第百六話ー少年トイ
「……親友?」
「ソ、親友☆」
リュウセイは目の前の少年を見つめる。
背丈はおよそ、リュウセイの胸板ほどまでしかない。
そこから察するに、彼の年齢は十歳付近くらいか。
対して自分は、十代後半……のはず。
結論として、
「……ねーよ。親友はねぇ」
トイフェルのその証言をばっさりと切り捨てる。
親友であることを全否定されたトイフェルは頬を膨らませてリュウセイを咎めるように見つめた。
「ムー、どうシテ信じないカナァ」
「ハッ! 年の差を考えろ。兄弟分とかそういう関係の方がまだ信じれるぜ。それに……」
ビシッ、とリュウセイはトイフェルの眉間辺りを指差す。
「俺の知ってる親友は出会い頭に切りあったりしねーよ」
「記憶喪失の人間の知識なんテ信用できないナー」
「うっせぇ」
軽口を叩き合うように見える二人だが、リュウセイの方の表情は硬い。
それは、数分前に本気で斬り合い――殺し合いをした事実が関係している。
油断すれば、殺されていた。リュウセイが警戒するのは当然。
トイフェル――トイと名乗った少年と、自分が親友であるなど……信じられないのも当然だ。
「ウーン……そう言われルとそうなんだケド……。
そう言ウ関係の親友だっタんだヨ、ボクらは☆」
トイフェルはしれっと嘘をつく。
目が合えば殺し合うような関係であったことは確かだが、親友などというような安穏とした関係では断じてない。
リュウセイからしてみれば、トイフェルはゲンスイを――師を殺した仇なのだ。
「……それって親友とかってーより、ライバルみてーな関係じゃねーのか?」
けれど、リュウセイにその記憶はない。師がいたことさえ、覚えていないのだ。
彼の中に残っているのは一般的な常識と、身体に染み付いた剣術だけ。
あれほど積み上げてきた思い出は、全て忘却の彼方にあるのだ。
「アッ、ウン! そうソウ、そうダヨ!
ボクとキミはお互いの実力を高め合うライバルだったンダ☆
もしもボクらが出会っタラ、実力を確認スルのが決まりだったんダヨ!」
リュウセイはその言葉にも嘘臭さをひしひしと感じ取って否定しようとしたが、これでは話が続かない、と思い直す。
とりあえず自分の目の前にいるトイは今、戦う気がないようなのだ。
それならば、一旦トイフェルの言うことを鵜呑みにする振りをしておいて、自分の必要な情報を喋らせるのがいいだろう、とリュウセイは判断する。
「ハッ! まぁ百歩譲ってその関係は認めてやるよ。
で、トイ。俺はなんでこんな所にいるんだ?」
「こんナ所っテいうのハ酷いナァ。朽ち果てテはいるケド、ここはボクの故郷なんダヨ?」
「あ……悪い」
リュウセイは素直に謝意を見せる。
だが、トイフェルは元々そんなに気にしていなかったのか、構わないヨと、すぐにリュウセイのことを許した。
「それで、トイ。俺はなんでお前の故郷に――」
ぐぐぅぅううううう、と盛大に鳴る腹の音。
その発生源はリュウセイだ。ヴァジュラとの戦い以後、何も入れられることのなかった胃が、とうとう空腹を訴え出たのだ。
「先にご飯にしようカ」
「……そうだな」
「トは言っテモ、モウこの村には何もないカラ獲りに行クところカラ始めないといけナイんだケドネ」
「俺はここで火起こして待ってる。
トイ、適当になんか持ってきてくれ」
「アハッ☆ ボクだけに働かセルなんてそんなの許サ……」
トイフェルが刀に手を伸ばそうとして、止める。
トイフェルが襲いかかってくる前に、自分も狩りに参加しようと言い出すつもりでいたリュウセイは機先が削がれてしまう。
「……いいヨ」
トイフェルはそう言って、今日一番の笑みを浮かべる。
リュウセイはその笑みにただならぬ危機感を感じ、自分も行くと声を出そうとするがもう遅い。
「最っ高に面白い食べ物を、狩ってきてあげるよ」
