第百一話ー吸血鬼の業
ユナが限界まで魔力を振り絞って転移した先はカイルが暮らしていた魔境の森のような樹海……の上空だった。
どうやらこの樹海は海抜が低いらしく、ユナとしてはどこかの地面に転移先をセットしたつもりだったのだが……転移先は空中となった。
翼ある吸血鬼族やハーフたちは元々空中に浮いていたので問題はなかった。
が、ゴンさんなどの飛行不可能な人は、転移と同時に地面へ真っ逆さま。
クルミたちが慌ててキャッチするという場面も最後の方によく見られた。
現在、戦闘を終えてくたびれているカイルたちは樹海の湖畔で休憩をとっている。
「ユナ、戻したんだな」
「はい、なんだかんだ八年間この姿でいましたから。
普段の生活まで吸血鬼でいると違和感が凄くて……」
ユナは【空間】を操り、再び人族の外見に戻っていた。
その姿は……知る者から見れば、ユリシアそのもの。
翼こそないが、ユリシアを成長させたらこうなるであろう、という姿そのもの。
しかし、ユナは転移してからすぐに自分のことをルミナスだと公言した。
王族に対する畏怖や、どう接していいか分からないという心情から、ユナを助けに来た吸血鬼たちは座って談笑するカイルとユナを遠巻きにする、という現状となっている。
「私はどちらのユナも好きですよ」
その唯一の例外が、フェルル。
彼女の鋼の? ゴムのように柔軟で強靭な精神はそんなユナをもあっさりと受け入れたのである。
「あ、ありがとうございます……」
「はい、ユナは可愛いです」
と言うより、ただ天然なだけの気もしますけど。照れて顔を赤くしたユナはそんな風に思う。なんだか微笑ましい親子のやりとりを眺めていたカイルは、
「えー、とさ。あんたはユナの母さん、なのか?」
フェルルの方を見て、言う。
「はい、私は半分、ユナのお母さんですよー」
「半分?」
カイルは腕を組んでこてん、と首を傾げる。
どうせ考えたところで、カイルは答えにたどり着けないのに。
この天性のドバカが頭を使って考えたことに正解などほとんどない。
「……そのあたりの事情を、そろそろ話して貰えますか?」
頭を抱え始めたカイルの後ろから、歩み寄って来たジュリアスが声を掛ける。いつもの声音だが、威圧的にならないよう必死に声を抑えているという感じの語気。
ジュリアスの内心は複雑だ。
助けに来たはずの娘が……娘ではなかった。
ルミナス姫でもなかった。
そうでない、別の存在になっていたのだから。
「はい……そうですね」
ユナは、表情に少し影を落とす。
黒い目が……悲しげに揺れる。
そして、その表情のまま立ち上がった。
「皆さんも、お父さんやお母さんから聞いてると思いますが……八年前のあの日、わたし――ルミナスは、シア――ユリシアと共に、皆さんを置いて、王国から逃げ出しました。
まず、そのことについて謝罪したいと思います」
腰の前に手を重ね、ユナは深々と頭を下げる。
それは、王族としての謝罪。厳密には王族でなくなってしまったけれど。元、王族として。
ユナは最初に頭を下げた。恐ろしいほどの静寂の中で、深く、長く、頭を下げた。
「そして、皆さんには知る権利があると思います。
わたしとシアの逃げてからのこと……。
そして、ハクシャクがどんな存在になってしまったのかを」
ユナは、口を開く。重く閉ざされた、八年前の過去を語る――
―――――――――――――――――――――
「おーいで、ルーナ。今日は大事な話があるんだ?」
「大事な話?」
「そーう、大事な話。とっても……とってもね」
エリドーラ―――フィルムーア王国王妃、ルミナスの母親がベッドの上に身を投げ出していた娘を手招きする。
大好きな母親の手招きに応じたルミナスはとてとてとエリドーラの方へ走り、その膝に座る。
「それって……お父様の頭がどーんと薄くなってきたって話?」
「たーしかに、それもとっても大切な話だけど……今する話じゃないかな。本格的に薄くなってきたら、私がどうにかすることにしようか」
エリドーラは両手でジャンケンのチョキの形を作り、ルミナスの目の前でチョキチョキと何かを切るふりをする。
「じゃあどーんと私も手伝う!」
ルミナスは目の前の空中を父親の頭に見立てて強く握りしめ、掴んだものを、引っこ抜くジェスチャーを見せる。
現国王、アダムの頭髪が失われる日も近いかもしれない。
「でーもね、ルーナ。今日する話はそうじゃないんだ」
「?? 違うの?」
「あーあ、違う。ルーナのだぁーっい嫌いな……お勉強の話だよ」
「ええーー……」
エリドーラの膝の上で、ルミナスは明らかにしょぼくれる。
大好きな母親から、大嫌いなお勉強の話。
喜びたいのに喜べない、ルミナスの子供心は複雑だった。
「じゃあ……お話を聞いたら、今日は一緒にどーんと寝てくれる?」
ルミナスは、顔を上に向けてそうお願いする。
自慢の愛娘にそんな風にお願いされて、母親が断れるわけがない。
父親の寝床を犠牲に、エリドーラはそのお願いを快諾した。
「じゃーあ、お話をしようかルーナ。
ルーナは……どうして誰かの血を……動物やモンスターの血を完全に吸血しちゃいけないと思う?」
「それは、相手を殺してしまうからでしょ?
