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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第百八話ーそして、彼は帝国へ

 





悪魔族(デビル)。本物の悪魔(あくま)ではない紛い物の種族だが……』



 帝王はそう呟く。帝王の視線の先には殺戮を行うトイフェルの姿。

父を殺し、村人に向かって狂気の刃を向ける悲しい子供の姿だ。

彼は身の丈に合わない長刀を自分の身体の一部のように振るい、同胞の首を次々と跳ね飛ばしていく。

家を破壊し、村を破壊し、悪魔族(デビル)を蹂躙していく。



『竜が龍を産んだように、悪魔族(デビル)悪魔(あくま)を産んだか』



 悪魔族(デビル)。彼らは元々こんな山奥で隠れ住むような種族ではなかった。

しかし、遠い遠い昔、彼らはその恐ろしい姿から迫害を受け、悪魔族(あくまぞく)と罵られた。

その歴史から、彼らは自分のことを悪魔族(デビル)と呼ぶようになり、悪魔(あくま)という言葉への忌避から、悪魔(あくま)悪魔(トイフェル)と別称するようになったのだ。


 その悪魔族(デビル)は今、トイフェルという少年によって滅ぼされかけている。

自分たちの産んだ悪魔(あくま)によって、滅ぼされかけている。



「皮肉なものですよの、帝王様。偽物の悪魔族(デビル)が、本物の悪魔(あくま)によって滅ぼされるなど」



 ジャンヌはその光景から片時も目を離さず、帝王に語りかける。

それに対して帝王も鎧兜の隙間から――その隙間は闇で完全に覆われているが――悪魔族(デビル)の最期を見つめながら、答える。



『皮肉なものか、奴らの滅びは因果応報。











 産み出したものを(・・・・・・・・)認識しようと(・・・・・・)しなかった(・・・・・)……罰に過ぎない』


「…………左様に」



 感情を全く感じさせない無機質な声音にジャンヌは瞳を伏せ、短く賛同する。

何を思っているのか、彼女の閉じた扇を持つ手は震えていた。



 次にジャンヌが目を開けたとき、かの悪魔(あくま)は、全てを終えていた。

死屍累々の悪魔族(デビル)たち。

積み上がった屍の山。

その山を踏みつけて、トイフェルはいた。



「アハッ、アハハッ、アハハハッ、ハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハ」



 彼は……泣いていた。

トイフェルは、その漆黒の瞳から大粒の涙をこれでもかと流していた。

屍の山に透明な雫が落ちていく。

雨のように、落ちていく。



「ハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハ」



 口から漏れる音は、笑い声ではない。

決して、笑い声ではない。

その声は悪魔(トイフェル)と呼ばれた少年の、理不尽な世界に対する叫びだ。



 どうして自分は愛されなかったのか。


 どうして自分は父を、母を殺さねばならなかったのか。


 どうして自分は、こんな力を持って産まれてしまったのか。



 彼を取り巻く世界は残酷で、それゆえ彼は一族の屍の上で、叫ぶのだ。


 どうして――、と。








『答えてやろう、哀れな悪魔(あくま)よ』



 叫び声が木霊する滅びた悪魔族(デビル)の村。

戦塵がまだ燻る終焉の地。

そんな場所で、無機質な声が……ただ一人残された少年の鼓膜を揺らした。





――――――――――――――――――――






『答えてやろう、哀れな悪魔(あくま)よ』




 トイフェルはその声が響くとともに叫ぶのを止める。

帝王を見るその瞳はとても虚ろだった。



「アァ、そう言えばいたネ、キミたち。

答えルだっテ? 一体何を答えるっテ言うノサ」



 殺しの後の興奮のせいで、トイフェルが帝王を見る目には過分な殺気が宿っていた。

が、帝王はその視線を全く意に介さずトイフェルに近づいていく。



『“神童”――お前が世界に感じている理不尽の……その答えを、だ』


「“神童”? 違うネ。ボクの名前はトイフェル。

そんな訳の分からナイ名前じゃナイヨ。


 ソレに、理不尽の答えだっテ?

