第百話ー帰ろう、皆のいる場所へ
ハクシャクとユナの戦いは、常人の想像し得る範疇を遥かに逸脱していた。王剣ダーインスレイヴよりかつての暴虐、悪夢を完全吸血したハクシャクは全身に黒茨の刺青が浮かび上がり、そこから闇を具現化させる。ハクシャクの手に入れた闇属性の魔具……それは彼の身体に刻まれた黒茨。
そして、ハクシャクの闇の【能力】は……悪夢と同じ、【固定化】。
万物を……固定する力。
「精神も、物体も、この世に定義できるありとあらゆるものを固定する力……それが【固定化】」
「その、【チカラ】で……人格を……“アザロ”という人格に固定したというわけですか!」
「その通りです、姫。この【能力】を手に入れることこそ、私が王剣を求めた理由なのですよ!」
闇を纏った拳と黒炎を纏った王剣を激しくぶつけ合いながら、二人は視線と会話を交わす。
「余分な魂を吸い取って、精神を安定させるつもりなのだと思っていましたよ……っ!」
「まさか。私が弱体化する方法を選ぶわけないでしょう。私が望むのは強さと、誇り。そんな私が次に求めるものは……初代様の血。貴女の魂ですよ、ルミナス姫ぇ!!!」
「今のわたしは、ユナです! 貴方がアザロでなく、ハクシャクであるように……もうわたしは、王女だったルミナスではありません!!」
ユナは拳を交えていたハクシャクから距離を取り、王剣ダーインスレイヴを逆手に持ちかえる。
右半身で、剣は左手に……何も持っていない右拳は体軸の前に。
「その構えは……」
「この八年、力こそ失っていましたが……研鑽を止めていたわけではありません!」
ユナは二人分の人生をその身に宿している。
一人は、ルミナス・ヴィルヘルム・ヴァンパイア。
好戦的な火属性魔法の使い手にして……護身剛拳の体得者。
もう一人は、ユリシア・フェルナンデス。
臆病な闇属性魔法の使い手にして……護身柔拳の体得者。
護身剛拳と護身柔拳。
二つの武術の全てが、そっくりそのままユナの中に存在する。
そして、護身拳術は王族が自らの身を守る為に編み出された拳法だ。
その起源は初代国王ヴィルヘルムにまで遡る。
かの白翼の吸血鬼は、王剣ダーインスレイヴを以って悪夢を討伐――封印した。
その後に彼が編み出したのが護身拳術だ。
何故、彼が剣術ではなく拳術を後世に残したのか。
それは王剣を無闇に使わせない為、というのが一つ。
もし王剣が陽の目を浴びすぎて、誰かが悪夢の魂を手に入れてしまえば彼の苦労は水泡に帰す。
そのために、ヴィルヘルムは剣術ではなく拳術を編み出し、残したのだ。
ここで、もう一つの理由。
現在のハクシャクのように、誰かが暴走し、第二第三の悪夢が生まれる可能性は十分に存在した。
その時に、剣の扱いに長ける者がいなければ折角の王剣も宝の持ち腐れとなってしまう。
だから彼は、護身拳術に跡を残した。
技の幾つかに、彼自身が使っていた戦闘技術の片鱗を織り交ぜたのだ。
いずれ才気あるものが、自らの技術を蘇らせてくれると信じて……。
「初代様が残してくれた技術の欠片。
わたしはそれを拾い集め、わたしなりにどーんと昇華させました。
それが……この護身王拳です!」
左手には逆手持ちの王剣。
右拳には逆巻く黒炎。
体勢を低くして、右半身。
姿形や属性……細部は異なっているが、これが初代の生み出した戦闘の型。
一瞬の静寂の後、ユナはハクシャクに向かって一気に飛び出した!
