5.魔力
『魔素』とは
ー魔術の発動および継続に必要不可欠な物質そのものを指す用語であり、血液中だけでなく空気中に溢れている。その中で特に体内にあり、魔術に使用できるものを魔力と言い、ある人が体内に持つ魔力の量を魔力量と呼称するー
以上は後にヴォーンが定めた定義であり、魔術の大前提となる内容であるが、この定義の大枠が固まったのは、この休暇中である。
『魔素』を通して見る世界は、今まで見ていた世界とは全く異なる世界だった。
魔力量が多い人、少ない人、『魔素』を多く含む物質、まったく含まない物質、『魔素』が溜まっている場所、ほとんど存在しない場所…
家を出て王都をぶらぶら歩けば、ヴォーンを待っていたのは驚きと新鮮な感覚の連続だった。
特にヴォーンの関心をひいたのは、魔力量の個人差だった。魔力量の寡多は何によって決まるのだろうか?
魔力量は遺伝では決まらない。これは、『魔素』を見つけてすぐに分かった事実である。まずもってヴォーンとアイザックの魔力量からして当てはまらない。アイザックの魔力量は人一倍少ない。むろん、魔力量がないわけではないし、アイザックより魔力量が少ない人もいるが。一方で、ヴォーンの魔力量は並外れて多い。ほとんどの人はヴォーンの半分以下の魔力量しかなく、どんなに多くてもヴォーンの8割の魔力量を持つ人はいなかった。この休暇中、ヴォーンは自身に匹敵するだけの魔力量を持つ人物を見つけることはできなかった。
そして、ヴォーンに次いで魔力量が多かったのは、(おそらく偶然であろうが)タリーだった。なぜタリーの魔力量が多いのかは分からない。そもそも、ヴォーンはタリーのアイザックに弟子入りするまでの人生をあまり知らない。知っているのは、タリーは孤児で、孤児院で育てられたことぐらいだ。
一方のタリーも、魔力量が多いことをあまり気にしていないようだった。
魔力量が多いことをヴォーンから告げられた時も、
「そうですか…」
と淡々と答えただけだった。その後、少し考え込むような行動をしたのは、ヴォーンの気のせいであったろう。
結局、この休暇中に魔力量の多少を決定づけるものは分からなかった…。
そうこうしているうちに、休暇最終日がやってきた。
レノックスとは、王都サプントンの西正門での待ち合わせを約束している。ヴォーンとレノックスの徴兵期間は、あと5ヵ月を残すのみとなっているため、これが最後の戦場配置となる予定である。
ヴォーンが西正門に着くと、すでにレノックスは門の側の城壁にもたれかかっていた。
「ヴォーン、こっちだ。久しぶりだな」
「!…あぁ、レノックス、久しぶり」
「?ヴォーン、どうかしたか?」
「いや、…何でもない」
ヴォーンが気づいたのは、もちろん魔力量に関することであった。レノックスの魔力量は、とても多い。少なくとも、ぱっと見ヴォーンの魔力量を凌駕するほどの量であった。魔術を使えるようになれば、ヴォーン以上の魔法使いになるだろう…
「…ヴォーン、ヴォーン! お前、大丈夫か? ボーっとしてるみたいだが」
どうやら、魔力のことを考えていると、他人からはボーっとしているように見えるらしい。
「大丈夫だ。さっさと行こう」
頭を振って魔力のことを追い出し、歩き出した。レノックスがすぐに横に並ぶ。
西正門の検問を通り過ぎ、しばらく歩いていると、レノックスが小声で話しかけてきた。
「そういえば、サプントンで少し小耳に挟んだんだが、我が王国は帝国と講和を試みているらしいな」
「まじか…。よく決めたと言いたいところだが…」
「もっと早くそうすべきだ、ってか?」
ヴォーンは絶対的な平和主義者ではないにしろ、戦いを好まない。戦争にしろ戦闘にしろ、(大声では言えないが)ブルトン帝国との戦いにも懐疑的であり、早々に講和するべきだと考えていた。
そんなヴォーンの性格を知っているからこそ、レノックスはこの話題を振ったものだろう。
「それで、講和はいつになるんだ?」
「知らん。というか、それを知っている立場だと思うか?」
「それもそうか」
ヴォーンとレノックスは顔を見合わせて笑った。
ヴォーンがレノックスの出身について知っているのは、王都サプントンの貧民区出身で、彼の両親はその日暮らしの貧しい生活を送っていることぐらいだ。武具も国から貸してもらっている物だ。その割に、身だしなみには気を配っている印象があるにはあるが…。
だからこそ、ヴォーンはレノックスの“知らない立場”に納得したのである。
途中で乗合馬車を拾ったことで、『炎の城』砦には予定より早く到着した。バーナードとカイン、スタンリーとトレントは遅れてやって来た。
『黒い鷲』の主任務は『炎の城』砦の防衛である。この任務内容を聞いた時、砦から出る必要はなく、帝国軍が攻めてこない限り戦闘もないと思ってヴォーンは心底ホッとしたものだった。そんな期待はすぐに破られることになるのだが。




