第一話―始まりの出逢い
――ハァッ……ハァッ……!
まだ追ってくる……ほんっとにしつこいですね!
樹齢五百年はゆうに越えるだろう大木が立ち並び、それらのほとんどが苔で覆われ薄い緑色をしている樹海。
太陽の光は木々の木の葉に遮られ、薄暗くなったその樹海の中を一人の少女が駆け抜けていく。
腰まで伸ばした吸い込まれるような黒い髪。髪と同じ色の大きな黒瞳に透けるような白い肌。
鼻、眉、瞳、顔の全てのパーツがバランスよく配置され、その顔は工芸品のような完成された美である。
百六十センチ程の小柄でスラッと細い身体は年相応の成長は遂げていない。
具体的にどの部位が、とは言及しないが。
見た目はどこからどうみても美人だが、色気に欠ける。そんな少女だった。
身にまとう服は、肩が出る仕様になっているワンピース。
少し色褪せた白の民族的な刺繍を施されていて、丈はくるぶしのあたりまで。
裸足に布製の靴を履き、右手には漆黒のブレスレットが二つ。首からは血のように赤い宝石のペンダントを下げている。
「待ちやがれ小娘!! テメェ、俺らに帝国軍に喧嘩売っといてタダで済むと思うなよォ!!」
全身を黒い鎧で包み、剣を片手に、正規の軍とは思えぬ文句で少女を追いかける二人の男達。
その様子は、騎士のような鎧さえなければ紛うことなき盗賊の類。そんな盗賊じみた軍の兵から少女は必死に逃げ、森を駆ける。
ここはグラエキア大陸。
帝国による世界統一が成し遂げられた世界。
いや……その表現は誤りだ。帝国によって統一されたのではない。
現国王--名を知られぬ絶対強者"帝王"。
ただ一人によってこの大陸は……無理矢理に、力任せに、暴力的に統一させられたのだ。
つまり“帝国軍”などと謳っているがそんなものは形だけ。組織としては存在するが、およそ正規の軍に定義されるような活動は行なっていない。
卑劣にして悪辣。残虐にして非道。それが帝国軍と呼ばれる組織であった。
「ハァッ……ハァッ……わたしはあなた方に喧嘩を売った覚えはないって! 何回言えば分かるんですかぁ!」
少女は足を止めずに、自分を追ってくる男たちに少しだけ首を向けて弁明する。そんな言葉には意味がないことくらい、この国にいる人の誰もが知っているというのに。それでも少女は万に一つの可能性を信じて問いかけたのだ。
「フザけてんじゃねぇ!!!」
「俺ら帝国軍様にぶつかっといてごめんなさいで済むと思ってんのかァっ!!!」
実はこの少女がこうやって追いかけられているのには理由がある。いつもの様に一人で街道を歩いていた少女の前に、この二人の帝国兵がぶつかってきた。
これはそうして因縁をふっかけて金を巻き上げ、巻き上げる対象が女で上等だった場合、そのまま楽しむという帝国兵の極々一般的な絡みである。
少女はそれに運悪く引っ掛かってしまったのだ。
謝罪は当然の如く無視され、逃走--今に至る。
上手く撒ければ、という初期の少女の希望的観測はあくまでも希望的観測に過ぎなかった。
――どうしましょう……もうそろそろ大丈夫ですかね?
……ここまで入ってきたら誰も見てないですよね?
ここは街道からかなり離れた位置。人目は無い。一般的な少女の見地に立てば絶望としか言いようが無い状況で、少女は右手を左のブレスレットに乗せ、振り向いた。
……これはタイミングが悪かったと言うべきか。
いや、ただの不注意だろう。明らかに格下の相手に油断したのだ。
少女の進行方向には、ぼこりと地面に露出している木の根。地面に注意を向けていなかった少女は当然、それに引っ掛かる。
「きゃっ!」
可愛らしい掛け声と共に盛大に転んでしまう少女。
幸い、地面は苔むしていたため、怪我は無い。が、足は止まってしまった。
盗賊……もとい帝国兵が少女に追い付く。
「へっへっへ……もう逃げらんねえぜ」
「泣いて謝ったら許してやってもいいんだぜェ? お嬢ちゃあん?」
転んだまま立ち上がらない少女を見下ろし、全身をなめ回すような下卑た目線で話しかける盗賊のような男たち。
そんな視線を向けられた少女は思わず両手で自らを抱き抱える。見てくれは鎧で分からないが、くぐもった声に欲望を隠そうともしない目線。少女の行動はもはや反射行動に近い。
しかし、その行動は彼らの劣情を煽るばかり。
「おいおいおィ〜〜、さっさと謝れよ……!!