お勉強の先生はどーんと偉そうにそう言ってた!」
エリドーラは、そう答えたルミナスの髪の毛を撫でる。髪の毛の表面は滑らかで、エリドーラの手は簡単に滑り落ちていく。
「そーう、それが王国で教えられている、完全吸血が禁止されている理由。確かに、そのことも理由ではあるんだ。でもね、それは所詮、建前でしかない。
本当の理由は……別にあるんだ」
「本当の…….理由?」
「そーれは、王族のみの秘密とされていることだよ」
エリドーラの目がすぅっ、と細くなる。
同時に頭を撫でる手が止まり、ルミナスはもう一度下から母の目を覗き込んだ。
「お父様が言ってた…….誰にも、シアにも話しちゃいけないっていう秘密?」
「そーの通り、絶対に王族以外の人に話しちゃいけない秘密だよ。ユリユリにもね。ただ、本当に必要だとルーナが思った時は別。その時は、話してあげなさい。
でもそれ以外はダメだ。絶対に誰にも、ユリユリにも話しちゃあいけない。
分かった?」
「どーんと!」
元気のいい返事に、エリドーラはいい子だと囁き、頭を撫でるのを再開する。
「ふつーうの吸血は、相手の力の一部を自分のものにする力だ。属性、魔力、果ては【能力】まで扱えるようになるというとんでもなく強力な力……それは知ってるね?」
「どーんと!」
「よーろしい。じゃあ何で相手の力を使えるようになるか……それは相手の一部たる血を取り込み、それを使役することができる器官が吸血鬼族に備わっているからだ。
と、ルーナは教えられているはずだね?」
「ど、どーんと、ね。お、教わったわ」
エリドーラは手のひらの感触からルミナスが動揺していることを察する。
恐らく、教わるには教わったが詳しくは理解していなかったのだろう。
そんな分かりやすい反応を示したルミナスの頬をエリドーラは思いっきり引っ張ってやる。
「お、おかぁしゃまー! い、いたいれふー!!」
「うーそをつく悪い子にはお仕置きが必要だと、私は思っているよ、ルーナ。真面目にお勉強しなさいって、いつもいっているだろう?」
「ご、ごめんなひゃい……」
ぽよよん、と引き伸ばされた弾力性に飛んだ頬が元に戻る。エリドーラの教育方針は厳格なようで、ルミナス頬は赤く染まっていた。
「さーて、ここからが王家の秘密。吸血作用の本当の仕組みについて、だ。よく聞くんだよ、ルーナ」
「は、はい……」
エリドーラは……後ろからルミナスを抱きかかえる。二人は強く密着し、エリドーラの口が、ルミナスの耳元近くにまで寄せられる。
「いーいかい、ルーナ。私たちが吸血することによって、私たちは相手の魂を喰らっているのさ」
「魂……?」
「そーう、魂。命以上にかけがえのない、とてもとても大切なものなんだよ。
魂には、色んなものが詰まってる。魔力や、思い出や、人生……その人の、全てが詰まってるんだ」
「うーん……、お母様。どーんと分からない」
「そーうか、分からないか……。よしルーナ、これを見てごらん」
エリドーラはルミナスの前に両手を出す。
左手にはルミナスの部屋に置いてある人形。
右手にはエリドーラの属性、火の赤色をした魔力の球体が浮かんでいる。
「こーの魔力球を、魂、ルーナの魂だとしよう。
そして、左手のお人形さんは……お人形さん。
綿でできていて、何も考えることはできないし、一人で動くこともできない……本当にただのお人形さんだと、考えるんだ。
ここまでは大丈夫かい?」
「うん……まだ、どーんと大丈夫」
「よーし、いい子だ。もしこのルーナの魂というものをお人形さんに、何らかの方法でいれることができたとしたら……どうなると思う?」
ルミナスは必死になって解答を模索する。
大好きな母の問いかけに答えたいのは山々なのだが…….その願いは叶いそうになかった。
「わーからないのなら、仕方ないさ。
正解はね……このお人形さんが、ルーナになるのさ」
「……うー、ん?」