そんなモノ、答えがナイから理不尽なんじゃなイカ」



 トイフェルは不満気にそう呟く。

そんなものがあるのなら、自分はここまでやってしまうことはなかった。

理不尽は、理由がないから理不尽。

理由もなく存在していた環境を、トイフェルは苛烈に憎んだのだ。



『答えがあるから、こうして話を持ちかけている。

“神童”トイフェル、お前は答えが知りたくないのか?』


「……」



 トイフェルはその問答に押し黙る。

一体この黒鎧は何を言おうとしているのだろう。

そもそも、こいつはなんだ。

男なのか、女なのかさえも分からない。

声は頭の中に直接響いてくるようで、どちらとも取れそうな声だ。

しかし、それは中性的という意味ではなく無性的。

言ってしまえば機械のように無機質な声だった。


 背格好は鎧で完全に包まれているため推測はできない。

そんなことをトイフェルは考えていると、帝王の方が話を続けた。



『疑っているな、“神童”。では特別に一つ、教えてやろう』



 帝王は、トイフェルを指差した。



『お前は、人ならざる上位存在から『処理能力』を与えられた変異個体……変異(パンドラ)だ』


「……」



 トイフェルは帝王のその言葉に押し黙る。

『処理能力』とは、一体何を指しているのか。

そして、変異(パンドラ)という言い方。

そのような呼称があるということは、自分以外にも異常(・・)を持った前例がいるということだ。

少なくとも、一人は確実に。



『思案しているな“神童”。その思考能力が、お前に与えられたチカラだ』


「……どういう意味サ」


『端的に言うと、お前は異常な天才だ。

いや、天才などという括りにお前は囚われない。


 お前はこの世の誰よりも頭が回る。

理解力に長け、分析力に長けている。

それを補うための、鋭い五感が備わっている。


 産まれたその瞬間からだ。


 赤子の頃から知性を有し、言葉を解し、初めて二足で立ち上がればすぐに最適な立ち方を悟る。

そんな異常な天才児だ。


 道具を見れば、その形状からどんな目的で作られたものなのかを理解し、一度使えばどのように筋肉を使えば最適なのかを理解する。


 人を見れば、その表情筋の動き、語調、発汗量などから相手の人物の内面を理解する。


 それほどのことを、お前は無意識(・・・)で行うことができる。

どんな武術も、どんな魔法も、どんな技術も、理解という側面が介在する分野において、お前は何の苦もなく頂点に君臨することができる。


 他人のあらゆる努力を破壊し、お前はその上に立つ。


 労せずにあらゆる極致に到達できる埒外の麒麟児。

それが……お前だ』


「…….」



 トイフェルは無言を貫く。

確かに自分は赤ん坊の頃から意識があった。

それは覚えている。

それに先ほど、人生で初めて二足歩行したばかりだ。

そして自分は、骨ばった体での立ち方を悟り実践した。


 いや……それだけではない。

例えば、自分が手に持っているソロモンという長刀。

持っただけで、軽く振っただけで自分はこの刀の扱いを完全に理解した。


 悪魔族(デビル)を皆殺しにする過程で自分に放たれた魔法を観察して、魔法や魔力の扱いを理解した。


 戦士の動きを見て、体捌きを理解した。


 他の者たちが何十年とかけて会得する技術というものを……全て見ただけで理解し、取り込んだ。


 それは果たして正常なことなのか、トイフェルは自問する。

否だ、答えはすぐに出た。

そしてハッキリと自分の異常を……自覚した。



「なるホド……異常な天才……カ。

キミの言う通リなのかもしれナイネ」



 トイフェルは空を見上げる。

曇天……暗い空。まだ日も沈み切っていない時分にも関わらず、夜のような闇の空。

そしてトイフェルは理解してしまう。

天候に関する知識が何も無いにも関わらず、気圧の変化や湿度の変化を肌で感じ取り、理解する。


 ……雨が降る。それもとびきり酷いのが、と。


 直後、スコールの如く降り出した豪雨。

