今更なんだよ
「愚かな私のことを、許してくれないだろうか……」
ミュゲルは懇願してくる。
正直、この急展開は予想していなかった。
修羅場っぽくなってしまったことに、心の中で首を傾げ、そういえば最初から男女間のもつれだったことに気が付いた。
「騙されていたって、何にですか?」
そこんとこ、詳しく教えてくれないかな? あんたが勝手に浮気したんだよね? カタリナが誘惑したかもしれないけど、誘いにのったのは自分自身でしょう?
本当は言いたいことがたくさんあるけれど、心の中で聞くに止める。それを聞いてしまったら、アメリアではなくなってしまうから。
答えを探しているのだろうか。ミュゲルは何も言わない。握った手の力が強くなった、それだけだ。
……早く手を離してくれないかな。
正直、気持ち悪いんだよね。一秒でも早く離して欲しい。
あんたは、アメリアに触れられる資格を失ったのだから。
「アメリア嬢の手を握るな。汚れる」
ロズベルトによって、捻りあげられたミュゲルの手。
ロズベルトは、本当によくできた男だ。
質問の答えは聞けなかったけれど、ロズベルトのアメリアファースト。素晴らしいの一言につきる。
私だって、アメリアのために振りほどきたかった。けれど、それはできないから助かった。
アメリアは優しいから。
アメリアのイメージを損なわないためにも気を付けないと。
アメリアが表に出られるようになった時、困らないようにアメリアを演じないと……。
「私が愛しているのは、アメリアだけだ!! アメリア、信じてくれるだろう?」
何に騙されていたのか答えはないまま、ミュゲルはアメリアを愛しているのだと主張した。ついさっき「愛しのカタリナ」も告げた、その口で。
「何言ってるの!!?? アメリアなんか王命で仕方なく優しくしてやってるって、言ってたじゃない!!」
「黙れ!! 王族相手に虚言を申すなど、決して許されないことだ。この者を捕らえるんだ!!」
ロズベルトに捻られた腕を庇いながらも、ミュゲルは声を張り上げる。
カタリナの悲鳴が耳をつんざいた。叫び、罵り、助けを求めている。
ぱちりと視線が合い、カタリナは私に手を伸ばした。
「お姉様!! お姉様なら、私を助けてくれるわよね? たった一人の妹だもの。そうだわ。お父様とお母様に、もう少しお姉様のことも見てくれるよう、頼んであげる」
何を言っているのだろう? そんなもの、もう何の意味もないのに。
助けてもらえると、本気で思っているのだろうか。
本当に馬鹿な子……。
私はアメリアの微笑みを浮かべる。
優しいけれど、さみしい笑み。
「カタリナを離してあげてください」
「お姉様!!」
あーぁ。喜んじゃって……。
これから、もっともっと大変なことになるのにね?
さぁ、今度こそ断罪の時間を始めようか。
「私はこの国を出ていきます。カタリナを私の代わりにゆくゆくは王妃にしてくれませんか? 私と違い、優秀な子ですから。より一層、国を栄えさせられることでしょう」
「そうよ! 私とミュゲルなら、今以上に良い国にできるわ。お姉様とお別れは寂しいけれど、見送ってあげるのが優しさよね」
「ありがとう、カタリナ。私にはできなかったけれど、あなたたちなら、支え合って生きていけるものね?」
「もちろんよ!」
意気揚々としているカタリナ。けれど、カタリナ以外の人の顔色は悪い。
いや、他にもいい顔をしている人が約一名いるけれど、それは見なかったことにしよう。
それにしても、カタリナは本当に何も学んでこなかったんだな。聖女のことは、平民の子どもでも知っているはずなのに。
聖女は治癒ができるだけではない。神に祝福され、ただ愛されるだけではないのだ。
聖女が国を捨てた時、その国は神からの庇護を失う。
聖女は神にとっての特別だ。聖女の心ひとつで、国は栄え、滅びもする。
だから、国は聖女を保護する。囲い込もうとするのだ。
実際、過去に聖女を手酷く扱って滅んだ国がいくつもある。その歴史は、同じ過ちを繰り返さないように、きちんと後世へと語り継がれてきた。
そんなことも知らないなんて、教育を間違えたのだろう。
全ては後の祭りなのだ。
もう、この国のタイムリミットまで時間は動き出している。その可能性は大きいだろう。
「ま、待ってく──」
「いいね。俺も同行していいかな? こう見えて、剣も得意なんだ。簡単な料理も作れるし、従者兼護衛としてどうかな? 損はさせないよ」
ミュゲルを拳で黙らせて、ロズベルトはパチリとウィンクをした。
ロズベルトが強かったことを思い出すのと同時に、数多くの浮き名を流す人物だったと思い出す。
アメリアにはいつも紳士的で優しかったから、忘れていた。
うーん、どうしようかな……。利点と欠点で言えば、利点の方が多い気がする。
「そうですね。いくつかの約束を──」
「待てと言っている!! お願いだ、この国から出ていかないでくれ」
すがり付こうとするミュゲルを、ロズベルトが制してくれた。そんなミュゲルの様子に呆れてしまう。
もうさぁ……、勘弁してよ。さっき黙らされたばかりでしょ?
それに、話に割り込んだら駄目だよね? そんなこと、子どもでも知ってるよ?
それを王子が守れないとかさぁ……。
あー、引っ叩いてやりたい!!
往復ビンタしたい!!
釘バットでボコボコにしてやりたい!!
自分が裏切ったくせに。
立ち直れないほどに傷付けたくせに。
今更すがりついたって、遅いんだよ。全てがさ。
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ありがとうございます!!