「ごーめん、ごめん。ちょっと分かりにくかったね。
つまりは、ルーナの魔力も、記憶も……意識もぜぇーんぶがこの人形の中にあるってこと。
だからこうしてしまうと……」
エリドーラは魔力球を人形の中に入れて見せる。
「ルーナはお人形さんになってしまうのだよ!」
「ええええええ!!?」
途中まで理解を示していなかったルミナスは、最後の一言で大きな声を上げる。
つまりは魂とは…….その人間が持つ、肉体以外の全てを内包したもの、ということだ。
筋肉、内臓、血液など、その人物を構成するものの内、視認可能なものを外的構成要素と定義すると、記憶、人格、魔力、【能力】など、視認不可能なものを内的構成要素と定義できる。
そうすると外的構成要素の総称を肉体。
内的構成要素の総称を魂と、そう呼べることになるのだ。
そして、この世界において……ある人をある人だと定義付けるものは肉体ではなく魂。
外的構成要素ではなく、内的構成要素だとされている。
それは、肉体を変質させる【形態変化】や、人格を乗っ取ることができる【憑依】が存在するが故の価値観だと言えるだろう。
「ルーナ、魂がどういうものかは、分かったかい?」
「どーんと!」
「かーしこい子だ、ルーナ。それじゃあ魂を喰べるっていうのがどういうことか、分かるかい?」
「えぇ〜と……魂を喰べるってことは……食事と一緒で、魂を自分に取り込むってことでしょ……。
だから、魔力とか【能力】とかをどーんと使えるようになる!
……って、あれ?
それじゃあ意識とか……人格とかはどうなるの?」
「ほーとんど正解だよ、ルーナ。
そう……魂を喰べる――吸血をすると私たちは相手の力を発揮できるようになる。
相手の魂を取り込むことによってね。
ただ、普段の吸血では魂の表層の部分をほんのちょっと齧ってるだけに過ぎないんだ。
その奥の人格や意識を司っている部分に、私たちの牙は届いていない」
この世界では、魂とは二段構造になっているものだ。
球体の魂の中心部には意識、記憶、人格といったものが凝縮されていて、それを覆うように魔力や【能力】を構成する部分が存在する。
普通の吸血ではその表面しか吸収しないため、人格や記憶の混同は起こらないのだ。
普通の吸血……では。
「じゃあ、相手の血をどーんと吸っちゃうと……」
「そのとーり、魂を全て喰らい尽くし、相手の人格や記憶までも取り込むこととなってしまう。
これこそが完全吸血が禁忌とされている理由だよ」
血を吸い続ければ、いずれ魂の表層を喰い尽くしてしまうだろう。
それでも血を吸い続ければ……どうなるかは想像に難くない。
「ルーナ、よーく聞きなさい。
完全吸血……別名、魂合成と呼ばれる吸血鬼族のみに伝わる秘術はね、絶対にしちゃあいけない禁忌なんだ。
相手の魂を完全に取り込んでしまうと、二度と元に戻ることはない。
吸血は、自分の魂の表層に相手の魂の一部を取り込むことで為される。
表層は普段の生活や戦闘で日々消費されていくものだから……取り込んだ相手の魂もいずれは消えてなくなる。
ただ、魂合成となると話は別だ。
相手の魂の核とも呼べる……人格などを構成する部分。
それをそのまま、自分の魂に継ぎ足してしまうのさ」
「それをしてしまうと……どうなるの?」
ルミナスは怯えた声で母に問う。
エリドーラの話で、禁忌に対する恐怖が湧いてきたのだ。
エリドーラは、しばし瞠目する。
その先を話すことを渋っているのだ。
これ以上を、今、幼いルミナスに伝える必要があるのか、彼女は思考する。
そして、
「自分が自分じゃーぁ、無くなるのさ。
自分と相手の魂は合わさり、混ざり、混合し……一つの新たな魂となる。
力は得ることはできるだろう。途方もない力だ。
普通にしていたら、絶対に手の届くことのない力。
その力と代償に、そいつは何もかもを失ってしまう。
吸血した相手でもあり、自分でもある。
相手でもなくて、自分でもない。
