10.国王コンラッドの思惑
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「余は其方と交渉がしたいのだ。そのためにはその“魔法”なる物を見ておく必要がある。今ここで見せてくれんか?」
国王の発言は衝撃的だった。一国の国王が、一人の何の変哲もない庶民に交渉したいと告げたのだ。前代未聞、トワイニング王国始まって以来の出来事だろう。
「…交渉、でございますか? 陛下、その、無礼を承知で正直に申し上げます。なぜ、命令権を持ち出さないのですか? 交渉より遥かに手っ取り早いかと」
国王の命令権。
国王はトワイニング王国の全ての人や物を文字通り一言で動かすことができる、という権限だ。その命令権を使えば、ヴォーンに魔法を使わせることなど造作もないことのはずだ。
「そうだ、交渉だ。…ピンときておらぬようだな。ヴォーン・マーベル、余が所謂“命令権”なる物を所持していて、行使できるのは何故だと思うかね?」
「……存じません、陛下」
少し考え、何も思い浮かばなかったのでそう答えた。“国王だから”、という答えが浮かばなかったわけではないが、国王の求めている回答と合致しないのは明らかだった。
「そうか。余が“命令権”なる物を行使できるのは、ひとえに余がそれを実行しうるだけの権力を持っているからだ。余の命に反すれば、その人なり物なりを捕まえることができる。裁くことができる。それだけの力を持っているからこそ、余は“命令権”なる物を行使できるのだ」
「? 陛下、申し訳ありません。私には理解しかねます。…その、交渉との関係が」
「ふむ、其方なら理解できると踏んだのだがな。ヴォーン・マーベル、其方は魔法の真価を理解しておらぬようだな。其方の魔法の力は、余の権力に勝るということだ。故に余は其方に対して“命令権”なる物を行使することはできん。残念ながら、余は其方に対して交渉という手段しか取れんのだ。そして、交渉であるからには其方は余の要請を拒否することができるのだ」
「…」
「それから、堅苦しい言葉遣いはなしにしよう。確かに余は国王で其方は平民だが、交渉の場においては対等であるべきだ」
ヴォーンが反応に困っていると、国王はさらにヴォーンを当惑させることを投げかけてきた。思わず顔を上げると、穏やかに微笑む国王の姿が目に入った。
弱い立場だと分かっているにも関わらず、笑っている。見掛け倒しの微笑みではない。本気で笑っているのだ。常人にできることではない。
敵わない。
国王の微笑みには、人をそう思わせる力があった。
「分かりました。では、魔法をお見せいたします」
そう言ってヴォーンは右手に『魔素』を集中させる。次いで、静かに唱えた。
「火よ、起きよ」
ポッとヴォーンの右手に火が浮かぶ。それを見て、おぉ〜と歓声が上がる。
魔法を長く維持する気はないため、すぐに右手への『魔素』の集中を切って火を消す。
「その“魔法”なる物はどのように発生させているのかね?」
火を消すと国王がすぐに質問を投げかけた。魔法を見せても動じないのは、さすが国王と言った所だろうか。
「それは…」
言葉を切り、ちらっとルーファス王子を見た後、続けた。
「分かりません」
この回答は全て嘘というわけではないが、真実でもない。確かに不明な点はあるが、判明している事だってある。だからこそ、ヴォーンは全ての情報を共有しているルーファス王子を気にしたのだった。
国王もルーファス王子を一瞥したが、すぐに視線を戻した。
「ふむ。では、その“魔法”なる物は余も使えるのかね?」
次の質問の答えは嘘偽りなく不明だった。どのように『魔素』を魔法に変換しているのかも分かっていない現状、誰が魔法を使えるのかなど分かるはずもない。
不明です、とヴォーンが正直に告げると、国王は少し残念そうに首を振った。
「もう少し魔法について詳しく聞きたかったのだが、其方でも分からないのなら仕方ない。さて、本題に入るとしよう。余は其方にわが国のために魔法の研究をしてもらいたいのだが、どうかな?」
国王の要求は、ヴォーンの予想通りだった。故に、考えてきた答えをそのまま述べる形になった。
「嬉しい申し出ですが、お断りさせていただきます」
ヴォーンの回答を聞いた国王コンラッドは、思わず笑い出したい気分になった。
要求を拒否できると伝えていたとはいえ、国王である自分の要求をここまで明確に拒絶されるのは初めてだった。
臣下はどんな無理難題でも受け入れるか遠回しに断るかだった。他国の大使はこちらがどこまで譲歩できるかを探ってくるのが常だった。
ヴォーンの回答は、そうした答えに慣れた国王コンラッドにとって新鮮だった。
とはいえ、ヴォーン・マーベルをこのまま放置するのは我が国にとって不利益が過ぎる。
ここでヴォーン・マーベルを引き込み魔法を独占できれば、将来的にブルトン帝国に対して圧倒的な優位に立てる。王家が魔法を管理すれば、政治に口を出したがる貴族たちを黙らせることができる。その他にも、数えきれないほどの恩恵がある。
なんとしてもヴォーン・マーベルを引き入れねば。そう思った国王はさらなる手札を切ることにした。
「我が国のためならば余も惜しみない支援をすると約束しよう。魔法の研究に必要な物は多かろう。道具から建物、素材まで、余が手に入れることができる全ての物を提供する。この条件でどうかな?」
「どのような好条件であろうと、お断りさせていただきます」
即答だった。ヴォーン・マーベルは迷うそぶりすら見せなかった。それどころか、どんな条件だろうと応じないと言ってきた。
自分を見るその瞳には、確かな決意の色が浮かんでいる。それは、こちらのさらなる譲歩を誘う目ではない。何があろうと動じない、そんな目だ。
しかし、譲れないのはこちらも同じこと。何を除いてもヴォーン・マーベルだけは取り込まなければいけない。
「そう言われてもな、余もそうですかと引き下がるわけにもいかないのでな。何か望むものはあるかね? 爵位でも領地でも、望みのものを申すがよい」
そう言い切った国王の言葉に、嘘はなかった。
ヴォーン・マーベルの欲しいものはなんでも与えるつもりだった。たとえ王位が欲しいと言われても、1代限りであれば譲っていいとすら思っていた。
一方で、これまでのヴォーン・マーベルの言動を鑑みるに、それすら断られる可能性もあった。この場合、ヴォーン・マーベルを引き入れるのに新たな方法を考えねばならない。国王にとって最悪のケースである。
そして、国王の最悪の予感は当たってしまうのである…




