3.重苦しい空気
……く、空気が重い。
聖女様が私の目の前で、分かりやすく落ち込んでいた。
この世の終わりの様な空気感。
両手で顔を覆い、耳は下がり、尻尾もしょんぼりと地面に垂らしている。
そんな彼女の周りを子犬達が心配そうに囲む。
………………
何だか……もの凄く悪いことをした気分。
でも、『テイマー』と『トリマー』って……間違えちゃ駄目じゃない?
っていうか、異世界召喚されるのって、だいたい『聖女』とか『勇者』じゃないの?
なんで『テイマー』なの?
すると、さっきのヨークシャーテリアが蚊帳の外で困惑する私に気づき、よちよち傍に進んできて、ぺこりと頭を下げた。
「いきなり我が国の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「えっ……あ、いえ……」
「しかも、まさか職業違いだなんて……」
「うっ……ご、ごめんなさい!」
ヨークシャーテリアの言葉に、聖女様が半泣きで謝罪を口にする。
「だ、大丈夫ですから、泣かないで下さい、ね! ね! で、問題って?」
彼女を宥めつつ、先を促す。
自分よりも数段ショックを受けている聖女様を見て、皮肉にも私の方が平静を取り戻していた。
「最近、我が国で、とある迷宮を震源とした地震が頻発しておりまして、調査の為に国から騎士団が派遣されました。その迷宮内部を探索中、突如、噴き出した瘴気にあてられ、騎士団員達がこのような幼獣に……」
「瘴気?」
「身体に害のある毒ガスのようなものです」
「じゃあ、皆さんは……騎士様なの?」
ヨレヨレな子犬達をざっと見回すと、私の質問に答える形で、先程の灰色ポメラニアンが一歩前へ進み出て、ちょこんとおすわりをした……やだ、可愛い。
「先程は大変失礼した。私はこの騎士団の団長ランス、こっちが副団長ヨルム、そして今回の召喚の儀を執り行った聖女アンナだ」
「私は……麻綾です」
私も名前を名乗り、向かい合って互いに頭を下げた。
ヨークシャーテリアさんは副団長だったのか、どうりで立ち回りがお上手だ。
「マーヤさん! ほ、本当にごめんなさい……なんとお詫びを言ったらいいか……」
目を赤く晴らした聖女アンナさんが、ヨロヨロと立ち上がり、私の手をぎゅっと握ってきた。
「まだ聖女になったばかりの私の能力じゃ、一時的な治癒は出来ても、根本の解呪までは難しくて……しかもこの人数……そこで、国の言い伝えにある召喚術を展開したのです」
「あぁ、なるほど。で、その言い伝えっていうのが『テイマー召喚』だったわけですね」
「ええ。文献によると『女神に祝福されし獣調教師から使役されると、状態異常が解除される』とあります。苦肉の策だったのですが……」
副団長ヨルムさんの言葉で、しん、と聖堂内が静まり返る。
あれ? そういえば、この場所には聖女アンナさんと12名の騎士、そして私しかいない。
「あの……神聖な儀式だから人払いでもしてるんですか?」
「え?」
「だって、お話の感じからして、国家の一大事ですよね? そんな時に行う儀式の割に、見学者がいないんで……ほら、こういうのって、もっと偉そうな立場の人とかゴロゴロ集まりそうじゃないですか?」
私の素朴な疑問で、子犬騎士達の表情が見る見る間に険しくなっていく。
「皆、我が身が可愛いからな」
「呪われ騎士は、国から見捨てられたんだよ……」
「おい、お前! それ以上は言うな!」
あ、地雷踏んだ。
私の安易な発言で、重苦しい場の空気をさらに混沌へと誘ってしまった。
子犬達がギャンギャン喚き始めてしまったよ……ごめんなさい。
「あのぅ……」
「静まれっ‼︎‼︎」
オロオロする私の声を遮り、放たれた団長の一喝が、全員の動きをピタリと止める。
流石の貫禄! 助かりました、ランスさん!
それにしても……意図せず呪われた存在となってしまった彼らは、周囲から厄介者扱いされているのか?
その痛々しい彼らの姿が、私が今まで接してきた保護犬の子達と……自分とが重なって、なんだか胸が締め付けられた。
◇
広い空間内では沈黙が続く。
なんとか、強引に話を変えねば……この雰囲気はちょっと耐えられない!
