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12 薫香店の看板娘フローラ


 ミリオンは偽名フローラを名乗り、助けた男・コゼルトが営む「コゼルト薫香店」で働くことになった。


 この店では、主人であり、商品の開発製作者であるコゼルトのほか、住み込みの奉公人としてペシャミンと云う少年の2人で製作販売を行っている。必需品ではないが、質の良い練香や香水を商うため、平民街にありながら貴族の常連も付いてまずまずの売り上げがある。


「愚図だなぁ! まだ掃除も終わらないの? え、終わった? は、早さだけじゃダメだね。要領を得た仕事じゃないと。ほら、ここのフラスコの位置だって違ってるんだよ。それは俺みたいに慣れた者にしか分かんないんだけどね。何で旦那様は俺がいるのに君みたいな役立たずを雇ったんだろう。お優しすぎるんだよね。だから君は役に立つなんて勘違いしないことだね!」


 いつものようにペシャミンの怒声が店舗に響いた。ほんの数か月前、新しい奉公人が加わってから連日のように目にするようになった光景に、常連たちが苦笑を浮かべる。


 ミリオンよりも少し年上くらいの、そばかすの散った栗色の髪の少年――ペシャミンは、何かとミリオン目の敵にしてくって掛かる。通りかかったコゼルトがぎょっとして止めに入ろうとしたところで、穏やかに微笑んだミリオンがのんびりと言葉を返した。


「本当ですわね。コゼルト様には感謝しかありませんわ。それにペシャミン様も長年コゼルト様と共にやってこられただけあって、わたしでは思い至らない細やかな気遣いまで、息をするようにこなしてしまわれるのですもの。凄いですわ」


 ―――嫌みが通じていない!


 そう1人は愕然と目を見開き、1人は肩を震わせて爆笑を堪えたのだった。



 連日こんなチグハグで穏やかな光景が繰り返される「コゼルト薫香店」。

 同僚のペシャミンから一方的なライバル心を向けられ、理不尽ともとれる文句を言われ続けるフローラがいつもの光景となった。店主コゼルトは頭が痛そうだったけれど、フローラ自身は嫌味に気付かないのか図太いのか、全く動じる様子を見せない。


 落ち込むことなく笑顔を絶やさず楽し気に働くフローラは、見る人の気持ちを穏やかに癒し、徐々にではあるけれど常連たちの着実な人気を得ていったのだった。


 緑のストールで頭を覆い、平民離れをした美しさを持つ「フローラ」が「コゼルト薫香店」の看板娘と呼ばれるまでそう時間は掛からなかった。人気者になったミリオンの評判は平民街に轟き、店には連日多くの客が足を運ぶようになった。


 その噂は、徐々に広がりを見せて平民の使用人を雇う下級貴族の耳にも入ることになった――――




 * * * * *




 今日も今日とて「コゼルト薫香店」は人々が集まり、盛況―――かと思いきや、どうにも商品が売れていない。


「フローラちゃん、この後の予定はどうなってる?」

「君の作った練香を試してみたいんだけど」

「接客よりももっと君に相応しい仕事があるんだけどさ」


 それもそのはず。フローラの評判をどこからか聞きつけた低級貴族の子息自らが、ただでさえ広くない店舗に長時間居座り、買い物もせずに彼女を口説いている。穏やかなコゼルトでさえ、売り上げにつながらない居座り低級貴族に困り顔を隠しきれていない。


「フローラ、君の仕事を販売担当から採取担当に変えてみようかと思うんだ。せっかく慣れてきたところ申し訳ないんだけれど……」


 だから、配置変更の話をされた時も困惑というよりは、そうなんだろうなと納得したミリオンだ。売り上げにならない貴族が店内を陣取っていては、常連の平民客が売り場に近付けず、買い物を妨げてしまうのだ。


「済みません。わたしが上手く人の流れに心を砕けると良いのですが、力不足ですよね」

「え!? ううん、ミリオンちゃんはしっかりやってくれてるよ! そんな落ち込まないで。私の問題なんだよ。あれ以上図々しい貴族が増えたら、ただの平民でしかない私の親戚と言うだけでは君のことを守ることが出来なくなっちゃうからっ。こちらこそ力不足で申し訳ない」


 バックヤードで、お互いにペコペコと頭を下げ合う2人の謝罪合戦は止まらない。


「店はまだ営業中ですよ! 日も高いし、盆暗(ぼんくら)たちがやっと帰ったんですから2人ともはやく持ち場に着いてください!」


 店舗から焦りを含んだペシャミンの尖った声が響いてきて、ようやく2人はお辞儀を止めた。ミリオンが店の奥に引っ込んだことで、やっと令息らが引き上げ、ようやくまともな買い物客らが入り始めたのだ。待たされていた平民の常連客らが一気に入ってこれば、店番はペシャミン一人ではとても回せない。確かに急いで持ち場に付く必要がありそうだった。


「では、わたしは裏の林へ素材採取に行ってまいります」

「あぁ、せっかく表の仕事に慣れたところだったのに申し訳ないんだけど、頼んだよ」

「はい! 本で見た香草、香木やお花をいっぱい集めますね。自然の中で探せるのは宝さがしみたいで楽しそうです」

「ふふっ。沢山集めなくてもいいから、楽しんでおいで」


 トラブルによる急な配置転換にも落ち込まず、楽し気にやる気を見せるミリオンに、コゼルトも釣られて穏やかな笑みを向ける。この少女と関わると、どんな時でも不思議と穏やかな気持ちになれるのだ。


「いってきます!」の華やかな声と共に採取道具を手に、勝手口から出て行くミリオン。


 その彼女を見送るコゼルトに「旦那様!」と強い声が掛けられる。ミリオンの穏やかさの影響を全く受けないどころか、彼女が来てから不機嫌なことの方が多くなってしまったペシャミンに、コゼルトは微かな不安を覚えるのだった。


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