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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第九十九話ーカイル、たらい回し

 




 クルミは戦場を駆ける。狐の獣人族(ビースト)である父と、純血の吸血鬼族(ヴァンパイア)である母を両親に持つ彼女は、戦場において唯一無二の働きを見せていた。


 八年前の悪夢のような事件から、彼女はジュリアスに志願し、武を学び、鍛錬に励んだ。その成果を、あらん限りに発揮させる。



「しっかりしぃや! コンなとこで死んだら洒落にもならへんよ!」


「す、すまん! 助かった!」



 彼女は、ただ戦場を駆け回る。武器は何もない。風属性の指輪の魔具だけを身につけて、彼女は駆ける。


 戦場に舞う、一陣の風。


 人と人の間に生まれた僅かな隙間を……足元を、獣のようにクルミは駆ける。


 四足歩行。それがクルミの移動スタイルだ。


 本物の狐のように力強く、四足が地面を打ち、普通の人間では為し得ない速度で人間ひしめく戦場を縫うように駆ける。


 その彼女の目が、ある光景を捉える。

ユナを救いに来た仲間の吸血鬼族(ヴァンパイア)の男……その背後で剣を振りかぶった帝国兵。

彼は目の前の敵に集中していて、背後からの攻撃に気付いた様子は無い。



「……もうっ、コンのトンチキ! ほんまにしっかりしぃや!」



 クルミは岩盤のように硬く黒い地面を踏みしめ、帝国兵に接近する。視界に映る光景が目標を中心に据えて流れていく。戦場の景色が……流れて……



「っ、ちょっ!?」



 流れていく光景の中、クルミは別の場所で、似たような状況を目にする。この距離では……片方しか間に合わない。そう、クルミ以外の人間なら。



(コン)木枯(こが)らし!」



 クルミは、魔法の扱い、魔力の扱いにとても長けている。獣人族(ビースト)かけることの吸血鬼族(ヴァンパイア)の知覚能力で、空間を……大気の風を正確に把握し、支配することに長けているのだ。


 しかし、クルミの魔法が発動したにも関わらず……帝国兵たちが二人の仲間の背に向かってその手を振り下ろした。



「……?」



 感情の見えない帝国兵が狐につままれたかのような表情を見せる。

それもそのはず、彼らは確かに剣を振り切った。

しかし、彼らのその手には剣が握られておらず、文字通りの意味で“空振り”したのだ。


 原因はもちろん、クルミ。彼女は圧縮した空気の塊を剣の(つか)の部分に置き、二人の帝国兵が剣を振り下ろすのに合わせてそれを爆発させたのだ。結果、二人の帝国兵の剣は振りかぶった頂点の位置で見事にすっぽ抜け、今に至る。



「助かった!」


「うおっ、あっぶね!」


「ちゃんと周りくらい注意しぃ!」



 クルミはこうして、この戦場の仲間全員の背中を守っていた。

高速で戦場を駆け回り、一人でも多くの仲間を救う。



――もう二度と、知り合いが死ぬんは見たくない。ウチの手が届く範囲は、全部守って見せる!



 これこそが、クルミの身につけた戦闘技術。クルミの抱く、信念。



――倒さんくたってええ、何やったって、生き残ったもん勝ちや。



 だが、その信念は現実の前に押し潰されかけていた。相手がいくら雑兵とは言え、数の面では圧倒的に不利。それに、敵はジャンヌによって生き返らされた死人。死への恐怖などあるはずもなく、致命傷を負っても起き上がってくるという厄介さ。


