新婚さんですか?
***
ゆさゆさと揺られ、意識だけではなく、体も目が覚める。
「にゃんた……」
『おはようにゃ』
「うん、おはよう」
目の前にある可愛い黒猫。瞳の色がアメリアと同じ紫なのは、たまたまなのだろうか。
きれいな瞳が細められるのを間近で眺めながら、聞いてしまったことを言おうと決意する。
アメリアが目覚めたら消えてしまってもいい、そう思っているって。だって、それが正しいかたちだ。
私という別人格がアメリアの中にいることが、おかしいのだ。
「あのね……」
『主、見るにゃ!!』
『キレイみゃよ!!』
にゃんたの手が指した方へと視線を向ける。
「わぁ……!!!!」
橙色の空。
アメリアは見たことがない空だ。私も見るのは久々で、胸がギュッと苦しくなる。
「アメリア、きれいだね」
私の目を通して、アメリアにも届いているだろうか。一個目の美しいものだ。
ほろりと右の瞳から涙が溢れた。
「ロズ。きっと、アメリアにも届いたよ」
この美しい夕焼けが、アメリアの心を癒してくれたらいいな。
優しく笑うロズに笑いかける。
ロズも私と同じくらい、アメリアのことを想っている。同じ気持ちでいてくれる人がいるって、心強い。
「アメリア嬢に、もっといろんなものを見てもらおうな」
「うん!」
まずは、ひとつ。
空も星も太陽も花も、心からの笑顔も、みんなみんな届けるよ。アメリアの幸せこそが、私の願いだから。
「もう少しで町につく。後ろに乗れるか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとー」
一度、馬から降りたロズは、私を馬に乗せてくれた後、ひょいっと軽やかに前に乗る。
にゃんたとみゃーこもまた、私の後ろにくっついて乗っている。
「よく落ちないね。大丈夫なの?」
『これくらい、朝飯前にゃ』
『乗っているふりして、浮いているのみゃ。その方が、馬さんも軽くて楽チンみゃよ』
なるほど。にゃんたとみゃーこだからできる技か。
馬に揺られ、みゃーこの背中が物凄く快適だったのだと思い知らされる。
さっき、食べ過ぎたのかな。ちょっとお腹痛い。それに、腰とかもしんどいなぁ……。
自己治癒をしようか悩む。神様がくれた特別な力を自分に使うのは、ちょっとだけ抵抗がある。
口の中をやけどした時は、あまりの痛さに迷わなかった。けれど、我慢できる範囲のものは自分だけズルをしているように感じてしまう。
「ハレ、大丈夫か?」
「何が?」
「いや。何となくなんだけど……」
そう言いながら、馬を減速させてロズは振り向いた。
「……顔色が悪い。ごめんな、無理させ過ぎた」
「大丈夫だよ。つらかったら、自分で治癒するから」
「ギリギリまでしないだろ?」
えっ? 何で、分かるの?
驚いてロズを見れば、苦笑されてしまう。
「馬に乗って体が疲れたり、痛くてもハレは自分の治癒をしなかっただろ? 人のだったら我慢するなとか言って、治癒しそうなのにな」
「そんなこと……」
『あるみゃね。アメリアと同じみゃ』
『聖女の素質って、そういうとこなのかもしれないにゃー』
何かを納得したように、みんなが頷いている。
自分を治さない=聖女、にはならないと思うんだけど。
「アメリアは聖女だけど、私も聖女なの? アメリアの中にいるから聖女の力を使えるんじゃなくて?」
『アメリアもハレも聖女だにゃ』
『魂キラキラみゃよ!!』
私にはよく分からない、魂キラキラ。
それでも、私も聖女だというのはやっぱり事実なのか……。アメリアみたいに私の心はきれいじゃないのに、不思議だ。
「ハレ、自分の治癒しろよ」
悩んでいれば、ロズに急かされる。それでも、やっぱり気が進まない。
「やっぱり──」
「その体はハレのでもあるけど、アメリア嬢のでもあるよな?」
「うん。そうだけど、どうしたの? 突然、そんなこと──」
ヤバい!! 急いで治癒しないと!!
疲労回復もしたいから、全身だよね? そうしたら、胸に手を当てる感じでいいのかな?
