ふたつの魂
『主、みゃーが大きくなれば大丈夫みゃよ?』
「……大きくなれるの?」
ビッグにゃんこが見れるのかな? 私を乗せて走ってくれるなら、馬くらいのサイズだろうか……。
『もちろんみゃ!』
そう言うと、みゃーこは大きく飛び上がり、くるんと宙返りをした。
ぼふんっっ!!
真っ白な煙が立ち込めて、みゃーこが見えなくなった。
そして、現れたのは──。
「…………大きすぎない?」
呆然としながら、どうにか出せた言葉は思ったよりも冷静な声をしていた。
見上げるほどの真っ白で大きな毛玉。
雪だるまのようなバランスの体に、ふわふわで抱きつきたくなる尻尾。ピンと立ったお耳に、くりくりの紫のおめめ。
可愛いけれど、びっくりするほどの巨大ねこちゃんだった。
『みゃーこ、張り切りすぎだにゃ。お馬くらいでいいんにゃよ!!』
てしてしと、みゃーこをにゃんたが叩く。けれど、その手はみゃーこの雪のような毛の中に沈み込むだけだ。
『主、乗ってみるみゃよ!!』
嬉しそうな声は、ビリビリと鼓膜を揺さぶった。
体が大きくなった分、いつも通りに声を出したら大音量になってしまったらしい。
にゃんたは、耳を押さえて引っくり返ってしまっている。
「にゃんた、大丈夫?」
『耳が痛いにゃ……』
半べそにゃんたの耳も尻尾もしょんぼりしている。
そんな姿も可愛いけれど、やっぱり可哀想。
『にゃんちゃん、あたしに任せてちょうだい』
いっちゃんが羽を広げて飛んだ。
みゃーこの耳のそばまで行くと、何かを話しているみたい。首が痛いほどに見上げていれば、しゅるしゅるとみゃーこの体が縮んでいった。
『ごめんみゃ。大きい方が喜んでもらえるかと思ったみゃよ』
「大丈夫だよ。いっちゃん、ありがとね」
『どういたしまして。あたしは、そろそろ行くわね。マリーちゃんたちのところに向かうこと、伝えておくわ』
「義父さんに、こっちに迎えに来ると騒動になるから、絶対に魔物の地を出ないようにも伝えてくれ」
『分かったわ』
高く高く飛んだいっちゃんを、みんなで見送る。
「いっちゃーん!! アメリアの話のつづき、今度しようねー!!」
そう叫べば、いっちゃんの体が傾いた。
テンションが上がりすぎて、蛇行しちゃうとか、いっちゃん喜び過ぎだよ!
「俺たちも行くか」
「そうだね。みゃーこ、お願いね」
みゃーこは乗りやすいように、しゃがんでくれた。その背中に乗ると、ふわっふわだ。
「最高に気持ちいい……」
これは、寝れるやつだ。
あたたかくて、やわらかくて、ふわふわもふもふ。お日様のにおいがする。
『お昼寝してていいみゃよ!』
「魅惑的だー。でも、はじめてのみゃーこ乗りでしょ? 折角だから、起きてられるようにがんばるよ。にゃんた、寝たら起こして!」
『分かったにゃ!!』
ロズを乗せた馬と共に、走り出す。
揺れも少なく、風が心地よい。
「町が近くなったら、こっちに乗り換えるからな。聖獣を連れているって、バレない方がいい」
「それなら、そのまま馬に乗せてもらってた方が良かったんじゃない?」
「体、痛くなってただろ? 馬での長距離は、まださせたくない」
無理だって言われたら、そんなことないと言えた。
でも、私のためという言い方ではなく、させたくないとロズは言ってくれる。
「……ありがと」
何で、アメリアはロズじゃなかったんだろう?
