6.ウェスト・コーナーの『魔素』
ヴォーンの期待が裏切られたのは、早くも『炎の城』砦到着1ヶ月後のことだった。
もともと何の根拠もない期待であったから、裏切られないと考えるほうが間違っているのが。
その日、ヴォーンは朝早くに『炎の城』砦を出発した。レノックスの他、22人の兵たちと一緒である。隊長は『炎の城』砦に残っているが、小隊長が同行しており、この部隊の指揮をとっている。
この部隊の主な目的は、新たな砦の建設候補地の実地調査である。『炎の城』砦はトワイニング王国軍の前進基地として十分な機能を持っているが、広いウェスト・コーナーの森において前進基地が一つでは不十分である。『炎の城』砦から離れすぎたことも『赤い虎』壊滅の一因であるため、新たな砦の建設は急務だと考えられている。
ヴォーンとしては、講和を進めている今の段階で新たな砦を建設することは、ブルトン帝国を刺激し、交渉の席を立たせるきっかけを与えることになると思っているため、砦の建設に反対である。もっとも、ヴォーンが反対したところで何かが変わるわけでもないし、わざわざ具申して隊長その他に目をつけられるのも嫌なので、この考えはレノックスにしか話していない。
『炎の城』砦を出発して3日目の昼過ぎ、ようやく目的地が目前に迫ってきた。
目的地は『炎の城』砦の西南西、地図上で『プラウ・クルンス』と表記されている場所である。ウェスト・コーナーの深い森の中で、直径100mほど全く木々が生えていない空間であり、その周囲には岩が八つ、ほぼ等間隔に並んでいる。そんな『プラウ・クルンス』は、砦を作る際に木を伐採する必要がなく、手早く砦を作れるという理由から、新しい砦の建設候補地として名が挙がったのである。
「うん?」
ヴォーンが初めに異変に気づいたのは、『プラウ・クルンス』まで100mほどの地点である。初めは自分の見間違いかとも思ったが、100m先の『魔素』の量を見間違うはずがないと思い直す。
『プラウ・クルンス』に近づくにつれ、より詳細が分かってきた。『プラウ・クルンス』の周囲には、膨大な量の『魔素』が溢れているーー溢れているどころではない、『魔素』が発生している!
これまでもヴォーンは『魔素』が溜まっている場所を多く見てきたが、『魔素』が発生しているのを見るのは初めてである。
「どうした、ヴォーン。何かあったか?」
ヴォーンの行動に違和感を感じたのだろう、レノックスが声をかけてきた。
「そこに…なんでもない。…いや、二人きりになってから話そう」
『魔素』のことを他人に聞かれるわけにはいかない。言いかけた言葉を飲み込み、周囲を見渡す。幸い、聞いた人はいなそうだ。ホッと一息つき、歩き続ける。
「では、計画通りバディごとに調査開始だ。周囲の警戒を怠るな。どこに帝国兵がいるか分かったものではない」
「「「了解」」」
『プラウ・クルンス』到着後すぐに発せられた小隊長の命令に敬礼で応え、兵が散っていく。地盤、傾き、草の生え具合…全てを調査していく。ちょうど『プラウ・クルンス』の周囲の岩と岩の間に1バディずつだ。ヴォーンとレノックスの担当は『プラウ・クルンス』の真南にある岩と岩の間である。
「で、どういうことだ、ヴォーン? 誤魔化すなよ。特別な何かが見えてるのはわかってんだ」
他の兵と十分離れたことを確認してレノックスが尋ねてきた。
「どっ、どうしてそれを?」
ヴォーンはまだ『魔素』および魔力のことをレノックスに話していない。いつか話そう、話すのにぴったりなタイミングがあるはずだと思って結局一ヶ月以上きりだせずにいたのである。正直なところ、レノックスのほうから尋ねてきたのでいいタイミングだと思う今でさえ、躊躇いがある。ヴォーンの方から誘ったにも関わらず、レノックスが忘れていることを願ってしまうくらいだ。
「そりゃ、ここ一ヶ月、キョロキョロして落ち着きがなかったからな。お前らしくねぇ」
