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第3話 メジェス

 朝の陽ざしと甘い香りの中、衣擦れの音を聞いて目が覚める。

 見慣れた長い銀髪に隠された、雪のように白い背中が目に入る。リディがいつものようにメイド服に袖を通そうとしているようだ。

 手を伸ばし、そっと背を指でなぞる。傷一つない、きれいな肌だ。


「んっ・・・。あら、起きられましたか、若様。おはようございます」


「おはよう。着替えを見られたと気付いたなら、少しは恥ずかしがるとかないのか」


「恥ずかしくはありますよ? でも今更ですから」


 振り返って笑う顔は少し赤い。確かに恥ずかしがってはいるみたいだ。いや、恥ずかしがるならツインの部屋なんてとるなよとも思うが、節約ですと言われれば返す言葉はない。俺は損をしていないし。


「俺の服は?」


「そこに用意してあります。でも、着る前に体を拭いたほうがいいかと思いますよ。そこに濡れタオルは用意してありますが、お手伝いいたしましょうか?」


「自分で拭く」


 それは残念です、と笑うリディをしり目に体を拭き始めた。



 

 昨晩はお楽しみでしたね、とふざけたことを言ってくる宿の店主に背を向け街に出る。


 昨夜は暗くなってきてから街に入ったから、風景などはあまり見ていない。だが・・・


「黒いな・・・」


「黒いですね・・・」


 リディと言葉がそろう。なんというか見渡す限り人が黒い。いや、父もそうだが、この街の人たちはみな日に焼けていて肌が褐色だ。普段、フィアトロンの住人の真っ白な肌を見ていると、かなり黒く感じる。


「若様や妹様は肌が白いので、ご当主様や部下の方が特別肌が黒いのかと思っていました。この感じでは、ミッドリエの方は肌が焼けているのが普通なのでしょうか」


「いや、屋内の店員は白めの肌の者も多い。この街の男たちは肌が焼けている以上のことはわからないな」


 とはいえ、白めの肌の者もリディの真っ白な肌には敵わないが。ただのメイド服だが、その美貌だけで周囲の視線を集めまくっている。いや、もしかしたらメイド服が珍しいのかもしれないが。


「街にいる人数としてはフィアトロンのほうが多いか?」


「あの、若様。一応フィアトロン領の領都にして唯一の街であるフィアトロンと、ただの砦の周辺街であるメジェスを比べるのが間違っていると思います。この街にも負けていたらさすがに悲しいです」


 確かにそうかもしれん。この街のメインは砦であって、子供などはほとんどいないみたいだし。フィアトロンは割と子供が多いしな。狩りで死ぬ大人も多いが。


「まず砦へ向かおう、砦と街を監督する貴族がいるはずだ。敵か味方かは知らんが情報を得たい。挨拶だけはしておこう」


「かしこまりました。たぶん敵でも味方でもないと思いますが。ご当主様もここ十数年外と関わってないでしょうし」


 方針を決めて砦に向かう。この考え方があっているかは知らんが、おそらくうちの領に正解を知っている者がいないからどうしようもない。

 砦の出入り口に向かう。当たり前だが砦から出てきた門兵に誰何された。


「何者だ!」


「フィアトロン辺境伯が嫡男、ディート・フィアトロンだ。この砦の代表にお目通り願いたい」


「フィアトロン・・・レオン様のお子様でいらっしゃいますか!」


 ん? 流れが変わったな。父の知り合いか?


「ああ、レオン・フィアトロンの息子だ。そちらは?」


「私はこの砦の守衛隊長をしているベンノという者です。"大乱"の際はレオン様率いる魔法部隊に属しておりました。たしかにレオン様とお顔が似ていらっしゃいますね。ディート殿とお会いできて光栄です」


「よくわかるな。あまりに色合いが違うから似てると言われることは少ないのだが。それに守備隊長?なぜその役職で門兵のようなことを?」


 俺は母譲りの銀髪紅目だが、父は赤髪茶目だから全然違う。


 ついでに守衛隊長は普通に考えて統轄職で、こんな表に出るような仕事じゃないと思うが。彼は、はっはっはと笑って答える。


「平民兵に貴族の方の対応をさせると問題になったりもしますからね。役職がある私が対応しています。守備隊長の役職があれば、子爵くらいまでなら何とかなりますので」


「よくわかったな。特に貴族らしい格好はしていないつもりだが」


 今着ているのは父が平民時代に着ていた服だ。貴族にみられるわけがない。


「いえ、お連れの方が・・・。その、こんなところでメイドを連れている時点で貴族か商家あたりですから」


 リディのほうを見る。見慣れたメイド服だ。これだけはフィアトロンの外から輸入し続けたから外でも通用する。


「リディ、メイド服以外の服って持ってきているか?」


「そんなものは必要ありません」


「・・・そうか」


 リディが必要ないというのならしょうがない。目立ちながらいこう。


「それでディート殿はこちらに何用でいらしたのですか? 代表と言っていましたが」


「ここの代表は貴族の方だろう? 貴族学園への入学のためにこの街を通ったからな。挨拶にきた」


「挨拶ですか・・・。良くいらっしゃいましたね。フィアトロンの方は着任の後、一度も来ていなかったかと思いますが」


「俺としてはむしろ、なぜ今まで来なかったのかと思っているが」

 

 1カ月2カ月かかるならともかく、1日2日で着けるのに来なかったのなら、ただの父の怠慢だろう。おそらく面倒だったのだろうと思うが、それを言ってしまうと「なにか深遠な理由があるはず」とリディに怒られるので黙っておく。


「承知しました。この砦にいらっしゃるのはアレリマ公爵が次男、ゲーアハルト・アレリマ子爵閣下です。職責としてはアレリマ公爵軍メジェス軍団長に当たりますね。先触れがありませんでしたのですぐに会えるかはわかりませんが、お取次ぎします。中に休憩室がありますので、そちらでお待ちください」


「わかった。頼む」



 休憩室に案内され、椅子に腰かける。リディが近づいてきて囁いてきた。


「取り次いでもらえてよかったですね」


「ああ、父の知り合いで助かった。そういえば先触れってなんだ?」


「何時に行きますっていう予約みたいなものです。あらかじめ言っておかないといらっしゃらないかもしれませんし」


「確かにな。フィアトロンでは探せば見つかるから気にしたことがなかった。そんな文化があったんだな」


 これも知っておかなければいけない常識では? もしかしたら俺はとんでもない常識知らずなのかもしれない。すべては父が悪いと頭の中で責任を押し付ける。


「ディート殿。閣下がお会いになられるそうです。こちらへどうぞ」


 さて、家族以外の貴族との初めての対面だ。どんな人だろうか。

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