第2話 学園への召喚状
「俺が王都の学園に、ですか?」
屋敷の執務室で、俺は父に聞き返した。この街に生まれて15年。一度も街から出たことのない俺に今までそんな話はなかったと思う。問い返す俺に父は頷いた。
「ああ、今朝、行商から帰ってきたものが手紙を渡してきてな。王都にある貴族学園からの召喚状だ。この春に入学をするようにと書かれていた」
「貴族学園ですか。父上が通っていたのは魔法学園だと記憶しておりますが」
父は平民生まれながら莫大な量の魔力を持ち、領主の推薦で魔法学園に入ったと聞いたことがあった。今の父は貴族だが、貴族学園の話など聞いたことがない。
「ああ、私はアレリマ公爵領の魔法学園に通っていた。ディートはどうしようかと思っていたが、貴族の跡継ぎは貴族学園に通わねばならないという決まりがあったらしい」
「あったらしいと言われましても・・・それは貴族の常識か何かなのでは?」
「常識らしいな。こういった常識を学ぶために貴族学園に通うのが跡継ぎの義務だそうだ」
なるほど、貴族であっても貴族学園に通っていなかった父は把握していなかったと。ため息を吐きそうになる。
「一応聞きますが、この領に貴族学園のことを知っている者はいなかったということでしょうか」
「その通りだ。そもそもここに外から来たものなど私と部下達だけだろう。全員平民出身のたたき上げだ。貴族関係者など一人もいない」
いないのなら、貴族になるときに雇ってくるべきだったのではないだろうか。こらえきれずため息を吐いた。頭痛に耐えつつ父に提案する。
「何年も領地にとどまっているから都の情報が入ってこないのです。時々は情報収集がてら、都に顔を出したらどうですか」
「お前が私の代わりを果たせるようになれば都に向かうつもりでいた。残念ながら間に合わなかったようだが」
英雄として父がこの領で果たしている責任はとても大きい。魔物からの防衛の責任者でもあり、領地経営の責任者であり、祭事の責任者でもある。俺が代われるのは魔物との戦闘くらいだろうし、それすら1年ほど前まではできなかっただろう。
そもそもこの地を守った英雄である父が、前族長の娘である母と結婚したからこそ、民が無条件に従っているのだ。代理を立てて何とかなるものではない。俺は諦めた。
「わかりました。父上は領のことをお願いします。私が入学がてら情報収集してきますので」
「うむ。行ってこい」
満足そうにうなずく父を放置して、今後のために必要なことを考える。まず、いつ出立する必要があるかを確認すべきか。それに、ルートを確認する必要もある。最低限必要な持ち物としては、服と飯、あとは金だろうか。最悪金さえあれば足りないものがあっても買えるだろう。
「父上、召喚状では、いつまでに王都に来ることとされているのですか?」
「今日から数えてだいたいひと月先の日付となっている。ここから王都まで、急げば2週間もかからなかったと記憶しているが、初めての場所だろう? 王都についてからは学園の寮を使っていいと書いてあるし、早めに出立したほうがいいだろうな」
確かに父の言う通りだろう。ここに俺でなければできない仕事などないし、ぎりぎりに出発する理由もない。いつからでも寮に泊まれるのなら早めに出ることにしよう。
「あと、私はこの森から出たことがありませんので、王都への道を教えていただきたいのですが」
「ああ、そんなことか。メジェス川を上流に向かって進み続ければいい」
「は? そんな適当な」
「いや、事実だ。馬で3,4日メジェス川を登ればメジェス湖と砦につくし、そののちもメジェス川を登り続ければ数日で王都ミッドリエにつく。それ故にフィアトロンとミッドリエには昔から交易関係だけはあったのだ。道が簡単で迷わないから」
「なるほど。つまり大神林を生き抜ける強ささえあれば、馬鹿でも方向音痴でもたどり着けたと」
「その通りだな」
なるほど、あまり頭のよくないフィアトロンの人間でも行き来できることが交易の最低条件だったわけか。
ちなみに学があるミッドリエの人間は、大神林で生き残れないから入ってこない。手紙を郵便配達人ではなく行商・・・フィアトロンからの買い出し人が持ってくるのもそのせいだ。
「わかりました。では出発前に、保存食と金銭をいただきたいのですが」
「保存食は蔵のものを適当に持っていけ、倉庫番には伝えておく。金銭だが・・・多少は渡すことができるが、王都までの宿泊費を考えると足りるかわからんな」
「そんなに旅費がかかるのですか?」
「いや、ここではほぼ金を使わないだろう。金銭の保有量が少ないだけだ」
脱力しそうになる。普段物々交換していることが、こんなところで響いてくるとは思っていなかった。
「ではどうしろと?」