 今のところ、こちら側に死者は出ていないが、このままでは……。


 と、嫌な思考が頭を(よぎ)りつつあるクルミが新たに三人の仲間の命を救った時、



「……っ!?」



 とてつもない魔力の波動を感じた。ジュリアスでも、ユナのものでもない。かと言って、ジャンヌやハクシャクのような魔力という感じでもない。


 その魔力は……太陽のような感じがした。


 戦場を駆け回るクルミの目の端に、魔力の根源が写った。

それは、鳥人族(ハーピー)のようにも見えた。

だが、違う。

彼らはあんな風に背中から翼を生やしたりしない。

あんな立派な……朱金の尾羽など生えていない。


 白炎を纏ったその人物は……



「悪りぃな。クリスタルは今切らしてんだ……」



 腕を大きく引き、その拳先を帝国兵の集団に向ける。そして、拳と帝国兵の間に、炎の魔法を具現化させる。


 超圧縮された炎の魔法。それは、クルミが何十人集まったところで到底生みだせないほどの高密度の魔法。

米粒ほどの大きさの凶悪な炎の魔法を、あっさりと具現化させたその男は、獲物を前にした鷹のような凶暴な笑みを浮かべた。



「加減は全然効かねーから……上手く躱してくれよな!!」


「なぁっ、ちょっ!?」



 待ちぃ、と言う間も無く、その男(カイル)は拳を振り抜いた。



「ビックバン・カノン!」





――――――――――――――――――――





 クリスタルバレットとは、カイルの持つ数少ない遠距離攻撃用の技である。

クリスタルの原石が魔力を魔法に変換するーーその処理が追いつかないほどの魔力を一気に込め、原石を殴り砕くことによって魔法に指向性を持たせる単純な技。


 砕かれる寸前のクリスタルは、言わば魔法の塊。

ならば、クリスタルの代わりに魔法を殴って、撃ちだせないはずがない。


 カイルはビックバンを撃ち抜いた。

クリスタルの原石とは比べものにならないほどのエネルギーを内包した魔法を撃ち抜いたのだ。


 サイズこそ、帝国実験場を吹き飛ばしたものに劣るものの……今回のものは、かつてカイルが湖を半分吹き飛ばしたものよりも大きい。


 圧倒的な広域破壊魔法に、指向性が付帯される。


 それは、大地を穿つ神の矢のよう。

天から射られた一筋の熱線。

膨大な熱と、速さ。知覚した瞬間に身体が焼かれ、帝国兵は灰燼と化す。

黒き地面に激突したその矢は、その黒面で軌道を変え、地面を滑るように進む。


 射線上の敵はもちろんのこと、超熱によって膨張した空気が荒れ狂い、直接の被害を受けなかった者たちも、余波によって吹き飛ばされる。


 

 そんな破壊の射出点の真下の位置に、カイルは降り立つ。

全てを覆うように大きい朱色の翼。

神々しく、荘厳な朱金の尾羽。

サラサラとした金髪に、澄んだ緑眼。


 神と人の寵愛を受けたような姿。

不死鳥と人が共存した姿。


 人間と隔絶したその姿に、誰もが思わず息を呑む。

あまりに神秘的で触ることさえ、躊躇して――



「コン……ドアホ!!!」


「痛っ!?」



 着地を見計らっていたクルミがカイルの頭を力の限り、叩く。



「なにすんだよ!?」


「コンのドアホ! ウチらまで消し炭にする気ぃか!?」


「躱してくれよなって言っただろ!?」


「無・理・や! ウチらはアンタらみたいな超人やあらへんの!」



 クルミはカイルの首を締め上げる。

額に怒りの筋を浮かべた彼女は、射線上にいた唯一の人物だった。

しっかり躱しておいてこの仕打ち……カイルも報われないものである。



「く、苦し……」


「ウチは苦しむ間もなく逝ってまうトコやったんよ!」



 クルミはカイルの首から手を離し、乱雑に地面に放り投げる。



「で、自分は確かバカイルとか呼ばれてた人やんな?」


「誰……だよ、そんな……教えたの」



 半眼で睨んでくる狐の吸血鬼少女の雑言に、カイルは苦しそうにえづきながら弱々しくツッコむ。



「とりあえず、自分は助太刀に来たんやんな?

