表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

時期外れの子供

作者: 葉室 笑

『時期外れの子供』として、私は生まれた。



*******************



「じゃあ、伯母さん、雅也をお願いしますね」

「はいはい、まかせてちょうだい、早苗さん」お祖母ちゃんが、明るく請け合う。

「有り難うございます。いい子にしてるのよ、まぁ くん」

早苗さんはお兄ちゃんの雅也くんにそう言うと、妹の唯菜ゆいなちゃんを抱き上げた。二歳ともなると、さすがに少し重そうだ

「うん。行ってらっしゃい、お母さん。ゆいも」雅也くんが手を振る。


幼い兄妹が手を振り合う様子は、何とも可愛らしい。

二人がまだ幼いからでも、身内の欲目だからでもなく。客観的に見てもこの兄妹は、実に見目が良い。腕のいい人形師が、対で作った人形のようだと、ときどき思う。


「弥生ちゃんも、よろしくね、雅也のこと」

「分かりました。夕方までお預かりしますね」私は、とりあえず早苗さんに、にこやかに頷いておく。


二人を見送った後、お祖母ちゃんは雅也くんに向き直る。

「さてさて、お昼は何が食べたいかね。お祖母ちゃんが支度するから。弥生、雅也くんの相手をしておあげ」

「はぁい、お祖母ちゃん」


雅也くんを預かる時は、いつもお祖母ちゃんが家事をして、私が彼の相手をする。逆でもいいはずなのに、そうはならない。

実はこれは、変則的な『お見合い』のようなものではないかと、ちらっ思ったりする。大学生の私の『お見合い』の相手が、七歳児。

あり得ないと言いたいが、そう言い切れないところが、不気味だ。


「さて、今日は何していようか。雅也くん、勉強道具は持ってきた?」

「うん、ドリル持ってきた。漢字ノートも」

「そっかぁ。じゃあ、まずそれからやっちゃおうか」

私は彼の手を引いて、居間に向かう。



二年前のことだった。早苗さんに泣きながら懇願されたことがある。

『お願いよ、弥生ちゃん。どうか、雅也のお嫁さんになってあげて』


笑い話にしたいところだが、早苗さんはどこまでも、マジだった。

それにはもちろん、事情があるわけだけど。



「雅也くん、飲み物何がいいの? 牛乳? それともジュースにする?」

居間の座布団に座って、ノートを広げ始めたところに、尋ねると。

「うーんと、牛乳?」

首を傾げて、はにかんだように笑う様子も、この年頃だと妙に可愛らしい。



私たちのような存在を、『マレビト』というのだそうだ。

異世界からやってきて、この世界の人々に紛れてひっそりと暮らす、言わばこの世界の異分子だ。

やって来たというのは、私たちの遥か先祖のことで。私たち子孫は、この世界で生まれ育ち、この世界しか知らない。

いつ頃、どんな事情で、何人くらいで来たのかも、今となっては皆目、分からない。


この世界に元からいる、『在来種』の人たちと、姿形も、食べる者も同じ。

だけど、違う。

私たち『マレビト』は、同族同士でしか、子孫を遺せない。

在来種の人たちとの間では、子供は授からないし、そういう意味で体が反応することもない。

周りにどんなに大勢の在来種の人がいても、同族の中で伴侶を見つけられなければ、生涯を一人身で過ごすしかない。

それはとても寂しいことだと、皆には思われている。


だから、同族の人たちは、示し合わせて同じ時期に子供を持つようにしているし。私のようにひょっこり出来てしまった、時期外れの子供は、とても不憫がられる。


私と一番歳の近い同族の男性達とは、上は二十ほども離れていて。私より年回りの合う女性達、父の従姉妹の早苗さんや、その妹の香苗さん達が、生まれながらの許婚者として居たし。

