市場に来たよ
***
「おぉーー‼」
目の前に広がる屋台や路上にシートを敷いた店の数々。
人々の往来。見たこともない品々。
何よりも美味しそうな食べ物たち‼
自然とテンションが上がり、感嘆の声が自然と出た。
私たちは宿からおよそ十五分ほどの距離を歩いて市場へとやってきたのだ。
前世で言うならば外国風の市場の雰囲気にわくわくしてしまう。
まるでおのぼりさんのようにキョロキョロと見回していれば、一つの屋台が目に止まった。
本来の目的は分かっている。それでも気になるものは、気になるのだ。
「ねぇ、あれって何の串焼き?」
美味しそうな匂いにつられて我慢できなくなり、屋台を指差す。
香ばしい匂いが朝食を済ませたというのに食欲をそそる。
「うさぎだな」
「んぇ?」
う、うさぎ!!??
いや、食べられるのは知っているよ。前世でも、珍しいお肉が食べられるお店に行くとあるってテレビで見たこともあるし。
「食べてみるか?」
「えっ⁉」
どうする?
正直、興味はある。匂いだけで美味しいのが伝わってくる。
だけど、うさぎだよ?
あの可愛いうさぎを食べるの?
いや、既に串焼きになっているから大きな抵抗感はないけれど。
でもなぁ……。
「うまいぞ。ビールに合う」
「ビールがあるの⁉」
なんてこった。もっと早く知りたかったー‼ って、アメリアはお酒を口にしたこともないんだよね。
私が先にお酒を堪能してもいいのかな……。
まるでテレビを見るかのように中から見ていただけだったから、視覚や聴覚は共有できたけど、味覚や触覚はできなかった。
だから、アメリアにビールの苦みにビックリする初体験はとっておける。
何より、私はビールが大好きだ。
仕事終わりのビールは最高だった。
むしろ、仕事をしていて良かったことと言えば、仕事終わりのビールが美味しかったこと以外ない。
いや、ビールは仕事をしていなくても最高に美味しいのだけども。
大好きなビールに合う串焼き。
是が非でも食べたい。欲を言えば、ビールもセットで欲しい。
いやいやいや、まだ朝だ。ビールは夜に飲めるか聞こう。
悩んでいれば、するりと手を握られた。
「よし、行こう」
屋台の方へとロズは歩き出す。
「あのー、手を繋がなくてもはぐれませんよ?」
「この混雑だ。万が一もあるだろ?」
えー、過保護過ぎない?
また、おかんになってるの?
「それに、さっきからじろじろと見られてる。気付いてないだろ」
「じろじろ? 誰に?」
「色んな男にだよ」
あぁ!! そういうことか。
アメリア、美人だもんね。黒い服に黒い眼帯でも、その美しさは隠せないよね。
分かるわぁ……。
「ありがとね」
ナンパされる前に牽制してくれて、助かる。
ロズみたいなイケメンと手を繋いでいたら、ほとんどの男の人は諦めてくれるだろう。
「したくてしたことだ。塩とタレ、どっちがいいか?」
「うーん。タレ……。いや、塩……。んーーーー。やっぱ、タレにする!!」
どちらも捨てがたい。
素材の味を楽しむなら塩だけど、タレの匂いを嗅いたからなのか気分的にはタレだ。
こういう時は、今の気分の方を食べたほうが美味しく感じるし、後悔しない。
塩は次のチャンスに食べよう。
一週間、この街にいるのであれば、また機会はあるはずだ。
「両方食べればいいんじゃないか?」
「ううん。それだと食べ過ぎだもん。塩味は次の機会に取っとくことにする」
一大決心をしたかのように言えば、くつくつと笑われる。
優しい眼差しが何だか小さい子を見ているかのようで、少し居心地が悪い。
「半分ずつにしよう」
「いいの!?」
ロズの言葉に被せるように言ってしまった。
そのことで更に笑みを深めたロズの脇腹を小突く。
「大人だからね!?」
誰がとは言わなかったが伝わったようで、大笑いされた。
まさか、こんなに笑われるとは……。
「ご……ごめ……」
「笑いながら言われてもねぇ」
わざとらしく大きなため息を吐く。
ロズは笑うのを止めようとすればるほど、更に笑ってしまうという悪循環に陥ったらしい。
肩を震わせ、目尻の涙を長い指で拭っている。
うーん。何だか視線が痛い?
うわーお。すんごい見られてるよ。
ロズの色気に周囲の目は釘付けだ。
さっさとこの場を退散した方がいい気がする。
一部、目がギラギラしている人がいるもん。ロズが狙われている。
でも、その前に──。
「タレと塩、一本ずつください‼」
ちゃんと、串焼きはゲットしないとね。
あー、美味しそう。ビール飲みたいわあ。
受け取った串を片手に、もぐもぐと食べながら移動する。その間もロズの手はしっかりと握ったままだ。
牽制、大事だよね。
数人、後を追ってきている人もいるけど、見てきていた人の数は減った。
もうちょっと手を繋いでいたら、諦めていなくなるかな?
一端、彼女たちのことは忘れよう。
串焼きと今後のことに集中だ!
「まずは、どんな薬が売っているのか見たいな」
「あぁ、それがいいだろうな。目立たずにやるなら、似た見た目にした方がいい」
「だよね。色々と種類も考えているけど、やり過ぎはダメだしね」
真面目な話をしているのに、私の頭の中をビールの影がチラついてくる。
甘じょっぱいタレ、柔らかくて臭みの少ないお肉。
ほんの少し焦げた箇所や、ちょっと濃い味が、最高にビールを呼んでいる気がしてならない。
「ハレ、顔が笑ってるぞ?」
「……ごめん。戻んない」
美味しすぎて無理だ。
どんなに真面目な話をしても、にやにやが止まりそうもない。
ビールを飲んだら、声を出して笑っちゃうと思う。
「ビールも買おうな」
「ありがとう‼‼ 夜にお願いします」
借金は増えるけど、あとで返す。
ビールが飲めるなら、気合も倍になる。
元々、すんごいやる気があったのに、今は無双モードに突入した。
今なら何でもできると思う。
ビールは私のガソリンだからね。
***
味わって食べたものの、あっという間に食べ終わったので、串をゴミ箱へと捨てる。
そして、ロズと腕を組んだ。
手を繋いで歩くくらいでは、ロズを追いかけ回すギラギラとした視線が無くならなかったのだ。
ならば、もっと親密なところを見せればいい。
「嫌かもしれないけど、我慢してね」
耳に口元を寄せて、小声で話しかける。
これも撃退するためなので、ロズには我慢してもらうしかない。
「大丈夫だけど、どうしたんだ?」
「どうしたって……、狙われてるじゃん」
「あー。いつものことだから、気にしなくて大丈夫だ」
いつものこと?
えっ!? いつものことって言った!!??
「最悪、相手を移動させるから問題ない」
「移動……」
「魔法って便利だよな」
うん。便利でしょうね。
でも、何とも言えない気持ちになるのは何でだろう。
……相手を傷つけることもないのだから、平和的解決ってやつなのかな?
そういうことにしておこう。
うん。それがいい。それがいいよ……ね……?
ビールの話が出ましたが、私はビールが飲めません。
炭酸を口の中が痛すぎて飲み込めないのです。
美味しそうにビールを飲む人を、いつも羨望の眼差しを向けています。




