思わず伸びた手
歯切れの悪い返事をしてしまったからなのか、ロズがじっと私を見た。
その視線に耐えられず、私の視線はロズから外れていく。
「ハレ? 何か隠して──」
「あっ‼ そういえばロズに聞きたいことがあったんだけど」
にゃんた、みゃーこ。お願いだから、目を細めて私を見ないで。
分かってるから。わざとらしい話題の逸らし方だってことは。
「……聞きたいことって何だ?」
困ったような顔をしながらも、深く聞いてはこない。
有り難いけれど、申し訳なさが大きくなっていく。
それでも言えない。
にゃんたとみゃーこと約束をしたから。
約束は絶対だ。二匹がいいと言うまでは……。
「あの、お金のことなんだけど」
「金?」
不思議そうに小さく首を傾げるロズに、私まで首を傾げてしまう。
「私って無収入じゃない? ここの宿のお金もロズに立て替えてもらってるし、服とか眼帯もでしょ? 一体いくらくらいが相場なのかも、どうやってお金を返したらいいのかも分からなくて……」
あぁ……。言ってて情けなくなってきた。
無一文なんだよね。
どうにかして、稼ぎたい。
でも、この世界のお金のことは何も分からない。
アメリアはお金を自由に使ったことがない。
街に行ったこともない。
やったことがあるのは、奴隷のようにこき使われることと、鳥かごの中から出ることなく治癒を行うこと。
結局、聖女になってからも自由の欠片すら手に入れられていない。
アメリアはそのことを疑問に思うことさえできなかったけれど……。
「そうか。アメリア嬢は外の世界を知らないもんな……」
ぽつりと呟くと、ロズは紙にインクを走らせた。
「なるほど。今いる宿は高いんだね」
「清潔さや居心地、安全性を考えたら安いだろ」
「そんなことないよ。だって一般的な収入が一月あたり銀貨七枚から八枚なんでしょ? 一泊あたり一部屋銀貨二枚は高級宿だよ」
それなのに、部屋がめちゃくちゃシンプルだ。
確かに清潔感はあるけれど、もっと豪華でいいと思う。
「俺が言ったのは、一般的な平均収入だろ? こういう宿を使うのは、金のある商人とか裕福な家だけだ」
「それじゃあ、一般的な収入の人たちはどうするの?」
「そもそも、旅をすること稀なんだ。生まれた土地から出ないまま生涯を終える人も多い。それでも旅をする場合は、教会に泊めてもらう」
「えっ!! それなら私たちも──」
「即、取り込もうとされるぞ」
「……教会も聖女の力が欲しいのかぁ」
そうなると、高くても宿に泊まるしかなくなる。
野宿することもあるだろうけど、可愛いアメリアの体だ。それはなるべく避けたい。
「必要経費ってことかぁ」
必要経費のバカ高さに目眩がするが、仕方がない。
少しでも稼げるようにしよう。
借金がかさんでいく。
「金は国に請求できるし、聖女として治癒した時にもらってるだろ?」
「えっ? お金は何ももらってないよ」
「…………俺も蓄えはあるからハレは心配しなくていい」
なんだ、今の長い間は。
ロズの顔も怖い。
これは、国がきちんと支払わなかったやつか。
ふーん。へーぇ。ほーぉ。きちんと回収しないとだね。利子付きで。
「アメリアのお金は当然支払ってもらうとして、そのお金は使いたくないかな。アメリアのものだし。あと、ロズに金銭的負担をかけるのもイヤ」
「そうか。それなら、国に旅の費用を別途請求するのは……嫌なんだな」
「うん」
国に請求もしたくないし、ロズの負担になりたくない。
だから、どうにかして稼ぎたい。でも──。
「治癒の力を使えば目立つよね……。他にできることって何だろ」
前世の知識を使って、この世界にないものを広める?
それがこの世界にあるのか、ないのか。それすらも分からない私には難しいか。目立つことに成りそうだし。
この世界にあって、目立たず稼ぐ方法。しかも、それなりに実入りの良いもの……。
えっ!? 無理じゃない? ハードル高すぎるんだけど。
「ハレの治癒の力って、モノに込められないのか?」
「モノ?」
「飲み物とか食べ物に込められたら、薬として売れるだろ?」
なるほど。
それができれば、実入りが良さそうだ。
ロズは頭まで良いのか。天は何物も与えたんだね。
……ううん、ロズが生きようとしたからこそ手に入れた力なのかも。
「やったことないけど、やってみる」
前世での風邪薬的なやつがいいよね。
効きすぎ厳禁だから、微調整が必要かな。
胃腸薬、頭痛薬、総合かぜ薬はマストとして、子どもと大人は分量が違うから準備はきちんと……って、そこは関係ないか。治癒の力を込めるんだもんね。
あとは、湿布薬、うがい薬、子ども用にシロップみたいな飲みやすいのも欲しいよね。
「販売は俺に任せてもらってもいいか?」
「わっ! 助かる!! そうしたら、取り分も決めないとだね」
「取り分?」
「仲介手数料ってやつ? 私が六でロズが四でもいい?」
「いや、ちょっと待っ──」
「半々じゃなきゃダメかな?」
これでも図々しいかも。
もし、治癒の力を込めたものを作れるのだとして、労力が見合わない。
「やっぱり、私の取り分を三に──」
「ちょっと待て」
「えっ?」
おや? 何だか不穏?
「どうやったら、そんなになるんだ?」
「まさか、私の取り分が三でも多かったパターン⁉」
世知辛いけれど、面倒なところはロズがすべてやってくれるんだもん。仕方がな──。
「んなわけあるかっ‼」
すごい勢いに、思わず体が後ろにのけぞった。
そのままボスンと仰向けに倒れてしまう。
白い天井を眺め、驚きのあまり瞬きを繰り返す。
そんな私の顔をにゃんたとみゃーこが覗き込んだ。
「大丈夫みゃ?」
「起きられるにゃ?」
にゃんたは楽しそうに、みゃーこは心配そうに言う。
大丈夫だとお礼を言いながら起き上がれば、ロズは気まずそうな顔をしていた。
「すまない」
まるで重罪でも犯したかのような雰囲気に苦笑してしまう。
「私が勝手にひっくり返ったんだよ。ロズが謝ることじゃない」
「いや。女性相手に大声を出してしまった。悪かった」
頭を下げられ、思わず手が伸びた。
「大丈夫だって言ってんじゃん! でも、ありがとう」
「ありがとう?」
「心配してくれて、ありがとう」
私の手によって混ぜっ返されたロズの髪はぐしゃぐしゃだ。
そんな頭でキョトンとした顔をしているロズは、どことなく幼く見える。
あーぁ。あんなに親しくならないように気を付けてたのにな……。
前世では無意識に壁を作れていたのにな。手遅れだったじゃん。
アメリア一番。これだけは決して変わらない。
自分の意思とは関係なく、ロズも、にゃんたも、みゃーこも、大切な存在になってしまった。
仕方がない、諦めよう。認めてしまおう。
ねぇ、アメリア。
私にもこれから大切な人が増えるかもしれない。
それでも、あなたにまた表に出て欲しいという想いは変わらないよ。そのためなら、何でもする。
だからね、お願いだから遠慮だけはしないで。
この体はアメリアのもので、アメリアはアメリアの人生を歩んでいくんだよ。
心が回復してきたら、でてきてね。
この世界にはアメリアの知らない美しいものが、きっとたくさんあるから。