確かに、最初にアメリアに笑いかけたのはミュゲルだった。でも、ミュゲルに比べて、明らかにロズの方が優れている。それに、アメリア限定で気遣いも完璧で、優しかった。
やっぱり恋愛は苦手だな。私には理解できない。
アメリアがミュゲルに恋をしていたのは分かったけれど、何故ミュゲルじゃないといけなかったのかが分からないや。
『起きるにゃよ! 主、寝てるにゃ!!』
「いろいろあって、疲れてるはずだ。ゆっくり寝かせておこう」
『それもそうにゃね』
遠くから、にゃんたとロズの声がする。
あれ? そういえば、どうして聖獣がふたりもいるんだろう。
ひとりみたいなこと、ロズは言ってた気がする。
聞きたいけれど、瞼が重い。起きなきゃ……と思いながらも、みゃーこの毛並みの気持ち良さに抗えない。
何でこんなに、もふもふは気持ちいいんだろう……。
ふわふわとした意識の中、にゃんたの真剣な声がした。
『……カタリナが主を窓から突き落としたにゃ』
……ん? これは、私が寝てると思ってるやつ? 起きてるって言わないと……。
そう思うのに、体はぴくりとも動かせない。どうにか声だけでも出そうとするのに、それもできない。
わたわたと心の中でしているうちに、話は進んでいってしまう。
『アメリアは、にゃーたちを見るといつも優しい手を差し伸べてくれたにゃ。名前を付けてはくれなかったけど、アメリアの手に撫でてもらうと、心がぽかぽかしたにゃ』
そんな幸せな時間もあったな……と思い出す。お城で出会った猫ちゃんたち。
よくよく考えたら、伯爵家でも見ていた気がする。あの頃のアメリアは、自分が近付いたら猫ちゃんたちがいじめられると思って、遠目で眺めていただけだった。
お城ではじめて触れた時の、あたたかさと、やわらかさに感動したんだっけ。
『にゃーたちは、カタリナも王国も許さにゃい。例え、アメリアが望んでにゃくても……』
「いいんじゃないか? ハレも、兄さんやカタリナ……アメリア嬢を虐げたたくさんの人たちを許すことはないと思う。にゃんたと同じ気持ちだよ」
流石、ロズ! 大正解だ。
それにしても、盗み聞きしているみたいで気まずい。早くしっかり起きたいのに、体は鉛みたいで起きられない。
それだけ、この体は疲れていたんだろう。起きてすぐの修羅場に、国を出たんだもの。動けなくなるのは当然か……。
『ハレはアメリアのための存在だから、許さなくて当たり前にゃ……。そんなハレのために、にゃーがいるのにゃ』
「みゃーこは、アメリア嬢の聖獣か?」
『厳密に言えば、そうにゃ。今はアメリアもハレもひとつの器に入っているから、ふたりがにゃーとみゃーこの主になってるにゃよ』
なるほど。私の聖獣は、にゃんた。アメリアの聖獣は、みゃーこなんだ。
でも、体はひとつだから、二匹の聖獣と契約している形になるのか……。謎が解けた。
『問題は、アメリアが目覚めた時のハレだにゃ。魂がふたつも器に入っていることが異常なのにゃ。聖女を守るために神様がやったことでも、限界があるにゃよ』
「過去の文献でも、守り人の行く末は書かれているものがなかった。守り人が登場したあとの聖女については、数少ないながら記載があったが……」
深刻な雰囲気に、いよいよ大ピンチだ。
起きるか、いっそのこと本当に眠ってしまいたい。
あれか? アメリアの時に眠りが浅かったのもあるのか? 物音に敏感で、アメリアは熟睡できてないみたいだったもんね……。
『ハレは、アメリアの目が覚めたら消えるかもしれないにゃ』
そう呟いたにゃーの声は小さかった。それでも、確かにロズの耳には届いたようだ。
ロズは、一言「分かった」としか答えなかった。けれど、その声は硬くて納得していないみたい。
そして、私はというと……。
最後まで盗み聞きのようなことをしてしまった罪悪感と、聞いてしまったことを伝えてもいいのか……という葛藤で、頭を抱えてしまいたかった。
いや、動けないからどうしようもないんだけど!!