3.王都サプントン
王都サプントン。
『炎の城』砦より東へ馬車で約10日の距離にあるトワイニング王国の首都であり、トワイニング王国のほぼ中央に位置している。また、ヴォーンとレノックスの出身地でもある。
ちなみに、バーナードとカインの出身地はサプントンから北へ3日の港町ポートチェスター、スタンリーとトレントのはサプントンから東へさらに4日の山岳都市ホールスバーグである。
王都サプントンは中央にトワイニング王家のニュー・ウィング宮殿があり、騎士団が常駐している。市内は、北地区に貴族の館が、南地区には貧民区があり、庶民の生活圏は東地区と西地区に二分されている。また、街の外周を城壁が囲っている城壁都市でもある。
今、ヴォーンは一人王都の実家に向かっている。
『赤い虎』が壊滅した後、ヴォーンを含む生き残り16人は『黒い鷲』に配属されることになっていた。しかし、転属の手続きや調整に時間がかかるため、休暇をもらって帰省したのだった。
道中でバーナード、カイン、スタンリー、トレントと別れ、レノックスとも王都に入ったタイミングで別れた。
ヴォーンの実家は、王都の東地区でマーベル鍛冶屋を営んでいる。この鍛冶屋は、全ての武具をオーダーメイドで作っているため値が張るが、どこの武具よりも硬くて強靭で錆びにくいと評判良く、将軍や騎士からの注文が絶えない。
ヴォーンの父、アイザック・マーベルは王都一の鍛冶屋と呼ばれている。彼は様々な金属を組み合わせることで、硬くて頑丈な武具を生み出した。
家に着くと、工房の方から何やら口論する声が聞こえる。片方は父アイザックの声だが、もう片方は誰の声だろうか。
「ただいま…!」
ヴォーンは戸を開けて絶句した。父と口論していたのはトワイニング王国の騎士団長、ナイジェル・ダンドリッジだった。
騎士団長ナイジェル・ダンドリッジ。ダンドリッジ伯爵家の息子という家柄、その美貌、23歳という若さ(ヴォーンの1つ上でしかない)ながら数えきれない武功を挙げた人物として、この国で最も有名と言われている。その功績から、今年、史上最年少で騎士団長に任じられた。
「おかえり、ヴォーン」
そんな騎士団長には目もくれず、父アイザックは悠然と言った。
少し遅れて、工房の奥から人影が現れた。
「ぼっちゃん、おかえりなさい」
ヴォーンより5歳年上のタリー・カートレットだ。12年前に父アイザックに弟子入りしてから徐々に頭角を現し、今では王都でアイザックに次ぐ実力の持ち主と言われている。弟子入りした時からヴォーンのことを“ぼっちゃん”と呼んでいる。兄弟のいないヴォーンとしては、兄のような存在だ。
「金はいくらでも払う。とにかく3日で作れ」
ヴォーンの存在を無視するように騎士団長は続ける。
「騎士団長は親父に何を要求したんです?」
理由の分からないヴォーンはタリーに尋ねた。
「S-3タイプの剣を作るように要求したんだ。それ自体はよくある要求なんだが、問題は作るのに10日はかかる剣を3日で完成させるように要求してね、このザマだ」
呆れたようにタリーは言った。
S-3とはマーベル鍛冶屋特有の剣の階級の表記の一つで、Sは使う金属の種類を、3は刃の長さを現す。使う金属の種類は上のランクからS、A、B、C、D、E、刃の長さは短い方から1、2、3であるため、S-3は最も良質な金属で作った長剣となる。
「まだ終わらなさそうだし、先に家で休んでていいかな」
「分かりました、ぼっちゃん。先に休んでてください。俺もひと段落したら行きますから」
タリーの声を背に受けつつ、ヴォーンは工房を出て隣の建物に入って行った。
ヴォーンの実家は三つの建物から構成されている。鍛冶場としての工房、生活の空間たる家、そして物置である。
家に入ったヴォーンは、2階の自室に行って荷物を投げ出し、ベッドに横になった。久しぶりのベッドだった。そのままヴォーンは寝入ってしまった。
「ぼっちゃん、いつまで寝てるつもりですか。夕食にしますよ。起きてください」
ヴォーンはタリーの声で目を覚ました。
階段を降りると、テーブルにはすでに料理が並べられている。ローストビーフ、ホットクロスバン、カスタードプリン…ヴォーンの好物ばかりだった。
デザートのカスタードプリンを食べている時だった。
「実は俺、魔法が使えるんだよね」
なるべく静かにヴォーンは言った。
一瞬の静寂の後、アイザックが笑い声をあげた。まるで、ヴォーンが魔法を使えるようになるのを待っていたかのような笑いだった。
タリーは驚きのあまり、沈黙していた。
ようやく笑い終わったアイザックが、当惑しているヴォーンとタリーに向かって口を開いた。
「マーベル家の血は、何かしらの才能を持たせるものなんだが、まさか魔法の才能とは…」
ヴォーンの祖父は王国一と言われた剣士だった。父アイザックは王国一と言われている鍛冶屋だ。何代か前には天才的な商才を持つ者がいて、今はなきマーベル商会が王国の貿易を独占していたと言う。
そんなマーベル家の“才能”がヴォーンにはないのが、父アイザックとしては心配だったのだろう。
一方、タリーは別のことを心配していた。
「ぼっちゃん、このことを知ってる人は他にいますか?」
「あぁ…」
そう言ってヴォーンはレノックス達の説明を始めた。
「ちゃんと口止めはしたんでしょうね」
ヴォーンの説明を聞き終えると、タリーは念を押した。ヴォーンが頷くのを待って、アイザックが問いかけた。
「で、ヴォーン、この才能をどうするんだ?」
「どう、とは?」
「これからどうしたいかということだ。魔法が使えないふりをして生きていくか、魔法を極めるか」
「それは…そりゃ、魔法を極めたいけど…」
「なら、そうすればいいんだよ」
この一言が、ヴォーンの人生を決めた。アイザックの言葉はヴォーンの迷いを断ち切る力があった。
以後、ヴォーンは魔法の研究に人生を捧げ、パイオニア・オブ・マジックと呼ばれるようになる。




