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アメリアのもの


「お父様……」


 はじめて見る優しい顔で、知らない人たちに話しかけている父親の姿に、アメリアは立ち尽くした。

 そんなアメリアに最初に気が付いたのは、笑顔の中心にいた女の子だった。


「ねぇ、パパ。あの子はだれなの?」

「あれは、アメリアだよ。カタリナのお姉さまだ」


 アメリアを指で差す、カタリナと呼ばれた女の子。その子にディトルスは優しく話しかけている。

 けれど、次にアメリアへと向けた視線は、厳しく冷たいもの。


「お前の新しい母親のエリスと妹のカタリナだ」


 ディトルスは、ジェファリスが家を出て行き、アメリアが高熱で寝込んでいる間に、浮気相手の子爵家の女性──エリスを後妻に迎えていたのだ。

 エリスが連れてきたカタリナは、アメリアと同い年で、ディトルスと血が繋がった腹違いの妹だった。


「カタリナはお前と違って優しい子だ。決して、傷付けることがないように」


 父親からの冷たい視線と、もう母親は二度と帰ってこないという事実。

 アメリアは、黙ってこくりと頷くことしかできなかった。



 重苦しい雰囲気。それを破ったのは、カタリナだった。

 

「はじめまして。カタリナって言います。ずっと、お姉さまが欲しかったの。うれしい!!」


 そう言って、にこにこと笑いかけてくるカタリナを、新しい家族を大切にしようとアメリアは誓った。

 悲しくて悲しくて、心の中は傷だらけなことには気が付かないふりをして、アメリアは微笑んだ。

 

「はじめまして。お義母様、カタリナ。仲良くしてくれると嬉しいわ」

 


 ***



 カタリナは天真爛漫な性格で、すでに伯爵家に馴染んでいた。

 ディトルスもエリスもメイドたちも、みんながカタリナを可愛がった。

 皆からの愛情をカタリナは当然のもののように受け入れた。


 

「お姉さまは、いいなぁ。陽当たりの良い部屋で……」

「お姉さまは、いいなぁ。カタリナもこのドレスが欲しいなぁ」

「お姉さまは、いいなぁ。このネックレス、カタリナにくれない?」


 カタリナは「お姉さまは、いいなぁ……」と、アメリアのものを何でも欲しがる。

 その度に、アメリアは「カタリナが喜んでくれるなら……」と次々と手放した。


 けれど、アメリアにもあげられないものはあった。

 メイドのアンが誕生日にくれたネコのぬいぐるみと、気まぐれで母親がくれたペンダント。

 どちらもアメリアにとっては、決して手放せない宝物だった。

 それも、ついにカタリナの目に止まってしまう。



「わぁ!! かわいいネコちゃんのぬいぐるみ!! お姉さまは、いいなぁ……。このネコちゃんも、カタリナにくれるよね?」

「ごめんね。このネコは──」

「うわーーーーん!! お姉さまのいじわるっっ!!」


 大声で泣くカタリナをアメリアは必死に(なぐさ)めた。


「私のネコよりも、お父様がもっと可愛いぬいぐるみを買ってくださるわ」

「やだやだやだ!! このネコちゃんがいい!!」

「ごめんね、カタリナ。このネコはあげられないの。代わりにこっちの──」

「カタリナ、どうしたの?」

「ママ!!」


 カタリナが、エリスの胸へと飛び込んでいく。

 その姿に、アメリアの胸は痛んだ。無条件で愛されるカタリナを羨ましく思う自分が嫌いだった。


「お姉さまがいじわるをするの!!」


 大粒の涙を流し、カタリナはわんわんと泣いた。


「お姉さまは、何でも持っているのに! カタリナには、くれないんだ!! 知ってるんだからね。心の中では、カタリナとママをばかにしてるんだって!!」

「そんなことな──」

「どうして妹にぬいぐるみのひとつもあげられないの!!」

「でも、これは──」

「可哀想なカタリナ。こんなに泣いて……」


 日当たりの良い部屋、ドレス、装飾品はあげてしまっても良かった。

 でも、このぬいぐるみはあげられない。


 アメリアは、ネコのぬいぐるみを抱きしめた。

 カタリナは泣き止まず、エリスはぬいぐるみをあげろと言う。

 騒ぎは大きくなり、ディトルスがやって来た。


「何があった?」

「パパ!! パパ聞いて!! お姉さまったら、ひどいの。ネコちゃんのぬいぐるみをくれないの」

「こんな古びたのではなく、カタリナには新しいのを買ってあげるよ?」

「ううん。カタリナは、このネコちゃんがいいの」

「そうか」


 つかつかと歩いてきたディトルスは、アメリアからぬいぐるみを取り上げた。


「アメリア、可愛い妹を泣かすなんて悪い子だ。罰として、庭の落ち葉を全て掃いてくるように」


 アメリアの言葉を何も聞いてはくれなかった。

 それだけではない。アメリアを悪として、罰まで与えた。


 殴ってやりたかった。アメリアだって、同じ娘なのに。

 何でも欲しがる糞ガキ(カタリナ)の頼みをはじめて断った理由すら聞かない。

 このクズ共の口を針と糸で縫い付けたい。これ以上、アメリアが隠れて泣くことのないように。



「カタリナ、これ以上泣かないでおくれ。可愛いカタリナの目が真っ赤だ」


 ディトルスは、泣いているカタリナを片手で抱き上げてぬいぐるみを渡した。

 カタリナは満面の笑みでぬいぐるみを受け取ると、「パパ大好き」とディトルスの首に柔らかな手を回す。


「お姉さま。次からは、わがままを言わないでね」


 ディトルスとエリスと共に部屋を出ていく時、カタリナは笑顔で言った。

 アメリアは、小さな手を真っ白になるほど強く握りしめた。そうしなければ、泣き出してしまいそうだったから。


 私はアメリアの中から、それを見ていた。

 どんなに(なぐさ)めたくても、私にはそれは叶わない。

 誰かひとりでいい。アメリアを大切に想って欲しかった。アメリアの悲しみに寄り添って欲しかった。

 アメリアの幸せを願うことしか、私にはできなかった。



 アメリアは「欲しい欲しい」とねだられ続け、時にはディトルスとエリスの介入によって、ひとつ、またひとつとカタリナのものになっていった。


 (しま)いには母親からもらった唯一のペンダントまでも失ったアメリアの手元には、カタリナの欲しがるものは何もなくなっていた。


 伯爵家の後継者という肩書きと、屋根裏部屋だけがアメリアのものだった。



 その後継者も名ばかりで、最初は罰として言いつけられた掃除や洗濯を、いつしか当然のようにさせられるようになった。

 アメリアはメイドのように……。いや、奴隷のようにこき使われた。


 淹れたお茶がぬるいと何十回もカタリナのために、お茶を淹れ直したこともあった。

 手が滑ったと、頭から水をかけられたこともあった。

 床が汚れていると、朝まで磨かされたことも。

 まともな食事がもらえないことすらもあった。


 それでも、アメリアはめげなかった。

 アメリアの小さな手は、いつもひび割れていて、水を汲んだバケツを運ぶからマメができていた。


 たまに優しくしてくれる者も現れたが、その人はすぐに姿を消した。


 アメリアに優しくすれば、屋敷を追い出される。

 それが、屋敷で働く者のなかで常識となった。


 

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