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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第百九話ーボクはボクの、キミはキミの

 




「――と、マァこんなワケでボクは帝国軍に入隊するコトになったンダ。

イヤー、帝王様は本当に強くテネ!

毎回毎回趣向を凝らシテ挑むんだケド、戦う度にボッコボコにされルンだよネ☆」


「お前……」



 リュウセイは何と声を掛けたらいいか分からないでいた。

トイフェルと言う少年の凄惨な半生を、救われない人生を聞いて……慰めればいいのだろうか。

辛かったな、お前は悪くない、そんな風に言えば良いのだろうか。

それは何か違う気がする。

そんな安い言葉で彼の過去を穢してしまってはいけない気がする。

だから、リュウセイは――



「表へ出ろ、トイ」


「エ?」


「戦るぞ」



 出会ってから始終口にしていた彼の望み、戦うことを叶えてやる。

それが一番、この状況に合っている。

自分のことを親友だと、ライバルだと言ったこの子供と自分との関係にピッタリな気がした。







――――――――――――――――――――






 天気は晴れ、風は微風、湿度良好、気温適温。

戦闘日和なんて言葉はないけれど、そんな言葉があるのなら今日のような日のことを指すのだろう。


 かつてトイフェルが破壊した悪魔族(デビル)の廃村。

帝王とトイフェルが対峙したその場所で、二年の時を経てリュウセイとトイフェルが向き合う。



「〜〜♪」



 嬉しそうだな、とリュウセイは思う。

それほど戦いが好きなのだろうか、とも。

いや、違う……リュウセイは頭を振る。



――コイツは戦うことが好きなんじゃねぇ。

強い奴と……自分と匹敵するやつと戦うことが好きなんだ。

自分と同等の存在を確認して……自分が化け物じゃないことを理解できるから。


 自分が人間だと、実感できるから。


 だったら俺は……その期待に答えなきゃなんねぇ。

こいつと……対等な存在にならなきゃいけねぇ。



 リュウセイはゆっくりと腰に差した小竜景光を抜く。

美しい直刃と腕曲した刀身。

俗に言う日本刀という種類の刀。

手に入れた経緯は忘れてしまったけれど、手のひらに馴染む感触が……今は頼もしく思う。



――コイツは強え、本当に強え。

俺は今からそんな奴と……互角に戦わなきゃなんねぇんだ。



 リュウセイは自分の身体に魔力を流す。

肩甲骨の辺りが黄色く輝き、慣れた感覚の後、翼が現れる。

黄色い鱗が翼膜以外の部分を覆い、翼の両端には角らしき円錐状の硬質な物質が生えている。


 身体に力が漲り、身体能力が向上した感覚を味わう。



――記憶もねぇ状態で、どこまでやれるか……。



「準備はいいか?」


「ボクはいつデモ!」



 と言いつつ、トイフェルはソロモンを鞘から抜かない。

自然体のまま、構えも取らない。

しかし、彼にとってはそれで十分なのだ。

常に、どんな状態でも彼は臨戦態勢。

むしろ居合いが可能な納刀状態こそがトイフェルの構えなのかもしれない。

 

 対するリュウセイは小竜景光を正眼に構える。

身体に染み付いた動きに……身を任せる。



「……ハッ!」



 先に動いたのはリュウセイ。

地面を蹴り、持てる全力の速さでトイフェルに向かって突貫する。

あってないような十歩の距離が瞬く間に縮まり、リュウセイがソロモンの間合いの領域に飛び込んだ瞬間……、



「ゼノ!!」



 飛んでくる神速の居合い。

領域内の全てを切り伏せる、トイフェルの十八番(オハコ)



「七星流・護りの型・其の参・霰星(あられぼし)



 しかし、その刃はあえなく空を切る。

トイフェルが切ろうと認識していたのは……リュウセイの幻影だった。

雷属性の黄色の魔力の壁による、光の屈折。

本来のリュウセイの姿は歪められ、幻覚を見せる。

それが護りの型・其の参・霰星(あられぼし)



「アハッ☆ 凄いヤ! 