俺らにぶつかってすいませんってなぁ!」
そう言って尻をついた少女に襲いかかろうとする盗賊。
――最初に謝りましたよぉっ!!
少女は冷静に心のなかでツッこみ、身を守るべく腕で顔を覆う。
……が、いつになっても少女に魔の手が襲ってこない。
そろそろ……とゆっくり腕を退けると、そこには盗賊の腕を悠々と受け止める少年の姿があった。
短く無造作にされ、所々ハネている濃いブロンドの髪。澄んだ緑のつり目。
盗賊を睨み付けているその姿は中々の迫力である。キリッとした顔付きは精悍で頼もしい。
身体はそれほど大きくなく百七十センチ程で、必要以上の筋肉はついていないように見える。
薄緑のつなぎを着こなし、裸足で気後れすることなく、少年は盗賊の前に立つ。
「っ!? なっ、ァんだテメェ! どっから沸いて出た!」
三流の怒声に対し、すました顔で少年は答える。
「どっからって言われても……普通に家から。俺からしたら、あんたらの方がどっから湧いて出たって感じなんだけどな」
少年が首を向けた方向を見ると、そこには小屋があった。
平凡。ザ・小屋。
意識しなければ気が付かないほど、その小屋は風景に溶け込んでいた。少年は家で過ごしていたところ、喧騒を聞きつけて駆けつけた、という次第のようだ。と、少女と帝国兵が把握したところで、少年は捕らえていた拳を離し、質問を投げかける。
「ま、それはどうでもいいや。で? これってどういう状況なワケ?」
「んなもん、言う必要なんざあるかぁ! 邪魔すんじゃねッしょげぶっ!!!」
少年の質問に拳を以て答えようとした盗賊。
大きな声を張り上げて右の拳を少年の顔面に向けて たものの、物の見事にカウンターを受けた。
彼の身体にどこにそんな力があったのか。
盗賊は後方三メートルほど吹っ飛び、木に激突することで止まる。ガシャ、と鎧の音が鳴り、男は動かなくなった。
「て、テメェやりやがったな!!」
「先に手ぇー出したのはアイツなんだけどなー」
仲間をやられたことで怒りをむき出しにして少年を怒鳴る盗賊だが、少年はどこ吹く風。あまり真剣に話を聞いていないようだ。
その様子に帝国兵はますます顔を赤らめ、
「うるせぇ!!」
後ろへ大きく跳躍。少年は男の行動の意味が分からず、不思議に思ってその様子を眺めていると、盗賊は嫌らしい笑みを顔に浮かべた。
盗賊の持つ剣が赤色の光を放つ。
剣全体を覆うような薄い赤色の光。
次の瞬間には、その剣から炎が吹き出していた。
「なっはっはっは! どうだァ? クソガキ!! 僻地暮らしじゃあよォ! 魔法も見たことねぇんじゃねぇのかァ!? 多少は腕に覚えがあっても関係ねェ! 死ね!」
そう言って、盗賊は炎を纏わせた剣を振りかぶる。
「っ!! まずいですっ!!」
――あの人は見たところ魔具を持っていません……。戦闘において魔具を持つ者と持たざる者には大きな差があります……。このままではあの人が殺されてしまいますっ!!
そう考え、慌てて少女が身体を起こそうとしたその時ーー
「別に要らねーよ」
……え?
