これでいいんだよね?
「俺もアメリアを愛している。けど、ハレのことも友人として心配だ」
「友人?」
えっ?
だって、私とロズは今日、出会ったんだよ?
私はアメリアの中から見てきたけど、ロズは違うじゃん。
それなのに、友だち?
あれか? 出会って話したら、みんな友だちとか言う感じ?
いやいや。ロズは浮いた話が多かったけど、そんなタイプじゃない。それくらいは、この短時間で分かっている。
「……困るよ」
思わず本音が溢れた。
だって、この体はアメリアに返すのだ。
それが私の願いであり、私にとっての幸せだ。
それなのに、誰かと親しくなってしまったら、悲しませる人ができてしまう。
私自身がまだ生きたいと願ってしまうかもしれない。
その気持ちを、もしアメリアが感じてしまったら?
優しいアメリアは、私に体を譲ってしまうだろう。
そんなのはダメだ。
「私とロズは、アメリアのために生きる仲間でしょ? アメリア親衛隊だもん。友だちとはちょっと違うかなー」
誤魔化すようにへらりと笑う。
言っていることに嘘はない。
けれど、私の気持ちが見透かされてしまいそうで、ロズの目が見れない。
色んなことに言い訳をしているけれど、本当はただ怖いのだ。
自分の感情がアメリアに何かしらの影響を与えるんじゃないかって。
アメリアが現実に帰りたくないと思う原因になってしまうんじゃないかって。
これ以上、親しくなりたくない。
友だちという関係になりたくない。
もし、ロズのことが大切になってしまったら、アメリアだけを優先できなくなってしまう。
私には、いくつもの大切なものを守れる力なんかない。
アメリア一人だって、守れなかったのだから。
「例えハレが友人だと思ってなくても、俺はハレを友人だと思っているよ」
優しく細められた琥珀の瞳。
泣きたいような、逃げ出したいような、よく分からない感情が胸のなかをぐるぐるとしている。
「……ごめん」
笑って誤魔化すことも、気持ちを偽ってお礼を言うこともできなかった。
ロズより長く生きた。
それでも、私はロズのようにすべてを包み込むような優しさはない。
どうしてなんだろう。どうして、ロズはいつか別れが来ると知っているのに、親しくなれるのだろう。
「もし、いつか言えるようになったらでいい。教えてくれないか?」
何を……とは言わなかった。
それでも、ロズの言いたいことは分かる。
優しい人だ。
これまでの人生で出会った人のなかで、二番目に優しいのはロズだろう。
もちろん、一番はアメリアだけども。
「ありがとう」
きっと、言えない。どうしてロズと親しくなりたくないのかは。
だけど、もしも言えるようになったら伝えるよ。
ロズ、ごめんね。
それから、私はロズに前世のことをたくさん話した。
ロズは特に学校のことに興味深々と言った感じだった。王国には、貴族向けの学校しかない。
だから、識字率も驚くほど低いし、職に就くのも親から子へと受け継いでいるか、子どもの頃から弟子入りして学ぶことが多い。
それが悪いことだとは思わない。
けれど、貧しい家の子は貧しいまま大人になる。そして、その子どもも貧しくなるだろう。
貧困のループからは、余程の幸運に見舞われない限り抜け出せない。
チャンスがないのだ。
「誰もが学べるようにしても、子どもに学ばせる親は少ないだろうな」
「働き手が減るから?」
「それもある」
それも?
それ以外って何があるんだろう。
答えを知りたくて、じっとロズを見る。だけど、視線が合わない。
「ロズ?」
どうしたんだろう。ものすごく言いにくそう。
あれか? 親が妬むのか?
「親の言うことだけを聞けばいい。親は子どものことを決める権利かある。そう思う親も一定数いる」
「……一定数って、どのくらいなの?」
「少なくても三割……いや、四割くらいはそう思っていると思う」
「子どもは親の所有物ってこと?」
何だ、それは。
そんなことあっては、ならない。
そう思うと同時に、アメリアに対する糞親の態度を思い出す。
カタリナは可愛がられていたけれど、アメリアは虐げられてきた。
同じ人間に対する態度じゃなかった。
「自分の子どもになら、何をしてもいい。そんな糞を私も知ってるよ」
私の言葉にロズは真剣な顔で頷いた。
「特に農村部の親は嫌がるだろう。課題だらけだ」
「子どもを学ばせると国が補助を出すのは? 自分にも得があるなら、学ばせられる親も多いんじゃない?」
「それができたらいいんだけどな……」
「国自体は裕福に見えたよ?」
「貴族へのご機嫌取りと、その場しのぎは上手いんだけどな。先を見た政策はできない」
まるで苦虫を噛み潰したかのような表情に、国王様のダメっぷりを思い出す。
頭を振ったらカラカラと可愛い音でもしそうな思考の持ち主だった。
よく裕福な国でいられたものだ。あれか? 先王様とか歴代の国王様が優秀で、その貯蓄を使っているのか?
うーん。国王様はダメ。ミュゲルもクズで話にならない。
そんなんなら、もうさぁ──。
「ロズが国を治めるのが一番いいんじゃない?」
思いつきで発した言葉だけど、それが一番いいように思える。
ロズは国民のことを大切に思っているみたいだし。
「俺は国を捨てたから駄目だ。国よりもアメリア嬢を選んだ」
そう言ってロズは微笑んだ。
その目には覚悟が宿っているように見える。
もしかしたらロズにはアメリアを連れて国を出る日も想定していたのかもしれない。
まさか、中身が私に入れ替わるとは思ってなかっただろうけど。
「それでも、国王様とミュゲルよりもロズが国を治めたほうが幸せになれると思う」
「そうかもしれない。だが、俺は何度でも、国よりもアメリア嬢を選ぶ。国王として、あってはならない姿だ」
マジメだなぁ。
現国王だって自分の都合を優先させているし、ミュゲルも似たようなものだろうに。
「それならさ、アメリアのための国を作ったらいいじゃん」
「は?」
「たくさんきれいなものを見て、アメリアが表に帰ってきてくれたらさ、ロズが作ってよ。アメリアが安心して暮らせる国を。優しい国をさ」
そうなったらいいな。そんな願いを込めて言う。
だって、その時にはきっと私はいない。
私がいなくなった後、ロズがアメリアを守ってくれるのなら安心できる。
国民のことをこんなにも考えているのに、アメリアのために国まで捨ててくれるくらいだもん。
アメリアのことを何が何でも守ってくれるだろう。
「その時はハレも一緒に頑張ろうな。ハレの前世の知識と俺の魔法があれば最強だ」
「そう……だね……」
どうして叶いもしない先の話をするんだろう。
ロズは一体何を考えているんだろうか。
分からない。
それでも、私が消えてしまう可能性があることを知っているのだとバレないようにするために、私は嘘をつく。
「アメリアのために世界一優しい国を作らないとね」
にゃんた、みゃーこ。本当にロズには黙っていた方がいいんだよね?
知らないフリをするのも、守れない話をするのも、何だかちょっとしんどいよ。