「護身王拳・滅獄昇!」
ハクシャクの足下に入り込んだユナは低い体勢から跳ね上がり、回転の勢いも加えて拳を振るう。
捻りあげるように、蛇が喉元に食らいつくような軌跡を描き、ユナの拳がハクシャクに向かい――
「【固定化】」
阻まれた。
突如空中に顕現した漆黒の壁によって。
四角形で、はんぺんのような形をしたそれは、その見た目からは想像もつかない堅牢さでユナの拳を防いでみせた。
「【固定化】は万物を固定する。
たとえそれが不定形の空気であっても。
一度固定された物は決してその場から動くことはなく、破壊されることもない。
あなたの拳も、決してこの固定された空気の壁を超えることはできませんよ」
「ご丁寧に、どうも!」
ユナは素早く右拳の力を抜き、回転の勢いを生かしたまま、逆手に持った王剣でハクシャクを袈裟懸けに切りつけようとする。
が、当然のようにその斬撃は【固定化】によって防がれてしまう。
「無駄無駄無駄、無駄ですよ、姫。
【固定化】は決して破れない。
この漆黒の大地が……五百年もの間、この姿を保ち続けているように」
“悪夢を見る場所”。
ここはかつて災厄、悪夢と英雄、初代フィルムーア王国国王ヴィルヘルムが死闘を演じたとされている場所だ。
この土地の大地は、黒い。闇のように、黒い。
現在のハクシャクの瞳のように。
ユナの攻撃を防いだ空気のように。
そう……この大地が黒いのは……五百年前、悪夢が【固定化】を使い、大地を固定したからなのだ。
カイルのビックバンでも、ユナの黒炎でも、その地面に傷一つ付くことはない。
砕けないし、凹みもしない。
固定された五百年前から、当時の姿を保ったままだ。
「確かに……普通の魔法では貴方の【能力】を破ることはできそうにありませんね」
「普通の、とは引っかかる物言いですね。
まるで、【固定化】を破る方法があるかのようで……っ!?」
演武を踊るように死闘を演じていたハクシャクの動きが、止まる。
その背後には……漆黒に染まった空気の壁。
「【転移】、か!」
「その、通りです!!」
ユナはハクシャクが固定した空気を、ハクシャクの背後に【転移】させたのだ。
壊せない、貫けない、動かせない……けれどユナの【チカラ】ならば移動させることが可能。
隙を見せたハクシャクに、ユナは肉迫する。
逆手に構えた王剣ダーインスレイヴを振るう。
「護身王拳・奈落昇!」
選んだのは、先ほどと同じ技。
低い姿勢から、回転を加えてユナは跳ね上がり……拳ではなく、王剣でハクシャクを切りつけた!
「ぐっ、く……!?」
下方向から斜めに切り上げられたハクシャク。
その傷口は血の一滴も流れておらず、流れ出るはずだった血の全てが王剣によって吸収されている。
傷口を抑えるハクシャクを、ユナは王剣を掴む左手で指差した。
「何度だって言いますよ、ハクシャク。あなただけは……わたしがどーんと、倒します。
どんな【チカラ】を手に入れようと、絶対に、です!」
「フハ、ハ、なんとも逞しいことですな。
ですが、残念。貴女はここで―――」
「悪い! 待たせた!」
ハクシャクの言葉の途中。
ズン、という落下音と共に白い炎がユナの背後で煌めく。
ユナは背中でその炎の温かみを感じ、笑顔で振り返った。
「今、いいところだったのに……カイルさん、空気を読んでくださいよ」
「……別に。決着つけたいんなら待つぞ?」
そこにいたのは、カイル。
折角ユナに指示を完遂したことを伝えに来たのに、空気を読めと言われて若干不貞腐れているカイルだ。
一方のユナは、カイルがここに戻って来たことで、指示の完遂を悟っていた。
故にユナは、
「いえ、構いません。決着は……いずれどーんと着けます」
首を横に振る。そして、その直後のこと。
「っ、しまっ!」
ユナとカイルは忽然と、姿を消した。
二人のいた場所に残っていたのは、拡張されたブレスレットの片割れ。
【転移】の……使用痕だ。
その輪の内側には黒面が暫く残っていたが、それもすぐに消える。
ブレスレットごと、持ち主のところへ跳んだことで。
「おのれ……っ!
この私から、逃げられると思わぬことだ……っ!!
