4.浄化トリミング
アンナさんにお願いすると、聖職者の浴場を貸してくれることになった。
教会内を案内しながら、彼女が色々と教えてくれる。
ちらりと振り向くと、私達二人の後を少し間を空けて、騎士達がちょこちょこと付いてくる……あら、子犬の行進!
なんでも、アンナさんはつい最近まで聖女見習いだったそう。
呪われた騎士の世話役として白羽の矢が立ち、繰り上げ聖女として任命されたそうだ。
……どこの世界でも、身勝手な都合で押し付け合いがあるもんだな。
自分の職場がパッと頭に浮かび、無意識のうちに私の口から溜息が漏れていた。
「今、この教会は私と、彼ら騎士団だけで生活しているんです。食事の用意とかはいいんですが、どうしても接触は出来ないので……」
申し訳なさそうに彼女は俯いた。
そして、皆と相談し、縋るような想いで伝承に賭けたそう。
こちらの世界に私が召喚された瞬間、魔法陣の中に突如出現した異邦人の身体は……ゴンッと落下して後頭部を強打、そのまま気を失ったらしい。
召喚術に参加していた全員がそれを目撃し、私が自然に目覚めるのを待っていてくれたそう。
……なんか格好悪いな、私。
恥ずかしさで赤くなった顔を手でパタパタ煽いでいると、目的の場所に到着したのか、アンナさんの足がピタリと止まった。
「はい、着きましたよ。ここが大浴場です。ここにあるものはご自由にお使い下さい」
そう言って、彼女は大きな扉を両手でゆっくり開けてくれた。
◇◇◇◇
いつもの仕事道具を腰に引っ提げていて助かった。
ブラッシングした後、ポコポコあちこちに出来ていた毛玉をカットし、全体を短く切り整える。
薬草の浮かべられたぬるま湯に、全体カットの終わった騎士様から順に浸かってもらった。
余分な毛を刈り取っただけでも、皆さんだいぶ様相が違って見えるなぁ。
彼らの身体からごそっと取り除いた毛溜まりゴミを集めながら、ちらりと湯船に浸かる彼らを見遣った……うん、可愛い!
「マーヤ殿は手際がいいな」
「ぷはぁ……こんなにさっぱりしたのは迷宮の探索に行く前以来か……」
「あぁ……本当にありがたい」
風呂に入る幼犬達が口々にそう言う中、団長ランスさんはなにやら険しい顔をしている。
「ランスさん? どうしました?」
「いや……うん、何だろう? 大切な何かを失ったような気がする」
「あははは……」
真剣な表情のまま呟かれた彼の言葉に、思わず苦笑いが出てしまった。
外見は子犬だが、中身は成犬男性……羞恥心で心がモヤついているのだろう。
私は皆さんのこと、ただの可愛い子犬達としか見てないんだけどな。
「さあ、シャンプーするのでこちらにお願いします、ランスさん」
「……洗われるのか」
「覚悟を決めてくださいよ、ね」
先程と同様、全身をくまなく異性に洗われることに抵抗があるのだろう。
恥ずかしさを隠そうと悶える顔が、また愛らしい……と、思っていることは内緒。
ボトルポンプを押し、しっかりと泡立てていく。
偶然とはいえ、一緒に転移してきたシャンプー&トリートメント。
いきなりだが、活用する機会があってよかった。
どんなに良い品物でも使う機会がなければ宝の持ち腐れになってしまう。
道具は使ってナンボでしょ。
「すまなかった……」
「え?」
全身モコモコな泡だらけになったランスさんが、謝罪の言葉を口にする。
「どうにも私は言い方がキツイらしく、ヨルムや妹にいつも注意される」
「いえ……不用意に触れてしまった私が悪いんです。ランスさんはお優しいですね」
「や、優しくなんか……」
「はい、一旦流しますから、気をつけてくださいね」
ザバーーッ!