「うちの蔵から魔石を持っていけ。5個も持っていけばしばらくは持つだろう。王都についてからは冒険者でもやって稼げばいい。ここでいう狩人のようなものだ。王都近郊にはダンジョンというものもあるらしいからな。お前なら十分稼げるだろう」
魔石か。確かに行商の者たちはここから魔石を売りに行く。大神林ではいくらでも魔獣が沸くし、魔物を倒せば肉と魔石が手に入る。うちの特産品は魔石だったわけだ。
そしてダンジョンか。うわさしか聞いたことはないが、魔獣が出る洞窟らしい。とはいえ、ここより危険な魔獣が出るとは聞いたことがないし、まず問題ないだろう。
「わかりました。では明日中に準備し、明後日にでも出発します。ほかに何かありますか?」
「うむ。召喚状曰く貴族学園には使用人を連れて行ってもいいらしい。問題がなければリディに頼もうと考えているが、それでいいか?」
「リディですか? まずあいつが頷きますか?」
リディはある意味この領で最古参ともいえる侍女だ。父が領主としてこの街に来た際、「尊敬してます。リディを雇ってください」と言って、当時3歳で押しかけメイドを始め、すでに17年務めているとんでもない奴だ。
あいつが父から離れて俺についてくるのだろうか・・・。
「そこは説得する。なんだかんだリディはお前を気に入っているしな。以前、王都を見てみたいと言っていたし、おそらく問題ない。それに、昔聞いた話では王都の女性は押しが強いらしいからな。器量よしのリディにけん制してもらったほうがお前も動きやすいだろう」
「女性ですか。そういえば私には婚約者の話などはないとのことでしたが、王都で探してきたほうがいいのでしょうか。それともこの領で探せばいいのでしょうか」
「・・・。いや、私からどうこう言うものでもない。他領の女性でもここの女性でも、ディートが好きにしてかまわない。ただ、この領の代表として見られるわけだからな。領民に認められるような、性格がよい女性で頼む」
「それは性格が悪いとわかっているのなら、そのような女性は選びませんが・・・。わかりました。ここの女性でかまわないということでしたら、そとでは見つかったら幸運程度の心持ちで気楽に探すことにします」
「そうしておけ。なに、領内ではうちの血筋は人気だからな。戻ってくれば選り取り見取りだろう」
「それは俺が人気というより、父上の義娘になりたい女性や親戚になりたい親が多いだけかと思いますが」
父の言葉をまぜっかえしたところで、コンコン、とノックの音が鳴る。「入れ」と父の許しが出て扉が開いた。
「お呼びと伺い参りました。ご当主様、いかがなさいましたか」
入ってきたのはリディだった。父は一つ頷いて言う。
「ディートが貴族学園に行くことになった。長期間王都で暮らすことになるため使用人を必要としている。出発予定は明後日。問題がなければリディを同伴させようと考えているが可能か?」
「若様が貴族学園にですか。なぜリディを?」
「理由は後で説明する」
父が説明をぶった切った。さっき説得すると言っていたのは何だったのか。リディは少し悩んでいたが、こくりと頷いた。
「理由があるのでしたらかまいません。若様と供に参ります」
それでいいのか。いや、まあリディがいいならいいが。ということは二人で移動することになるわけだ。足を用意する必要があるな。
「父上、先ほど頼み忘れていましたが、馬を用意していただけますか? 二人乗りが可能で、魔獣に怯えない強い個体をお願いします」
「ん? お前は灰色狼と契約していただろう。そちらに乗って行けばいい。灰色狼なら1日もあれば森を抜けられるだろうからな」
「グレイに乗っていっても構わないのですか? 一応扱いとしては魔獣ですが」
「契約していれば問題ないだろう。気になるなら森の外で馬を買え」
まあ、グレイに乗っていいのなら移動手段は問題ないか。灰色狼を外で出すのはまずいかと思ったが、特にそのような話はないらしい。グレイなら街から街へ走り抜けられるだろうし、野宿の備えもいらなそうだ。
「何もないならディートは準備に取り掛かるように。私はリディと話がある」
「わかりました。じゃあリディ、よろしく」
「はい若様、よろしくお願いします」
執務室を出る。こうして俺は住み慣れた森を出ることになった。
「若様、何を考えこんでいるんですか。森が開けましたよ」
耳がくすぐったい。後ろからリディに囁かれて前に視線をやった。
森の先には見たことがないほどの広大な湖が広がり、対岸遠くに建物が見える。あれが大神林の魔物を食い止める防衛線、メジェスの砦だろう。であればその周辺には街もあるはずだ。
もう日が暮れる。早く宿をとる必要があるだろう。俺はグレイを促し、街へと急がせた。
レオン「女の子連れて王都に行けって言ってるのに、別の女の話始めるやつとかありえなくないか?」
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