後日談(前編)
「あ、あまり、ジロジロ見ないでくれないか、マーヤ殿。そのぅ……は……恥ずかしいのだが……」
「はっ! あっ、ご、ごめんなさい、ランスさん」
彼のあるがままの姿……そのあまりの美しさに見惚れた私は、無意識の内にランスさんのことをじっと凝視してしまっていたようだ。
不作法を謝りながら、勢いよく頭を下げる。
「あらためて、よろしくお願いします」
「あ、あぁ……こちらこそ……」
私は顔を上げ、そっと彼の身体に両手を伸ばした。
◇◇◇◇
カラン、コロン……
ログハウス調の店内に、来店を知らせるドアベルが柔らかく響き渡る。
「いらっしゃい。アンナ、ランスさん」
「こんにちは、マーヤ!」
「久しぶりだな、マーヤ殿」
入り口に立つ声の主達と挨拶を交わす。
この国の聖女アンナと、騎士団長のランスさんだ。
はぁ……見目麗しい二人が並ぶと、周囲にキラキラエフェクトがかかって見えるわ、眩しい!
「あの、今日は……」
「すまん。その前にマーヤ殿、ちょっと失礼」
私の言葉をそっと遮り、ランスさんが木製ドアに手を添える。
カキィィーーンッ……
次の瞬間、グラスをぶつけたような高音が鳴った。
「えっ? 今、何を?」
「防音魔法だ」
「私達は耳がいい種族だからね。外に会話が漏れないよう、念の為に遮音しておくのよ」
そう言って、アンナが自分の耳を指差した。
あぁ……触りたい!
三角にピンと張った耳、モフモフの尻尾……ポメラニアンの獣戌族。
ここはトリミングサロン『ブルーべール』……私の勤め先のお店だ。ここ最近は、ありがたいことに店主代理を任されている。
獣戌族は2歳で成犬となり人型に変身する為、主に2歳未満の幼犬達がこのお店のお客様だ。親御さんに抱っこされ来店する子達を素敵に仕上げるのが私のお仕事。
あぁ、手に職があって本当に良かったわ。
「予定は大丈夫だったか?」
「平気ですよ。副団長のヨルムさんから前もってご連絡頂いていたので、今日の予約はお断りしておきました。それより、何か調べたいことがあるとか……」
二人が、ちらりと互いの視線を合わせる。
「ん? どうしたんです?」
「ちょっと報告が上がってな。実は……マーヤ殿のサロンで施術を受けた子供達が……」
「えっ? な、何か問題でも?」
「なぜか、揃いも揃って、魔力量がアップしてるのよ」
………………
「は?」
「成犬の儀式では、水晶球を使って魔力値を測るんだけど……平均値を遥かに超える者が続出したのよ。それで調べていったら、共通点が……」
「うちを利用したお客様だった……ってこと?」
「えぇ」
「マーヤ殿なら、有り得ないことではないだろう」
ランスさんの言葉に心当たりが……なくはない。
私は召喚された日に、トリミングという通常業務+α で呪われたモフモフワンコ騎士様達の解呪に、なぜか成功したのだ。
ヨークシャーテリアの副団長ヨルムさん曰く、異世界人は転移の女神様から祝福を受けた者……だそう。だとしたら、説明できないことが起きてもなんら不思議ではない……っていうか、この世界に転移してるって時点で、私の常識の範疇なんてゆうに飛び超えている。
「だ・か・ら……試したいのよね」
「え? 何を?」
「私も……マーヤにトリミングして欲しいの!」
「ア、アンナ⁉︎ お、お前……それは……」
「?」
アンナの言葉に、なにやら慌てるランスさん。
一体どうしたんだろう? 何かマズイことでも?