やっぱりマグレじゃなかったンだネ!

でもザァ〜ンネン! その手は一回見てるノサ!」



 霰星(あられぼし)はゲンスイの陽炎によって起こす認識阻害の技とよく似ている。

その技は……一度カルト山において見た。

一度見た技を破れないほど……“神童”トイフェルは甘くない!


 流れるように手首を返し、柄先をリュウセイに向け、一気呵成に振り上げる!



「ヴァルド!」


「護りの型・其の弐・回星!」



 だがしかし、リュウセイはそれにも対応する。

同じように、柄を利用して。

柄と柄がぶつかる。

纏わせていた雷がぶつかり合い、花火のようにスパークする。


 完全に地力の勝負。

そうなった時軍配が上がるのは……



「っ、クソッ!」


「アハハァ〜☆ ボクの勝ちダネ!」



 トイフェルだった。

リュウセイは上空に弾かれ、痺れた手で小竜景光を握り直す。



「マダマダいくヨ!!」



 そして当然のように眼前で大上段にソロモンを振り上げていたトイフェル。

勘弁してくれと思うリュウセイだが、それを表にだすのは心の底に眠ったプライドが許さない。



「ハッ! 上ッ等だぜトイ!!

これくらいやってくんねぇと、そりゃあ俺のライバルも務まんねぇよなぁっ!!!」


「そうダネ! これくらいやってくれないとボクのライバルは務まらないヨ、“流星(りゅうせい)”!!!」



 何故か名前を呼ばれてイラつくリュウセイは振り下ろされた刀を躱し、七星流唯一の力技をトイフェルに振るう。



「七星流・肆の型・極星!!!」



 一瞬トイフェルに背を向け、遠心力と突進力を利用し、リュウセイは横薙ぎに刀を振るう。

速く、重い一撃。

ぶった切るという言葉を体現したような荒々しい斬撃がトイフェルの腹に向かう。



「ケルタッ!」



 バリッ!

トイフェルの身体を雷が流れ、超常的な反射神経を得たトイフェルは上体を後方に倒してリュウセイの攻撃を避ける。

しかし、トイフェルの回避はそれだけにとどまらない。


 そのままバク転でもするかのように身体を捻り、左足でリュウセイのこめかみ目掛けて鋭い蹴りを繰り出す!



「っつ、このっ!」



 雷を身体に流し、リュウセイも一時的なドーピングを行う。

極星の勢いを強引に押しとどめ、刀を持っていない右手でトイフェルの蹴りを防ぐ。


 そして、やられたままでは終われないのが根っからのリュウセイの性分だ。

やられたらやり返す。



「っだらぁ!」


「おッ、ト!!」



 蹴られたら、蹴り返す。

リュウセイも逆さ向きになっているトイフェルのこめかみに向けて同様に蹴りを繰り出し、これまた同様に防がれる。


 交錯する視線。


 二人は、同時に笑みを浮かべた。



「っ、らぁ!!!」


「うーッ、りャ!!」



 頭突き。

昨日の焼き増しのような頭突きをリュウセイは繰り出す。

ただ、前回と違うのはトイフェルも同様に頭突きを放ってきたことだ。

二人の頭がぶつかる。

まるで刀で鍔迫り合いをするように、二人は額で激しくせめぎ合う。



「最ッ高ダヨ……リュウセイ!!」


「ああ!? 何か今初めてちゃんと名前呼ばれた気がするんだが気のせいかぁ! トイ!?」


「だからコソ、ボクも全力で戦いタイッ!」


「聞けよ!!」



 空中で、刀ではなく額をぶつけ合う剣士たち。

熱く身体を突き動かす衝動に身を委ね、戦う彼らはまるで獣のように猛々しい。

筋肉の一筋一筋、細胞の一つ一つが俺の方が強いと主張し合う。

力を出せば出すほど、死力を尽くせば尽くすほど、実力が拮抗すればするほど、その主張は激しさを増す。


 俺が俺が、とその存在をお互いに見せつける。

それはいかにも人間らしくて、トイフェルの心を満たしていく。

 

 だからトイフェルは更なるステージを、望む。

更なる死闘を……望む。



「【形態変化】ダヨ、リュウセイ。

モウ一段階、先へ。常人の殻を破ロウ。

変異(パンドラ)の戦いをしヨウ!」


「あ、あぁ……?」


「今のキミならできルヨ!!

