ロズベルトの闇
え? 視線が合った。それだけ?
「視線くらいなら、前から合ってたでしょ?」
私の問いに、ロズは首を横に振る。
その表情は暗く、琥珀色の瞳には静かな怒りが覗いている。
「アメリア嬢は、人と視線を合わせておくことはほとんどない。ミュゲル以外とは」
「どうして……」
あぁ、そうか。アメリアは人が怖かったんだ。
一方的に愛するばかりで、向けられるものは敵意や侮蔑。
相手がいくら表情を取り繕っていても、瞳の奥に隠されている感情を、アメリアは痛いほどに読み取れてしまった。
気が付けない方が、いっそのこと幸せだっただろう。
「この世界は、どうしてこんなにもアメリアに優しくないんだろうね」
神様からは愛されているのに、身近な人たちはアメリアに優しくなかった。
関心がないのであれば、いっそのこと放っておけばいいのに、それもしてくれなかった。
アメリアに優しい人たちは、父親やカタリナによって排除されてしまった。
一時的に誰かの愛情を受け取れることはあっても、継続的には得られなかった。
虐げられるばかりだったから、アメリアは美しくて、優しくて、賢いのに、全く自分に自信がない。
そのことが悲しい。
やっと心を開けたミュゲルが裏切ったことが、許せない。
「やっぱり、国を出るだけじゃ甘かったんだ。殺してやれば良かった」
「んじゃ、殺しにいくか?」
「……えっ?」
あまりにも簡単に言われてしまい、動揺した。
殺してやれば良かったと思う気持ちに偽りはない。けれど、本当に殺すかと聞かれればNOである。
「俺が殺してきてもいい。直接、命を奪う必要なんかない。着の身着のまま、極寒の地へ転移させよう。そうすれば、勝手に死んでくれる」
あっさりと言うロズは、私が首を縦に振れば、すぐにでも実行してしまいそうだ。
殺してやりたいほど、憎い。
けれど、殺しては駄目だと、冷静になった今なら思える。
誰かを傷付けると、アメリアが悲しむからだけじゃない。
人として、やってはいけないラインを越えてはならないのだ。
それに──。
「気持ちは嬉しいけど、やめとく」
「どうして?」
「人間を辞めたくないから」
人間は理性のある生き物なのだ。
好き勝手に振る舞い、命を軽々しく奪ったり、欲のために生きてはいけない。
「と言うのが建前。私が今、犯罪を犯してしまったらアメリアの責任になるでしょ? 私は、アメリアの手も、ロズの手も汚したくない」
「分かった」
ロズはそれ以上、何も言わなかった。だから私も口を閉じた。
このことに関しては、ロズが何かを言わない限りは、もう言わない方がいいだろう。
何となくだけど、ロズが抱えている闇に触れてしまった気がするから。
きっと、ロズは人を殺めることに躊躇いはない。
彼の生きてきた人生は、アメリアのように過酷だったのかもしれない。
「ロズ、私も乗馬ができるようになりたいんだ。教えてくれる?」
気持ちを切り替えるように、話題も変える。
すると、ロズは不思議そうに私を見た。
「ハレは聖女なんだから、聖獣に乗ればいいんじゃないか? そろそろ街からだいぶ離れるし、呼んでもいいぞ」
「聖獣?」
何だ、それは?
イメージ的には真っ白なウルフだけれど、違うのだろうか。
「聖獣について、教えられてない?」
「うん。はじめて聞いた。イメージは真っ白な狼なんだけど、あってる?」
あれ? ロズが頭を抱えちゃったよ……。
そんなに変なこと、言ったかな? 聖獣のイメージがかけ離れ過ぎていたとか?
「聖女について、知っていることは?」
「治癒ができて、神様の愛し子ってことと、あとは聖女が国を捨てた時、その国は神からの庇護を失うってことかな」
「それだけか?」
「え? うん。そうだけど……。って、どうしたの? 顔、怖いんだけど……」
ロズの怒った顔って、本当に怖い。穏やかな時との落差が異常だ。モザイクかけた方がいいレベルだよ。
悪いことしてないのに、今すぐに逃げた方がいい……と思ってしまうほどだ。
「私、何かした?」
したなら謝るから、その顔はやめて欲しい。私が子どもだったら、確実に漏らしてたよ。
「いや、ハレは何もしていない。親父がクズ過ぎて、苛立っただけだ。ごめんな」
「大丈夫だよ。大人だから、漏らさなかったし」
おや? 変な間が……。これは、お漏らしを疑われている?
まずい。これはきちんと誤解を問いておかないと、後々に響く案件だ。
「本当に漏らしてないからね。本当だよ! ほら!! 見て!! 濡れてないで…………って、何でそんなに笑ってんの?」
あの……本当に、何故?
地面に倒れ込んで、体を震わせてるの?
息、上手くできてないじゃん。笑い声すらも出ないほどに笑うって、どういう状況?
「ごめ…………ちょ……待っ………………」
よく分からんけど、待て……と。
仕方がない。クッキーの追加でも食べて、待ちますか。
お茶も冷めたし、笑い転げているイケメンを鑑賞しながらというのも、たまには悪くないだろう。
しっかし、イケメンというのは、怒っていても、笑い転げていても、イケメンなんだね。
濃紺の、少し癖のある髪。切れ長の目の奥にあるアンバーの瞳。鼻筋は高く、薄い形の良い唇。
そのどれもが、これまたシャープな輪郭のなかに、バランス良く、一番かっこ良く見えるであろう場所に収まっている。
国宝級……いや、世界遺産級のイケメンだ。
ロズが笑い終える頃、クッキーは私の手によって食べ尽くされていた。
「ハレといると、毒気が抜かれんなぁ……」
「それは、いいことなのかな? 褒めてくれて、光栄です。ありがとう」
頭を下げれば、また笑っている。
ロズは笑い上戸のようだ。
目尻の涙を拭う姿までもが絵になるなんて、すごいとしか言いようがない。
「あー、笑った。よし! 聖女について、きちんと教えられていないようだから、俺から説明するな」
「お願いしまーす!」
「まずは、さっき話に出た聖獣からにするか……」
そういうと、ロズは指笛を吹いた。
「……何も起きないけど?」
「慌てるなって、すぐだからさ」
言い終わるか終わらないかのところで、鋭い風が吹いた。
「こいつが俺の相棒。聖獣ではないが、俺と契約している精霊だ」
「精霊!?」
魔法だの、聖女だのあるのだから、今更ファンタジーだからと驚いたりはしない。
けどね、物凄く目付きの悪い鷲みたいな鳥が精霊だと言われると……。
イメージと違いすぎるよ……。
お読み頂き、ありがとうございます!
嬉しいです(((o(*゜∀゜*)o)))