そう流暢に言い残し、トイフェルの姿は一瞬にしてかき消えてしまった。
――――――――――――――――――――
「……………………………………………」
「アハッ☆ 気に入ってくレタみたいで何よりダヨ!」
日没後、辺りが暗黒に包まれ、星々と焚き火が二人の少年を照らす。
リュウセイの目の前には一匹の巨大魚。
調味料などあるはずもないので、焼いただけのシンプルな料理だ。
しかし、味はまだいいのだ。
この巨大魚はホネマンボンと呼ばれる魚で、主食は魚のため、泥臭さはない。
それなりに素材に味がある魚なので焼くだけであっても充分に料理として成立する。
問題は……その骨の多さ。身は、おいしい。美味である。
しかし、その身を食べるには普通の魚とは比べものにならない複雑な構造をした骨を避けなければならない。
「美味しいネ! 流星!」
「…………………………………………」
トイフェルはこの村で生まれた者だ。
地元の川に生息するホネマンボンの食べ方は熟知している。
しかし、リュウセイは違う。こんな魚の適切な食べ方など知らない。
いや、ホネマンボンでなくても魚類であれば結果は同じだったろう。
カルト山で明らかになったように、リュウセイは魚の骨を取るのが絶望的に下手なのだから。
「……………っつ」
「アッハッハッハ☆」
小骨、中骨、大骨で口内がズタズタにされていくリュウセイを見て、トイフェルは指を指して笑う。
下手に手をつけて無様な様子になったホネマンボンを見て、さらに腹を抱えて笑う。
リュウセイは適当に持ってきてくれと言った手前、このメニューに文句をつけるワケにいかず、怒りで刀に手を伸ばしそうになるのを必死に堪えていた。
「アー面白イ。やっぱりキミは面白イヨ」
「………るせぇ。それより、さっきの話の続きだ。何で俺はお前の故郷にいるんだよ。
しかも、こんなボロボロになって」
上目でトイフェルを睨みつけるリュウセイ。
しかし、その目が先ほどの口内惨殺事件のせいで僅かに潤んでいるのを発見し、トイフェルは再び抱腹絶倒する。
「ヒーッ、ヒーッ、キミはボクを笑い死にさせる気カイ?」
「……テメェ」
「アーっ、ゴメンゴメン。分かっタヨ。キミがここに来タ理由だったネ」
リュウセイがとうとう刀に手を置いたのを見て、トイフェルは慌てて弁明する。
初めからそうしろ、とリュウセイは愚痴を零して再び骨処理に取り掛かった。
「ウーン、どう話しタものカナ……。ヴァジュラってイウ化物がいテ、コレがもうとんでもナイ強さの化物で、流星は頑張ったんだケド、勝てなかっタ。ソノ時の傷が、それダヨ」
トイフェルはそんなリュウセイの様子を横目に説明を始める。
トイフェルが伝えた内容は真実でこそあるものの、かなりの語弊を含んだ内容であった。
この言い方ではヴァジュラは人間ではないようであるし、リュウセイが一人でヴァジュラに挑んだようでもある。
わざとリュウセイに真実が分からないようにしている。
それは本当のことを話して、リュウセイに記憶が戻らないようにする為なのか……。
薄ら笑みを浮かべたトイフェルの表情からは、何も読み取ることはできない。
「それからキミは強力な風属性の魔法で遠ク……こんナ辺境の村マデ吹き飛ばさレタ。というコトなんダヨ。簡単に言えばネ」
この言い方も、リュウセイを吹き飛ばしたのがヴァジュラであるかのように受け取られやすい。距離を遠く、と曖昧に表現したのもあざとい。これでは遠くの程度が分からない。数キロかもしれないし、数十かもしれない。
実際は、数百キロもの距離をリュウセイは飛ばされたと言うのに。
「ハッ! ムカつくな」
リュウセイは、トイフェルの話をそんな風に評価する。
その目にはありありと不機嫌の色が浮かんでた。
「俺が勝てなかった、だと?
