5.女神の祝福
全員にシャンプー&トリートメントを施し、ブローはご自身の風魔法にお願いした……だが、団長以外、誰も元の姿には戻っていない……なぜ⁉︎
「あれ? 条件は同じのはずなのに……」
「なぜだ?」
洋服に着替えて戻ってきたランスさんが、私の横にすっと並び立った。
シンプルな服装のはずなのに、彼から隠しきれない高貴さが漂う……もしかして、お貴族様ですか?
「団長! マーヤさん!」
聖女アンナさんから報告を受けていた副団長ヨルムさんが、首を傾げる私達の足元にトコトコと近寄ってきた。
ツヤツヤの毛並みに磨き上げられたヨークシャーテリアな彼、もう誰にも黒モップとは呼ばせない。
それにしても……下から見上げてくる姿が、これまた愛らしい!
「何か分かったか、ヨルム?」
「えぇ、魔国からなかなか有益な情報が届きましたよ。それよりも……マーヤさん。団長の時と同じ状況を再現したいので、お手数ですが……ちょっと私のことを抱えてもらってもよろしいですか?」
「えぇ! 喜んで!」
両前足をピョコッと上げた『抱っこ待ちポーズ』な彼を、ご希望通りに持ち上げ、ぎゅっと抱き締める。
「お、おい、ヨルム!」
「団長。もし解呪が成功したら、そこにある布を私に投げて下さい。では、マーヤさん。その次は……」
「はい! こうしましたーーっ!」
これはあくまで検証作業よ、うん。
だから……心置きなく、ヨルムさんをぐりぐり頬ずりさせて頂きます!
はぁ! 私ったら、なんて幸せ者なの!
こんなクリクリお目々をしたヨークシャーテリアの子犬をこの手に抱きしめられるんだから!
皆さんが呪いで困っているという、こんな状況なのに……不謹慎でごめんなさい。
「お、おいおい!」
「で、最後に……」
「ええと……あっ! ちょっと、失礼しますね」
私は一言、断りを入れてから、子犬な彼の頬にそっと口付けをした。
ちゅっ! ポンッ!
「うぉっ⁉︎」
「きゃっ!」
音が聞こえた瞬間、さっと両手で目を覆い隠す。
ヨルムさんも予想通りだったのか、ランスさんから投げられたタオルを受け取り、サッと腰に巻きつけた……ようだ。見てはいない。
「マーヤさん、もう目を開けて大丈夫ですよ」
「は、はい」
「「「ふ、副団長も戻ったぞーーっ‼︎」」」
子犬騎士達が歓声を上げ、人型に戻ったヨルムさんにチョコチョコっと駆け寄る。
「ヨルム、一体どういうことだ?」
「団長……やっぱり、マーヤさんは『テイマー』だったんですよ。召喚の儀式は成功していたんです」
「何⁉︎」
「……えぇ⁉︎ 私が?」
ヨルムさんの言葉に私は驚きの声を上げた。
◇◇◇◇
教会内の生活エリア、その食堂にある大きなテーブル上に、所狭しと料理が並ぶ。
「わぁ……す、すごい豪華なお料理……」
「では、騎士団の解呪成功とマーヤさんのパルキャニス入国を祝しまして……」
「「「「カンパ〜〜イ!」」」」
カチンッ!
聖女アンナさんの乾杯の挨拶で、グラス同士を合わせ、皆が喜びを分かち合う。
あの後、他の団員さん達も無事に幼獣の呪いが解け、子犬騎士様達が元々の精悍な姿を取り戻した。
はぁ……いっぱいモフモフさせて頂き、ありがとうございました。
「それにしても、アンナ。この大量の料理は一体?」
「『此度は迷惑をかけた……』って、魔国からのお詫びの品です。高価な品よりも食べ物の方がお兄様達は喜ぶだろうからって……流石、分かっていらっしゃる」
「マコク?」
そういえば、アンナさんがお風呂場に駆け込んできた時も、マコクがなんとかって言ってたっけ。
「魔国はちょうど我が国の真裏側に位置する友好国です。王都の中央部にある迷宮が、あちらとこちらの国を繋ぐ唯一の連絡通路になっていて……」
「へえ……って、あれ? 地震が頻発して、瘴気が噴き出していたのって……原因が分かったんですか?」
私がヨルムさんに聞き返す。
「なんでも『魔国の建設作業現場で崩落事故が発生。粉塵がパルキャニス国にまで飛んでいってしまった』と……」
「じゃあ地震は……工事の振動だったってこと?」
「えぇ、しかも建築予定はなんと健康ランドらしく……」
「け、健康ランド⁉︎ それで、若返りの毒ガスが噴き出したってこと? ははっ、なんてお騒がせな……抗議したりしないんですか?」
「国同士のやり取りは色々と難しいんだよ。マーヤ殿、食べてるか? これも美味いぞ」
「ありがとうございます」
ランスさんが料理の乗ったお皿をそっと差し出してくれたので、ありがたく受け取る。
「豊富な魔力を蓄える魔国のお陰で、パルキャニスでは魔法が使えるのです。もし、迷宮に何らかの異常があった場合、まずはこちらで調べ、確かな証拠を押さえてからじゃないと動けない。下手なことをしたら、それこそ国際問題に発展してしまいます」
「なるほど……じゃあ、もしも魔国と国交が無くなっちゃうと?」
「当然、魔法が使用出来なくなります。この近隣だと、魔国と国交断絶しているカルスタット王国なんかが有名ですね」
「あぁ、あの天使に取り憑かれた国か」
「迷宮国家ネルトワーグは迷宮自体を観光資源としてちゃっかり活用してるし、エグラディス公国は勇者を送り込んで魔国を手中に収めようと考えているらしい。他にもまぁ色々な話が……国によって、考え方は様々なのです」
「私の思うような、単純な話では無いんですね」
元の世界では、政治経済に興味も関心もまるで無かった。
ただ毎日をなんとかやり過ごすことで精一杯だったから……。
「まぁ、今は仲良くやってるさ。あの魔王様、ファッションセンスは壊滅的だが、気のいい王様だよ」
「通信会議でうっかりマントの下の派手なパジャマが見えてた時は、言おうか言うまいか……本当どうしようかと思ったわ」
え? 魔王様って……そんな感じ?
