おしゃべりな鷲
ぎろりとした目付きの鷲の精霊が、私の方を向いた。
何だろう、捕食者に睨まれたような気分だ。
『あらー! まぁまぁまぁまぁ!! こちらのお嬢さんがロズベルトちゃんのイイ人なの? うふふ。ずっとお会いしてみたかったのよ。あたしは、イグールよ。いっちゃんって、呼んでね!!』
ものすごい勢いで、鷲がしゃべった。
途中、ロズが口を挟もうとするのを物ともせず、満足するまで話しきったよ。
猛者だ。猛者がいる。
「あの、いっちゃん」
『何かしら?』
「私は、ロズのイイ人であって、別人でもあるんだ」
『ふーん? ひとつの体に魂がふたつ入っているものね。ということは、もうひとつの魂がロズベルトちゃんのイイ人ってわけね』
うんうんと頷き、いっちゃんは納得している。
けれど、私からしたらビックリポンキチ案件だ。
「いっちゃんには、私の中にもうひとりがいるのが見えるの?」
『見えるわよ。もうひとつの魂は、弱っているみたいで輝きは弱いけどね』
「えっ!? 弱っているの? どうしたら元気になるか分かる?」
魂が弱るということがあるなんて思わなかった。
慌てて聞いたけれど、いっちゃんは何てことない声色でのんびりと話す。
『さぁ、どうかしらね。こういうのは、時間が解決するパターンが一番多いわよ。折角、魂をふたつ持っているんだから、もうひとつには、ゆっくりさせてあげたら?』
いっちゃんは獰猛そうに見えた目を細めた。その視線はとても優しくて、ロズによく似ている。
『ところで、あなたのお名前は?』
「あっ! ごめんなさい!! 名乗るの忘れちゃって。私は、ハレ。今、中で休んでいるのはアメリアだよ」
『ハレとアメリアね。女の子は可愛くていいわねぇ。男ふたりで花がなかったから、潤うわ』
「へぇ、そうなんだ。……ん? 男ふたり?」
『そうよ。あたしとロズベルトちゃんのふたりよ』
えっ? いっちゃんって、オスだったの?
「この話し方じゃ、メスだって思うよな。俺は慣れたけど」
『何よう! 別にいいでしょ? ね、ハレちゃん!』
「うん。いいと思うよ。ちょっとビックリポンキチだっただけで」
怖い見た目が中和されてるし、聞き慣れてきたら別の話し方じゃ満足できなそうなくらい中毒性もあるしね。
『ふふ。ハレちゃん、いい子ね』
「その前に、ビックリポンキチにつっこめよ。何だ、その変な言葉は……」
「えっ。驚いた時に使わない?」
そう言えば、私以外が使っているのを聞いたことがないような気もする。
「使わないな」
『使わないわねぇ』
ふたりの声が仲良く重なって教えてくれた。
つまり、ものすごいメジャーな気がしていたけど、私の中でだけってこと?
アメリアも使ってなかったし、ここに来る前も私だけだったような気がしなくもない。
「なるほど。流行らせるか……」
あれ? ツッコミはなしですか?
ロズ、いっちゃん、放置はやめて! 寂しいから!!
『ところで、あたしは何の用事で呼ばれたのかしら?』
いっちゃんの小首を傾げる姿に癒される。さっき、スルーされた心の傷が癒えていくような気がする。
どう見ても目付きは悪いのに、性格を知ったら可愛く見えてきた。
「用事は済んだから、安心して帰っていいぞ。ありがとな」
『えっ? 何の用事だったの? 何の説明もなく帰っていいとか、納得できないわよ』
羽を広げて、いっちゃんは抗議をした。
私に聖獣について説明するためだとロズが説明をすれば、鋭い目をさらに鋭くさせて舌打ちをする。
「わぁ。いっちゃんって、舌打ちまでできるんだね。やっぱり精霊になると、普通の鳥とは違うんだなぁ」
素直な感想を言えば、何とも言えない空気が流れた。
ロズは苦笑し、いっちゃんは目を丸くしている。
『何とも毒気を抜かれる子ね』
「だろ?」
頷きあっているロズといっちゃんに、今度は私が首を傾げれば、ふたりは楽しそうな笑い声をあげた。
『ハレちゃんが、アメリアちゃんの中にいた理由が分かった気がするわ』
「どういうこと?」
「そのままのハレでいて欲しいってことだよ」
よく分からないけれど、良い意味で言ってくれているみたいだから、良しとしよう。
「さ、そろそろ真面目な話でもするか」
そう言って、ロズは場の空気を切り替えた。私は元々、大まじめだったのだけど……。
「精霊を見るのも、はじめてか?」
「うん。精霊の存在も知らなかったよ」
「あー。一般的には情報を伏せられているからな。でも、一回くらいは絵本で精霊の話を読んだことはあるだろ?」
精霊の話……か。
そうだよね。貴族の令嬢で、絵本をほとんど読んだことがないなんて、あまりいないよね。
思い出すのは、優しい記憶とつらい記憶。
精霊の話だったのかも覚えていないけれど、アンが絵本を買ってきてくれたことが何度かあった。いつもお膝に乗せて、読み聞かせをしてくれたんだよね。
あの絵本は、ジェファリスに捨てられちゃったけれど。
カタリナはたくさんの絵本を買ってもらってたっけ。大げさなくらい喜んで、アメリアに見せつけてきたんだよね。
あの時の「貸してあげる」はアメリアを本当に悩ませた。
本当に借りれば、どろぼう扱い。
断れば、親切心を無下にする性悪扱い。
アメリアとカタリナの血が、半分は繋がっているなんて信じられない。
いや、アメリアが特別なのだ。
あんな糞夫婦の間に生まれ、糞な義母と妹ができ、糞な家庭教師に鞭で叩かれ続け、糞な婚約者と恋をして……。
優しくて、あたたかい人たちも確かにいたけれど、接した時間は生きてきた時間の半分どころか、四分の一にも満たないだろう。
「精霊の話、残念だけど記憶にないかな。ごめんね」
「そうか。いや、俺の配慮が足りなかった。すまない」
「えっ? ロズは何にも悪くないじゃん。謝らないでよ。……あっ!! いっちゃん、やめて! ロズの頭、つつかないで!!」
鷲の鋭いくちばしで、ロズは頭をつつかれて流血している。
本人たちは気にしていないみたいだけど、めちゃくちゃ痛そうだ。
「精霊について教えてくれるんでしょ? ケンカしないでよ」
「喧嘩なんかしてないぞ?」
『そうよ。これは、愛ある指導よ!!』
「いやいやいや!! これが愛ある指導なら、体罰だからね!!」
ロズの流血している髪とおでこの境あたりに両手をかざす。
何となく両手の隙間を三角形にしてみれば、三角の隙間がぼんやりと白く、淡く、発光している。
そして、みるみるうちに傷は塞がっていった。
「ありがとな」
「どういたしましてー」
きれいに治った箇所を、ぺちりと弱い力で叩きながら笑う。
ふたりは治さなくて大丈夫だと言ったけれど、「気になって、話に集中できないから!」と治癒させてもらえて良かった。
きっと、私の中の優しいアメリアが心配していたのだろう。
心臓が驚くぐらい速く鼓動を打っていた。
誤字報告ありがとうございます!
助かります(*´∇`*)