ハッ! 冗談じゃねぇ。
何も情報がねぇ以上、トイの話は一旦信じるが、負けたってのが気に食わねぇ」
リュウセイが苛立つのは、自分自身にだった。
何故だか知らないが、自分が負けたと聞くと無性に腹が立つ。
自分は恐らく負けず嫌いなのだろう、とリュウセイは湧いてくる感情をそう自己分析しつつ、慣れない焼き魚を頬張る。
「ンー、それはちょっト違うカナ。
勝てなかっタのは確かだケド、負けテはいないんダ」
「……引き分けってことか?」
「ンー……痛み分ケ、カナ」
「何か違うのか?」
「ウン、引き分ケとは言い難いカラ」
トイフェルがあのとき見たのは暴走状態のカイルとリュウセイ。
そしてヴァジュラに止めを刺そうとするシュウの姿だった。
その状況から推察されること、それはリュウセイやカイルは一旦ヴァジュラに完膚なきまでに叩きのめされた。
そして、何かがキッカケとなり、変異が暴走。ヴァジュラを痛めつけた。
シュウは暴走を抑えるために来たが、そのために邪魔なヴァジュラをまず仕留めようとしていた……そこにトイフェルらが参入した。
ここから考えられる結果が痛み分け。
双方の実力が互角の上、決着がつかなかったという引き分けではない。
双方が痛みを負うという結果だけが戦いの末路だった。
故に、痛み分けという表現をトイフェルは使ったのだった。
「さテ、お腹も膨れたシ、どうスル? さっきの続キをするカイ?」
リュウセイがやっと魚を食べきって――正確には身はまだかき集めれば残っているが、リュウセイにそれを求めるのは酷だろう――トイフェルはにっこりと笑ってソロモンに手を伸ばした。
「何でそうなるんだよ!」
「いヤァ、だってボクたちライバルだし?
食後の運動も必要じゃナイ?」
「ふざけんな! こっちは満身創痍なんだよ!」
包帯などこんな廃村にあるわけもなく、リュウセイの傷だらけの身体はなんの処置もされないまま、空気に晒されていた。
それを見て、トイフェルはこてんと首を傾ける。
「食べタラ治るヨネ?」
「治るか!」
カイルでもあるまいし、傷はそうそう癒えるものではない。
だが、トイフェルの顔は真剣そのものだった。
「いやイヤ、今までの戦イを思い出してみナヨ。
アジハドと戦ったカラクムル。
ウィルと戦った帝国実験場。
どちらもキミが満身創痍、死の一歩手前マデの重傷を負っタ戦いダ。
普通ナラ、完治に数ヶ月はかかるようナ怪我だっタ。
でもキミは、ソレを一週間かそこらで完治させたヨネ?」
カラクムルの方では、リュウセイは実戦で初めて全力で雷による身体強化を行い、全身が酷い筋肉痛に苛まれた。
しかし、それも三日昏睡している間にほぼ完治した。
実験場の方ではもっと酷い。
肋骨は折れ、全身の骨にヒビが入っていた。
さらに、カラクムルの時よりも激しく雷の身体強化を実行した。
神経断裂の、ギリギリにまで肉体を酷使した。
普通なら数年かかって治療するレベルの大怪我だが、リュウセイは一週間で動けるまでには回復した。
その事実を突きつけて、トイフェルはリュウセイに自身の考えを裏付けさせようとするのだが……
「思い出そうにも、その記憶がねぇっつってんだよ!」
「そう言えばキミ、記憶なかっタネ」
忘れてタヨ、とトイフェルは笑って話を続ける。
「キミは変異ダ。【形態変化】の種類のネ。
変異と言うのハ……そうダネ、普通ではあり得ナイ強さを持つ人間を呼称しタものだと思ってくレテいいヨ」
「それで?」
「変異じゃナイ【形態変化】持ちニモ当てはまることなんだケドネ。
普通の変化していナイ状態でも若干、変化後の姿の影響を受けるンダ。
例えバ、キミたち有翼族。
翼を持つキミたちは、空を飛ぶタメに筋力がとテモ発達してイル。
そしテ、それハ普通の状態でも同ジ。
一般的な人族よりモ、有翼族は筋力があるンダ。
例えバ、ボクみたいナ悪魔族。
ボクらは変異後、平均的に強サが底上ゲされる種族なンダ。
だカラ、筋力、魔力……そしテ、自然治癒力が通常状態でも一般的な人族よりも高イ。
ここマデ言えバ、分かるヨネ?」
リュウセイは二段階目の【形態変化】後、龍を模した姿に変化する。龍とは、この世界において最強クラスのモンスターだ。力や魔力などは人と比べるまでもなく、
「自然治癒力も上がってるから、怪我の治りが早いってことか?」
回復力も、それ相応に高い。
そして、流石リュウセイ。バカ兄と違って理解力も高い。
「その通リ! ボクらは変異後が強力過ぎるカラ、その分ニュートラルな状態で持つ自然治癒力も相当に高イ。大抵の怪我ナラご飯を食べタだけで治るくらいの治癒力を持ってルヨ」
だカラ……、とトイフェルは笑みを浮かべ、
「殺ろウヨ」
「ふざけんな、それでも治りきってねーっつってんだよ。いい加減聞き分けろ。この真っ白チビ」
「フフン☆ この小回りの効ク身体の良サが分からナイなんて、キミは…………ハァ」
「その溜め息にどんな意味が込められてんのか……是非とも教えて欲しいもんだなぁ?