ルミナス姫ぇ!!」
ハクシャクは漆黒の翼を広げ、飛び立つ。
すぐ近く……この場の唯一の戦場に【転移】したユナと、カイルを追う。
その形相は筆舌に尽くし難く、あえて語るとするなら、邪悪という言葉をその顔面に貼り付けたようだった。
――――――――――――――――――――
「皆さん! 陣形をもっと密に! 相手を倒さなくて構いません!
ユリシアが来るまで耐え抜けば、私たちの勝ちで――」
「お父さん!」
「っ、ユリシ、ア……!?」
ジュリアスが転移して来たユナを見て、狼狽える。
それも、当然だろう。
全てを悟ったフェルルはともかくとして、彼はユナのことをユリシアだと信じて疑っていなかったのだから。
ルミナス、ユリシア、二人の特徴が混ざったユナの姿は、彼にとって衝撃的過ぎた。
「説明は……後で必ずします!
今はここからどーんと逃げる方が先です!!
状況はどうなっていますか! お父さん!」
ユナとカイルがハクシャクの元からジュリアスたちの下に【転移】してきたのは、絶好のタイミングだったと言えるだろう。
ジュリアスがゴンさんとフェルルを引き連れて、クルミたちに合流。
ジュリアスの指揮で、飛べない種族は地面で、吸血鬼族を中心とした飛行可能な種族は空中で、円柱の形をとってまとまっている。
そして、その陣形がある程度安定してきたところに、ユナとカイルは【転移】してきたのだ。
ジュリアスは一瞬の逡巡の後、ユナに対しそのことを一言で伝える。
「全員揃っています! やってください!」
「はい! 分かりました!」
ユナはすぐさま陣形の中心に入り、魔法を練り始める。
ユナが今やろうとしているのは、かつてのユリシアができなかった多人数の長距離転移だ。
あの頃とは比べものにならない魔力を以って、ユナは【転移】の準備をする。
ブレスレットを、円柱陣形の一番天辺に飛ばす。
そのブレスレットを、全員が一斉に通過できるほどまで、拡張。
もう片方のブレスレットを、遠く……遠く……遠く……ユナの跳ばせる限界にまで、飛ばす。
そして、拡張。
後は、その二つを繋ぐだけ――!
「逃がさんぞぉおおおおオオォおおおおおおォォオオオオ尾お汚ぉォォオオオオ!!!!
ルミナス姫ぇぇええええええ!!!」
上空から人の不快感を煽り、吐き気さえ催すような悍ましい声が降ってくる。
ハクシャクだ。
邪悪な形相を浮かべ、彼は両手の間に闇の魔法を具現化させていた。
醜悪で、目を背けたくなる闇の魔法。
ユナの深く澄んだような美しい漆黒と比べるのもおこがましい、混沌とした闇。
ハクシャクの過大に過大を重ねた途方もなく強大な魔力を込めた……魔法!
「な、なんなんアレ!
おかしいおかしいおかしい!!
ジュリアスはん! どうにかならへんの!?」
「っ、全員! すぐさま防御の態勢を!
なんとかして……数秒でもいい!
【転移】の時間を稼ぐのです!」
「無茶な!? コンな人数であんなんに対抗できるわけ――」
ユナを助けに来た人数は、およそ百人。
それを指して、こんな人数……そう呼ぶほどにハクシャクの魔法は強大すぎた。
全員が半ばヤケクソになりながら魔法を展開する中……
「カイルさん!!」
陣形の中心で、ユナが叫ぶ。カイルの名前を呼ぶ。
それは絶望に満ちた叫びではなく、確かな信頼の声で。
「任せろ、ユナ!!」
カイルはその声に、応えた。
大きく翼を広げ、転移圏内の最前線……ハクシャクの放とうとする魔法の射線上に、立つ!
「ま、任せろ!? あんなんどないするって言うんよ!?」
陣形の中からクルミが慌てた声を上げる。
しかし、状況は待ってはくれない。
カイルはその声に構うことなく、魔法を練る。
「限界の限界の限界まで……やってやる……っ!!!」
カイルが選択した技は、ビックバン。
自発的にこの姿になって初めての……全力の、限界まで魔力を使ったカイル最大の攻撃魔法!
圧縮、凝縮、収縮……。
火が、炎となり、火炎となり……!
