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幸せと略奪者


 聖女とは、医療とは別の不思議な力で治癒を行える女性のこと。

 詳しい条件は分かっていないものの、神様から愛されるほどの、心の清らかな女性のみがなれることが判明している。

 アメリアはおよそ百年ぶりの聖女であり、国から保護され、大切にされるべき存在となった。


 つまり、聖女になったアメリアは国からの保護対象。これからは、こんな奴隷のような扱いを受けなくて済むはず。

 やっと、アメリアが幸せになれる。私は、アメリアの中で胸を撫で下ろした。



 アメリアは伯爵家からお城に迎えられ、新しい生活が始まった。


 与えられた自室の豪華さに圧倒され、部屋の隅っこにしゃがみこんでいたり、しきりにメイドさんから掃除用具を借りようとした。

 立派な寝台を使っても良いのか分からず、毛布だけを借りて床で寝ている姿をメイドさんに発見され、ちょっとした騒動になったこともあった。

 他にも、目の前に並んだ食事の種類と量の多さに目を回して気を失ったりと、なかなか新しい環境に馴染めなかった。


 それでも、お城の人たちはいつでもアメリアに好意的だった。

 誰もが親切で、鞭で叩かれることも、意味もなく怒られることもない。

 可愛らしい二匹の猫が(なつ)いてくれて、ひとりのタイミングで遊びに来てくれる。


 ここは天国なのではないか。アメリアは真剣にそう思った。そして、親切にしてくれる人たちを大切にしようと誓った。



 お城での生活が半年ほど経った頃、アメリアと第二王子のミュゲルとの婚約が決まった。

 アメリアが話せなくても、アメリアの意見を聞こうとし、アメリアを最優先してくれるミュゲル。そんなミュゲルに心惹かれるアメリア。


 私は、アメリアはドアマットヒロインのようだと思った。踏みつけられても、踏みつけられても、健気に頑張るヒロインは、最後には幸せになる。

 そんな物語のヒロインのようだと。


 本当は、最初から幸せになって欲しかったが、これから幸せになれるのなら……。

 アメリアの中で、私はミュゲルを見つめた。どうか、アメリアだけを愛して欲しい。そう願った。



「アメリアは、本当に私が婚約者でもいいの? 私は王子だけれど、特筆した才能はない。貴女のことを愛しているけれど、誇れるものはその気持ちだけなんだ」


 アメリアと婚約が決まった後、アメリアの部屋を訪れたミュゲルは言った。

 話せないアメリアは、ミュゲルの手を自身の両手で包んだ。そして、声にはならなかったけれど気持ちを伝えた。

 たった二文字の口の形。それを読み取ったミュゲルは頬を赤く染め、瞳を涙で潤ませた。


「大切にする。絶対に悲しませたりしないと誓うよ……」


 そう言ったミュゲルの声も、手も、小さく震えていた。



 それから二週間後、ミュゲルはアメリアにネックレスを贈った。

 縦に小さな宝石とパールが連なったネックレスは繊細な作りで、アメリアにとても似合っている。


「本当はもっと豪華なものにしようかと思ったんだ。でも、これを見た瞬間にアメリアを思い出したんだ……」


 はにかんだようにミュゲルは笑った。

 アメリアもまた、心からの笑みを浮かべた。


 アメリアの心は幸せに満ちていた。

 愛し、愛される。そのことは、アメリアにとっては夢のような出来事で、生まれてはじめての経験だった。



 ***



 アメリアの王妃教育が始まろうとしていた。


 令嬢としての基本的な教育は粗方(あらかた)済んでいたものの、家庭教師が来るとアメリアの顔色が悪くなるため、教師選びが難航したのだ。

 そんな中、メイロン先生とジェーン先生が再びアメリアの家庭教師に名乗り出てくれた。


 アメリアは先生たちとの再会に涙を流し、喜んだ。

 しかし、微笑み以外の表情を浮かべてしまったことに気が付いて、アメリアは青ざめた。

 鞭で打たれることに怯え、にこにこと笑いながらも顔色は悪い。


 そのことにすぐに気が付いたメイロン先生とジェーン先生は、伯爵家の調査を国へと依頼した。

 しかし、王家はアメリアの保護には積極的であったが、アメリアの生家である伯爵家とのトラブルを避けたいがため、調査には協力的でなかった。

 そのことで、メイロン先生とジェーン先生がとても尽力してくれたということを私が知るのは、ずいぶんと先のこととなる。


 伯爵家を調査した結果、アメリアを迫害していたこと以外に、不正や横領の証拠が山ほど出てきた。

 それでも聖女の生家だからと、軽い刑罰に済まされてしまった。


 聖女の生家が悪事を働いていたとなると、国民からの聖女への求心力が落ちるだろうという、何とも身勝手な理由だった。

 アメリアを守ると言うのなら、爵位を取り上げてしまえば良かったものを……。



 それから、アメリアの機嫌を取るためにか、自身の欲を満たすためにか、カタリナがアメリアに会うという名目でお城へと来るようになった。


 アメリアを、メイドさんたちや先生たちが守ろうとしてくれた。

 それでも聖女の妹だと声高に訴えて、カタリナは好き勝手をした。アメリアは止めようにも、口をパクパクと動かすだけで声が出ない。


 自分に優しい人たちが困っている。その姿にアメリアは心を痛めた。

 自分が鞭で打たれるよりもつらく、初めて誰かを憎いと思った。

 


 カタリナは、アメリアのための部屋をまるで自分のもののように扱った。


「お姉様はいいなぁ……」


 溜め息をつきながら言うカタリナに、アメリアは体を緊張でを強ばらせた。顔には微笑みを浮かべているものの、心の中は冷や汗をかいていた。

 何故なら、幼い頃からアメリアのものを要求する時のカタリナの口癖だったから。


「お姉様ばっかり、お城で暮らせてずるいわ。それに、ミュゲル様の婚約者だなんて。お姉様なんて、聖女の力に目覚めただけで、他には何の取り柄もないじゃない。私の方が可愛いし、みんなから愛されている。それなのに、お姉様が聖女だなんて本当にずるい」


 ずるいずるいとカタリナは繰り返す。そして、壁一面のクローゼットを開けると、中のドレスを一枚ずつ確かめていく。


「このドレスはお姉様には似合わないわ。私がもらってあげるわね」


 そう言って、カタリナはアメリアの返事も待たずに持っていってしまう。


 声が出せないアメリアは、お城で用意してくれたものを取られてはいけないと、必死に抵抗するが、ちらりと鞭を見せられると体が動かなくなる。

 ユバルスに植え付けられたトラウマが、アメリアの動きまでも制御してしまう。


 それを分かっていて、カタリナは鞭を持ってくる。アメリアから全てを奪うために。

 

 

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