トイフェルは漫然とその雨を感受し、帝王へと目を向ける。



「……それデ? ボクにこんな力を与えタ……ボクをこんナ化け物にシタ上位存在とやらは……誰ナノ?」



 帝王は言った。

人ならざる上位存在から『処理能力』を与えられた、と。

ならばそいつが全ての理不尽の元凶。


 あらゆる才能を、あらゆる先見を……あらゆる不幸をトイフェルに押し付けた相手。


 

『今の段階で話せることはここまでだ』



 しかし、帝王は口を(つぐ)む。

それ以上の情報を、トイフェルに与えない。

恐らく、この情報だけでも十分すぎるものなのだ。

異常な天才……化け物と揶揄されるほどのこの天才は、きっとこれだけでも正解に近いところにまで辿り着くだろう。

だが、帝王は確信している。


 これらの情報だけではトイフェルは決して真実には辿り着けない、と。



『この先が知りたくば、帝国にくるがいいトイフェル。

世界の果て、首都ワールドエンドでお前の疑問に答えてやる。


 お前は……世界を破壊する資格を持つ者だ』



 雨が、その勢いを増した。

降りしきる雨粒が弾丸のように地面を打ち、全ての音を塗り潰す。

まるで滝の中に立っているような錯覚さえ覚える雨。

分厚い雲が完全に空を覆い、辺りは夜よりも暗く冷たい闇。


 トイフェルは、産まれて初めて選択を迫られていた。

幼い頃から理不尽しか与えられなかった自分に示された選択肢。


 帝国に与するか、否か。


 初めて……人間として自分を認識してくれた。

そんな帝王からの選択肢に対してトイフェルは、



「    」



 トイフェルが口を開いた瞬間、雷鳴が轟き、雨音もトイフェルの返答も全ての音をかき消した。

だが、雷の閃光がトイフェルを白一色に染め、その口の動きを浮き彫りにする。


 再び訪れる雨音。初めに口を開いたのは……













「貴様は……帝王様の返答になんと答えた……?

一体貴様は……何を考えておるのじゃ!」



 その答えを外野で見ていたジャンヌだった。

その声には当惑が透けて見え、目を見開いてトイフェルを見ている。



「ンー、聞こえなかったカナ?


 嫌ダネ☆ って言ったンダヨ!」



 しかしトイフェルは軽い調子でジャンヌに応える。

ソロモンを鞘にしまい、カラカラと子供らしく笑いながら。



「何を考えているカ? 教えテあげルヨ。

ボクは悪魔(トイフェル)ダ。

人間の下になんテ……つけるワケがナイ。


 化け物みたいな強さの帝王様……ダッケ?

それでも、本物の化け物には敵わナイ。


 情報も、わざわざ答えて貰うマデもナイヨ。

キミを痛めつけテ、ボクがされてきたよウナ目に合わせテ、拷問シテ、無理矢理聞かせテ貰うカラ」



 目は濁ったまま、悲壮な表情を保ったまま、トイフェルは口角を吊り上げて、無理矢理に笑った。

その笑みは酷く歪んでいて、とても笑顔と呼べるものではなかった。



「戯けたことを――っ!」


『待て、ジャンヌ』



 怒りのままにトイフェルに襲いかかろうとしたジャンヌを、帝王は止める。

その声音には焦りも、動揺も無い。

感情の動きが全くない。



「何ダイ? 話してくれる気になったのカイ?」



 トイフェルが死体の山をステップを踏みながら降りていく。

雨の中で足場も悪いだろうに、彼は全く危うげなく降りてくる。


 この状況下での最適な体重の掛け方、重心の移動のさせ方、雨による摩擦係数の変化、それら全てを彼は無意識下で理解していた。


 泥の足場に、トイフェルは降り立つ。

布切れ一枚を身に纏った悪魔と、漆黒の鎧を身に付けた絶対強者。


 その距離はわずか十歩ほど。

この二人の実力からすれば、一足でお互いに到達する距離だ。


 トイフェルは歪んだ笑みを顔に浮かべ、殺気を帝王に向かって吐き散らす。

剥き出しの、憎しみに溢れたドス黒い殺意の波動。


 雨がその殺意を助長し、場の空気は完全にトイフェルに支配されていた。



(おご)るな、(わっぱ)