レノックスにそこまでバレていたとは。思わず自分の無神経さにため息が出る。ここまでバレているのなら、隠すこともない。覚悟を決めると、レノックスにヴォーンが知っていることを洗いざらい全て話した。
『魔素』のこと、魔力のこと、魔力量のこと、魔法の発動のこと、レノックスとヴォーンの魔力量のこと、『プラウ・クルンス』の『魔素』のこと…
全て話し終えると、気持ちが軽くなった気がした。
「なるほど…。これがお前の研究結果か。それで、結論は出たのか?」
「結論って…。いや、まだ研究途中なんだが」
「そうか。なら、どんな結論を出すか、楽しみにしてるよ。それと、俺でよければなんでも協力する。魔術の研究なんて、どこぞの小説みたいじゃねーか」
「ありがたい。さて、そろそろ調査を始めようか。小隊長に怒られる」
「そうだな、とっとと終わらせよう」
この調査は、ヴォーンとレノックスにとってなんの実りもないものだった…ただ、『プラウ・クルンス』が砦の建設に向かないことが分かっただけで。
一ヶ月後、『炎の城』砦より遠く王都サプントン。一人の男性が豪華というには華やかさに欠ける、だがそれでいて品の良さを感じさせる椅子に腰掛けている。年齢は50代半ばだろう、金髪に白髪が混じっている。その手には一通の手紙が握られている。短い手紙だが内容が内容だったのか、何度も読み返す。
「…どんな内容なのですか、父上」
側に控えていた青年が躊躇いがちに尋ねると、ようやく目線を手紙から外した。
「…直ちに宰相と騎士団長を呼んでくれ」
青年の質問には答えず、淡々と命じた。
こんな要人を容易く呼び出せるのは…
そう、この男性こそがトワイニング王国国王コンラッド。
側に控えていた青年は第一王子ハーヴィー。
ここはニュー・ウィング宮殿の一室。国王の非公式の謁見室で、国王に親しい人物のみが入ることを許される部屋だ。
コンコン、ガチャ。
ドアが開き、宰相と騎士団長が入ってきた。
「お呼びでしょうか、陛下」
「来たか。まず、この手紙を読んでみろ」
そう言って持っていた手紙を渡す。すぐさまハーヴィー王子含む3人が食い入るようにその手紙を読み進める。
!
手紙を読み終え、顔を上げた3人の目には、等しく驚愕と不審の表情が浮かんでいた。
「…これは…どういうことですか、父上」
3人を代表してハーヴィー王子が尋ねる。
「わからん。が、トワイニング王国の命運を握っていると見て正しいだろう」
「そもそも、この手紙の内容は正しいのですか?」
国王と同年代の男性が口を開いた。国王の側近で国王がもっとも頼りにする人物と言われ、今は宰相を務めている。
「我が息子が嘘をつくと思うか?」
「! いえ、出過ぎたマネをいたしました」
宰相が頭を下げる。
どうやら、手紙の送り主は王子であるらしい。
「で、これを踏まえて我々はこれからどうすべきと考える?」
国王に問いかけられた3人は考え込んでしまったが、やがて一人が重々しく口は開いた…。
5ヶ月という期間は、あっという間に過ぎ去った。3年に及んだヴォーンとレノックスの徴兵期間は終わったのだ。
それに伴い、ヴォーンにとって(そしておそらくレノックスにとっても)無意義な5ヶ月も終わりを迎えた。人の目を気にして、魔法の研究は遅々として進まなかった。ヴォーンは魔法を他人に聞かれることを極度に警戒していたし、レノックスも他人のいるところで魔法の話をするといった愚かな行為はしなかった。
唯一ヴォーンにとって喜ばしいことは、この5ヶ月、戦闘という戦闘はなかったことぐらいだろう。もっとも、『炎の城』砦の外に出たのも片手で数えられるほどしかなかった。
仲の良かった者たちに別れを告げ、ヴォーンとレノックスは『炎の城』砦を後にした。特にバーナード、カイン、スタンリー、トレントの4人には念入りに挨拶した。魔法の厳守も含めて!
これからは、魔術の研究に全力を尽くすことができる! そう思うと、ヴォーンの足取りは自然と軽くなった。




