8.謁見の前に
ニューウィング宮殿についたルーファス王子が真っ先に向かったのは、父である国王のもとであった。着替えることもなく国王の執務室に直行したのは、彼の意識がそれだけに集中していたことの証左であろう。宮殿正門での出来事も覚えていないかもしれない。
国王コンラッドは執務室で書類仕事をしていたが、ルーファス王子が来ると侍従の騎士達や官僚達を下がらせると、ルーファス王子に穏やかな口調でに尋ねた。
「ルーファス、何事だ?」
「何事だ、ではないです。父上、説明してください。どういうことですか?」
「説明することなど、なにもないが?」
「いえ、父上は俺に黙っていることがあるはずです。誤魔化さないでいただきたい」
国王コンラッドと第二王子ルーファスの親子の再会は5ヶ月ぶりだ。
5ヶ月ぶりの再会とはいうものの、雰囲気が悪いのは一目瞭然だった。
悪いどころじゃない、最悪だな、と思わずにはいられない国王コンラッドだった。
こうなってしまった原因が自分の決断にあることぐらいは、父として分かっている。分かっているが故に、息子に対して強い態度をとれないのだ。国王として、国にとって最高の決断をしたとは思っているから、今更変える気はないが。
「今、伝えれる事は何もない」
「しかし、父上…」
「今は、だ、ルーファス。そこまで言うなら、お前も出席するかね?」
「! はぁ、…何にでございますか?」
「余が彼と会談するのは知っておろう? その会談に、だ」
「俺が出席してよろしいのですか、父上」
「構わん。もともとお前の気持ち次第でお前を出席させるつもりだった」
「そのような計画がお有りでしたら、喜んで出席させていただきます」
国王は息子の顔から追及の色が消えたのを見てとった。正確には消えてないだろうが、少なくとも表面的には自分を追及する意思はなくなったようだ。
一息つくと、国王は雰囲気を変えるかのように言った。
「そうと決まれば、ルーファス、まず着替えろ。王子たる者、そのような格好で会談に臨むな。たとえ顔見知りの者とであってもな」
国王が指摘したのは、どこからどう見ても庶民にしか見えないルーファス王子の服装であった。
父に指摘され自分の服装を思い返したのだろう、ルーファス王子の表情には気まずさが見てとれた。そんな感情を振り払うかのようにルーファス王子はサッと姿勢を正した。
「肝に銘じます、父上」
そう言うと身をひるがえし、ルーファス王子は執務室を出ていった。
ルーファス王子が出ていったドアを眺めて、思わずため息が出る国王コンラッドだった。
(これでよかったのだろうか)
一人残された執務室で自問自答するが答えが出るはずもない。
(思えばルーファスには我慢ばかりさせてしまった…)
ガチャ。
ドアが開いた音が聞こえたので、ヴォーンはソファーから立ち上がってドアの方に向き直った。
「! 騎士団長様が、どのようなご用件で?」
入ってきたのは、騎士団長ナイジェル・ダンドリッジだった。
「お前がヴォーン・マーベルだな? 付いて来い。陛下の御前に案内してやる」
ヴォーンを一瞥し、不機嫌を全く隠せていない声でそう言い放った騎士団長は、部屋を出て歩き出した。騎士団長を追いかけ、ヴォーンもすぐに部屋を出る。
コツコツ、コツコツ……。静かな宮殿に、二人の歩く音だけが響く。
冷静に考えれば分かることだが、この宮殿は静かすぎる。というより、人がいなさすぎる。宮殿とは官僚や騎士やその他もろもろの人で溢れている場所のはずだが、ヴォーンとすれ違ったのは、数人の騎士だけである。
人一倍観察力があるはずのヴォーンは気づかなかったのは、謁見ということで緊張していたからか。あるいは、そもそも宮殿とはどんな場所か知らなかったからか。
どちらにせよ、この宮殿は不自然だったのだが、ヴォーンはそれに気づかなかった。
10分以上歩き続けたが、未だ着きそうな気配はない。幾つもの角を左右に曲がり、もはや方向感覚もない。ニュー・ウィング宮殿の大きさについては様々なことを耳にしたが、ここまで大きくて複雑だとは思わなかった。
それでも騎士団長は迷うそぶりすら見せず、歩き続ける。
「騎士団長様、どこまで…」
「黙れ。宮殿内は私語厳禁だ」
どこまで行くか尋ねようとしても、すぐに遮られてしまう。そのため、進むにつれてヴォーンの不安は募るばかりだった。
ようやく騎士団長がその足を止めたのは、大きな扉の前だった。飾り気のない扉だが、黄金の翼のドアノブがその全てを示しているようだった。トワイニング王家の象徴たる黄金の翼をドアノブに施されたこのドアの先には、王家にとって重要な空間が広がっているに違いない。
「この部屋に陛下はいらっしゃる。王妃殿下、王弟殿下、王子殿下、王女殿下もご一緒だ。くれぐれもご無礼のないように」
ギィィ…。
ドアを開け、騎士団長はよくとおる声で告げた。
「陛下、ヴォーン・マーベル殿をお連れしました」
「通せ」
部屋の中から返ってきた声に頷き、騎士団長は手でヴォーンに入るよう促した。
一応、入室していいか確認するかのように騎士団長の顔色をうかがうと、睨み返された。表情が早く入れと言っている。
図らずとも鼓動が激しくなっている。すでに覚悟を決めたはずだが、いざ陛下の御前と言われると否が応でも緊張する。さらに王妃殿下、王弟殿下、王子殿下、王女殿下までいるのなら尚更だ。きっと、ヴォーンに限った話ではないないだろう。
頭を下げ、できる限り礼儀正しい(と思われる)体勢でヴォーンが恐る恐る入って行くと、後ろでドアが閉まる音がした。
「そなたがヴォーン・マーベルか。面を上げよ」
ゆっくり顔を上げると、上段に六名のウィングフィールド家の方々、いわゆる“王族”の方々がヴォーンの視界に入ってきた。
部屋の中央奥、一段高い場所に国王コンラッド陛下と王妃フランシスカ殿下が腰掛けている。その右側に王弟・ジャーヴィス公爵ジャスパー殿下と王女ロザンナ殿下。左側に第一王子ハーヴィー殿下と第二王子ルー…レノックス⁈




