聖女に恋した男1 ミュゲルside
「ミュゲルとカタリナの再教育を徹底的に行う。手段は選ばん」
国の重鎮たちが集まる席で、国王が強い口調で言った。皆が頷き、地獄のような教育スケジュールが組まれていく。
「聖女様があげた条件。カタリナを聖女様の代わりにゆくゆくは王妃にすること。より一層、国を栄えさせられること。ミュゲル王子とカタリナが支え合って生きること。この三つを叶えなければ、この国は終わりです」
宰相が眼鏡をくいっと押し上げた。
表情は険しく、条件がどれだけ無理難題なのかを表すかのように、眉間には深いシワが刻まれている。
聖女が国を捨てる時、告げる言葉は終わりへと向かう国への救済となる。
アメリアが意図して言ったのかは分からない。
けれど、それは国が神から見放されずに存続するための条件となった。
「やるしかあるまい。聖女が救済条件を設けてくれただけでも、感謝するべきだ。何もできずに終わりを待ってもおかしくない程、我々はアメリア嬢を傷付けた」
父上の言葉に、胸が痛んだ。
なぜ、こんなことになったのだろう。
あんなにもアメリアを大切にしよう、もう傷付かないようにしようと誓ったのに……。
***
私が初めてアメリアを見たのは、アメリアが城へと来たばかりの頃だった。
雪のようなシルバーホワイトの長い髪。伏せられた銀白色のまつ毛の下からのぞく、紫色の瞳が美しく、神秘的だと思った。
微笑んでいるのに表情は乏しくて、まるで精巧に作られた美しい人形のようだった。
あいさつのためにアメリアの手に触れようとすれば、大きく肩を揺らし、微笑みながらも怯えた視線を私に向けた。
髪に艶もなければ、折れてしまいそうなほど細い体。青白い顔。
違和感を覚えた。伯爵家ほど裕福であれば、神秘的な美しさを持つ彼女は、もっと美しくなれるはずなのに。
「私はミュゲル・ラズビエル。ラズビエル王国の第二王子です。これから、よろしくお願いしますね」
アメリアは深く頭を下げた。
最敬礼をする姿勢は手本のように美しく、教育をきちんと受けた証だった。
その姿を見て、アメリアは体が弱いのだと結論付けた。社交界の悪い噂も、美しいアメリアに嫉妬した者たちの仕業だろう。
「私のことはミュゲルと呼んでください。アメリアとお呼びしてもいいですか?」
アメリアは小さく頷いた。天にも昇りそうなほどに嬉しくて、私は浮かれた。病弱な彼女を守りたいと思った。
それから暫くして、何を話しかけてもアメリアは、微笑み、頷くだけだと気が付いた。
顔を見るだけで嬉しくて、目の前に立つと緊張して、でも話しかけたくて……。
自分の気持ちにいっぱいいっぱいだった私は、声を聞いたことがないことにすら、気が付けなかったのだ。
「父上、アメリアは話せないのですか?」
「そうだ。声を出すことはできぬ」
「病気……なんですね」
「そうだな。(心の)病気だろうな」
か弱くて病弱だと思っていたが、話せないほどだとは思わなかった。
守りたいという願いは、私が守るという意思へと変わっていく。
それから少しずつ距離を縮めた。暇をつくってはアメリアに会いに行く。
人形のようだと思った微笑みは、真っ白なキャンパスに柔らかな色を落とすかのように、温かみをおびていく。
アメリアの笑顔をもっと見たいと思った。
アメリアさえ隣にいてくれれば、他には何もいらないと思った。
アメリアは話せなくても、彼女の瞳は雄弁で、想いを語ってくれた。
好き、と声にならないけれど、口の形でアメリアが伝えてくれた時。私の想いに答えてくれた時。これ以上の幸せはないと思った。
それなのに、私は何をした?
アメリアの妹の言葉を心のどこかで疑いながらも、信じてしまった。
アメリアを疑ってしまった。
カタリナの分かりやすい好意に、心が揺れた。
カタリナはいつも私のことをすごいと言ってくれて、ぺたりと私にくっついてくる。
そして、慌てたように謝罪をして、それでも私といようとしてくれた。
アメリアは私が行かなければ、一度も来てくれないというのに。
本当にアメリアは私のことが好きなのだろうか……。
そんな不安を抱くようになり、カタリナの「本当は、お姉様はロズベルト様をお慕いしているの……」という言葉が真実に聞こえた。
弟のロズベルトは魔法という才を持ち、勉学も剣術も何だってできた。それに比べて、私は王子という身分以外、秀でたものは何もなかった。
いつもロズベルトに劣等感を持っていた私は、アメリアを信じることができなかった。
「私だったら、ミュゲル様を裏切ったりしないのに……」
涙で潤んだ瞳で見上げられ、抱きつかれ、私は楽な方へと逃げた。
本当に欲しいアメリアからの愛よりも、簡単に手に入る女を選んだ。
そして初めて女の体を知り、溺れた。
アメリアの婚約者になった私にすり寄る連中をバカだと思いながら、甘言に流された。
カタリナとの関係は一度で終わらず、何度も体を重ねた。暇をつくってはアメリアの元へと向かっていたのに「忙しいんだ」とアメリアに告げて、カタリナをむさぼった。
アメリアにバレなければ、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせた。
カタリナはアメリアが権力に弱いと教えてくれた。贅沢が好きで、王妃になりたがっていると。ならば、私がカタリナを側妃にしても問題はないはずだ。
権力を与えさえすれば、大丈夫。だから、カタリナとの関係をやめる必要はない。
カタリナの話に違和感を覚えながらも、おかしいと思う気持ちに蓋をした。
ロズベルトは王位に興味がない。しかも、外交の仕事が多く、国内にはほとんどいない。
だから、アメリアはロズベルトを好きでも選ばない。
アメリアを王妃にできる男も、そばにいる男も、頼れる男も私しかいない。
大丈夫。大丈夫だ。
自分自身に言い聞かせ続けた。全て、上手くいく……と。
王位も、アメリアも、手軽な女も、全て私のものにしようとした。
私は欲に溺れた。
そして、全てを失ったのだ。いや、国王になるという重責だけが残っている。
アメリアさえいれば、それで良かったはずなのに、私の隣に並ぶのは欲にまみれた女だ。
ミュゲルsideが思ったよりも長くなってしまったので、二話に別けました。
もう少し、お付き合いください。