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18 裏切者

 

 ボロボロになりながら林から戻ったオレリアン伯爵家使用人は、土や木の葉で汚れ、乱れた格好を神経質そうにパタパタと叩き撫でつけていた。徒労に終わった探索と、それでも帰るわけにはいかない次期跡取りビアンカの命令を思い起こし、苦々しく顔を歪めながら深くため息を吐く。


 彼が立っているのは、林から出てすぐの場所に在る「コゼルト薫香店」の道を挟んで向かい側。


 どこかの平民の住居なのか、物置小屋なのかは彼には分らないが、とにかく粗末な建物の側だ。周囲の全てが自分の居るべき場所とは違う貧相な物ばかりで、そこに居る事すら嫌悪感をもよおしそうだった。


「あの、ちょっと良いですか?」


 そんなギリギリの心理状態で、下賤な庶民とはいえ、この場から離れられる有益な情報をもたらそうとする少年に、彼は感謝すら覚えた。いつもなら、口も利きたくないはずの平民だったが、この時ばかりは、彼はその情報に飛びついた。


「ここで働いている女の子について、調べているんですよね? 彼女をどうする気ですか? もしかして、連れに来てくれたのでしょうか?」


 使用人に声を掛けたのはペシャミンだった。常々邪魔に思っていたミリオンを追い出せるかもしれない絶好の機会を、彼も見逃すはずはなかったのだ。





 林から戻るミリオンの籠の中には、今日も大量の品質の良すぎる果実や花、木の実に香木が収まっている。


「ふんふふんふふ~~ん♪」


 調子外れな鼻歌を響かせながら、薫香店の勝手口に手を掛けるミリオンは、いつにも増して上機嫌だ。


 ご機嫌な理由はさっきまで一緒に居たリヴィオネッタのくれた「お姫様を護るナイトの真似事だよ」との言葉だ。


(お姫様なんて、護るなんて、ナイトなんてっ!! もちろんわたしとリヴィのことよね! きゃー―――!!)


 絶賛脳内お花畑で、地に足のついていない妄想モード炸裂中な訳で……。そこに、多少不穏な表情をしたペシャミンが近付いたところで、彼女は何の異変も感じることは出来なかった。




 その日、ミリオンは採取に向かった林から「コゼルト薫香店」に戻ることは無かった。




 書置きも無く、いつも持ち歩いていた採取籠に、これまで以上の高品質な品々を詰め込んだものをそっと勝手口の傍に置き、姿を消してしまったのだ。それが、これまで身を置いてくれたコゼルトへの餞別代りなのだろうとペシャミンは告げたが、コゼルトには彼女がそのような不義理をするはずがないと思われた。


 すぐに、コゼルトには日中ミリオンを探りに来た身形の良い男のことが浮かんだが、何の証拠もなく、また高位貴族の使いであろう人間に取るべき手立ての無い彼は、深く項垂れるしかないのであった。




 その頃、ミリオンの姿は、オレリアン邸にあった。








 陽が落ち、辺りに夜の帳が下りた時刻。


 プロトコルス公爵家の馬車が、久方振りにオレリアン邸の門を潜る。


 ミリオンが家を出るまでは、月に一度の婚約者との茶会と称して、定期訪問が行われていた。けれどもビアンカが婚約者()()となってから、セラヒムはパッタリと姿を見せなくなっていたのだ。


 ビアンカは、久し振りの想い人の訪問で逸る気持ちが抑えきれずに、馬車が止まるや駆け寄った。そんな彼女とは対照的に、公爵家から伴われてきた護衛の兵士が、勿体振った動きで扉を開ける。


「セラヒム様っ!」


 待ち人を満面の笑みで出迎えたビアンカに、姿を現したセラヒムは、ふわりと甘い笑みを向けた。


「ビア! 聞いたよ、よく頑張ったね。いい子だ。私が見込んだだけのことはある」

「少々苦労しましたけれど、お望み通り、あの愚妹を連れ戻すことに成功しましたわ。これで何の憂いも無く婚約を結べますわね」


 得意げに応えたビアンカだったが、背後で静かに佇んでいたオレリアン伯爵は、目を眇めると「ご迷惑をお掛けいたしました」と深々と会釈し、使用人に命じて彼女を引き離した。


「ぁん! お父様っ、なにをなさいますの! 折角の良い報告をセラヒム様にお伝えしようとしているのですから」


 唇を尖らせるビアンカを見る伯爵の目は冷たい。セラヒムも感情の籠らない笑顔を張り付けたまま「そうだね」とおざなりな答えを返し、素っ気なく伯爵へと向き直る。


「ねぇ、オレリアン伯爵? 実際のところどうなのかな?」

「有望な方をお選びいただければ、私としては何の異存もございません。どうぞ、お父上にもよしなにお取り計らいください」


 2人の会話の意味は、ビアンカには全く分からない。嬉しそうではあるけれど、どうやらその称賛は自分に向けられている訳ではなさそうだ。しかもどこか値踏みするような冷え冷えとした気配を感じることに不安感が頭をもたげた。

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