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【連載版】ドアマット聖女に花束を~虐げられた聖女が心を閉ざした時、聖女の中の人は旅に出る~  作者: うり北 うりこ@ざまされ2巻発売決定
第二章 聖女の中の人

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薬屋さん


 ***

 

 はい、薬屋さんの前に到着しました‼

 市場、関係なかったよ。

 まぁ、あれよね。この後に市場を見ながら力を込めるものを探せばいいよね!

 

 ロズのストーカーたち?

 無事にロズに強制移動させられましたよ。

 話しかけようと近付いてくる度、姿を消すとか……。普通に怖かった。

 しかも、ロズの表情が全く変わらないもんだから、怖さ倍増だった。

 どこに飛ばしたのか聞きたかったけど、知ったら終わりな気もして聞けていない。

 世の中、知らない方がいいことってあるよね。



 カラン、カラン……。


 ロズが木製のドアを押すと、キィーっと小さな音を出しながら扉が開いた。

 ここに来る途中にお店の場所を教えてくれたおじさんの言葉を思い出す。

「待っていても店主は出てこないよ。何か果物を持っていくといい。釣られて出てくるから」

 その言葉にふっくらとした人物を想像していた。けれど、出てきたのは──。


「いらっしゃい」


 めちゃくちゃ背が高くてひょろりとした男性だった。

 口の周りはヒゲがもじゃもじゃで、帽子をとても深くまで被っている。

 声も小さくて、猫背で、覇気(はき)がない。

 よくよく見れば、目の下の(くま)がすごい。


「あの、眠れていますか?」


 私たちが買ってきたオレンジやさくらんぼに目が釘付けになっている彼に話しかければ、ぼんやりとした目がこちらに向いた……ような気がする。


「寝てる。寝たくないのに、気がつくと床にいる」


 ん? それって、限界を超えて起きていて、気絶したように眠っているってこと?


「用事は?」

「薬を買いに来ました」


 薬屋なのだから、それ以外ないだろうに……。

 私の口から出た言葉に、自分でがっかりしてしまう。


「症状は?」

「食欲不振と頭痛です。旅の途中なので常備できる薬もあれば見せてもらえますか?」


 元気なので症状を聞かれてしまい悩んでいれば、ロズが助け舟を出してくれた。


「飲むのはどっち?」

「基本的には彼女が」

「へぇ……妻じゃないのか」

「結婚はまだなんです」


 どうでも良さそうに会話を続ける店主の『妻』という言葉にロズが動揺したのが分かったので、今度は私が答える。

 ロズは妻や結婚という話題に弱い。

 昨日も新婚か聞かれて慌てていたし……。

 あんなに女性にまとわりつかれていたのに、何でこんなに初々しいのか。謎だ。


「食欲不振と頭痛の薬はない。胃腸薬ならある」

「他にはどんな薬があるんですか?」

「熱冷まし、咳止め、傷薬、湿布薬だ」


 コトリと目の前に並べてくれたビンや乾燥させて調合された薬草らしきものを見る。

 魔法がある割には、思ったよりも発展していない。

 断りを入れて開けたビンは、ツンとした刺激の強い臭いがした。鼻の奥が痛ければ、目も痛い。

 いかにも、草をすり潰しました! という色通りの……。ううん、想像以上の臭いだった。

 何だか目の前がボヤケているのは、この刺激臭によるものだろう。


「どのくらい日持ちしますか?」


 きっと長期保存は無理な生モノだろうと、むせそうになるのをどうにか堪え、質問をする。

 私の反応はよくあるものなのか、気にした様子はない。


「こっちは数ヶ月保つが、こっちは数日」


 乾燥したものはやはり日持ちするのか。

 うーん。思ったよりも種類が少ない。

 街の規模の問題なのか、この人の腕なのか。それとも、この世界の医療が進んでいないからのなのか……。


「少量ずつ全て購入できますか?」

「……同業か。ここらで店を開くのか?」


 しまった。警戒されたかもしれない。

 普通は全部は買わないよね。日持ちのしない薬は辞めとくべきだった。最悪、売ってくれないかも……。


 自身のうかつさに言葉が詰まる。

 すると、ロズが会話を続けてくれて、またもや助けてくれた。


「いえ。旅を続けながら、薬売りがいないような集落で売るつもりです。あなたに迷惑は決してかけないと誓いますよ」

「店を閉めたいから、ここらで開業してくれたら有り難いんだけどな」


 店を閉めたい? 呟かれた言葉に心の中で首を捻る。

 辞めたいではなく、何で閉めたいって言ったんだろう。

 移転したいという意味かな。それとも、薬屋自体を辞めたいんだろうか。


「あの、お店を閉めたらどうするんですか?」

「研究だけをする」

「研究ですか?」

「治したい病がある」


 あぁ、そうか。

 きっと、いるんだね。大切な人が。


 なぜ床で寝ていたのか。

 私たちに近くで薬屋を開いて欲しいのか。

 分かってしまった。

 優しい人なんだろう。責任感が強い人なんだろう。


「その人の病気が治ったら、その後はどうするんですか?」

「どうもしない。変わらず薬屋として細々と生きていくだけだ」


 淡々と言うけれど、心はもう決まっているのだろう。

 自身が倒れるまで研究し、見返りは求めない。

 相手は誰なのだろう。

 親だろうか。恋人だろうか。それとも、友人だろうか。


「もし、誰かがその人の病気を治せるとしたら、あなたはどうしますか?」

「ハレ……」


 ロズが小声で私を呼ぶ。

 それ以上はやめろと視線が言っている。


「自身の手で治したいですか?」


 心配してくれている。

 迷惑をかけるかもしれない。いや、かけるだろう。

 それでも、聞かないと後悔する予感がする。


「治せるのなら、誰でもいい。あいつが幸せになれるなら、なんでもいい」


 痛いほどに分かるんだよ。

 同じだ。同じなんだ。

 ロズも、この人も、私も……。


「その人と、どういうご関係なんですか?」

「聞いてどうする」

「どうもしません。ただの興味です」


 帽子の下から、探るようにじっと見られている気がする。

 きっと気のせいではないだろう。


「幼馴染だ」


 ため息と共に吐き出された言葉。

 もういいだろう、と言いたげな空気をまとっている。


「会い──」


 会いたい。そう伝える前に、口を手で塞がれた。


「ハレ……」


 小さく首を横に振られる。

 ロズの言いたいことは分かる。

 私が逆の立場でも同じことをしただろう。



「サービスだ。持ってけ。その果物と交換してやる」


 いつの間にか小さな容器に塗り薬は移されていた。


「薬が必要なら、容器を持ってくれば、少し安くなる。まぁ、もう会うこともないだろうが」

「あ……ありがとうございます」


 拒絶を感じた。

 もう来るなと言われている気がする。

 色々と聞きすぎた。


「また来ます」


 そう告げれば「そうか」と一言だけ返ってきた。


 

 お店から出れば、ロズが物言いたげな視線を私に向けた。


「ごめん」

「どうする気だ?」

「分からない。だけど、あの人の気持ちは痛いほど分かった」


 それはロズも同じだ。

 少しの沈黙の後、ロズは私の手を引いて歩き出す。


「やることは同じだ。薬を作るんだろ? その過程で運良く治ることもあるかもしれないよな」

「──っっ!!」


 いいの? とは聞かない。

 きっと困ったような顔で笑うんだろう。


「ありがと」


 ロズからの返事はない。

 けれど、眼差しは優しかった。

 

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