「助けは要らねー。別に不味くも何とも無いしな」
何を言っているのだろう? 少女がそう思ったその時……
少年の背中が赤色に輝き、背中が盛り上がる。それはまるで蝶が蛹から羽化するよう。蝶と違うのは、少年の体を突き破って何かが生まれたのではなく、少年の身体から何かが生えてきた、というところだ。だが、それはやはり、羽化であった。
少年の背中から生えてきたものが大きく横に広がる。ばさあ、という音を羽ばたかせ、羽毛が周囲に舞う。
……少年の背中から生えてきたのは、翼だった。
その翼は朱色で翼全体が薄い赤の輝きを放ち、幾重にも重なりあうふわっふわな羽毛(少女目線で)で構成されていた。
――もっふもふしたいです……。
少女が無意識の内にそんなことを考えていると、翼から輝きが消え、【形態変化】が終わったことを悟る。
帝国兵はその様子に呆然とし、振り上げた剣はいつのまにか下ろされ、食い入るように翼の生えた少年を見つめていた。
「んで、アンタ。俺が魔法を知らねーって? 樹海暮らしだからって馬鹿にすんなよな。確かに俺は馬鹿だ馬鹿だって言われ続けてたけどなぁ、流石に魔法くらいは知ってんぞ」
少年は不服そうに言いつつ、ポケットから赤色をした透明な結晶を取り出す。
「あっ、あれはっ!?」
--火のクリスタル。でもアレは何の加工もされていない原石。彼は一体どうするつもりなんでしょうか?
そう少女が思考したとき、少年の手のクリスタルが燃え上がった。その炎は少年の拳を包み、パチパチと火の粉があがる。
「嘘だろ……。原石のクリスタルでどうしてあんな炎が出せる……?」
そう呟く盗賊の声は少し震えていた。
「原石……? なんだソレ? まぁいっか。ほら見ろよ。俺だって魔法くらい知ってるし、使えるんだ。見た感じ、お前よりも上手く、な」
「う、うるせぇ! たかがクリスタルの火だ! 【形態変化】したからなんだってんだ! 亜人ごときが俺に逆らうんじゃねェ!」
挑発に乗せられた盗賊が少年のもとへ走り、その首を目掛けて燃える剣で思いっきり突こうとする。
だが、その剣は空を突き、少年の姿は見えなくなった。
慌てて周囲を警戒するものの、どこにも姿が見当たらない。
そんな慌てる盗賊に少年は声を掛けた。
「空だぜ、何のための翼だと思ってんだよ? 俺より馬鹿なんじゃねーの、お前」
盗賊が空を見ると翼を動かし、空を飛ぶ少年の姿があった。その表情はこんな単純な事実に気づかなかった盗賊を明らかに小馬鹿にしたものだった。
「ふっ、ふざけやがって……っ! これでも……食らいやがれっ!!」
盗賊は剣先に炎を貯め、球状に。剣を振り下ろしてその炎球を少年に向けて放つ。
少年は不適な笑みを浮かべたまま炎を放つクリスタルを右手に持ち、そのまま炎に向かって突っ込む。
――バァカめ、俺の魔法に突っ込んでくるとは! あの魔法にはかなりの魔力を込めた!
翼が生えようが原石から炎を出そうが関係ねぇっ!
そのまま焼けちまいなっ!!
少年は迫りくる火炎の球に向けて炎を纏う拳を振り抜き、いとも簡単に火炎の球を爆散させる。
「は?」
殴り抜いた勢いを殺さずに回転。魔法を一蹴されて棒立ちになっていた男に、回し蹴りを叩き込む。
「うげはっ……」
五メートル程吹っ飛ばされた盗賊はその最後の言葉と共に倒れ、意識を失った。
「アンタら程度じゃ、"こんな僻地"でも生活できそうにないな」
そう言うと少年の再び翼が光りだし、分解されるように呆気なく消えていく。
そして何故かとても悲しそうな……物欲しそうな顔をしている少女に少年は声をかける。
「……あんた、大丈夫か?」
その言葉には刺がなく温かいものだった。盗賊を睨み付けていた時の迫力は微塵も残っていない。
少年の言葉に対してハッとした顔をする少女が早口に喋り出す。
「た、助けて下さってどうもありがとうございま
した。 わたしは、えっと…………………ユナ。ユナって言います!!」
一瞬名前を言うのを躊躇うような素振りを見せるユナだったが最後はしっかりと名乗る。少年はそんなユナの素振りに気にすることなく続ける。
「いいっていいって、夕飯前の運動にすらならなかったし!