じわりじわりと体に温かさが広がっていく。お腹の痛みも和らぎ、体も軽くなる。
『どうして突然、治癒したのみゃ?』
「アメリア嬢の体だからだな」
『ハレは、アメリアが世界の中心だもんにゃ。アメリアが痛い、苦しいにゃんて、許容するわけないにゃよ』
その通りだよ!
どうして、こんな簡単なことに気付けなかったんだろう……。アメリア、ごめんね。
痛みとかは中にいる時は感じなかったけど、アメリアも大丈夫だよね? アメリアの体、大事にするからね。
心の中でアメリアに全力で謝罪をする。
返事はなくてもいいのだ。そもそも、返事をしたとしても、届くかも分からない。私が中にいる時は、アメリアに届いてなかったみたいだし。
それでも語りかけるのは、アメリアはひとりじゃないと知って欲しいから。
それから一時間ほど馬で走り、町までたどり着いた。
「短くても一週間くらいは、町で過ごそうと思う」
「え? そんなに?」
何か、この町に特別なことでもあるのだろうか?
ここにつくまで、そんな話は出てなかったけど……。
「治癒はできるけど、体力はまだ戻っていないだろ? ゆっくりいこう。無理させて、ごめんな」
「無理なんか……」
「普通の町の暮らし、知らないだろ? ハレは何をしてみたい? アメリア嬢の好きなものも見つかるといいな」
頭に優しい重みが乗る。
よしよしと撫でられ、ロズのおかん属性発揮である。でも、頭を撫でられたところで、全く嬉しくない。
すっかり気持ち的には復活しているし、何より私は大人だからだ。
「私、ロズより年上だからね?」
「ハレは十七歳だろ?」
「アメリアは、だよ。ロズは何歳なの?」
「二十一歳だけど」
うん。完璧に私の方がお姉さんだね。
前世は二十四歳だったし、アメリアの中で十七年過ごしている。
「それなら、やっぱり私が年上だよ。おかん発揮しないで。私の方がお姉さんなんだから、ロズのお世話をしてあげるよ」
「……ハレって、何歳なんだ?」
「んーっと、四十一歳かな」
そう言えば、驚きでロズが目を見開いた。
「それは、無理ないか?」
「アメリアの中に来るまで二十四年、アメリアの中で十七年生きてるよ」
「……ん? アメリアの中に来るまで?」
そうだよね。説明しなくちゃだよね。
何と言えば、分かりやすいかな。そもそも、信じてもらえるのかな?
……まぁ、話してみてダメならその時に考えればいいか。
でも、その前に──。
「町中で話す話でもないから、宿屋かどこかで話をするのでもいい?」
「そうだな。気が利かなくて、すまない」
「謝ることじゃないよ。基本的に悪いことした時以外の謝罪はなしにしよう? ありがとうで済むものは、そうしたいな」
アメリアは謝罪を要求される人生だったから、尚更そうしよう。
私も気を付けないと。ついつい、社畜時代の名残でとりあえず謝罪をしてしまいそうだ。
町中を見ながら着いた宿屋は、こじんまりとしているけれど、清潔感がある。夜に差し掛かっているためか、美味しそうな匂いが漂ってきている。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませっ!!」
笑顔でチョビヒゲのおじさんと可愛らしいお嬢さんが出迎えてくれる。
「ここで一番良い部屋──」
「一般的なところでお願いします!」
お金がもったいない。
そもそも、この旅費はどこから出ているのだろう。お金の話もきちんとしておかなくては……。
「しっかりした奥さんですね。新婚さんですか?」
可愛らしいお嬢さんが三つ編みを揺らしながら聞いてくる。
「新婚っっ!!?? いや、俺らは……」
慌てふためくロズの口を両手で塞ぎ、私は愛想の良い笑みをつくった。
「まだ、結婚はしていないのよ。だから、別々の部屋にしてもらえる?」
お読みくださり、ありがとうございます!
眠気に勝てず、更新ペースはゆっくりとなっています。すみません(;´Д⊂)
ゆっくりですが、毎日書いてます!!
引き続き、お付き合い頂けますと、嬉しいです(((o(*゜∀゜*)o)))




