ドアマット聖女に花束を
「善は急げだ。邪魔が入らないうちに旅に出よう」
先程までと雰囲気が変わり、ロズベルトは穏やかな空気を纏っている。鼻歌を歌い出しそうなほど、アメリアを見る琥珀色の瞳はご機嫌だ。
ロズベルトは左の手の平から魔法の杖を出した。
それは、まるで魔法のようだ。
魔法使いはとても少なく、魔法は滅多にお目にかかれるものではない。
まだ魔法を使っていないのにも関わらず、胸がドキドキするのは、私が興奮しているからなのか、アメリアなのか。
先端にロズベルトの瞳と同じ色の琥珀がはめられている杖。それをじっと見てしまう。
魔法を使う時に、先端の宝石が光るという噂は本当なのだろうか……。
そんな私の好奇心にロズベルトは小さく笑うと、杖を見やすいようにしてくれた。
「目的地はある? なければ、俺に任せてくれないかな? きっとアメリア嬢も気に入るよ」
私の返事も待たず、ロズベルトが何かの呪文を唱えた。そうすると、私たちの周りを囲むようにキラキラとした粒子が舞い始める。
魔法だ……。
転移魔法はこの世界で、ふたりしか使えないと聞いたことがある。確か、幽閉されている王弟とロズベルトだけだ。
このお城をまさか魔法で去ることになるなんて……。
興奮した気持ちを押し込め、私自身はもう直接会うことはないだろう、ミュゲルとカタリナを見る。
ミュゲルは放心していて、目の焦点があっていない。カタリナは縄でぐるぐる巻きにして床に転がされ、口に布を噛まされている。
静かだと思ったら、カタリナは話せないようにされていたらしい。
私の視線に気が付いたのだろう。カタリナは悔しそうな顔をして、私を睨み付けた。
もちろん、そんなものに付き合うことはしない。
私は、にこりと微笑んだ。
そして次の瞬間──。
「……ここは?」
「国境付近の街だよ。ここで旅支度をしてから出かけよう。大丈夫。誰も追いかけて来れないよ。来ても転移させるから」
イタズラが成功した子どもみたいな表情で笑いながら、私の中のアメリアを見ている。
あぁ、最高だ。なんて、最高な男なのだろう。
「どこに行く予定なんですか?」
「氷の花を見に行こうかと思って。アメリア嬢が好きそうだと思って。日の光があたると七色に輝くんだけど、そこでもいいかな?」
「七色に輝く……。うん、いいと思います。好きだと思う。絶対にアメリアが気に入ってくれます。早くアメリアに氷の花を見せたいな。他にも、この世の美しいもの全てを……」
「そうだな」
ロズベルトは私へ笑いかける。それは、アメリアに向ける慈愛の笑みでも、時折顔を覗かせる熱のこもったものでもない。
同士へと向けるような、そんな笑みだ。
「何と呼べばいい? 無理に敬語を使う必要もない。貴女はアメリア嬢であり、アメリア嬢ではないのだろう?」
疑問の形をとっているのに、確信しているのが分かる。
ロズベルトは、私を通して私の中で休んでいるアメリアを見ている。
「……雨宮。ううん、ハレって呼んで」
「ハレ……、聖女の守り人。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく。ロズベルトは長いから、ロズって呼んでもいい?」
「もちろんだ」
私とロズは固い握手を交わす。これからは、アメリアにたくさんの幸せを届けるパートナーだ。
「ところで、守り人って何?」
「あぁ、国の上層部しか知らなかったな。それは移動しながら話すよ。そこそこ長い付き合いになりそうだしな」
「分かった。それも含めて、色々と教えてね。どうして私がアメリアじゃないって気がついたのかも知りたいし」
ねぇ、アメリア。
あなたの人生はつらいことばっかりで、散々だったね。信じた婚約者に裏切られ、家族はあなたを顧みないどころか、踏みにじり続けた。
優しい人もいたけれど、誰もあなたを助けることはできなかった。
でも、あなたは世界を愛した。
この世は美しいものがたくさんあると信じ続けた。
これから、たくさんの美しいものを見に行くよ。
私の中から見えているのでしょう? 私があなたを通して、この世界を見続けてきたのと同じように。
アメリア、あなたに抱えきれないほどの花束を贈るよ。あなたが心の底から笑えるように。
いつか、あなたがまたこの世界を自分の足で歩いてもいい……、そう思える日まで──。
「まずは、眼帯を買いたいな」
「馬もいるぞ。魔法で行けば一瞬だけど、それじゃあ旅の楽しみをアメリア嬢は味わえない。自分たちの足で行くからこその景色もある」
私たちは食料や衣服、薬、馬などを購入していく。
傷を隠すための眼帯を買うと、ロズに変な顔をされた。
「アメリア嬢には、白じゃないか?」
「だからだよ。私はアメリアだけど、アメリアじゃない。アメリアのイメージは守るし、もしも聖女だとバレたらアメリアのように振る舞うつもり。だけど、勝手にアメリアの交遊関係を広げる気はないんだ」
だから、黒い眼帯にした。シルバーホワイトの長い髪をポニーテールにして、服装も淡い柔らかな色から暗い色へと変える。
これだけでも、ずいぶんとイメージが変わるだろう。
私はアメリアに美しいものを贈り続ける。
けれど、アメリアの人生を生きるつもりはない。
アメリアの人生は、アメリアだけのものだ。私は、アメリアが表に出ても良いと、この世をまた愛せるようになるまでの繋ぎなのだから。
さぁ、まずは両手いっぱいの七色に輝く花をアメリアに贈ろう。
それはきっと、アメリアの瞳も輝かせてくれるから──。
お読み頂き、ありがとうございます!
次話、ミュゲルsideでお送りします。
そのあと二章からはアメリアの中の人についてのお話と、旅が始まりますよ!!