そんな存在になってしまうんだよ」
完全吸血により、相手の魂の内側を吸い尽くしてしまうと、相手の意識も自分の意識に入り込んでしまう。
人格は間違いなく不安定になり、相手の意識が自分を乗っ取ってしまうかもしれない。
吸血した相手がまるまる自分となる。
それは相手でもあり自分でもあるが……
相手そのものではなく、自分そのものではない。
エリドーラは、完全吸血の恐ろしさを説く。
幼いルミナスに対して、禁忌の禁忌たる由縁を教える。
「もーう一度言うよ、ルーナ。
完全吸血は……一時はいいかもしれないけれど、必ず破滅を招く。
そのことを、肝に命じておきなさい。
もし、してしまえば、私はルーナのお母様じゃあなくなるからね」
「っ! それは、嫌っ!!!」
「だーったら、その手段に手を出さないことだよ、ルーナ。
絶対に、だ。お母様との、約束だ」
「うん! どーんと!」
エリドーラが伸ばした小指と、ルミナスが伸ばした小指が絡み合う。
何度も何度も揺さぶられた指切りは、その約束をルミナスの魂に刻みつけた。
――――――――――――――――――――
「……ねぇ、お母様」
「どーした?」
指切りののち、約束通りにルミナスとエリドーラは同じベットに入っていた。
その際、ちょっとだけ王冠の下の頭髪が薄くなってきた一人の父親が涙を呑んだのは、尊い犠牲と言えよう。
「私はぜーったいに、絶対、お母様と約束したからどーんと絶対に完全吸血なんてしないんだけど……。
もし、もしも……完全吸血を続けていったら、その先はどうなるの?」
「……そーれは」
エリドーラはまた、逡巡する。
しかし、今度の思考は先ほどよりも短く、エリドーラは口を開いた。
「すーう百人もの同胞、モンスターを吸い尽くしてしまった吸血鬼族を……私は一人、知っている」
「……どうなったの?」
「とーても、多くの魔力を合わせた彼の魔力は黒く染まり、人格を取り込みすぎた彼は理性を失った……。
まるで獣、けれど起こすのは厄災。
まるで悪夢のような……存在」
「それって、まさか」
ルミナスの頭の中に、ある人物の姿が思い浮かぶ。
何度も何度も聞かされ、自分でも読んできた……物語の怪物を。
「ルーナの思い描いている通りさ。
彼の名前は悪夢。
初代国王ヴィルヘルムによって打倒された……吸血鬼族の業そのものだよ」
それから、エリドーラはルミナスの唇に人差し指を当てた。
「こーれも、王家のみに伝わる秘密だ。
絶対に誰にも喋っちゃあいけないよ」
「ど、どーんと分かった。
でも、初代様はどうやって悪夢を倒したの?」
「……きょーうのルーナはやけに鋭いねぇ」
被りを振ってため息を吐くエリドーラ。
そして、人差し指に加えて中指もルミナスの唇に当てる。
「こーれも秘密。いいね。よし、いい子だ。
初代様は入念に準備を重ねた。
色んな地域を回って、武を磨き、血を手に入れた。
五百年前、この世界の頂点に君臨していた五種類の龍種の血。
彼らの【龍醒】は初代様に悪夢に対抗できるだけの身体能力を与えた。
だが、それだけじゃあ悪夢には勝てない。
勝てないから、初代様は……ある武器を作った」
「……王剣ダーインスレイヴ?」
「そーうだ。あの剣は……初代様でできている」
「……お母様、それは一体……?」
「どーうやったのかは分からない。
けど初代様は……自分の血液を使って、あの剣を作ったそうだ」
「……え?」
ルミナスは、いつも父が腰に差している王剣の形状を思い出す。
まるで、血を煮し固めたような剣だと思っていた。
だが、それは誤りだった。
ような、ではなく、本当に。
あの剣は、血でできているのだ。
「だーから、あの剣には吸血作用が存在する。
魂を吸い取る力が、あの剣には備わっているんだ」
「じゃあ、初代様は王剣を使って……」
「そーうだ、剣はいくら魂を吸ったところで、崩壊する自我もない。
モンスターを切り、魔力を貯め、初代様は悪夢と戦った。