それやったらさっきのバカみたいな魔法で……」


「いや、俺はユナから頼まれたことをしにきただけだ」


「ユナ……あぁ、お(ねぇ)のことやね」



 クルミは慣れないユナという呼び方に、一瞬誰のことを話しているのか分からなかった。

が、一応ユナという名前を名乗っていることはジュリアスから聞いていたので理解は追いついた。



「で、お(ねぇ)の頼みってなんなん?」


「全員を、一箇所に固めてくれだってよ?」


「はぁ?」



 クルミは訳が分からないという顔をする。

この戦場で、味方を一箇所に固めることに意義を見出せるはずもない。

そんなクルミを、カイルは鼻で笑ってやる。



「うわー、そんなことも分かんねぇの、って顔で笑われるん、凄い腹立つわー。

自分が一番理解してへんコンちくしょうのクセに」


「理解はしてねぇ、でも信頼はしてんだよ。

あいつが言ったんことだ、何の意味もない行為に見えても……絶対最終的に正しいんだよ!」



 カイルは飛び上がって、戦場を見渡す。

射線上にいた帝国兵はカイルのビックバン・カノンで消滅させたけれど……依然として、帝国兵、そして操られた民間人の数は多く、状況は混戦を極めていた。



「で、バカイルはんは、何をするつもりなん?」



 クルミも、吸血鬼としての翼を羽ばたかせ、カイルの横に並ぶ。

定着してしまったバカイル呼びに、カイルは半ば諦めたようなため息を吐いた。



「その呼び方は止めろよ。

……まぁ、一箇所に纏まってりゃいいんだから……さ」



 カイルの両腕に嵌ったフェルプスが、赤い輝きを放つ。

そして、カイルは……再び小さなビックバンを具現化させようとしていた。

炎の魔法を具現化し、カイルはそれを圧縮していく。

不死鳥の姿に変化して、上がったのは身体能力だけではない。

魔力総量も、格段に上がっているのだ。


 今のカイルにとって、この大きさのビックバンを作ることは難しいことではない。

しかし、クルミは思う。

これをもう一度撃って、一体何を……



「ビックバン・カノンを撃ちまくって、危険を感じたお前らが一箇所に集まっていくっていう――」


「ドアホ!!」


「ぶっ!」



 クルミの全力の拳が、瞬速でカイルの顔面にめり込む。

作りかけのビックバンは、爆発せずに儚く空に消えていった。



「あんなモン撃ちまくったら100%間違いなく死人が出るわ!

自分の炎でウチらを囲うように壁を作るとか、そんくらいのことできへんの!?」


「問題ねぇよ。コントロールには自信がある。

あと炎の壁なぁ……俺は魔力コントロールが下手だから、無理だな」


「なおさら人が死ぬわ! 自分の発言見返しぃ!」


「ぐはぁっ!?」



 肘鉄、鳩尾。カイルは理不尽さを感じていた。



「じ、じゃあどうしろっつーんだよ……」


「……しゃーない。ウチが皆に伝えるわ。固まって、円状になって戦って、って。自分はジュリアスはんの助太刀にいっとき。

あ、あとウチのおとんと、フェルルはんも連れて来てな。それが全部終わったらお(ねぇ)に報告するんやで?」


「ごめん、分かりやすく三行で指示をまとめてくれ。理解が追いつかねぇから」


「……コンのバカイル……」


「おい」



 しかし、バカであることは自覚しているので、こちらを未確認生命体を見るかのような目付きで見てくるクルミに、カイルは強く言い返せない。



「ジュリアスはん、助太刀してきて。

他はウチがやったるから……」



 クルミは深い深いため息と共に、カイルに指示を告げる。心なしか、彼女の目の下にクマが見えるような気もする。



「お前……なんか疲れてね?」


「誰のせいや思てんの!」


「ぐふっ!?」



 こめかみにソバットを受け、やっぱり理不尽だ、とカイルは思いつつ、ジュリアスとジャンヌの方に身体を向ける。



「もののついでだ、途中の帝国兵も始末しといてやるよ」



 カイルは手足のフェルプスから炎を放つ。

その炎はカイルの全身を覆い、大気を燃やす。



「あっつ……どんな魔力密度なん……コレ……」


「じゃ、行ってくるぜ」



 空中で腰を落とし、カイルはロケットスタートの準備をする。

ぐぐぐ、と力を溜め、一気に――



「フレア・ヒート!!」



 翔ける!

カイル自身が弾丸と化し、低空飛行で進行方向上の帝国兵をなぎ払って進む。



「ほんま……おかしい……」



 その光景を口元を引きつらせて見るクルミ。

しかし、彼女にも彼女の役目がある。

幼い頃、親しい友達がいなかった自分を、他のハーフの子と引き合わせてくれたり、一緒に遊んでくれたりした大好きなお(ねぇ)からの頼みが。



「流石に、王女様と一緒に遊ぶんは気まずかったけどな……」



 そんな思い出を思い出しつつ、彼女は地上に降り立つ。



「ウチはウチの……できることを!」



 彼女は再び戦場を駆け回り、そして知らせる。

ユナの頼み……一箇所に集まっておいてくれという頼みを伝えるのだ。





――――――――――――――――――――





「中々粘るものよのう、吸血鬼族(ヴァンパイア)


「いえいえ、それはこちらのっ、台詞ですよ!」



 四織魔法(マギ・クアトロン)

それは確かに変異(パンドラ)と呼ばれる第三部隊長ヴァジュラをも上回る超高等技術だ。

しかし、ジュリアスのそれにはある問題があった。



「掛け合わせる魔力の絶対量が……少なすぎるのう」



 ジュリアス自身は二属性保有者(デュアル)

