4.魔法の素
深夜になったが、ヴォーンはまったく眠くならなかった。魔法の探究に興奮していた。ヴォーンは夕食の後、ずっと魔法の研究をしていた。
ヴォーンがまず研究したのは、彼の“血”だった。呪文を唱えるだけで魔法を発動させるのが理想ではあるが、現状ヴォーンは“血”を介さなければ魔法を発動できない。一言で“血”と言っても、魔法を発動させるのはそのうちの数種類の成分であるに過ぎないとヴォーンは考えている。故に、それらの成分を独立して取り出すことができれば、魔法の発動に“血”は必要なくなるのだ。
ヴォーンの部屋には錬金術のための道具が多数ある。徴兵されて兵士となる前、ヴォーンは錬金術の研究をしていたため、その時集めた錬金術の道具が残っていた。さらに工房も使い放題であるため、どんな方法でも試すことができるのだった。
このような恵まれた環境にも関わらず、“血”の分離は難航した。もともと“血”の分離を試みる人など、ヴォーンが初めてだっただろう。
夜が明け、タリーが朝食ができたと呼びに来た時、ヴォーンは完全に行き詰まっていた。そのため、タリーの専門外であると分かっていても、藁をも掴む気持ちで他の方法はないのかと尋ねた。
「俺は魔術も錬金術も分かりませんが、ぼっちゃんは焦っているのではないですか?焦ってやってもいい結果は出ませんよ。冷静に、じっくり取り組むことこそが成功への近道です」
タリーの指摘は的を得ていた。確かにヴォーンは焦っていた。休暇が終われば研究などしている時間はなくなるため、ヴォーンはこの帰省中に“魔法の素”を特定しようとしていた。この休暇は、『炎の城』砦まで戻るのにかかる日数を鑑みれば3日しか王都にはいられないというのに!
気分転換も兼ねて、ヴォーンは朝食を食べに階下に行った。すでに父アイザックは自席で朝食を食べ始めていた。
「親父、おはよう」
「おはよう、ヴォーン、何か進展はあったか?」
「いや、ぜんぜん…」
「そうか。まぁ、何かあれば言ってくれ。できる限り協力しよう」
「…ありがとう、親父」
アイザックの向かいの席に着いて朝食を摂りつつ、ヴォーンはいろいろと思案を巡らせた。
(冷静に、冷静に…)
ふと思い当たることがあり、ヴォーンは口を開いた。
「親父、俺のいない…あれ、親父は?」
「師匠なら、一足先に工房に行きましたよ。ぼっちゃんが何やら深刻に考え込んでいるので、邪魔しちゃ悪いと言われて…」
急いでヴォーンは駆け出そうとしたが、タリーに止められた。
「ぼっちゃん、お行儀が悪いですよ。食べ終わってからにしましょうね」
口調がきつい。顔は笑っているが、正直怖い。普段は優しいタリーなのだが、こと行儀に関することとなると非常に厳しい。従わないと痛い目に遭うとこれまでの経験が告げている。
ヴォーンは慌てて残っていた朝食を食道に流し込み、家を走り出た。
ガチャ。
工房に入ると、アイザックは数種類の金属を溶かして混ぜていた。
「親父、俺のいない間に出た錬金術に関する論文、ある?」
「錬金術の、でいいのかい」
少し驚いたようにアイザックが振り返った。
「あぁ、錬金術のを」
「うん、確かに魔法のはないからな。分かった。付いて来い」
独り言を呟き、納得したらしいアイザックは、混ぜかけの金属を放置し、直ちに家に戻った。ヴォーンもついて行く。
向かった先は、やはり書斎。数えきれない程の論文が本棚に整理されて入っている。論文を集めるのは、アイザックの趣味だ。過去50年間で発表された論文はほぼ全て集められており、ヴォーンは論文だけなら王立図書室にも劣らないと思っている。
「ほれ」
アイザックが論文を手渡す。
「ありがと…これだけ?」
「ああ、全部だ」
「分かった」
書斎を飛び出し、2階に駆け上がり、自室に飛び込んだ。
もらった4つの論文に目を通す。
目に留まったのは、真空に関する論文だった。論文によれば、真空中に物質を放置すると急速に蒸発するらしい。血に関しても同様にすれば全て蒸発するだろうが、液体の血で埒が開かないのであれば、気体の血から分離を試みるのも一手だろう。
直ちに装置を組み立て、フラスコの中に真空を作り、中に血を垂らす。少し放置すると、すぐに血が蒸発した。
蒸発した血の中に、淡く光る物質があった。これまでなかったことだ。まさかと思い、鼓動が速まる。淡く光る物質に向かって静かに呟く。
「火よ、起これ」
フラスコの中から、火が起こった。
これこそが魔法の素、『魔素』だった。
(やった、ついに見つけた!)
ヴォーンが喜んでいると、周りが淡く光り出し…弱まって消えた。フラスコの中の光も消えており、火だけが燃えている。
(何だったんだ?)
ヴォーンが驚いていると、心臓から何かが体の隅々に広がった。直感が『魔素』だと言っている。右手に『魔素』を集中させる。1分ほど続けると、ようやくフラスコの中にあったのと同じ量の『魔素』が集まった。丁寧に唱える。
「火よ、起これ」
ボッと音がして、指先から火が出た。
(よし、これで魔法をいつでも発動させられる)
喜んでいると、右手への『魔素』の集中を切らしてしまった。すると火は小さくなり、静かに消えていく。どうやら、魔法には一定量以上の『魔素』が必要らしい。
その日一日をヴォーンは様々な魔法の発動および『魔素』の研究に費やした…。