このボクが保証スル!!!」



 困惑するリュウセイをよそに、トイフェルはパッ、と後方へ下がり、地面に降り立つ。

悪魔の村、故郷の村、自らの手で滅ぼした村。

生まれてから八年過ごしたけれど、良い思い出などほとんどない。

その唯一は帝王との邂逅だ。

自分が人間だと……認識できたことだ。



――アァ、楽しいナ。

全力を出して戦えルのは、本当に楽シイ。

もット、もットもット激シク……ボクがちゃんとボクであるコトを実感させテヨ!!

ネェ、リュウセイ!!!



 トイフェルは、リュウセイに最大級の笑顔を向けた。



「いくヨ!」



 トイフェルの全身が発光を始める。

雷がトイフェルの身体から発せられているかのような荒々しい光。

そして、その光が最後に大きく輝いたとき……トイフェルは変化を終えていた。


 黒髪、黒目、漆黒の翼、捻れた角、巨大な体躯、尻尾……何もかもが様変わりし、悪魔王(サタン)へと【形態変化】したトイフェルがそこにいた。


 その肢体からは抑えきれない存在力が溢れ出し、周囲の生物を竦ませる。

それはリュウセイも例外ではない。


 心臓を握り締められているような感覚。

冷や汗がそっと頬を伝う。

これが化け物と恐れられ、忌み子と嫌われたトイフェルの真の力。

だが、リュウセイは引こうとしない。

一度抜いた刀を収めるようなことは、彼の性分が許さない。


 全力でトイフェルと向き合うと決めたのだ。

彼と対等であろうと決めたのだ。

彼の心を……救うと決めたのだ。


 一度決めた意志は、貫かねばならない。

そのために必要なことがもう一度【形態変化】することならば、応えてやろうではないか。 



「あぁ……いくぞ、トイ」



 あらん限りの魔力を、身体に流す。

己の身体を一つのクリスタルに見立て……【能力】を発動させる。

リュウセイの身体を稲光が包む。

雷がリュウセイの周囲をぐるぐると回る。


 身体が作り変わっていく感覚。

リュウセイの中に眠る龍が……目を醒ます。


 翼の鱗の面積が広がり、リュウセイの上半身から頬の辺りを覆う。

臀部からは太く、剛健な尻尾。

手足の爪は鋭く伸び、瞳は爬虫類のように縦長に切れる。


 第二段階の【形態変化】。

リュウセイの瞳にはしっかりとした理性の色。

カイル同様、リュウセイも己の変異(パンドラ)を制御してみせた!



「流石ダネ、リュウセイ!


