してのけた。
数泊の沈黙の後にリュウセイの間の抜けた声。
現状を理解できていないようだ。
そんなリュウセイに畳み掛けるように……
『りゅうせいであるな!! われもおぼえたのである!』
『龍聖!! ワガハイが人間に名前を付けるのは珍しいのである!!!!
誇るのである!!』
『りゅうせい! われはおぼえたぞ!
りゅうせいであるなりゅうせい!!!』
『龍聖である! うむ、稀に見る名命名なのである!!!』
「テメェらと言いトイと言い………
ふざけてんのかぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
雷竜と天龍の住む山にリュウセイの絶叫が響く。
この後、変異の魔力を察知したシュウによって、リュウセイはシュードラの街に連れ戻されるのであった――。
――――――――――――――――――――
「で、ワイはお前のことどれで呼んだらええ?
龍聖? 流星?」
「ぶった切るぞジャック」
さて、これにて第四章の大筋は終了と相成りました。
ついに、ついに最終章である五章へと入るわけなんですが……。
その前に細々とした話をしなければなりません。
修行パートとかカルミアの話とかまぁ要するに伏線張りゲフンゲフン。
まぁ、そんなこんなでもうちょっとだけ四章は続きます。
来週は反乱軍カルミアの話をお届けしますので、乞うご期待ください!