ハレはアイドルになれますか?
重い歴史だ。
この歴史を語り継いでいないのは、人間が精霊のことを知らない方がいいからなのかもしれない。
きっと、精霊のことを知れば利用しようとする人が何度でも出てくるから。
「魔力ってどんな人が持てるとかあるの?」
ロズは、魔法使いだ。
けれど、ミュゲルは魔法を使えなかった。血の繋がった兄弟で魔力の有無があるのだから、何か条件でもあるのだろうか……。
『うふふ。ロズベルトちゃんには、あたしたちが魔力をあげたのよ!』
「えっ!?」
精霊って、魔力をあげられるの?
あたしたち……ってことは、たくさんの精霊がロズに魔力をあげたってことだよね?
『あたしたちは人間の魔力も奪えるけれど、与えることもできるのよ。精霊は、魔力のスペシャリストだもの』
「つまり、魔力の多さは精霊からの愛の証?」
『そうなのよ! そこに気が付いてくれるなんて、嬉しいわぁ!!』
いっちゃんは羽をバサバサと広げ、くるくると踊るようにロズの周りを飛ぶ。
「イグールが俺と契約してくれたおかげだな」
『あの頃のロズベルトちゃん、可愛かったわよねぇ。はじめてあたしを見た時のキラキラとした瞳、食べちゃいたいくらい可愛かったのよぉ』
いっちゃんは幼い頃のロズの可愛さを語り、ロズは恥ずかしいのか止めようとしている。
その姿はまるで──。
「親子みたいだよね」
「俺を育てたのは、イグールみたいなもんだしな」
『あたしが魔力をあげなかったら、ロズベルトちゃんは死んでたでしょうしねぇ』
「だよなー」
ロズといっちゃんは笑いながら話しているけど、内容が重い。
どう反応していいのか分からず、静かにふたりの様子を窺っていれば、ロズと視線が交わった。
「大した話じゃない。俺の母親が王妃ではないというだけだ」
「えぇっ!!」
十二分に大した話だと思う。
確かに、王妃様とロズは似ていない。けれど、疑ったこともなかった。だって、ロズは王家特有のオレンジに近い琥珀色の瞳を持っているから。
「俺の母親は、王妃付きのメイドだよ。表向きには、王妃の子になってるけどな」
「えっ? どういうこと?」
「母さんは、俺の妊娠に気が付いた時に城を去ったんだ。ひとりで生んで、育ててくれたんだ。そんで、色々あってイグールが親代わりになった」
色々? 色々って何!?
いや、こういうのって突っ込んで聞かないけど。色々と略されると気になるんだけど……。
『ロズベルトちゃんのお母さん、マリーちゃんは今も元気だから大丈夫よ。結婚して、妹もいるのよね』
「リズが会いたがってるって、母さんも言ってたな。そろそろ顔出さないと、義父さんもうるさそうだな」
『手紙でも出したらどうかしら?』
「あー。そうだよなぁ」
明らかに嫌そうな顔で、ロズは言う。けれど、雰囲気は穏やかで、良好な関係であることが窺える。
「行けばいいんじゃない? そんなに遠いの?」
「遠いと言えば、遠いな」
「氷の花なら、急がなくて大丈夫だよ。他の美しいものを見ながら、旅をすればいいんだし」
『ハレちゃんがそう言ってくれているんだもの。そうしたら、いいんじゃないかしら? 今から向かえば、ちょうどお祭りの時期にもなるわよ』
ん? お祭りですと?