「あっつ……!?
な、なんなん……この、暑さ……!」
火炎が……球体に。
燃えることなく、ただ熱を内包した球体に。
それは一種の擬似太陽。
赤く輝くカイルの魔法は、周囲の温度を著しく上昇させる程の密度を誇る!
圧縮率は、今までで最高。
そして大きさは……
「な、なんなんアレ……コンなん……おかしい……っ!
自分……ほんま、なんなん……っ!?」
実験場を……半径十キロを吹き飛ばしたものと……同じ!
「私の食事の邪魔をする劣等種ども!! 光栄に思うがいい!! この王たる私が跡形も無く消してやる!!!!
そして、最後に残った姫の血を……一滴残らず吸い尽くしてくれる!!!!」
「そんなことにはさせねぇ! 俺はもう、負けねぇって決めたんだ!!
もう俺の前で、誰の犠牲も出してたまるかぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
漆黒の大地の上に、朱色の不死鳥。
灰色の雲を背後に、暗黒の吸血鬼。
この場の視線を一身に集める二人。
気合の篭った叫びが雷鳴のように轟き……
闇と、太陽。
二つの常軌を逸した魔法が同時に放たれた!
「王の支配!!!」
「ビックバン・カノン!!!」
黒と赤の強烈な閃光。
目も眩む程の強烈な光が迸った次の瞬間。
鼓膜を直接震わせる、爆音が轟いた。
「ォ汚ォオオ尾オオおぉォおォオオ!!!」
「るぁぁああああああああああああ!!!」
二つの魔法がぶつかった余波は大気を激しく打ち、衝撃波が漆黒の大地を駆け抜ける。
ジュリアスを筆頭とした吸血鬼集団の展開した防御の魔法が、展開した側から破壊されていく。
しかもその衝撃波は一過性のものではない。
ハクシャクが、カイルが……その魔法を止めない限り、それは永続的に続くのだ。
混沌とした闇の奔流。
灼熱の炎の奔流。
その二つは中空で激しく競り合う。
「ユナ!!!!」
カイルが、魔法を放ちながら叫ぶ。
ビックバンを砕いたことでカイルの制御を離れた魔法は容赦無くカイルの腕を焼いていくが、【再生】により、その傷はすぐさま癒える。
それでもカイルは奥底から湧き出てくる衝動に突き動かされるまま、ビックバンに炎を送り続ける。
焼かれ、【再生】してを繰り返すカイルは……
「お前は、独りじゃねぇ!!!」
そう、叫んだ。
「独りになんてさせねぇ!!
これからもう、絶対にだ!!!
俺は誰にも負けねぇし、仲間も誰も殺させねぇ!!!
お前が居ちゃあいけねぇことなんて……絶対にねぇ!!!!!!」
ユナが気負う必要などない。
闇属性だから、吸血鬼だから、ハクシャクに狙われてるからと。
迷惑を、かけるからと。
そんなことを気にする必要などない!
カイルは叫ぶ、その声が届く全てに聞こえるように。
約束を、独りにしないというユナとの約束を改めて宣誓するように。
「お前を独りにするような障害なんて、俺が全部ぶっ飛ばしてやる!!!
だからっ!!!!!!」
カイルは肺いっぱいに息を吸う。
その最後の一声を、轟かせるために。
「帰るぞ!!!!!!!
皆のいる場所に!!!!!!