 ……かに、思えた。しかし違った。

帝王は、どこまでいっても帝王だった。

どれほど強烈な殺意を向けられても、強大な力を前にしても、かの帝王は絶対強者の態度を崩さない。

己のペースを崩さず、何も変わらない調子でトイフェルに向けて言葉を発する。



『確かにお前は人間の範疇を大きく逸脱した変異体だ。

本物の悪魔(あくま)だ。

だが、それでも人間と同位格の生物であることに変わりはない。


 天使も悪魔も人間も、等しく神の創造物に過ぎない。

その程度の存在が……驕るな』



 辛辣な口調の割りに、帝王の声の調子は一辺倒だった。

ただ、その声は底冷えするような威圧感が付随していてトイフェルを僅かに震わせる。


 帝王は、静かにトイフェルに向かって告げる。



『来るがいい、未熟な悪魔(あくま)


 お前のその驕りを完膚なきまでに破壊してやる』



 その挑発にトイフェルは、



「……やれルものナラやってみナヨ……っ!


 この化け物相手にさぁアアッッッ!!!」



 ソロモンを抜き放って……応えた。





――――――――――――――――――――





 トイフェルの瞳から見える景色は停滞していた。

“神童”と呼ばれたこの少年は、今初めて意識して自分の力を全力で使っている。

その“理解力”を遺憾無く発揮している。


 埒外の天才の全力の集中。

無意識下においてもあれほどの理解力をみせたのだ。

今の彼は……もはや人間に認識できる範囲を超えて世界を捉えていた。


 帯電したソロモンが雨粒を断ち切っていく様、雷に触れた雨粒が蒸発していく様をトイフェルの瞳は明瞭に写していた。

現実では一秒にも満たない刹那の世界を、トイフェルは何十倍にも引き伸ばして観測する。


 その切っ先が帝王の喉元の鎧を切り裂かんとする光景を、トイフェルは見ていた。

ゆっくりと時を刻む世界で、その神速の刃が帝王に牙を剥く。


 雷が、ソロモンの鋼の刃の上で跳ねる。

跳ねた雷が接近した帝王に向かい、その鎧の表面に辿り着いた段階で―――



 雷が……爆ぜた。



「っ!?」



 トイフェルは前方向に進む自分の身体を、鎧に吸い込まれそうなソロモンを強引に押しとどめ、バックステップで後方へ跳ぶ。



――どうやってボクの雷は消さレタ? 魔法無効化系の【能力】を持った鎧?

いや、違ウ……そんな生易シイものじゃナイ。

その程度の【能力】なら、ボクは刀を振りぬいて鎧ごと切り裂イタはずなんダ。



 帝王の鎧に抱く不審。

彼はそれを確かめるべく行動を移す。

バックステップからの着地と同時に地面に手を伸ばし、手頃な大きさの石を掴む。

そして【形態変化】で強化された腕力と、最適化されたフォームでその石を投擲した。


 狙う箇所は、目。

視界を確保するために開かれた……鎧のない、闇で覆われた空間!


 

「まサカとは思っていたケド…….」



 石は弾けた。砂埃とならずに、一片の痕跡も残さずに破壊された。


 帝王の鎧の隙間……視界を確保するための空間。

そこはどこまでも続いているような暗い闇色。

常時展開されているその闇は視界を確保するための空間を完全に覆い尽くしていた。

その空間に、石は防がれた。衝突の瞬間に、爆ぜた。



「その黒いノハ……魔法ダネ。

しカモどういうワケか【能力】付きとキタ。


 効果は魔法・物理攻撃の完全無効化ってところカイ?