「行こう! 絶対に行こう!!」
「ハレは祭りが好きなのか?」
「それもあるけど、アメリアはお祭りに行ったことがないの」
人が集まる場所で行ったことがあるのは、パーティーくらいだ。
アメリアは、パーティーが苦手だった。糞共が悪い噂を流してくれたもんだから、つらい思い出しかない。
聖女だって分かってからは、今度は媚びへつらって来たんだよね。
私からしたらパーティーなんか、顔に笑顔の仮面を張り付けて、見下し合って、マウント合戦をする、飾り立てた野蛮人の集いでしかない。
「あのね、アメリアに感じて欲しいんだ。お祭りって、楽しいんだって。楽しいことが世の中にはたくさんあって、作られた笑みじゃなく、心から笑っている人たちが集まる場所もあるんだって、知って欲しいの」
『いいわね』
「よし、行くか。魔族の地だけど、アメリア嬢とハレなら大丈夫だろうしな」
……ん? 魔族の地?
ロズのお母さん、魔族の地に住んでいるの!?
「ねぇ、魔族って人間が嫌いなんじゃないの?」
「嫌いと言っても、全てではない。魔族は元精霊ってだけあって、魂が見えているらしい。その魂を見て、判断してるって義父さんは言ってたな」
「へぇ。そうなんだぁ……。ロズのお義父さんって、もしかして……」
「魔族だな」
やっぱり。何となくそんな気がしたんだよね。
それなら、大丈夫かな。でも、念のために確認は必要だよね。
間違っても、アメリアを危険に晒すわけにはいかないから。
「私が行っても、いいんだよね?」
アメリアの魂は美しいから大丈夫なのは、当然だ。疑うところなど微塵もない。
問題は、私だ。元社畜だし、ミュゲルやカタリナ、ユバルス……、アメリアを虐げた人たちの不幸を願っている。殺してやりたいほど、憎い相手もいる。
私はアウトじゃないだろうか。
「ハレも大丈夫に決まってるだろ」
アメリア効果ってやつか!!
ありがたいなぁ。おかげでお祭りにも行ける。アメリア、お祭りを好きになってくれるといいな……。
『ハレちゃんの魂もキラキラよ。魔族たちのアイドルになれるわよぉ』
「あー、なりそうだな。ハレみたいな子が好きだよな、あいつら」
アイドルという言葉を咀嚼し終わらないうちに、ロズが賛同してしまった。
魔族たちのアイドルというインパクトがすごい。
「えっ!? アイドル? どういうこと? 冗談だよね!?」
「おー、慌ててるなぁ。冗談なんかじゃない。事実だよ。魔族は良くも悪くも情に厚い。私利私欲なく、大切な相手を守ろうとする存在が好きなんだよ。ハレはモテるだろうな」
あ……、そうか。魔族は仲間のために人間を殺して、魔に落ちたのが始まりって言ってたもんね。
考え方は、私は魔族に似ているのかもしれない。
モテるは意味不明な上に、どうでもいいけど。
『そうね。それだけじゃなく、ハレちゃんが可愛いってのもあるわね』
私が可愛い? えっ? それって、当然のことだよ。だって──。
「アメリアが可愛いのは、世の中の常識だもんね!! 分かるよ! しかも、可愛いだけじゃなくて美人だよね!! さすが、アメリアだよ。私、アメリアよりも可愛くてキレイな人、見たことないもん!! アメリアは世界一。ううん、全生物で一番美しいんだよ!!」
一息で言い切れば、いっちゃんとの温度差に気が付いた。
『ハレちゃん、落ち着いてちょうだい。あたしたち精霊も、魔族も、皮になんて興味はないのよ。可愛いって言ったのは、魂の話よ』
「……皮? 皮って、見た目のこと?」
『そうよ。見た目なんか、大した問題じゃないわ』
嘘でしょ……。
アメリアの美しさは、生まれつきもある。けれど、内側から溢れ出すものも十二分にあるよね?
それなのに、皮? アメリアの美貌が皮?
「いっちゃん……」
『あら? 何だか、雲行きが怪しい感じかしら……。ロズベルトちゃん、あたしの用は済んだのよね? これで失礼す──』
「私たち、アメリアの美しさについて、話し合う必要があると思うんだ?」
飛び立とうとした、いっちゃんの足を捕まえて微笑めば、小さな悲鳴があがった。
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次回は精霊の話に戻ります!