お前の帰る場所に!!!!!!」
フィルムーア王国から、ハクシャクの手から逃れること、八年。
ユナは常に、孤独だった。
闇属性にかけられた賞金を目当てに人は寄ってきて、平気で裏切っていった。
信頼できると思っていた“許されざる種族”にも、ユナは結局売られそうになった。
何も信用できない。
自分独りで、あの時見捨てた人たちを救う……ハクシャクを打倒し、フィルムーア王国を再建するという使命を果たさなければならないと、思い込んでいた。
それは、とても苦しいことだった。
夜の暗がりや寒さに震えることは何度もあった。
孤独に押しつぶされて、涙した日は数え切れない。
それでもユナは前に進まねばならなかった。
避けられなかった犠牲に報いるために。
親友の思いに応えるために。
どれだけ辛くてもどれだけ苦しくても……ユナは独りで過ごしてきたのだ。
そんな折、出会ったのがカイルだ。
魔境の森と呼ばれていたその地で、ユナとカイルは出会った。
カイルに対するユナの評価は、常識が無くて裏表の無い人物……悪く言えばバカだ。
でも、だからこそ……ユナは信頼できると思った。
何も知らないからこそ、裏切ることもないとそう考えた。
そのユナの選択は正しかった。
最初の街で、カイルはユナのためだけに帝国を敵に回した。
その後も、カイルはユナのことを信じきり、裏切る様子など微塵もなかった。
しばらく経つと……カイルとユナの周りはさらに賑やかになり、ユナの孤独は……いつの間にか無くなっていた。
それが終わりを迎えたのは、ついこの間のことだ。
フィーナが死に、マリンに拒絶され、ユナに再び孤独が訪れた。
もう二度と、この孤独が癒えることはないと思っていた。
何より、ハクシャクの言葉に絶望し、ユナは死ぬ気でいたのだ。
カイルは、そんなユナの前に現れた。
数万の敵に囲まれ、帝国最強の豪傑二人に睨まれた状況で、カイルは叫んだ。
独りにさせない、助けにきた。
あの時、ユナは心底嬉しかったのだ。
自分さえ意図していなかった約束を覚えていてくれて、嬉しかった。
と、同時に恐ろしかった。
そんなカイルを、こんな自分のせいで殺してしまうことが。
しかし、現状はどうだろうか。
カイルは無事だし、ユナの心の病巣になっていた探し人たちもユナを助けに現れた。
今度のカイルの叫びは、すとん、とユナの中に落ちて行った。
皆の場所…….自分の帰る場所。
心地が良くて、孤独を癒してくれる場所。
カイルがいて、ジャックがいて、リュウセイがいて、マリンがいて……フィーナがいた、ユナの居場所。
ユナの、本当の居場所。
そう思えることが、ユナにとってどれほど望んだことだろうか。
八年の孤独の中で、一体どれほど願っただろうか。
太陽と闇が激突し、大爆発の差中のように荒れ狂った漆黒の大地の上で、ユナはその幸せを噛み締めた。
この戦いで、何度も何度も零れた涙が、再びユナの頬を伝う。
その滴は、なんだかほんのり温かくて。
ユナの心をじんわりと暖めた。
そして、
「はい!!!
帰りましょう、カイルさんっ!!!」
ユナは、空間を繋ぎきって、入り口となっているブレスレットを……落とす。
内側の黒面を抜けると、そこにいるはずの人が消えている。
消えて、どこかに転移して行く。
「させん、させん、させんっ!!!
初代の血は私のものだ!!!!
私こそが、王に相応しい!!!!!」
精神が安定したはずのハクシャクは狂ったように叫び、魔法の出力を上げていく。
周りの有象無象など、どうでもいいというように。
ユナの血さえあれはそれでいいと言うように。
他の全てを飲み込まんとしてさらに闇を放つ。
「う、だぁぁぁぁあああ!!!!
負け、ねぇ!! 負けて、たまるかぁあああああ!!」
カイルは押されながらも、ハクシャクの闇の奔流を炎の奔流で抑える。
歯を食いしばって、手を焼かれながらも、必死に魔法を打つ。
負けるなと言うフィーナの遺言を、その遺志を……カイルは遵守する。
そうして生まれた数瞬で、ユナのブレスレットは……完全に地に落ちた。
彼らがいた空間だけ人の存在がなく、帝国兵が蠢く“悪夢を見る場所”で、ぽっかりと穴が空いたようになっていた。
カイルたちは全員……生きて帰ることができた。
誰の犠牲も出さぬまま、誰もが望んだ結末に……カイルは、ユナは……辿り着けたのだ。
やっと………やっと、ユナは自分の居場所に巡り合うことができたのだ。
誰もいなくなってしまったその空白を、ハクシャクの闇が蹂躙する。
行き場を失った闇は漆黒の大地の上をいつまでも這いずっていた。