 ふゥン……前回はあんマリ見てなかったカラ分からなかったンだケド、キミは【形態変化】をスルと、どうやら龍へと変化するらしイネ。

それ二、元々二段階の【形態変化】じゃなくテ、一段階の【形態変化】を無理矢理二段階に分けてルみたいダネ」


「龍……? それに、【形態変化】を分けるだと?」


「ウン、そう……龍ダヨ。

今まで翼マデしか変化出来なかったノハ、多分有翼族とイウ種族の【形態変化】に引きずられていたカラだろうネ。


 全身を【形態変化】さセルには、小さい頃のキミの魔力や、精神じゃ不可能だっタンだと思ウ。

だカラ、幼き日のキミは可能な範囲、つまり部分的な【形態変化】を身につけたンダ。

その部分ガ、翼。

周囲に感化されテのことだろウネ。

そしてそれが自分の【形態変化】だと思い込み、成長しテモ翼しか変化させルことができなくなっテしまっタ」


「だから、本来一段階のはずの【形態変化】が二段階になった……ように見えた」



 トイフェルは変化したリュウセイを見て、その性質を理解する。

彼の観察眼、理解力は帝国に入った二年でさらに強化されている。

元々並外れていたトイフェルの頭脳。

それは未だ留まることを知らずに成長を続け、リュウセイの変異(パンドラ)さえも一目見ただけで理解するに至っている。



「マァ、お喋りハここマデにして……始めよウカ」


「ハッ! そうだな。これなら……」



 十分にやれそうだ。

そうリュウセイが口にしかけた時には、ソロモンの刃先が眼前に迫っていた。



「っ!? っ、く!!!!」



 全身に雷を伝導させ、リュウセイは間一髪その斬撃を回避する。

まさに紙一重、放たれた突きは危うくリュウセイの眉間を貫くところだった。



「あっ、ぶねぇなテメェ、トイ!!!」


「アハハ☆ ゴメンゴメン、待ちきれなくてサ!」



 切り返して再び迫ってくる刀。

合わせて切り返し、激突。

リュウセイはアッサリと弾かれ、吹き飛ばされる。



「っ、な!?」



 動揺が、リュウセイの身体の中を走る。

肉体的な膂力の差はそれほどないはず。

こちらも変化をして……互角になった、はず。

態勢を立て直し、再び接近……刃を交わす。

今度は吹き飛ばされることこそなかったが、刀を打ち合わせる度に、その力の差をリュウセイは感じていた。

技術の差ではなく、単純な肉体的な能力の差だ。


 そして、その差は誰よりも……



「リュウセイ……?」



 目の前の、トイフェルが感じていた。

どれだけ表面上を取り繕うことができたとしても、本質的な部分での力量の差は隠せない。

トイフェルの前では尚更だ。


 トイフェルが思わず吐いた疑問の声。

その声音には……隠しきれない落胆の色が色濃く表れていた。


 トイフェルの瞳が光彩を失う。

鮮やかだった世界が灰色に染まっていく。

自分と同位格の存在を見つけたと思ったのに、それでもなお傑出していた自分の変異(パンドラ)


 やはり、自分と同レベルの相手など……そう多くはいないのか。


 トイフェルは空虚感に包まれる。

自分の中で大きく膨らんでいた期待と高揚が急速に萎んでいく。

少しソロモンを強く振れば、リュウセイは態勢を崩す。

続けて振れば、弾き飛ばされ、朽ちた廃屋に突っ込んでいく。


 

「……ハァ」



 落胆と共に、トイフェルは飛ばされたリュウセイの元に歩を進める。

もはや言葉も発しない。

失望したと、そう言わんばかりの態度。

倒壊した家屋、トイフェルは仰向けに転がったリュウセイを視認する。

彼我の実力差は明らか。

楽しかった時間は……終わりだ。

これ以上……引き延ばす必要もない。



「バイバイ、ボクのライバル」



 別れの言葉。輝きを放つ黄色い光。

トイフェルは……



 己の手で流星(りゅうせい)を殺した。







――――――――――――――――――――





――まるで、水の中にいるみてぇだ。


 完全に変化を遂げてから、ずっと感じている感覚。

それは常に感じてるが、今は普段より鋭敏に、より詳細に……感じる。


 魔力。


 大気中に気化した……俺と、トイの魔力。

俺らは元々の魔力量が高ぇから、そのせいでこの村全体が魔力の吹き溜まりみたいになってやがる。


 その魔力の海の中を、漂っているような感覚。


 不快なワケじゃねぇ。

邪魔なワケでもねぇ。


 戦う分には何の支障もない魔力。

だが……なんだ?

心がざわつく。何かが俺を掻き立てる。

記憶を失う前の俺は、この魔力をどう扱っていたんだ?


 もう干渉しようのない、自然と一体となったこの魔力をどうしてたんだ?


