義弟になるはずだった
「私、アメリアは──」
「アメリア嬢っっ!!!!」
大声で名前を呼ばれ、扉の方へと視線を向ければ、肩で息をしている義弟になる予定だった人物がいた。
「目が覚めて良かった!!!!」
強い力で抱き締められ、少し苦しい。
耳元で鼻をすする音がして、彼が本気で私を心配してくれていたのだと感じた。
「どこか痛いところは? 苦しいところはない?」
ペタペタと私に触り、不安で瞳を揺らす人物──第三王子のロズベルトは、ぼたぼたと大粒の涙を流しながらも、医師やメイドたちに指示を出していく。
あぁ、すっかり断罪のタイミングを逃してしまったじゃないか。
「瞼に傷があるけれど、目が見えにくいとかはない?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
ロズベルトが、そっと触れた左の瞼。痛みは全くといってない。
けれど、その話が出た瞬間に周りの人たちが視線を伏せたことから、大きな傷であることが予想された。
「鏡を見せてもらってもいいですか?」
「あぁ、もちろんだと……も…………」
大きく見開かれた琥珀色の瞳は、またもや潤んでいく。
「声が出るようになったんだね!!!!」
あまりにも嬉しそうに笑うから、私もつられて笑ってしまった。
それは、いつもの微笑みとは違う──アメリアではない、私の笑みだったのだろう。
一瞬、ロズベルトが目を見張った……ような気がした。
「はい、鏡だよ。アメリア嬢の力があれば、治るとは思うけど……。あまりショックを受けないでくれたら、嬉しいかな」
心配そうに渡してくれた手鏡を覗き込む。左の眉下から頬骨にかけて、存在を主張するように傷ができていた。
確かにこのくらいであれば、アメリアの治癒の力でいつでも治せるだろう。
手鏡をふせると、私は微笑みを浮かべた。
今度は間違えないように、きちんとアメリアの笑みを作る。
「残念ながら、私自身には治癒が使えないのです」
本当は、治せるけどね。治さないよ。
これを見る度に、あなたたちは自分達の罪を思い出すでしょう?
心の傷は見えないけれど、体の傷は見えるものね。
忘れさせるものか。優しいアメリアを傷付けた罪を背負って生きていくんだよ。
私も、あなたたちも……。
この傷を治していいのは、アメリア本人だけなんだから。
「そんな……」
いやいや、ロズベルトがそんなにショックを受けなくても……。
確かあなたはアメリアが落ちた時、国外にいたじゃない。外交の仕事をしてたんでしょ? あなたの罪は軽いから。
ほら、カタリナなんか嬉しそうにしてるよ? あれはあれで、どうかと思うけれど、そんなにショックを受けられるとやりにくい。
「わかった。兄さんに責任をとらせるよ。あと、そこのあばずれにも」
…………あ、あばずれ!!??
何という言葉のチョイス。最高だよ!!
心の中で拍手喝采だ。いいぞ、もっとやれ!!
「何で、私が責任をとらなくちゃならないんですか? お姉様が勝手に落ちたのに!!」
「何だ、あばずれだという自覚はあったのか」
「ひどい!! あばずれなんかじゃありません!!」
「寝とるのは、普通にあばずれだろ」
ヤバい。自分で色々とやるつもりだったし、その気持ちは今も変わらない。けど、ロズベルトが最高過ぎる。
指差して、ゲラゲラ笑いたい。できないのが残念だ。
「とりあえず、そこの人間の形をしたクズ共は死刑でいいかな?」
「死刑……ですか?」
悪くはない。
けれど、それでは一瞬で終わってしまう。私の気持ちを言うなら、生き地獄を味わわせたい。死んだ方がマシだと思う人生を歩ませたい。
アメリアを想うなら、生涯視界に入らないように死んでもらうのもありだろう。
でもね、アメリアは優しいから、あんな糞共でも命を落とせば悲しむから、それはできないんだよ。
「なぜ、二人を死刑にするのですか?」
「聖女であるアメリア嬢を傷付けたんだ。当然だろう? 俺個人としては、馬引きの刑をしてからがいいと思うんだよな。あれは、手足の全ての関節が外れて、腱や靭帯が伸びきるだけで、死なないからな。死なせてくれ、と泣き叫んだ後にじわじわとなぶるように──」
「ロズベルト!!!!」
ミュゲルの叫びに中断された、死刑計画。魅力的だったな。
そうか。拷問を受けさせてからの死刑。かなり良い。ロズベルトとは気が合いそうだ。
でも、それをアメリアが賛同するわけにはいかない。だって、アメリアは優しいもの。
「ロズベルト様、お気持ちは嬉しいのですが……」
「そうだよね。アメリア嬢の前で言う内容じゃなかった。ごめんね……」
気付いてくれて、ありがとうございます。全力でその話に乗りたくなるから、お控え願います。
感謝の気持ちを込めて、心の中で頭を下げておく。
実際は視線を少し下げ、困ったように微笑みを浮かべるだけだけど。
「ねぇ、ミュゲル。ロズベルト様、頭がおかしいんじゃないかな。だって、お姉様は勝手に落ちただけだし、私たちは互いに愛し合っている。それだけのことだよ? 悪いことなんか、何もしていないじゃない」
カタリナは震えていた。死刑だと告げられ、現状がやっと見えたのだろうか……。
いや、違うな。自分を正当化したいだけだ。カタリナは、ずっとそういう人だったじゃないか。
どうせ、この後は二人の世界みたいな感じになるのだろう。そんなもの見たくないし、アメリアにも見せたくない。
さっさと断罪して、この国から──。
「……離せ!!」
「ミュゲル!?」
私の思考は、ミュゲルの声に遮断された。ミュゲルに腕を振りほどかれたカタリナは、目を見開き、何が起きたのか分からないといった顔をしている。
ミュゲルはそんなカタリナをもう視界には入れていない。微笑みを浮かべながら、私との距離をつめた。
ミュゲルの瞳は、アメリアの中から見ていたキラキラとしたものではない。
目が覚めた時に見た、濁ったもののまま。欲望に呑み込まれているかのよう。
「すまなかった、アメリア。私は騙されていたんだ」
私の手を恭しく握り、ミュゲルは形の良い眉を八の字にした。
まるで罪は全て、カタリナにあるとでも言うように。