状況がイマイチ飲み込めない私は、頭にハテナマークを浮かべながら、くいっと首を捻ったのだった。
◇◇◇◇
「はい、アンナはとりあえずこっちへどうぞ。ランスさんはこのイスに掛けてお待ち下さいね」
「あ……あぁ……」
「じゃあね、お兄様。また後で」
パタン……
奥のトリミングルームへと移動し、護衛であるランスさんにはそのドアの外で待機してもらうことにした。信用されてはいるけど、万が一にでも国の大切な聖女に何かあってはマズイからね。
でも、移動したはいいが……さて、どうしよう。私の専門はあくまで犬であって、人型になった獣戌族は対象外なのだが……。
「ねぇ、アンナ。トリミングって言ったって……私、美容師じゃないから髪の毛は切れないわよ? しかもこんな綺麗な……」
アンナの蜂蜜色の長い髪を触りながら、そう溢すと、彼女が不思議そうな声を返してきた。
「え? 何言ってるの……よっ!」
ポンッ! パサッ! カランカランッ!
軽い破裂音と共に、アンナの姿は目の前から突如消え、彼女の着ていた白銀の神職服と下着類が地面へと落下する。同時に、彼女が身につけていたはずの宝飾品達が、金属音を立てて床に転がった。
その服の下では、もそもそと動く何か……すると、ひょこっと布の下からそれは顔を出した。キラキラ輝くオレンジセーブル色の愛らしい……ポメラニアン⁉︎
「えっ? もしかして、アンナ??」
「そうよ。何をそんなに驚いているの?」
「だ、だって……この国で生活してて……成犬に会ったことが無かったから……」
そうなのだ。街で買い物をしていても、来店するお客様達も、出会う獣戌族は皆、人型だった。
てっきり、成犬になると犬型から卒業するのかとばかり……。
「そっか、マーヤは知らなくても仕方ないか。獣戌族は、成犬の儀を終えて人型に変身してからは、ある時を除いて、他者の前でこの姿にはならないのよ」
「あぁ……だからランスさんは戸惑っていたのか」
先程の彼の反応に合点がいった。それと同時に、嬉しさが込み上げてくる。成犬の姿を彼女が私に晒す……それはアンナが心を許してくれている証しなのだ。
最初こそ互いの名前を『さん』付けで呼び合っていたが、それは程なく名前呼びへと変わった。今では、唯一無二の『親友』と呼べる大好きな存在だ。
元の世界で窒息しそうな毎日を送っていた私をあの日、この世界が受け入れてくれた。理由はどうあれ、そのキッカケをくれたアンナやランスさん達には、いくら返しても返しきれない恩がある。
私に出来ることがあるなら、何でも言って欲しいし、些細なことでもどんどん頼って欲しい。
「ではマーヤ。お願いね」
「はい。喜んで!」
私はそう言って、アンナを床から抱き上げ、トリミング台の上にそっと載せた。
◇◇◇◇
一通りの健康状態をチェックし、ブラッシングを終えて、ベイシングと呼ぶシャンプー作業へと取り掛かる。
ふわふわの泡に全身包まれたアンナの口からは、なにやら色っぽい声が漏れ出てきた。
「ふあぁ〜〜っ! 気持ちいぃ〜〜っ! はぁん、癒されるわぁぁ〜〜っ!」
「ふふっ、そりゃ良かった」
「いつもいつも誰かを癒すばっかり……聖女だって、たまには癒されたいのよぉ〜〜!」
「本当、お疲れ様だね」
普段なかなか溢せない、心の叫びを上げたアンナの頭をヨシヨシする。
私が出会った頃の彼女は、まだ見習い上がりの聖女様だった。それからしばらくして、『アンナ様の発展が目覚ましい』と、彼女を賞賛する声が街にも届いてきた。
だが……期待の声と比例して、大量の責務が彼女の華奢な肩に重くのしかかったことは、容易に想像がつく。
……私は、そんなアンナに何もしてあげられていない。
濡れて痩せっぽっちな肢体を優しく洗いながら、労わるようにマッサージ。
「私に出来ることなら、何でも言ってね。このくらいのことしか出来ないけれど……じゃあ泡を流すわ。その後、10分くらい湯船に浸かりましょっか」
そう言って、私は静かに蛇口を捻ったのだった。
◇◇◇◇
ブワァァァァァーーッ‼︎
ドライヤー代わりの風魔法で、自身を一気に乾かしてもらうと、アンナの身体はフワッフワの毛並みに仕上がった。風量多め、聖女の魔力はハイパワーだなぁ。
それにしても……アンナ……。
「か、可愛いぃぃぃぃっ! 何でこんなに可愛いの⁉︎ やぁん、ふわふわぁ〜〜っ‼︎」
思わずアンナを抱き上げようとした、私の両手が……スカッと盛大に空振った。あ、あれ?
