2.ボロボロの子犬達
「うぅっ……いたたたたっ……」
どれくらいの時間、意識を失っていたんだろう。
確か……つるっと滑って、転んで……頭を打ったのかな? 後頭部がガンガンする。
ゴトゴトッ……
寝転んだまま身体を捩る……と同時に、何かが床に落ちた音。
あぁ、抱えてたボトルかな? 中身飛び出してないかな?
良い成分が入ってて原価は高いらしいから、無駄にしたらもったいない。
それにしても、昨日といい、今日といい、本当に運が悪い。
でも、さっさと起き上がらないと店長に怒鳴られる。
それは嫌だ! 急がないと!
ワンちゃん達が到着する前に……!
その時、仰向けに寝転んだ私の眼前に、何かの気配をふっと感じた。
「ん?」
眼帯をしていない側の右眼をうっすら開ける。
ぼんやりと朧げな視界の中……なにやら毛玉のような生き物が、私の顔を覗き込むように見下ろしていた。
「⁇」
じいっと眼を凝らすと……それは、毛がボッサボサに伸び、灰色に薄汚れた……ポメラニアンの子犬⁉︎
えっ! 嘘! やばい!
保護犬ちゃん、もう到着してたの⁉︎
どうしよ〜〜⁉︎ まだ準備終わってなーーい‼︎
………………
お、お、落ち着け。
内心は慌てていても、この子にそれを悟られてはいけない。
すっ……
「あぁ、ごめんごめん。もう到着してたの? 待たせちゃったね。今すぐ取り掛かるから……怖くないよぉ? 怯えなくていいからねぇ〜〜痛くしないから、綺麗になろうねぇ〜〜」
静かに上半身を起こしてから、店長並みの甘ったるい声で話し掛ける。
保護された子は皆、総じて酷い目にあってきた……それゆえ、繊細で敏感だ。
こちらの心情が伝わってしまう。
警戒されないよう、そろぉっと手を伸ばす。
私の指先が、毛先に触れるか触れないかの瞬間、ポメラニアンの顔がキッと強張った!
あ……距離の詰め方、失敗。こりゃ噛まれるかもね。
頭の冷静な部分がぼそっと溢す。
だが、目の前の子犬が返してきたのは、私の予想を超える反応だった。
「私に気安く触るな!」
「は?」
………………
え? ……ポ、ポメラニアンが……喋った⁉︎
あれれ? やだ、私、まだ夢の中?
「団長、初対面の方にその物言いは失礼ですよ」
「へ?」
声の方を見ると、床拭き後の真っ黒なモップのようなヨークシャーテリアの子犬が、ポメラニアンに苦言を呈していた。
⁇⁇
ゆっくり辺りを見回すと……この2匹だけじゃない⁉︎
ボロボロに汚れた子犬達が私を中心にして円を描くように、周囲をぐるりと取り囲んでいた。
その数、1、2、3、4……全部で12匹⁉︎
チワワ、トイプードル、ミニチュアダックスフンド、シーズー……etc、全員、小型犬の子犬達⁉︎
………………
「え? な、何なの? こんな、リアルな夢……」
座ったままジリジリ後退りしようとして、後ろに着いた手がコツンと何かに当たる。
振り向くと、それはさっき落としたシャンプーボトル。
………………
………………
はっ! そ、そうよ!
あの時、私は確かに滑って転んで背中から倒れたじゃない‼︎
それは、間違いない……はず。
「……こ、これがここにあるってことは……夢じゃ……ない?」
慌ててボトルを拾い、プラスチックの感触を確かめるように、左腕でかかえて胸に抱き寄せる。
反対の右手は、自分の不安の現れなのか、床をペタペタと触っている。
このデコボコで乾いた感じは……バケツの水で濡れた、ペット用クッションフロアの敷かれたお店の床……ではない地面。
ふっと見上げると、高い天井近くにはステンドグラスがはめ込まれていた。
外の光を浴びて、キラキラと光り輝いている。
「ここ……教会?」
ようやく己の頭が、全く見知らぬ場所に自分が座り込んでいることを認識する……が、まだ理解が追いつかない。
ここに存在するもの一つ一つを目に映し、脳内で補足を加えていく。
天井へと伸びる精巧な彫刻の柱達、見守るように鎮座する犬の石像、その奥には観音開きの大きな木製扉……そこから視線をまた自分の方へゆっくり戻していく。
視線を動かす途中、警戒する子犬と眼を合わせないよう注意しながら、自分の今座っている場所を見回す。
ここの床全面がモザイクタイルで埋め尽くされていて、私の真下……これ、タイル装飾で施された……魔法陣?
「私……頭を打って……死んだの?」
この子犬達は、もしかして……天からの使い?
そんな考えがふと頭を過ぎった瞬間、絶望と安堵の入り混じった感情がぶわっと内側に湧いてきた。
焦点の定まらない虚な瞳を目の前の床へとぼんやり向け、今日お世話をするはずだった保護犬の子に心の中で『ごめんね』と呟いた。
………………
バッ!
その時、軍隊のように一斉に顔を上げる子犬達が、俯く私の視界端に映る。
つられるように、私もふっと顔を上げた。
「⁇」
「ようこそ、おいでくださいました! 貴女様が我が獣戌国家パルキャニス、救国のテイマー様なのですね!」
華やかで美しい声が空間内に響き渡る。
子犬達はピシッと背筋を伸ばし、扉に背を向ける形で整然と並び座っていた。
驚いて振り向くと、奥にはこれまた立派な祭壇……その前では、ステンドグラスに描かれたのと同じ犬耳の聖女様が、祈るようなポーズで床に跪いていた。