そんな黒いノを目に付けテ、視界ハ大丈夫ナノ?」


『視界に頼らずとも、周囲くらいは把握可能だ』


「……ヘェ、そうなんダ」



 トイフェルは帝王の反応を試し、観察していた。

初めの魔法を無効化したことで、鎧に何かしらの【能力】があると予想した。

だが、相手は帝王。

トイフェルの常軌を逸した頭脳は、その予想で確定させることを許さなかった。


 石を目元にある闇に向かって投げ、帝王の反応を観たのだ。

鎧で防げば、あの暗い闇は精々太陽光を防ぐサングラス程度の役割しか果たさないものと決めつけていい。

防ぐということは物理攻撃にも弱いのだろう。

鎧に着弾した石の末路で、魔法だけが無効化されるのか、物理も無効化されるのか判断するだけだ。


 防がなければ……つまり今回の場合。

あの黒い魔法にも鎧と同程度の防御力が存在するか、もしくは魔法そのものに【能力】が存在するかだ。

それも石の末路で判断できる。

結果は……後者だったという訳だ。



「雨も無効化しテルってコトは液体でサエも無効対象ダネ。

何とも恐ろしい魔法ダヨ……ソレがキミの変異(パンドラ)っていうヤツなのカイ?」


『その質問には頷いておこう。この【チカラ】は破壊の力。

鎧の魔具を媒介して発動する唯一無二の神の権能。

この【破壊】の闇属性は触れたもの全てを破壊する』


「【破壊】……闇属性……」



 帝王の言葉から、トイフェルは推察を深める。

あの鎧に触れた時に起こる現象……あれは無効化ではなく、破壊。

魔法も、物質も……有形無形問わず、全てを無に帰す破壊の力。


 それが目の前の帝王の【チカラ】。



「なるホド……化け物と名乗るダケはあるネ。

デモ……ボクに情報を与えすぎダヨ」



 幼くて巨大な漆黒の悪魔は、天に向かって手を伸ばす。

雨粒が掌を激しく打つ中、トイフェルは帝王を見て歪な笑みを浮かべた。



「落ちロッ!!!」



 閃光、雷鳴。

視界を埋め尽くす白色の光と耳を打つ轟音。

上空の雷に魔力を流し、トイフェルは大自然の雷を支配下においたのだ!


 その雷は狙い(あやま)たずに帝王を打つ。

だが、そんな攻撃は帝王の前では無意味。

その黒鎧が、その闇が……触れたもの全てを、雷でさえも跡形もなく破壊する。


 しかし、帝王は無事でもその下の地面まではそうはいかない。

鎧を外れた雷が地面を穿ち、大地を砕く。

帝王は一瞬、中空に投げ出される。



「そこダッ!!!!」



 トイフェルは翼を大きく羽ばたかせ、高速で目的地に移動。

ある部分を目掛けてソロモンを振るう。

その場所とは……足の裏(・・・)