俺はカイル。よろしくなっ、ユナ!!」
「はいっ、よろしくお願いしますっ!」
弾けるような笑顔で二人は向かい合う。久方ぶりに人と普通な挨拶を交わすことが出来、なんだか少し嬉しくなったユナである。
――――――――――――――――――――
しばらくして。ここはカイルの小屋。先程の盗賊もどきの帝国兵はカイルが翼を生やして空を飛び、街道に捨ててきた。
小屋の中は机一つ、椅子一つ、ベッド一つ。それ以外は何も無い小屋だった。椅子にユナが、ベッドにカイルが腰掛け、初対面にも関わらず楽しそうに談笑していた。
「へぇー、カイルさんってずっと森で暮らしているんですか」
「そうだなー、気が付いたら住んでたって感じだな。人と会うのも久し振りだぜ」
「当然ですっ! ここは森の中なんですよ?
モンスターだっているのに住んでいる方がおかしいんですっ!!」
机をばんばん叩きながら力説するユナ。それに対して頭に?マークを浮かべたカイルが言うその言葉に、ユナは固まった。
「モンスターって何?」
「……」
「そうだ、さっきもアイツが言ってた……くりすたる? けーたいへんか? とかも一体何なんだ?」
――もしかして、この人常識ってものがまるでないんですか……?
あっ……もしかしてずっと森で暮らしてたからそういうのも知らないのかも。
いえ、違います。
わたしは何を考えているんでしょう?
さっきも見たじゃないですか……あのもっふもふした翼を。あれは明らかに人族のものではないです。恐らく彼は〝有翼族〟そして……
〝許されざる種族〟
それしか無いですね。彼の種族がどのような末路を辿ったのかは予想できます。そう考えると不自然な点もなくなります……か。
となると、はぁ。わたしは彼にこの帝国について話さなければならないようです。
首を傾げたカイルを横目にユナは大きくため息をついた。
「そうですね。何から話しましょうか。やっぱりあなた自身のことから話しましょう」
「俺自身のこと?」
「はい、ぶっちゃけて言うとあなたは人族ではありません」
ぶっちゃけすぎである。ここで極一般的な反応を考えてみる。あなたは人族ではありません。疑問系でもなんでもない、断定である。普通の反応なら、たっぷり五秒程、頭の中でその意味を考えて……
「……はい?」
という風に訳が分からないからもう一度聞き直すという形をとるだろう。
「ですからあなたはーー」
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て……え?
それって何? 冗談とか? 人じゃないってーー」
「最後まで話を聞いて下さいっ!!」
「はいっ!!」
ユナの剣幕に頭を抱えてオロオロしていたカイルが姿勢を正す。
「この世界は様々な種族が存在しています。人口の四割を占める人族、獣と人が混ざったような種族をしている獣人族……」
「あっ、そうか!! 人族じゃないってのはそう言うことかっ!!」
ポン、と手を打ち、カイルは分かったような顔をする。
――また話を遮られてしまいました。
けれど、まぁ。理解してくれたのでよしとしま……
「成る程ー、俺は獣人族だったのかー。そうだなっ、よく考えたら只の人間に翼なんか生えないよなっ!!
いやー、そうかそうか、俺は獣人族だったのかー」
全然理解していなかったです。というか勘違いしています。どうやらこの人はバカのようです。
「違います。あなたは獣人族じゃないです。話に割り込まないで下さい。バカなんですか? おバカさんなんですね。人の話は最後まで聞いて下さい。これからわたしの話してる最中に口を挟むのはやめて下さい。話が全部終わったら、翼をもふもふさせて下さい」
「は、はいっ」
よしっ! と、わたしは心の中でガッツポーズです。どさくさに紛れてもふもふする許可を貰いました♪
「ごほんっ……」
わたしはごまかすように咳をしてから話を続けます。
「……他にも様々な種族が存在します。
小人族、巨人族、妖精族……彼らは普段の姿が人族とはかけ離れています。
そしてそのなかには姿形は人族でも特異な【能力】を持つ種族がいます。自分自身の身体をクリスタルに見立て、魔力を流すことによってその【能力】は発動します。
このような【能力】を持つ種族を総称して〝亜人族〟と呼びます。
そしてその【能力】の中でも自らの身体が変化する【能力】のことを【形態変化】と言います。
ここまで言えば分かりますよね?」
――ユナがものっすごいイイ笑顔でこっち見てくるんだけど……まぁ、流石にここまで言われたら誰にだってわかるよなー、確かに俺は森育ちだけど、ここまで言われりゃ俺にだって……!!!