えぇ、オイ!」
リュウセイは、実験場の時と同じレベルの大怪我を負っていた。
普通なら、動けもしないほどの大怪我。
それで動けてしまうところに、リュウセイの治癒能力の高さが伺える。
しかし、それでも大怪我は大怪我。
完治するのにはそれなりに時間がかかるのだ。
「フフフ、秘密ダヨ☆
でも戦闘以外に何をスルつもりなのサ。言っとくケド、この廃村に娯楽を期待してモ無駄だカラネ?」
「分ぁってるよ。こんな所だしな」
「ボクの故郷をこんナ所って言わナイでくれるカナ?」
「………お前、俺のことからかってんだろ」
「エー? 何のことカ、ボク分かんナーイ☆」
トイフェルはケタケタと笑っているが、何もすることが無いと言うのは本当なのだ。
ぶっちゃけ、リュウセイの身体を治す為なら寝るのが一番良い選択なのだが、それはトイフェルが許さないだろう。
目の前で寝ようものなら何をされるか分かったものではないからだ。
中々寝付かない子供を相手にする気分で、リュウセイは重い溜め息を吐く。
「何もすることはねぇって言ってるけどよ。
俺はまだまだ聞きたいことがあるんだよ」
「ウーン、お喋りカァ……。
マ、いいヤ。それで何を聞きたいノ?」
「俺がどんな奴だったか、どんなことをしてきたか、とりあえず記憶を取り戻すような話をしてくれ」
そんな風に、リュウセイは提案する。
これならば、自分の記憶を探る手掛かりにもなるし、トイフェルの相手をすることもできる。
一石二鳥という訳だ。
「……何カ今からとても無駄ナことをしてイク気がするナァ」
一方トイフェルは、多分何を語った所でリュウセイの記憶は戻らないであろうという予想を立てる。
まぁ結局他にすることもないので(戦闘以外で)トイフェルは彼の知る限りのリュウセイのことを話すのだった。
――――――――――――――――――――
結論、やはりどれだけトイフェルがリュウセイのことを語ったところで、リュウセイの記憶が戻ることはなかった。
まぁ、トイフェルの知るリュウセイはたかが知れていて、話すこともわりと適当であるので、戻らないのも当たり前なのだが。
「くそっ、中々戻んねーな、記憶」
「……モウ疲れちゃっタんだケドナー」
話し始めた時、既に夜の帳は降りていた。
現在月は天辺に昇り、丑三つ時と呼ばれる時間帯である。
トイフェルが話し疲れて眠くなるのも、自然なことだ。
「ハッ! しゃーねーな。そろそろ寝るか」
「ウン、そうダネ。ボクは寝ル場所が決まってるカラ流星は好きな所で寝ナヨ」
トイフェルはソロモンを持って立ち上がる。
そしてそのまま大きく欠伸をしながら、この村で最も損傷が激しい家に向かっていく。
もはや家とも呼べない、木屑の山のような場所に真っ直ぐと。
「トイ、お前そんな所で寝んのかよ。
そんな家じゃ、ベッドなんてねーだ……」
リュウセイの言葉に構わず、トイフェルは木屑の山の中を掻き分けて行き、そのまま……
姿を、消した。
「……ろ?」
疑問符を浮かべるリュウセイ。
しばらく停止した後、消えた理由を探しにトイフェルが向かった家にリュウセイも向かうと、
「隠し階段……?