いくら鎧ある場所全て【破壊】の魔法で守られているとは言え、その場所だけはそうはいかない。


 帝王は言った、触れたもの全てを破壊すると。

無差別に、全てを破壊するのだ。

つまり、地面を破壊せずに(・・・・・・・・)立っている(・・・・・)というその事実が……その部分が無防備であると告げている。


 完全に決まった。


 トイフェルは確信し、ソロモンを振り抜いた。



「ナッ!!?」



 が、鎧を切り裂いた感触も刀が弾かれた感触もない。

ソロモンはあえなく空を切った。



「あり得ナイ……っ!」



 トイフェルは帝王から目を離してなどいなかった。

だと言うのに、帝王の姿はどこにも無かった。

混乱と当惑が、トイフェルの反応を僅かに鈍らせる。

その油断の隙間に滑り込むように、背後から声が聞こえてくる。



『距離の破壊だ、“神童”トイフェル』



 男の声でも、女の声でもない、無性的な声。

抑揚のない、感情のない、無機質な声。

それでいて底冷えするような威圧感が付随した声。


 “絶対強者”帝王の声が背後から聞こえる。


 そして、その短い言葉でトイフェルは何が起こったのかを理解した。



「ば、馬鹿ナ!!? そんな、そんナノ……ッ!!」



 自分の感覚からして、帝王は高速で移動した訳ではない。

線の移動ではなく、点の移動。

俗に言うテレポートと呼ばれる現象を帝王は起こした。


 そして、帝王は距離(・・)の破壊と言った。

それが示すところは即ち……



「自分の場所の座標ト、目標の座標。

ソノ二つの点の距離の……概念(・・)の破壊なんテ、あり得ナイ! そんナ破壊が罷り通ルなんテ……ッ」



 地点Aと、地点Bがあるとする。

その二つの地点の距離は三メートル。

帝王は……その三メートルと呼ばれる距離の概念を破壊したのだ。


 概念が破壊されるにつれ、二つの地点は近づき、完全に破壊されると……その二つの地点は重なる。

地点AとBは、同一の座標にあると世界に看做(みな)されるのだ。


 しかし、世界はそんな矛盾を許さない。

リンゴが地に落ちるように、虹が七色であるように、二つの地点は重なるべきでなく、別々の二点でなければならない。

その空間の歪みは、世界によって正されるのだ。


 しかし、世界という機構は地点Aと地点Bの区別がつかない。

結果、距離を縮めていく慣性に引きずられ、地点Aと地点Bはそっくりそのまま入れ替わるのだ!



『この現世の破壊と違い、高次元の……世界のルールの破壊は無差別ではない。

特別に魔法を編む必要がある。

故に隙となりやすいし、予見も可能だ。


 次は……心得ておけ』



 トイフェルは苦し紛れに振り向き、帝王の姿を視界に捉える。

そこには、大きく拳を振りかぶった帝王の姿。

そして……闇の【破壊】を取り払った、帝王の姿。

その瞳が、トイフェルを見透かす。

ありのままの王者が…….トイフェルの前に顕現する。



「……ゥ……、あ……」



 現在の帝王は無防備だ。身に纏う【破壊】を完全に取り払っているのだから。

だが、トイフェルは動けない。行動することができない。



――勝てナイ。こんナノ……人間なんかじャア……勝てナイ……。



 “実力の認識”を破壊し続けていた……圧倒的なまでの帝王の存在感。

そんな存在を眼前にして、トイフェルは自分の存在の程度を自覚する。


 全てを理解する麒麟児は、今この時をもって理解する。




――コレが……本物の化け物。



 帝王の拳がトイフェルを打つ。

雨でぬかるんだ泥の中をトイフェルは跳ねていき、仰向けになって止まる。


 【形態変化】が解け、やせ細った……白髪で赤目の……子供のトイフェルが現れる。

体にこびりついた泥。

口の中の血の味。

トイフェルは敗北の感覚を味わっていた。



「もう一度問おう、トイフェル」



 何度も聞いた帝王の声。

【破壊】を通さないその声はトイフェルの耳に染み入ってきた。



「来い、帝国に。世界を破壊する資格を持つ者よ」



 視界に入る伸ばされた手。

再び与えられた選択肢にトイフェルは――



「月に一回、キミとの決闘……それがボクが望むコト。

この条件を呑ンでくれルナラ…….ボクは帝国に入ルヨ」


「よかろう。歓迎するぞ、トイフェル」



――この人と戦う度二、ボクは人間であることを実感できル。

自分が化け物じゃナイことを……理解でキル。



 トイフェルは帝王の手を取る。

あれほど降りしきっていた雨は晴れ、太陽が雲間から顔を覗かせていた。


 帝国軍第一部隊長トイフェル。


 その名は、あっという間に大陸に轟くこととなる。

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