それこそ、あの話の通りさ。
実際、丸十日、初代様と悪夢は“悪夢を見る場所”で戦ったそうだ。
そう、十日間も悪夢が吸収した魂を王剣で吸い取るのにかかったんだ」
戦いは混迷を極めた。
三日間はヴィルヘルムも傷一つ、悪夢につけることはできなかった。
しかし、四日五日六日と経って……ヴィルヘルムは段々と悪夢の魂を削っていった。
そして、魂を削られ弱体化していく悪夢を切り刻み、ヴィルヘルムは悪夢を王剣ダーインスレイヴに封印することに成功したのだ。
「じゃあ、王剣の中には今でも……」
「そーうだよ、ルーナ。
王剣ダーインスレイヴの中には今でも悪夢の魂が封印されている。
奴が喰らった、多くの魂と一緒に。
流石に自我は残っちゃいないだろうさ。
なにせもう五百年も剣の中なんだから」
エリドーラはそれを最後に、悪夢の話を締めくくった。
そしてふとルミナスを見ると、彼女は目をしょぼしょぼと瞬かせていた。
話が一段落して、ちゃんと話を聞こうと張っていた精神が緩んだのだろう。
「ルーナ、もうおやすみ。
今日はいっぱいいっぱい話したろう?
明日もお勉強はしなきゃいけないんだ、そろそろ寝た方がいい」
「ふぁ〜……い」
欠伸混じりにルミナスは返事をする。
エリドーラが抱きしめ、背中を一定のリズムで叩いてやるとルミナスはすぐに眠りに落ちた。
――――――――――――――――――――
「話したのであるか、ドーラ」
「あーら、今日は貴方の寝場所はここにはないよ、アー君」
エリドーラがアー君と呼ぶ少し頭髪が薄くなった男性は……言うまでもなく、フィルムーア王国国王アダム・ヴィルヘルム・ヴァンパイアその人である。
「わ、分かっているのである!
納得はしていないが……」
「そーれで、どうしたの?」
「む、むう。いや、なに、少しばかり……早いのではないかと思うのである。ルミナスはユリシアと仲が良い、良すぎるのである。ユリシアに秘密を話してしまうのでは……」
少し気勢を削がれた様子のアダム国王に、エリドーラはルミナスを起こさない程度に大きくため息を吐いた。
「じゅーうはちの頃に永遠のライバル(アー君の思い込み)のジュリアスに、王家の秘密をぜーんぶ話しちゃった人の台詞とは思えないね」
「む、むぐぅ……っ」
アダム王は心臓の辺りを抑えて後ずさる。
どうやら後ろ暗いことがあるようだ。
「だーいじょうぶ。ルーナは賢い子だ。
言っちゃいけないことの分別くらいはつくさ。
誰かさんと違って」
「むぐぉお……であるっ」
今度は仰け反るアダム王。
対照的にエリドーラはとても愉快そうだ。
「いーいじゃないか、知っておいても……
これから何が起こるか、分からないんだから」
エリドーラは、慈しみの目を持ってルミナスを見る。
何の不安もなさそうな健やかな寝顔で寝ている彼女を。
エリドーラは布団からはみ出した純白の翼を、そっと撫でる。
「アダム伯爵……であるか」
「そーろそろ何かしでかすと、私は思うんだけどね」
「安心するのである、ドーラ。
何が起こっても、余はお前たちを守り抜いて見せるのである」
アダム王は、毅然とした顔でそう告げる。
頭は多少薄くなっていようと、その中身までは薄くなっているわけではない。
凛々しい王のまま、エリドーラが惚れたその姿のままだ。
「そ、なーらいいんだ。
ほら、アー君もこっちにおいで」
「いいのであるか?
今晩、余の寝床はないものだと思っていたのであるが……」
「……アー君がいないと、眠れない」
「む? 今何か言ったであるか?」
「〜〜〜っ! なーんでもないの! 早く来る!」
「む、むぅ。 分かったのである」
一ヶ月後、ハクシャクによる革命が……勃発する。
他種族は蹂躙され……今、ベットで寄り添っている二人も……アダムがエリドーラを完全吸血して善戦したものの、ハクシャクに喰われることとなる。
その魂を賭して逃がした二人。
ルミナスとユリシアの二人は……