いや、元々ここは家だったんだから……地下室への階段か?」
トイフェルが消えたと思われる場所には地下へと伸びる階段があった。
松明の明かりが一切ない、暗黒へと繋がっているかのような道。
どうしてトイフェルはこんなところに入って行ったのだろうか。
「寝る場所が決まってるって言ってたよな。
じゃあこの下に何かあんのか?」
台風などの対策で、地下に避難場所を作るのはよくある話だ。
この村も、モンスターの対策などで地下にそのような施設があるのかもしれない。
「ハッ! まぁ、とりあえず行ってみるか」
リュウセイは階段に足をかけ、地下へ踏み出す。
一切の光のない暗がり。
流石に光が無いとつまづいてしまうので、リュウセイは小竜景光に魔力を流し、雷をわずかに具現化させることによって明かりとした。
人一人通るのがやっとという狭い通路。
カツンカツンと音を立ててリュウセイは階段を下っていく。
そうして階段を下りきった先にあったのは、木の扉だった。
もう何年も放置されていて、見てくれはボロボロだが、地上の家々に比べたら随分とマシである。
トイフェルは恐らくこの中にいるのだろう。
リュウセイは扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
「……なんだ、この部屋」
リュウセイの視界に飛び込んで来たのは、檻だった。
眼前いっぱいに広がる鉄格子の檻。
地下室を半分に仕切る鋼鉄の檻だ。
まるで犯罪者を幽閉する牢獄。
そんな部屋に、トイフェルはいた。
「ふァ………なんダ、着いて来たのカイ?
こんナ部屋、来たとこロで何も見ル所なんてないヨ?」
檻の中の部屋の隅。
そこで、トイフェルは身体を横たえていた。
リュウセイが来たことで彼は眠そうな目を擦りながら上体を起こす。
その言葉は先ほど聞いたトイフェルの声と全く同じ、いつものトイフェルの調子だった。
リュウセイは数秒の間、思考が停止していた。
どうしてトイはこんなところに?
その疑問が、頭を埋めていた。
しかし、いくら考えても答えは浮かばず、リュウセイは口を開く。
「なんでお前……こんな所で寝ようとしてんだよ。
上にゃここよりマシな場所があるだろうが」
「ンー、単純に気持ち悪イからカナ。
コノ村でボクが育っタのはこの場所だからネ。
ココ以外で寝ようとしテモ落ち着かナイんダ」
「育った……だと?」
こんな檻の中でか、という疑問が頭をよぎる。
ことここに至って、リュウセイは気が付いた。
自分は記憶を失って、トイに対して自分のことしか聞いていなかった。
トイのことを、何も聞いていなかった。
滅びた自分の故郷に戻ってきたトイ。
そもそも何故この村は滅んだのか。
こんな場所で育ったとは、一体どういうことなのか。
一歩、リュウセイは檻に近づき、鉄格子に手を乗せる。
揺らぐ視線で、トイフェルを見る。
「お喋りの続きだぜ……トイ。
次はお前のことを聞かせろよ」
リュウセイらしくない、躊躇いがちな声音。
これから聞くのは、間違いなくトイフェルの根幹に関わるだろう闇の話。
軽々しく聞いてはいけないようにも思う。
しかし、ここまで知ってしまった以上、見なかったことになどできない。
自分はそんな人間のはずだ、とリュウセイは思う。
「ンー、そうダネ〜……」
トイフェルはリュウセイの質問に対して悩む素振りを見せて、
「キミにナラ……いいカナ」
リュウセイに対して、儚げに笑った。
そうしてトイフェルは立ち上がり、ゆっくりとリュウセイの元へ向かってくる。
こいつは、何を思っているのだろうか。
トイフェルの過去を何も知らないリュウセイは、その心情を慮ることはできない。
その笑みに、どんな思いが込められているのか分からない。
トイフェルは、リュウセイの目の前に立つ。
鉄格子を挟んで向かい合わせに。
反乱者と、帝国軍の部隊長が。
師匠を殺された弟子と、その仇が。
二人の剣士が、立つ。
「ボクは、この村で産まレタ。
平凡な家庭の、初めテの子供とシテ。
何の変哲もナイ家庭だっタヨ……ソウ、
ボクが産まレルまではネ」
トイフェルの口から語られるのは、この大陸で誰も知らないある少年の物語。
「産まレル時、ボクは母サンのお腹を引き裂いテ外に出てキタ。
変異としての圧倒的ナ魔力、理不尽ナ程の力を携えてネ。
強すぎる力は忌避サレ、母サンを殺したボクは『忌み子』とさレタ。
けレド、当時は帝国が台頭して間もナイ時代。
強さダケは桁違イだったボクは殺さレルことはなかっタ。
ボクは悪魔族の最終戦力とシテ、生きルことダケは許さレタ―――」
決して救われることのない、少年の物語。