顔にかからないように、保護しつつ、泡をしっかりと洗い流す。
きちんと流しておかないと、皮膚病の元になってしまうから、丁寧に丁寧に……。
「マーヤ殿のいた世界にも魔物がいるのか?」
「え?」
「傷だらけじゃないか」
「あぁ……」
ランスさんの毛をぎゅぎゅっと絞ってから、トリートメントを付け、馴染ませる。
「ある意味の魔物ですね。もうあっちこっちに魑魅魍魎がうじゃうじゃ……」
「チミモウリョウ? なんだ? 魔物の名前か?」
「いろんな魔物や化け物を総称する言葉ですね。アイツらは……心がないの。人を傷つけても平気な奴ら……なのに見た目は人間と同じだから、下手な魔物よりもよっぽどタチが悪いわ」
「見極めが出来ないのか、それは手強いな」
私の言葉にランスさんが真面目に答えてくれる。
誰かとこんな風に話したのは……一体、いつぶりだろう?
「強くならなきゃね。私が弱いまんまだからやられちゃう。いつか、勝てるように……」
「マーヤ殿は強いぞ?」
「え?」
「呪いを受けた私達に、こんな風に接してくれたのは……貴女と妹くらいだ。マーヤ殿、貴女は心の強いお方だ。こんな状況で言うのもなんだが……ありがとう。心より感謝申し上げる」
水に濡れて、痩せた骨格が丸わかりになったポメラニアンのランスさんが、ペコリと頭を下げた。
予期せぬ彼の言葉に、胸がいっぱいになる。
身体の中から込み上がってくるモノが、内側に隠し留めていたモノを押し出すように……涙がボロボロと目から零れ落ちた。
「マーヤ殿⁉︎」
「あ、飛沫が目に飛んじゃって……はい、また流しますよ」
ザバーーッ!
「では、ランスさん。ブルブルして水振っちゃって下さい」
「わかった」
ブルブルブルブルーーッ!
水切りの終わった彼の身体を、タオルでまるっと包み込んで、トントンと優しく水分を取っていく。
「身体がボロボロだと、心まで弱っていってしまうから……髪を切ったり、お風呂でサッパリしたり……心も身体も浄化が必要ですよ」
「マーヤ殿の言う通りだ。瘴気の呪いを受けてから、色々なことに対して、全て後ろ向きになっていたからな。お陰で気持ちがだいぶ軽くなった」
「ふふっ、それは良かったです」
今まで私がトリミングしてきた子達も、もしこうやってランスさんのように話ができていたら、なんて言ってたかな?
想像したら、また心が暖かくなってきた。
「さ・て・と、ドライヤーは流石にこの世界には無さそうだけど……」
「ドライヤー?」
「髪の毛を乾かす道具の名前です」
「乾かす? あぁ、それなら……はっ!」
ブワァッ!
突如、小さな竜巻が出現したかと思ったら、一瞬にしてランスさんはフワッフワの綿毛の様な子犬になっていた。
もしかして……魔法⁉︎
しかも……あれ?
濡れてる時は気づかなかったけど、灰色じゃなくて純白のポメラニアン⁉︎
「きゃあ! 可愛いです! フワフワです! 真っ白です! ずっと抱き締めていたいくらいですーーっ!」
あまりの愛らしさに興奮して、思わず頬ずりしてしまった。
ぐりぐりと顔を寄せる私に困惑するランスさんが声を上げる。
「こ、こら! マーヤ殿、止めなさい!」
「うへへへへーーっ」
その時、偶然、私の唇が彼の頬に触れた。
ちゅっ! ポンッ!
「「え?」」
軽い破裂音がしたと思ったら、突如、私の目の前には見知らぬ男性が全裸で立っていた。
真っ白な三角の耳、ふさふさの尻尾は……大事な局部を隠す様に前側で揺れている。
………………
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
「え? あぁ、すまんっ!」
「「「「団長ーー⁉︎」」」」
ザバーーッ!
人型に戻ったランス団長に驚き、仲間の騎士達が一斉にぬるま湯から上がる。
「ど、どういうこと? 身体を洗うのに使ったシャンプーに瘴気を祓う何かが入っていた……とか?」
バタバタバタバタ……ばんっ!
「ランスお兄様ーー! 大変です! 魔国から連絡が! 瘴気についての対策も……って、あれ? これは一体……?」
「えっと……何でしょうね?」
慌てて走り込んできた聖女アンナさんの問いかけに、私も思わず疑問系で返してしまったのだった。