残りの二属性は、同じ二属性保有者(デュアル)の妻、フェルルからの吸血で賄っている。

その吸血が問題なのだ。

ジュリアス自身は戦闘畑出身の人物であるため、魔力はそれなりに有している。


 しかし、フェルルは別だ。

彼女は戦闘とは無縁の世界で暮らしていた人間。

二属性保有者(デュアル)と言えど、そう魔力があるわけではない。

吸血で得られる魔力も……たかが知れている。



「それでも、ここまで妾相手に善戦したことは褒めてやろうぞ」


「善戦? 何を言っているのか分かりませんね。

上から目線も大概にしてください!」



 ジュリアスは四織魔法(マギ・クアトロン)をジャンヌに向かって放つ。

四属性の魔法が織り合わされ、膨大な力の篭った魔法となる。



「深淵の亡霊」



 しかし、その攻撃もジャンヌの闇によって防がれる。

亡霊のようにねっとりとした闇。

激しくぶつかり合う、四織と闇。

しかし、最後にはジュリアスの魔法はジャンヌの闇に全て呑み込まれてしまう。



「全く……自分が麒麟児だとか言われていたのがどうでもよくなるくらいの化け物ですね、あなた方は」


「いやいや、貴様はただの人間からは間違いなく逸脱しておるよ。

じゃが、まだ足りぬ。麒麟具合で見ても、トイフェル殿には及びもせぬわ。


 じゃから、妾の新たな手駒として……十二分に活用してやろう」


「おやおや、もう勝った気でいるのですか? 随分と自信がおありのようで!」



 ジュリアスは懐から出した小瓶の血を飲み干し、再び四織魔法(マギ・クアトロン)を紡ごうとする。

だが、



「遅いのう」


「っく!」



 ジャンヌが急迫し、鉄扇よりも強い硬度を誇る魔具の扇でジュリアスを打つ。

ジュリアスはその扇を背後に飛んで躱すことで事なきをえるも、魔法を織る作業は中断され、編みかけの魔法は宙に消える。



「亡国の誘手」



 追撃。ジャンヌの闇が、歪な人間の手を象る。

幾つも幾つも……地獄へと人を引きずりこむように、闇の手が縋るようにジュリアスに迫る。



合成魔法(マグヌスマジック)・輝晶の陣!」



 ジュリアスは後退しながらも咄嗟に自身の二属性による合成魔法(マグヌス・マジック)を発動させる。

だが、



「っ、やはり……っ」



 ジュリアスの合成魔法(マグヌスマジック)は、ジャンヌの単一の闇の魔法に勝つことができない。

四織魔法(マギ・クアトロン)でようやく五分にまで持っていけるかどうか、なのだ。



「たかだか二属性の合成で……妾の闇を止められるとでも思うたか!」



 布を引き裂くように、ジャンヌの闇の手はジュリアスの輝晶(ダイア)の結界を破る。

這いずる闇。生者を巻き込もうと蠢く亡霊の手。

ジュリアスはその一撃を受けることを覚悟し、両腕を交差して――



「フレア・ライオット!」



 ジュリアスの眼前が、白炎によって埋め尽くされた。





――――――――――――――――――――




 ジュリアスの眼前に、盾のように広がる白炎。

白炎は闇の手によって侵食されていくが、次から次へ泉のように湧き出て、燃え上がり、その手を押し返す。



「……貴様、ハクシャクと戦っておったはずでは……」


「あいつはユナに任せた。俺はこのおっさんを助太刀して、あいつらのところに、ぃ―――っ!?」



 首筋に感じる硬質な感触。そして快感。

突然のことにカイルの声が裏返る。

何が起こったか、それは単純だ。

ジュリアスがカイルの血を吸った。吸血したのだ。

一瞬で必要量を吸い取ったジュリアスは、素早くカイルの首から牙を離す。



「すいません、事後承諾ですが……少々貴方の魔力……いただきます」


「今日の俺……何か吸われてばっかりだな……」



 ハクシャク、ユナ、ジュリアスと、カイルはここ数分の内に三度も吸血された。

それでも尽きない魔力は流石、と言うべきだろう。

【再生】で体調を元に戻したカイルは、吸血後にも関わらず、足取り確かに立ち上がる。


 