「あ、あの! 皆さんは元々アンナさんみたいな人型なんですか?」
「あぁ、そうだ。2歳まではこの姿だが、成人の儀を終えると成体となり、大人の仲間入りと認められる」
ランス団長が答えてくれるが、ちんまりとした幼犬から凛々しい声が発せられるのは、どうにもまだ慣れないな。
「私の世界では18歳が成人なんですよ」
「ほう、そうなのか」
「……マーヤさんを元の世界に送り返す方法は……ありますわ」
その時、アンナさんがぽつりと呟くように口を開いた。
「え?」
「でもそれは……『命』を代償にする必要があります」
「い、命⁉︎」
誰かを犠牲にしないと……戻れないの?
「さっと行って、今すぐ死刑囚二、三人連れてきますので、少々お待ちを!」
「ちょ、ちょっとちょっとーーっ!」
走り出そうとスカートの裾をたくし上げたアンナさんを慌てて止める!
聖女様……綺麗な顔してなかなかエグい。
私は……その方法は絶対に取りたくない!
誰かの命の上で成り立つ残りの人生なんて……もう二度と、心から笑えなくなってしまいそうだ。
でも……元の世界で 私を待っているものが……ん?
モラハラDV彼氏、仕事を押し付けてくる上司、それを見て見ぬ振りする同僚、店休日ガン無視の連続出勤、安月給……あれ?
元の世界に帰りたい理由が、一つも浮かんでこない⁉︎
………………
私はくるっと向きを変えて、彼女に深々と一礼する。
「マーヤさん?」
「アンナさん。私の生きてきた世界は……誰かの命を奪ってまで、戻りたいような場所ではないんです」
「え?」
「ですから、私……こちらの世界で生きていきたいのですが……駄目ですか?」
私の言葉に驚き、アンナさんと騎士様達が顔を見合わせた。
だが、私の怪我だらけの容姿を見て事情を察したのか、互いに軽く頷き合ってから、アンナさんがそっと私に頭を下げた。
「此度、手違いでの召喚とはいえ、マーヤさんは何かしらの縁があって我が国にいらっしゃった賓客……パルキャニス国は貴女を喜んで歓迎致します」
「よろしくお願いします!」
そう言って、私はアンナさんと握手を交わした。
「パルキャニスは獣戌族の国……マーヤ殿は人族とお見受けした。作法等は国で異なるからな。分からないことは我等になんなりと聞いてくれ」
「ありがとう、ランスさん!」
嬉しくなった私は、彼の前にしゃがみ、思わず両手でランスさんの両前足をぎゅっと握った。
「なっ⁉︎」
バッ!
「触るなっ‼︎‼︎」
今日一番の大きな声が彼から発せられ、繋いだ手は力いっぱい振り解かれた。
拒絶された掌を見つめ、自分の無神経さをまた恥じた。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「す、すまん! 大丈夫か! なんともないのか⁇」
「え?」
「アンナ! 診てやってくれ!」
「わかったわ」
慌てる団長に請われ、アンナさんが両手を私にかざした。
他の子犬達も私に触れない近距離で、心配そうに成り行きを見つめている。
「……あら? マーヤさんはなんともないわよ?」
「何⁉︎ 呪われ者に接触したのにか⁉︎」
「もしかしたら、異世界人には呪いが効かないのかもしれないわ」
「え? どういことです?」
「『呪われた者に触れると、その者もまた呪われる』と、言われているのです」
ヨルムさんの説明でまた一つ納得した。
彼らがボサボサで薄汚れているのは、自分で身体を洗ったり、体毛を切り整えることが出来ないからだ。
あの弱々な前足では、仲間同士でお互いをケアすることも難しいだろう。
呪われ者と忌避され、解決策も見えず、頼みの綱の召喚術は失敗……このままでは、どんどん彼らの心はすり減っていってしまう。
私に何か、できることはないかしら……できること……あ!
「あの、もしよろしかったら……」
ヒョイ!
「あ、こら! マーヤ殿! 勝手に私を抱き上げてはならん!」
「私に出来ることを、お手伝いさせて下さい」
腕の中でジタバタするポメラニアンを抱っこしながら、私は彼らに一つ提案をしたのだった。