私より下は、十いくつも離れた雅也くんだけ。そして、その相手としては、彼の二つ違いの従姉妹の、まどかちゃんがいた。



「牛乳、ここに置いとくからね」

「うん。ありがとう」

お礼を言って、ドリルに取り組み始めた雅也くんの側で、私は居間に持ち込んだ資料を広げ、ノートパソコンを起動する。

レポートの締め切りにはまだ間があるけど、仕上げておくに越したことはない。


書きかけのワープロの文書を開いて読み返してから、ふと見ると、雅也くんはドリルに集中しているようだった。

こうなると、しばらくはこのまま放っておいても大丈夫。

預かるにしても、あまり手がかからない子なので、正直助かる。



町中で見かけるこの年頃の子は、もっとおしゃべりで落ち着かなくて、ちょろちょろ動き回る印象があるのだけど。雅也くんはいつ来ても、割合大人しい。静かに勉強しているか、本を読んでいることが多い。

唯菜ちゃんはもうちょっと人懐っこくて話好きだけど、やはり騒がしい方じゃない。ひっきりなしに喋ったり、やたらに走り回ったりはしないみたい。

それが、同族の子供の特徴かどうかは、サンプルが少なすぎて、判断できない。自分の子供の頃のことなんて分からないし、同族で小さい子なんて、今は雅也くんと唯菜ちゃんの二人しかいない。


本当に、二人だけ、なのだ。


二年前。早苗さんの妹の、香苗さん一家が亡くなった時に、一族皆の受けた衝撃は大きかった。

交通事故とはいえ、こちらにはまるで非が無いのに、まだ若い夫妻と幼い子供二人が犠牲に、というのはあまりにも理不尽なことだったし。それに。

亡くなった二人の子供、まどかちゃんとその弟の琢磨くんは、本当なら、早苗さんの子供達の伴侶になってくれるはずだった。少なくとも、親たちはそう願っていた。


たった四人しかいない子供のうちの二人が失われ、残された二人は、血の繋がった兄妹でしかなくて。

そうして皆は、世代を越えてこれまで何とか繋いできた、同族の系譜の終わりが見えているという事実に、とうとう直面しなければならなくなっていた。


私からすると『直視するの遅すぎ』とも言えるのだけど。

そう思うのは、私が『時期外れの子供』で、少し突き放して見ているからかもしれない。



レポートの骨子を組み立て終わって。一息ついて、伸びをする。

雅也くんはと見ると、今度は漢字ノートに向かっているようだ。

小さい手には余るような長い鉛筆を握って、せっせと手を動かしている。下を向いている顔にかかる睫毛が、やたらに長い。

私は、自分の分の牛乳で喉を湿らせて、レポートの本文にとりかかる。


以前早苗さんに、雅也くんは子供なのに大した集中力ね、と誉めた時、早苗さんは、『それが、家ではそんなでもないのよ』と、謙遜していた。

『ここでは、弥生にいいとこ見せたくて頑張ってるんじゃないの? 一人前に』などと祖母も笑っていたが、多分勘違いか、脚色だろう。

これが噂に聞く仲人口というやつかも? などと一瞬でも考えてしまった自分に、げんなりする。


こんな子供相手に馬鹿らしいし、そもそも私たち皆は所詮、行き止まりにいるのだから。



私たち同族の寿命は、一般に短い。今まだ六十代の祖母が、ずいぶん長生きだと言われるくらいに。

何故なのか、理由は分からない。

私の両親のように病気で、というのなら、『空気か食べ物か何か、この世界のものと合わないせいで』と思えるのだが。

香苗さん達のように、事故に合う人も少なくないのだ。

生きる期間が短いと、子供の数も多くはならない。ただでさえ、同族の間でしか子供が持てないのに。


生まれにくい上に、死に近い。

もしかしたら、この世界が何らかの意思を持って、異物である私たちを排除しようとしているのでは、などと。埒もない考えを抱くこともある。


何れにせよ、私たちは今、行き止まりにいるのだ。

それを受け入れられるかどうかは、別にして。



香苗さん達が亡くなったときの、早苗さんの嘆きようは、とても見ていられないほどだった。何でも話し合えた仲のいい妹と、子供達の未来への希望とを、同時に失ったのだから。