「よーするに、俺は亜人族でも人族でもなくなんか分からんけど特別な能力を持った種族ってことだなっ!!!」
「なんっでそうなるんですかぁっ!!」
ゴカァンっ!!
「いってぇ!!」
ユナが座ってた椅子を投げてきた。顔に直撃してめっちゃ痛ぇ……まさか、ユナがあんなことをするなんて……姉みたいだなぁ。でもなんで俺はこんな暴力を受けてるんだ?
「どうして不思議そうな顔しているんですかっ!? なんでそんな答えが出るんですか!? 一周まわって凄いですカイルさん! でも話が終わらないです!
だからもう喋らないで下さいっ!!」
いつのまにか俺の前に仁王立ちして捲し立てるユナ。鬼気迫るものを感じたから、俺はとりあえず何度も顔を上下させ、喋らない意思を伝えることに成功した。
「あなたは〝亜人族〟の【形態変化】の【能力】を持つ種族です。
そして翼が生えたことから〝有翼族〟と思われます。念のため分かりやすく言うと、あなたは翼を生やす【能力】を持った種族です」
ちゃんと理解して俺は頷く、ユナは満足そうだ。
「次に……この国についてです」
なんだ? ユナの顔が少し曇った気がする。
「この大陸はグラエキア大陸、国名はグラエキア帝国です。今から十一年前、この大陸はたった一人の魔族によって統一されました。魔族……というのも語弊がありますね。だって……魔族は彼一人しかいないのですから」
「は? ちょっと待ってくれよ。そいつはたった一人なのに種族を名乗ってるのか?」
喋ることを禁止されていたけど、どうしても疑問になってしまい、つい口にしてしまった。
が、ユナは特に問題のない質問だったからか、気にせずに話を続ける。
「彼は名乗ってなどいません。その圧倒的すぎる〝力〟に畏怖した者たちがそう呼んだのが定着しただけです。
そう……強すぎたのです。それまでにあったどの国の軍隊も彼一人に滅ぼされ、世界は統一されて今の帝国となったのです」
信じらんねぇ。それが本当ならソイツは確かに別の種族って言われても仕方ねぇな。たった一人で世界統一なんて洒落になんねぇよ。
「そして帝王となった彼が一番初めに作った法律が………〝種族選別〟。
この大陸が出来て以来最大の悪法と呼ばれているものです。〝種族選別〟とは彼に味方しない種族、気にいらない種族を滅ぼす。それだけの法です」
なっ、なんだよソレッ!!? ワケわかんねぇ!
そんなことしてなんになるんだよ!??
その答えは続くユナの言葉によって証明される。
「彼はより強い者を求めています。
自分の手駒となる存在を。自分が最強であるが故に自分の強さでは退屈を紛らわせられないらしいです。この法は彼の退屈しのぎなんです。いえ、この法だけではなく、帝国そのものが……彼のオモチャです」
そう言い切るユナに俺は言葉を繋げなかった。冗談を言ってる風には見えない。だからこの話は全部真実なのだろう。
でもユナはこの話を俺にして何を伝えたいんだ?