想像してたイメージと全然違うんだけど?
それと……今の会話で、もう一つ疑問が浮かんだ。
「ランスさんとアンナさんは……もしかしなくても、ご身分が高かったりします?」
「そうか、マーヤ殿に言ってなかったか。私はランス・パルキャニス……この国の第二王子だ。で、こっちのアンナが第一王女にして、この国の聖女」
「都合の良い、繰り上げ聖女ですよ」
アンナさんが珍しく自虐的な言葉を吐き出した。
あぁ……私だけじゃない。
皆、何かしらの悩みを抱えて、それでも生きているのだ。
「王子と王女なのに、あんな扱いをされていたなんて……あっ!」
またしても、私は鈍感な言葉を発してしまった。
二人の宝石のような黒色の目がふっと曇る。
それを見た瞬間、私は無意識のうちに二人に手を伸ばし、力いっぱい抱き締めていた。
ぎゅううっ……
「マーヤ殿?」
「マーヤさん?」
「私を……この世界に呼び出してくれて、ありがとう! ランスさん達のトリミングをしていて……好きな仕事をすることが、こんなに幸せなことだったなんて……ずっと忘れていたの。小さい頃から憧れて、なりたくてなった職業だったのに……それを皆が思い出させてくれた……私は、誰に何と言われようと、絶対に二人の味方だから!」
すると、ランスさんとアンナさんが揃って、そっと私の頭を撫でてくれた。
「こちらこそ、ありがとう。マーヤ殿が、私達を救ってくれたのだ」
「い、いえ! いつもの仕事をしただけで……それよりもヨルムさんが私のことを『テイマー』って……」
「『テイマー』はね……獣戌族と心を通わせ、信頼し合い、愛情を待って接し、時に間違っていたら正しい道を説いてくれる……そんな『戦友』と呼べる存在でないと務まらない職業なの。ねぇ……まるで誰かさんみたいじゃない?」
「そして、女神に祝福された者だけが、異世界の扉を通れるんだそうです。私も存じませんでした」
補足するように、ヨルムさんがそっと口添えをしてきた。
「それ、どこが情報源なんです?」
「解呪方法について丁寧な説明文が、魔国から食材と共に送られてきたのです」
「ははっ! じゃあ間違いないですね! 女神様や魔王様に感謝しないと……うん、美味しい!」
お皿に乗った料理を口に頬張り、幸せを噛み締めながら、宴会の夜は更けていったのだった。
◇◇◇◇
ログハウス調の店内では今日も明るい声が響き渡る。
「あ! こらこら逃げないの〜〜」
「わぁ〜〜い!」
トリミング用の低台からぴょこんと降り、短い足でちょこちょこと逃げ出したのは、ウェルッシュコーギーの子犬ちゃん。本日のお客様だ。
追うと、楽しそうに逃げていく……鬼ごっこのつもりかな、完全に遊ばれている。
私は、ランスさん達の口利きで、この国のサロンに就職し、日々を楽しく過ごしている。
以前の生活が思い出せないほど、充実した毎日。
左眼もすっかり良くなり、眼帯ももう必要なくなった。
コンコンッ!
「はい、いらっしゃいませ……って、ランスさん!」
「マーヤ殿、こちらの生活には慣れたかな?」
「えぇ、お陰さまで!」
「何かあったら遠慮なく言って欲しい。私で良ければ力になるから……」
「もう、色々助けてもらっちゃってますから、大丈夫ですよ?」
「そ、そうか……」
「?」
ランスさんの耳と尻尾がなぜかしゅんと下を向いてしまった。
私……また何か失礼なこと言ったかしら?
「きゃははっ!」
「あ! ほら、捕まえた〜〜」
ちょこまかと逃げていた子犬ちゃんを無事に捕獲し、抱き上げる。
あぁ! 可愛い〜〜!
「忙しいみたいだな」
「はい! もう仕事が恋人って感じで!」
「なっ⁉︎ そ、そうか……」
「ランスさんもお仕事頑張ってくださいね」
とぼとぼとなぜか寂しそうに帰って行くランスさんの背中に声を掛けてから、私はまた目の前の子犬ちゃんに向き合う。
「よし! さぁ、もっと可愛いくなろうね!」
そう言って、私はブラシを取り出したのだった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
センスの悪い魔王様は過去の短編作に登場してますので、もしお暇だったらそちらもどうぞ。
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