 思い出せ思い出せ思い出せ!!


 じゃねぇと俺は、トイを失望させたままだ!

あんな顔をさせるために、俺は戦おうとしたんじゃねぇ!!


 目を醒ませよ、おい!!!

龍って種族は、こんなもんじゃあねぇだろ!!


 

「バイバイ、ボクのライバル」



 トイフェルの声。

まるで泣き出しそうな子供の声。

涙を必死に堪えようとする、ような……震えた……声。

その声と共に俺は――




















 俺は――




















 俺は――





















――――――――――――――――――――



 なにもかも、思い出した。



――――――――――――――――――――








「トォォイイイフェエエエエエエル!!!!」



 リュウセイはトイと呼ばずに、トイフェルと叫びながら彼に斬りかかった。

両手で振り下ろしての渾身の一撃。

しかし、トイフェルはその斬撃を片手で持ったトイフェルで受け止めてしまう。



「アッハァ☆ やァ、リュウセイ。気分はどうダイ?」


「テンメェ……よくも抜け抜けと俺の前にツラぁだせたな!!!!」


「ボクじゃなくテ、キミがでショ?

ボクの村に吹き飛んでキタのはキミの方なんだから」



 ギリィッ……ッ!

リュウセイの小竜景光がトイフェルのソロモンを押さえつけるようにして、競り合う。


 怒りに任せた力押しの一太刀。

いくら龍へと【形態変化】したところで、そんなものが悪魔王(サタン)と化したトイフェルに通用するはずもない。



「よくも……ジジイを……っ!!」


「……ゲンスイさんは凄かっタヨ。

変異(パンドラ)でもないノニ、この状態のボクに傷を負わせたんだカラ。

ホラ、見てヨこの傷。コレがゲンスイさんがボクにつけた傷ダヨ」



 トイフェルは左手でリュウセイの刀を受け止めながら、右手でゲンスイのつけた十字傷をなぞる。


 

「テメェがっ! ジジイのことを語るんじゃねぇっ!!」


「……ダメダヨ、リュウセイ。

そんなにカッカしテモ……ボクには勝てナイ。

いくら龍の力を手に入れテモ、それじゃあダメなンダ。


 そうダネ……ヒントをあげヨウ」



 トイフェルは瞠目し、身体に魔力を流す。

翼と、額が……黄色の――雷属性の光を放つ。



「ボクは悪魔族(デビル)。ボクの【能力】は【形態変化】ダ。

亜人族が持つことのでキル【能力】は本来一つなんだケド……ボクはちょっと違ウ。

悪魔本来が持つ【能力】も扱うことができるンダ」



 現れたのは、目。

トイフェルの両翼……そして額に、目が現れた。


 翼と額に、まるで絵を描いたと思うほど無機質で、瞬き一つしない目。

激しく血走り、視界に映る全てをその網膜に焼き付けようとしているかのよう。

ギョロりとしたその瞳は、見るものに本能的な嫌悪感を与える。



「【能力】と言っテモ悪魔のソレは随分と限定的なものデネ……ある一つの種族にシカ効果がないンダ。


 たダ……その種族にとッテ、ボクの【能力】は最悪の効果を発揮スル。


 【魔眼・イブリス】。


 対天使用の【チカラ】。

神の敵対者とされる悪魔王(ボク)に相応しい【能力】ダヨ」


「カミ……だぁっ!?」


「ソウ、神ダヨ。

【魔眼・イブリス】で視認さレタ天使は、人間レベルにマデ能力が減退スル。

位階が低けレバそれダケで消滅サ。

天使の魔法ナラ、視認するダケで打ち消セル。


 神の全てを打ち消そうとする【チカラ】。

ソレが、ボクが【形態変化】シタ悪魔が持っていた【チカラ】ダヨ。


 この【チカラ】デ、ボクはキミの記憶を戻したノサ」

 