ポンッ!
入れ違いのように、人型に戻ったアンナがぐーーんっと大きく伸びをする。あぁ、関節の可動域を最大限に伸ばそうとして、犬型から戻ったのか。
……うぅっ、ちょっと残念。もっといっぱい抱っこしておけばよかった。
「はぁぁぁ〜〜っ! 気持ち良かったぁぁ〜〜! ありがとう、マーヤ!」
「喜んでもらえて、なによりよ。でも……とりあえず、服を着なさいね」
アンナはすっぽんぽん状態で、両手を大きく広げたバンザイポーズ……彫刻のようなナイスバディを惜しげもなく堂々と眼前で披露されると、流石に同性の私でも目のやり場に困る。
「やっぱりマーヤは凄いわ! 髪はツヤツヤだし、お肌はピッカピカ……身も心もスッキリよ!」
「うん。わかったから、服を着なさいね」
私の両手を握り、キラキラとした目を向けてくれる彼女にもう一度、同じ言葉をくり返した。
「さぁ! 私の魔力量を測ってみましょう! お兄様、水晶をこちらへ……」
「あぁ……だ・か・ら、服を着なさーーいっ!」
バサッ!
テンション上がりまくりでドアを開けに行こうとしたアンナに、私は強引に服を頭から被せたのだった。
◇◇◇◇
ピカーーーーッ!
寸前まで周囲の景色を映していた透明な球体が、アンナが手を翳した瞬間、目も眩むような強い閃光を放つ。
「な、なんと……予想はしていたが、これほどとは……」
「やっぱりマーヤは凄いのよ!」
「いやいや、凄いのはアンナでしょ? きっと、リフレッシュして、魔力が回復したんだよ」
「ふぅむ……どちらの可能性もあるな。これだけでは、なんとも……」
ランスさんも判断に困るのか、腕を組んで首を傾げた。その様子が不満だったのか、アンナがぷくっと頬を膨らませる。
「むぅっ……じゃあ、お兄様も検証してみたら? まだ次の公務まで時間がありますし……」
「ランスさんもトリミングしていきます? すぐに準備しますよ?」
「なっ⁉︎ こ、断るーーっ‼︎」
「え……」
彼の大声が狭い室内に反響する。その声の大きさに、アンナは目をぎゅっと瞑り、自分の耳をパタッと閉じた。
しかし……そんな全力で拒否しなくても……でもまぁ、あの呪いの幼獣の一件でも羞恥心を隠しきれていなかったから、仕方ないか。
でも……幼犬とはまた違う、モフモフポメラニアンの成犬ランスさん……見たかったな。ちぇっ。
「ちょっと、お兄様! 言い方!」
「あ、いや……そ、その……そうじゃないんだ、マーヤ殿! だ、だが……しかし……ぐぬぬっ……」
「?」
なにやら、ランスさんがゴニョゴニョと口籠る。もしかして、恥ずかしい以外で、何か他にも理由があるのだろうか?
そんな兄の様子を横目に見ながら、アンナが何やら棒読みな台詞を吐き出す。
「あぁ、私一人だけじゃ検証として弱いんだよなぁ〜〜。でも、お兄様はやりたがらないし……あ! だったら、副団長のヨルムでも呼んでこようかしら〜〜?」
「なっ⁉︎ ま、まてまてまてっ‼︎」
ガシッ!
外に護衛として、数名の騎士と馬車を待たせているのだろう。入り口の方向に回れ右するアンナの両肩を、ランスさんが鷲掴む。
「……わ、私が……た、試そうではないかっ!」
「?」
「ふふっ! そうと決まれば、マーヤ! お兄様をよろしくね。私は勝手にお茶でも飲んで待っていますから……」
「おい、アンナ。昼食前に、茶菓子は食べ過ぎるなよ」
「……」
『子供のようにぐずっていたお兄様に言われたくないわよ』と言わんばかりに、アンナがジロリとランスさんに睨みを利かせた。