「カイル君、貴方が何故ここに来たのかは予想がつきます。大方、私を呼びに来たのでしょう?」


「おっさん頭いいな」



 ジュリアスはカイルがここに来た理由をあっさりと看破し、話を続ける。



「その為にはあそこに立ちはだかっているジャンヌが邪魔なのは理解出来ますね?」


「おう」



 ジュリアスはカイルにも分かるように三行以内で説明を始める。それはしっかりと効力を発揮し、カイルは理解を示した。



「三十秒、時間を稼いでください。あの女を無力化させる魔法を練りますので」


「うっし、分かった。俺に任せろ!」



 三十秒。


 戦闘においてその空白時間を作出することは、敵が強ければ強いほど難題だ。

しかし、例えば二人で敵に挑むとして。


 その三十秒は容易く生み出され、決定的な勝利への時間を生む。



「うおおぉおおおっりぁぁあああ!!!」


「亡国の誘手!」



 ジャンヌの生み出す闇の手の大群。空間を占める黒、その濃密な漆黒の魔法が、カイルに群がっていく。



「フレア・ドライヴ!!」



 カイルは全身に赤い炎を纏い、地面を強く蹴る。

空中にその身を投げ出したカイルは、そのまま前転。

前転、横転……乱回転。


 荒ぶる炎の球と化したカイルは闇の手を弾きながら、ジャンヌに迫る。



「っく!」



 戦いの相性で言うなら、ハクシャクとカイルは最悪だった。

力の総量で見れば互角だが、カイルではハクシャクに勝つことはできないだろう。


 しかし、ことジャンヌと相対する場合においては……そうはいかない。力の総量は互角……だが、カイルはジャンヌの闇をもろともせずに突き進んでいる。これは、彼女の戦闘方法に由来している。


 ジャンヌは本来、一対多の殲滅戦が得意なタイプだ。

その【魂】を操る力を使い、死者を蘇らせ、手駒をねずみ算式に生産しながら戦う。

カイルたちの故郷、浮遊島でそうしたように。


 だが一対一や、相手と圧倒的な格差が存在しない集団戦において、彼女は弱い。

浮遊島でシュウ、リュウセイ、カイルとの戦闘を避けたのもその為だ。



「深淵の亡霊……っ」


「ず、りゃああああ!!!」



 カイルのフレア・ドライヴをジャンヌは真っ正面から受け止める。

四職魔法(マギ・クアトロン)を受け止めてきた彼女の闇の防御。

カイルの魔法を受け止めてはいるが、その優劣は……



「っ、くどい!」


「うおっ!?」



 カイルに軍配が上がった。

しかし、ジャンヌも破られることは分かっていたので、カイルの突進線上から身体をそらし、扇を使ってカイルを捌いた。



「三十秒、経ちましたよ。

お疲れ様です、カイル君」



 捌いたことで、気を緩めていたジャンヌの背後から、声。

突進して、拮抗して、躱した。

文字にすれば、たったそれだけの行為だが、それだけが……ジュリアスに十分な時間を与えたのだ。



「っ、貴様が今更何をしたところで……っ」


「元々の魔力が少なければ、どうということはない……そう、いいたいのでしょう?」



 ジュリアスは不敵に笑う。

両腕のバックルと、片方(・・)の腕輪が……眩いほどの光を放つ!



「三属性じゃと!?」


「カイル君の魔力は豊富ですから。

フェルルとの四属性より、こちらの方が強力ですよ」



 赤と、茶と、緑と。

火と地と風の魔法が……合わさった魔法。

ジュリアスの全魔力を使った魔法が、用意されていた。

それは……ヴァジュラの使う魔法となんら変わりなく、ジャンヌを襲う。



三位合成魔法(トリニティレイド)・謀者の獄」



 カイルの火属性が多く配合された三位合成魔法(トリニティレイド)

それは、檻の形をしていた。

炎の檻、その炎を取り巻くように舞う風と輝晶(ダイア)


 ジャンヌは、その檻の中にまんまと閉じ込められた。



「貴女ではその檻は壊せません。我々の、勝ちです」



 ジュリアスは檻の中で憎々しげにこちらを睨むジャンヌに対し、勝ち誇った笑みを向けてやる。



「ふん、これで終わりだと思うでないぞ……!

どんな過程が生じようと、この世界の“終焉”の形が変わるわけではないのじゃ……!」



 ジャンヌは檻の中に闇で椅子を生成し、腰掛ける。

瞠目し、彼女は何も語ろうとしない。

意味深な台詞だけを吐き捨て、彼女は黙し続けた。



「やれやれ、面倒な人ですね」


「おい、おっさん! 終わった、のか?」



 カイルが椅子に腰掛けたまま動かないジャンヌを見て、疑問符混じりにそう言った。



「ええ、とりあえずは。

さて、私は皆さんと合流し、指揮を取って来ます。


 カイル君はユリシアに準備が整ったと伝えて来てください」


「分かったぜ、おっさん!」


「それから、私の名前はジュリアスです。

以後、そのように呼んでください」


「分かったぜ、ジュリアス!」



 カイルはユナの父親を呼び捨てにして、ユナの元へ飛ぶ。

この戦いの結末を迎える為に。

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