「〝種族選別〟に選別されなかった者、抵抗した種族は〝許されざる種族〟と呼ばれ、帝国軍によって滅ぼされます。
ですが今はそう呼ばれる種族はほとんどいません。
法が施行されてから十年以上の時間が流れ、抵抗した種族は……もう、」
滅ぼされました。
――わたしはそう続けることが出来ませんでした。カイルさんは察してくれたようで真剣な表情でわたしを見ています。ここからは現在に通じる大事な話。彼の、カイルさんの種族の話です。気が進みませんけど、このままでも状況は悪化してしまうでしょう。わたしは決心して口を開きます。
「カイルさん……わたしはある程度種族に関する知識を持っています。
ですが〝有翼族〟が選別されたという話は聞いたことがないです」
「じゃあ俺は〝許されざる種族〟ってことになるのか……」
「そう……ですね。ここからはわたしの推論なのですが恐らくカイルさんは記憶の封印術を掛けられています」
「封印術? 俺が?」
「ええ……よくある事なんです。
〝種族選別〟によって滅ぼされる亜人族が種族の有能な子供に封印術をかけ、人族として生活を送らせ、種族を残そうとするのです」
「なんでわざわざ封印なんかするんだ?」
「復讐させないためです。トラウマとも呼べる記憶を封印し、完全に人族に紛れるため……という理由もありますが、一番の理由は復讐の防止になります。生き残った最後の種族が復讐に走ったところで勝機はないですから……」
―― ふーん……そういうことか。ついつい何度も口を挟んだが、ユナが怒らなかったからよしとしよう。
なんかスゲー話を聞いた気がするけど……
「実感……沸かねーよなぁ……」
口に出してみる。どれだけ自分の種族についての話を聞いてみたところで、何も覚えてねーからなー。どうしても他人事みたいに感じるんだよなー。
「実感が沸かないのは仕方ないです。このような話はカイルさんにとって信じがたい話でしょう。
ですが、あなたが〝有翼族〟の〝許されざる種族〟という事実は変わりません。帝国に見つからないようにその【能力】は隠して生活して下さい」
「おう、分かったぜ」
「それから、記憶なんですがもしかしたら戻ってくる可能性があります。
人の記憶の封印は何がキッカケで解けるか分かりませんから、その時は慌てずにーー」
「ちょっと解けてるぞ?」
「そうですか、でしたら慌てず騒がず……はい?」
「いや、さっきユナが椅子をブン投げてきただろ? そんときの衝撃で軽く思い出してた。
つってもそんな深刻なモン思い出した訳じゃないからな。今まで意識もしてなかったけど、記憶の封印って言われてみると確かに俺は今までそんなこと覚えちゃいなかったのに、自然とそれが浮かんできたんだ。
多分、あれが記憶が戻るってことなんだろうなぁ」
――なんてことでしょう。
わたしのせいでちょっと記憶が戻ったようです。
まさかあんなので記憶が戻るなんて……口振りからすると暗い話ではないようなので、罪悪感なんて抱きませんけど。
「それで? 何を思い出したんですか?」
「家族のことだよ。俺の家族にさっきのユナみたいに暴力を振るいまくる姉達がいたんだ」
「そうなんですか……」
少だけ心が傷みます……折角思い出したのにカイルさんの家族はおそらくもうこの世にはいない。
これから記憶が戻ってることになるでしょうけど、戻ったところでその思い出は切ないだけ。
この森から出ない限り、カイルさんは孤独であり続ける。
そう……天涯孤独……わたしのように。
同じ境遇の人だからなのか。彼の強さを求めたからなのかどうかは未来のわたしには知るよしもないけれど、気が付くとわたしの口は動いていました。
「一緒に……来てくれませんか?」
「……へ?」
「わたし、ずっと一人で旅をしてたんです。
特に目的もない、こともない旅ですけど……。
カ、カイルさんもっ……このまま一生を森で暮らすよりは……楽しい………と…思い…ます」
あぁ、わたしは何を言ってるんでしょう……? 今日会ったばかりのカイルさんに一緒に旅をしようなんて……。今、わたしはどんな顔をしてるんでしょう? 恥ずかしくて前も見れないです……。どうして、こんなにカイルさんの返答が恐ろしいのでしょう……。
分かっています。わたしは寂しかったんです。
同じ境遇の人に会えたから……だからこんなことを言ってるんです……。どうしよう……なんでカイルさんはなにも言わないんでしょう?
「いいぜ、一緒に行こう!!」
やっぱりダメですよね。それにしても、一緒に行こう! だなんて、思いきりのいい返事--え???
「い、いいんですか!?」
「え、嫌なの?」
「そ、そんなことないです!!
ただ……断られるかな……と思ってまして」
「よく考えたら、ここにこだわる理由もないし、別にいいかなーって、それにこの機会がなかったら、もうここから出られねーような気がしてさ。
だから付いてくぜ、これからよろしくなユナっ」
「は、はいよろしくお願いしますっ」
本日二度目の挨拶に二人は笑顔で向かい合う。
そしてここから、魔境の森と呼ばれるこの場所から。彼らの帝国を揺るがす旅路が……時代を、世界を変える物語が幕を開けるのである。
初めまして! 今回が初投稿です!
読みづらいとか、ここはこうした方がいいとかここの説明が分かんないっ!!
というのがあれば教えてくださいっ!
誤字脱字も出来たら教えて欲しいです。