 リュウセイ、カイル、マリンにフィーナの記憶の封印は長男であるシュウによって行われた。

その際、彼が術式を書くのに使ったのは己の血、そして()がれた天使の翼だ。


 そう、彼らは天使であるシュウの肉体を、記憶封印の【能力】の触媒として使われたのだ。


 トイフェルは、それに気が付いていた。

そして、リュウセイの記憶にがんじがらめに鍵を掛けていたその魔法を、記憶喪失のその根源を、錠ごと破壊したのだ。

結果、全ての枷は外れ、リュウセイの記憶は全て蘇った。



「次ハ……キミの番ダヨ」



 トイフェルはリュウセイの瞳を、翼と額も含めた全ての瞳で覗き込み、不敵に笑った。

もうヒントは十分に与えた、あとは……リュウセイが気付くだけ。



「っせぇな……っ!」



 しかし、リュウセイはトイフェルの言葉に耳を貸さない。

怒りと憎しみの形相でトイフェルを睨むままだ。



「んなこたぁ、言われなくても分かってんだよっ!!!!!!」



 記憶が戻ったことで、リュウセイはヴェンティアのことも思い出していた。

ヴェンティアで出会った海龍レヴィ。

そして、トイフェルの二つの【能力】。

【形態変化】は変化後の生物の【能力】を使うことができるものだったのだ。

トイフェルは悪魔。リュウセイは龍。


 そしてリュウセイは……龍の【能力】をその目で見ている!



「【龍醒(ロア)】!!!!!」



 自分の身体を包むように存在していた魔力を自分のものに。

自然を、世界を味方に変えろ。

それこそが【龍醒(ロア)】だ。


 リュウセイの翼を白色(・・)の光が包む。

薄く、もやもやしたものが翼にまとわりつく。

リュウセイの魔力が上昇し、肉体的な力も上がる。

だがそれはあまりにも……頼りない。

本物と比べれば微々たるもの。

龍醒(ロア)】と呼ぶには……程遠い。



「っだぁぁぁああああああああああ!!!!」



 強化された膂力で、リュウセイは小竜景光を振り抜く。

トイフェルはその勢いに押され、後方へと飛ぶ。

そして、リュウセイを悲しげな瞳で見つめた。



「……分かってはいテモ、実践はできナイみたいダネ」



 リュウセイの翼を包んでいた白色の光が空気中に霧散する。

リュウセイ自身の息も荒れ、相当に体力を消費したようだ。


 もはや勝負は決した。

今のリュウセイでは…….トイフェルに勝てない。



「コレは独り言なんだケド」



 トイフェルは肥大化した身体と巨大な翼を大きくはためかせ、空を飛ぶ。

リュウセイに背を向け、無防備な背中が晒されているが…….動けない。

ここからトイフェルに切りつけて、成功するビジョンがまるで見えないのだ。



「ここカラ、真っ直グ西に行っタところにシャイレンドラの街がアル」



 刀を使って西を指し示すトイフェル。

背を向けたまま、あくまで独り言だと、この聞かん坊に納得させようとする。



「ソコにはネ、ヴェンティアの街みたいに……天龍がいるンダ。

ボクはこれカラ首都に帰っテそこの町長に連絡を取ルヨ。

それカラ暫く連絡はとらナイ。


 だカラ、ボクらの手先である町長が殺されテモ帝国は分からナイ。


 帝国の支配から救ったラ、天龍も【龍醒(ロア)】の使い方くらイ教えてくれるンじゃないカナ」



 トイフェルはソロモンを鞘にしまい、リュウセイの方を見る。

どうやら独り言は終わったようだ。



「ボクにはボクの、キミにはキミの居場所がアル。


 “終焉”で会ウのを楽シミにしていルヨ。

今度は……ちゃんと決着をつけヨウ」




 またネ。


 トイフェルはそう言って大きく翼を動かし、去っていく。

その別れの言葉には……上手く隠されていたが悲しみのような感情が秘められていた。


 その小さくなっていく背を、リュウセイは睨みつける。

憎しみに染まりきったはずの瞳が……微かに揺れていた。

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