早苗さんが私という存在を思い出したのは、彼女がまだ苦悩の底にいた頃で。息子の将来を憂うあまりの、私への懇願だったのだと思う。


『お願いよ、弥生ちゃん。どうか、雅也のお嫁さんになってあげて』


冷静に考えれば、無茶もいいところなのだが。



レポートの 本文を書いている途中で、ふと目を上げると、雅也くんが何故かこっちをじいっと見ていた。

「何? どうしたの? お腹すいた?」

「ううん、違う。ええっと………髪」

「何?」

「髪。キレイだなって、思って」

「…はぁ? 何で? ああ、真っ直ぐだから?」

早苗さんもこの子達もくせ毛だからかしら。へんなクセじゃないから、そっちの方が見栄えがする気がするんだけど。

「まあいいけど。大きくなったら、よその女の子にそういうこと言わないようにね。誤解を招くから」

そう言うと、雅也くんが何故か気落ちしたように俯いたけど、ここは注意しておいてあげないと。

この子の綺麗な顔でああいうこと言っちゃうと、舞い上がる子がいる気がする。恋愛対象にできるわけじゃないのに、気を持たせるのは可哀想だ。


年頃になったときの、彼の苦労を想像して、ちょっと可哀想になる。異性にいくら好意をよせられても、応えられるわけでもなく、要らない恨みを買うことも多いらしい。

早苗さん達の若い頃も、そういうのがあったみたいだし、唯菜ちゃんの身にも間違いなく振りかかるだろう。

私のみたいな周囲に埋没できる容姿の方が、マレビトとしては生きやすいのではないかと思う。



「おやつにお菓子何か買って帰ろうか、どうする?」

スーパーのカートを押しながら、隣を歩く雅也くんに聞いてみた。

お昼御飯の後、彼を連れて買い物に来ていた。

カートの中には、『お一人様二パックまで』の今日の特売品が、四パック入っている。

付き添いの小学生だって、『お一人様』のうちに数えていいはずだ。…多分。

「おかしは、いらないけど。おやつ、弥生ちゃんのホットケーキがいいなぁ。ダメ?」

「……いいけど、別に」

……何ですか、その上目遣いのおねだりモードは。威力があるので、何だか、微妙な気分になる。



時折、やりきれなくなるのは、 同族とそうじゃない人達が、まるで違って見えるからだ。

存在感がまるっきり違うのだ。こんな小さな子供でさえ。

惹き付けられる、というのか。目が行ってしまうし、他の人よりくっきりと、鮮やかに見えてしまう。

ーーそれ以外の人たちが、霞んで見えるほどに。

それを疎ましく感じてしまうのは、多分、私が時期外れの子供だからだろう。


子供の頃は、いつか遠くへいきたいと、ずっと思っていた。

同族の中に伴侶を得られないのに、同族にしか目がいかないのでは……あまりに、不毛すぎるから。

誰も知らない土地で、同族でない誰かを見つけて。思い合って暮らしていけたら、と。

そうして、同族の中だけで閉じた、この世界に拒まれている運命を覆して。この世界の人たちと同じ存在になって。そして。



「弥生ちゃん? どうしたの?」

急に声をかけられ、はっとして手元を見る。ホットケーキの材料を広げたまま、しばらくぼんやりしていたようだ。

「つかれたの? ぼく、なにか手伝おうか?」

「ああ、そうね。じゃあ、材料計ってくれるかな。分量覚えてる?」

「うん!」

いいお返事だ。



いつか遠くへ行きたいと、そう思っていた自分からは、随分遠くへ来たようだ。

あの頃悩んでた自分を、否定するわけではないけれど。

世間の恋愛至上主義、カップル至上主義に毒されていたと、今は思う。

大事な事だと思わないわけではないけれど。でも、人間って、それだけではないから。



「弥生ちゃん、はかったよ。牛乳でしょ、小麦粉でしょ、砂糖でしょ、ふくらし粉に、あと、たまご」

「どれどれ。うん、ちゃんと覚えてたか。えらいじゃない」

頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めた。



この子や唯菜ちゃんに、どんな未来が待っているのか、今はまだ分からない。

いずれ同族の最後の一人になりかもしれない、なりそうな気のする彼らに、世界が少しでも優しいことを願っている。

もしもこの先、彼らが行き詰まることがあったなら。

『時期外れ』の私だからこそ、言ってあげられることもあるんじゃないかと、思っている。いつか、多分。


ーーできることなら。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 何だか気になるお話でした。 この二人の続きができたら読みたいです。 子供が生まれないかなぁ~、とか、どこかに同族見つからないかなぁ~、と勝手に妄想しております。 同世界のお話…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