幸せの崩壊
***
ある日、カタリナは、アメリアがミュゲルからもらったネックレスに目を付けた。
カタリナに見つからないようにとドレスの下に隠して着けていたが、目ざといカタリナはネックレスのチェーンで見つけてしまった。
「やだ!! お姉様ったらこんなものも隠していたの? こんなに持っているのに、妹に分けないなんて悪いお姉様ね」
こんなに持っているものは、全てが王家が揃えてくれたもの。決して、カタリナが持ち去って良いものではない。
次々となくなる装飾品やドレスに気付かれないよう、アメリアはメイドが来る前に自分で身支度を終え、誰も部屋に入れなくなった。
メイドの仕事を取るようで申し訳ないが、どうにかして自分で取り戻さないといけないと思っていたのだ。
鞭を見せられ、動けなくなった隙にネックレスは奪われた。
アメリアは、ミュゲルからもらったネックレスを返してもらおうと、必死に手を伸ばす。
いつもなら、もっと早くに諦めた。
けれど、このネックレスは絶対に返してもらわないといけない。そんな想いで、何度でも手を伸ばし続けた。
「何? このネックレスはそんなに大切なの? もしかして、ミュゲル様にもらったとか? それなら、なおさら返すわけにはいかないよね。だって、ミュゲル様も私のものになるんだし」
カタリナはそう言いながら、アメリアを鞭で叩いた。その力はユバルスよりも弱かったが、アメリアの中でつらかった日々が呼び起こされていく。
鞭で叩かれた反動か、それとも鞭から逃れるためか、窓の方へとよろめいたアメリアを見て、カタリナは不気味な笑い声をあげた。
「やだ。今まで、何で気が付かなかったのかしら。邪魔者はいい加減、消えるべきよね。ふふふ……。あははははははははは……」
狂ったように笑う声。
ドンッという強い衝撃。
背中を押されたアメリアは、窓から身をのり出してしまった。驚きで視線を後ろに向ければ、にちゃりと笑ったカタリナと目があった。
危険を察知したアメリアは、慌てて窓から体を起こそうとした。しかし、それよりも早くカタリナに足を持ち上げられた。
ぐらりと視界は反転し、なす術もなく窓から外へと追い出された。
「バイバイ、お姉様。ミュゲル様とは、私が代わりに結婚してあげるから安心してね」
楽しそうに笑う声は、そうするのは当然なのだと主張していた。
落ちていく体。アメリアは瞳を閉じて、強く願った。死にたくない。生きたいと。
私もアメリアに生きて欲しくて、私はどうなってもいいから、アメリアを助けて……と、はじめて神様に祈った。
***
アメリアと私の目が覚めたのは、それから半年後のことだった。
目が覚めたと知らせを受けて、ミュゲルは飛び込んできた。
アメリアとミュゲルを二人きりにしてあげよう。そんな心遣いのもと、アメリアを心配して駆けつけた人たちは静かに部屋を出ていった。
「目が覚めたんだね……。半年も眠ってしまうなんて。どれだけ心配したことか……」
目覚めたアメリアを前に、ミュゲルは喜ぶこともなければ、微笑むことも、涙を浮かべることもなかった。
あんなにもアメリアに愛おしいと語っていたミュゲルの瞳は、どこか濁っているように見える。
まるで、アメリアへの愛を失うどころか、興味すらも失ってしまったかのように。
ミュゲルの様子に違和感を覚えたアメリアだが、声が出ないので、すぐに聞くこともできない。
何か書くものを……と思っている間に、会いたくもない人物が、メイドたちの制止を振りきり、涙を流しながらやって来た。
「お姉様……、目が覚めたのね。良かった……」
突き落とした相手を前に、堂々とした態度のカタリナは、いかに自分がアメリアを心配したのかを語っている。
また何かをされるのではないか。そんな気持ちから、アメリアはカタリナの言葉を上手く聞き取ることができなかった。
けれど、カタリナがミュゲルの腕にぺったりとくっつく姿を見て、アメリアは気が付いた。
膨らんだお腹。
親しそうな二人。
アメリアの胸の中はざわついた。
まさか……という嫌な予感が胸を占めていく。
ミュゲルを見上げたアメリアの視線は、一瞬だけ交わった。しかし、すぐに逸らされる。
手を握りしめたアメリアの様子を見て、カタリナは自慢げにお腹を撫でると、誰にもバレないように勝ち誇った笑みを浮かべた。
「お姉様、ごめんなさい!! ミュゲルの子を妊娠したの!!」
「カタリナ!!」
部屋の外にまで聞こえるような声で言うカタリナに、ミュゲルは慌てた。
そのことが、カタリナのお腹の子は本当にミュゲルの子どもなのだと語っていた。
大切にすると言ったのに。
絶対に悲しませたりしないと言ったのに。
愛していると言ったのに。
アメリアを裏切りやがった!!
今すぐにアメリアの耳をふさいで、抱きしめたかった。アメリアを愛していると伝えたかった。
目の前の糞共を殺したかった。
「アメリア、私の王妃は貴女だから安心して。カタリナは側室だから。アメリアは治癒と、王妃としての執務だけ行えばいいよ。アメリアは話せないから、人前に出るものは、すべてカタリナに頼もうと思う。アメリアもその方がいいだろう?」
何かを取り繕うように、ミュゲルは言う。
まるで、アメリアのためを想っているかのような口ぶりで。
「ねぇ、ミュゲル。もちろん、恋人としての夜の営みも全て私よね? そうよね?」
「当たり前だよ。愛しのカタリナ……。アメリアもそれでいいよね?」
返事もできず、固まるアメリアにミュゲルは言った。アメリアが了承する。本気でそう思っているような顔で。
「どうしたの、お姉様? 頷くくらい、できるでしょう?」
キャッキャ、うふふ……と、いちゃつく糞共。
聖女のアメリアを側室にはできない。けれど、婚約破棄をすれば、王位継承はできないからアメリアが必要なのだろう。
だから、未来の王妃という肩書きを与え、王妃としての大変な部分はアメリアに押し付け、縛り付ける。
聖女としての治癒もさせ、自分達の良いように利用する。
そんな糞としか思えない考えが、透けて見える。
今、もしも目の前にいたら、間違いなく刺していただろう。
あぁ、アメリアが泣いている。顔は微笑んでいるのに、心が泣いている。
こんな時でも、アメリアは涙を流せないのか。声も出せない。なんて、なんて、歪んだ世界だ。
こんなにも優しいアメリアに、世界はちっとも優しくない。
アメリア、あなたには私がいるよ。私が守るから。無理をしないで、ゆっくり休もう……。
アメリアの意識が深く、深く沈んでいく。それと共に、私の意識は初めて表へと向かっていった。
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