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2.これが魔法か…

 それが何であるか、とっさに判断できた者はいなかった。当のヴォーンすら、何が起こったか分からなかったのだから。バーナードの傷とともにヴォーンの左手も治っていたが、ヴォーンの感覚では知らない間に治っていたのである。


 これが後世、人類が初めて魔法を使ったと言われる瞬間である。


 「バーナード、大丈夫か?」

 バーナードの意識が戻ったので、唖然としていた彼らの静寂は破られた。バーナードを支えつつ、真っ先にカインが尋ねた。スタンリー、トレントも口々にバーナードに声をかける。

「…ああ。……治ってる⁈何で?」

「何でかは分からんが、ヴォーンが治してくれた」

「そうか…ありがとう、おかげで助かった」

 そう言って頭を下げられると、ヴォーンとしては困ってしまった。どうやって治したかすら分からないのに、感謝される筋合いはないように思われた。

 ヴォーンが当惑していると、これまで黙っていたレノックスが口を開いた。

「すまん、バーナード、本当にごめん」

 バーナードはしばらく黙っていたが、静かに答えた。

「…レノックス、大丈夫だ。気にするな」

「そう言ってもらえて助かった、ありがとう」


 バーナードとレノックスの会話を聞きながら、ヴォーンは自分が起こした事と、これからの事について考えていた。今は皆、何が起こったか深くつっこまないでくれているが、これからいつ尋ねられるかは不明だった。

「それより、これからどうする?」

 トレントの一言が、ヴォーンの耳に入ってきた。

「とりあえず、ここから離れるのが先だろう。敵兵がどこをうろついているか分からんからな」

「バーナード、行けそうか?」

「ああ、問題ない」

 そう言って、バーナードは立ち上がって歩いてみせた。カイン、レノックス、スタンリー、トレントが付いていく。少し遅れて、ヴォーンも続いた。

 こうして彼らは歩き出した。歩きながら、彼らは同じ事を考えていた。ヴォーンがバーナードを治したのは何だったのだろう、と。

 数百メートル進んだところで、ふと、レノックスが呟いた。

「これが、魔法というものか…」


 魔法。

 それは、非現実的な現象を創造する行為である。古くから人々の理想として知られていたため、これまで多くの人が魔法を使おうと試み、様々な方法を模索してきた。ただ唱えるだけではなく、古代語や外国語を何言語も組み込んだ難しい呪文を作ったり、特殊な素材で作った道具を使ったりする人もいた。

 しかし、だれ一人として魔法を使えた者はいなかった。

 ヴォーンが使ったのが魔法であるならば、なぜヴォーンだけ魔法が使えたのだろうか?


 夜が明けた。雨はいつの間にか止んでいた。『炎の城(ファイア-キャッスル)』砦に向けて歩き続けていた彼らは、疲れが見え始めたこともあり、朝食と休憩をとることにした。

 歩きながら考えてヴォーンが出した結論は、“()”が魔法の素ではないかということだった。

 早々に朝食を食べ終え、周囲を見てくると言って一人になった。土の上に腰を下ろし、短剣を再び左手に当てる。赤い血が痛みを伴って地面に落ちた。

 血が落ちた地面に向かって声をかける。

「火よ起きろ」

 ボッと音がして、血が落ちたポイントから炎が上がった。炎が大きかったため、ヴォーンは叫び声をあげて後退りした。無意識に声が出る。

「水よ出ろ」

 すると、未だ血が止まっていない左手の傷口から水が出た。すぐに左手を振って水を撒き散らし、火を消す。

 ホッと一息ついていると、後ろの茂みから物音が聞こえた。慌てて剣を抜き、身構える。

 現れたのは、レノックス達だった。当惑しているヴォーンに対して、レノックスが笑いながら説明した。

「お前が深刻な顔だったもんで、悪いが跡を付けさせてもらった」

「血が媒体か…」

「俺らも血を使えば魔法が使えるかな」

「やってみるか」

 火で焼けてしまった地面やヴォーンの左手を見ながら、スタンリー、トレント、レノックスが口々に言った。

 まずレノックスが自分の手を傷つけ、出てきた地に向かって唱えた。

「水よ出ろ」

 …何も起きなかった。レノックスはさらに何回も唱えたが、やはり変わらなかった。スタンリー、トレント、カイン、バーナードも次々と試したが、誰も使えなかった。

「コツとかないのかよ、ヴォーン」

 十何回失敗した後、諦めの表情でレノックスが尋ねてきた。ただ、ヴォーン自身、訳がわからなぬまま使っているため、人にアドバイスできることなどなかった。

「丁寧に、強い思いを込めて言うんだ」

 そう言ったものの、ヴォーン自身できるかどうか自信がなかった。事実、レノックスはヴォーンのアドバイスを受けてなお使えなかった。

 結局、5人とも魔法を使えなかった。


 7日間歩き続けて、ようやく『炎の城(ファイア-キャッスル)』砦が見えてきた。

「俺が魔法を使えることは秘密にしておいてくれないか」

 歩きながら、ヴォーンは言った。そう言われた5人は、立ち止まって顔を見合わせたが、すぐにレノックスが頷いた。

「分かった、俺らだけの秘密だな」

 カイン、スタンリー、トレントも同意したが、1人バーナードが疑問を呈した。目には当惑した感情が浮かんでいる

「ヴォーン、なぜ秘密にするんだ。俺みたいな重症者も治せるのに」

「魔法が治療だけじゃないの、知ってるだろ。人を殺せる魔法とかが生まれて、それを悪用されればとんでもない脅威になる。…いや、これも表向きの理由だな。魔法が使えるとわかれば、魔法の研究をさせられるか、研究の材料にさせられるかだ。そんなのは嫌だからな」

「確かに、そうだな。…分かった、秘密にしよう」

 こうしてバーナードも了解してくれた。彼らに感謝の意を示しつつ、ヴォーンは少し後悔していた。バーナードを説得するためとはいえ、彼らが魔法を使えないことを鑑みると、少し喋り過ぎたと感じた。ヴォーンは寡黙ではないが、ここまで感情を吐露したのはレノックスに対しても初めてだった。

 それぞれがそれぞれの感情を抱きながら、彼らは再び歩き出した。

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